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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十八話 其の三

 少女から聞いた話を纏めると、次のような内容になった。

 この村を統治している領主が亡くなった。亡くなったのは領主だけはではなく、家族諸共亡くなったのである。次に領主の椅子に座ったのは、彼に次ぐ地位の男だった。

 この男が、この悲劇を生み出すことになったのである。領主が代わってからというものの、暮らしは辛くなる一方であった。被害に遭っているのはこの村だけではない。あらゆる村で物資を人材を、ありとあらゆる取り立てを強行した。その新しい領主の名は、“スウェーロ”だ。

 この村に限らず、他の村も最初の取り立てには応じた。ただ、取り立てが二回、三回と続くと、当然の話ではあるが応じられなくなる村も出てくる。

 この村も、そんな村の一つだったという訳だ。

 無論、横暴な領主に対して犯行の狼煙を上げた村も存在した。今となっては過去の話だそうだが。

 ゼンは一人で納得する。彼が対峙した兵は、妙に戦うことに対し慣れていた。蛮行を繰り返した結果が、あの戦い慣れに繋がっていたのである。

この平和な世の中で戦い慣れているということは、相手はまともではない。

「ねえ、いつまで走るの~」

 ヴェーラは息を切らしながら、ゼンに問いかけた。息を切らしているのが、声を聞いていてわかるほどだ。

「走れなくなるまでだ。

 ほら、足が遅くなっているぞ」

 ゼンがヴェーラに下した修行の内容は、“走れ”。それだけのことであった。ただ、常に一定の速度で走る訳ではない。

 ヴェーラが走っている間、ゼンはその日を過ごすための薪を割ることになっていた。彼が薪を五本割ったら、次の薪を割るまでの間を全力で走る。そしてまた、五本割るまでは少し遅い速度で走り続ける。

「もう駄目」

 ヴェーラは雪の上に倒れた。この訓練を開始してから、この一日を過ごすには十分な量の薪は割っている。最初の一日にしては上出来といってもいいだろう。

 ゼンは薪割用の斧を肩に担いだまま、ヴェーラの元へ歩み寄っていく。

「これで、本当にみんなの仇を取れるの?」

「取れないだろうな」

 ゼンは素っ気なく答える。彼の答えに、ヴェーラはすぐさま反応した。起き上がろうと上体を動かすが、動きは途中で止まる。そして、再び雪の上へ沈んでいった。

「じゃ、じゃあなんでこんな苦しいことを?」

「決まっているだろ。

 逃げるためだ」

「逃げるため……」

「そう、逃げるためだ。

 まさかとは思うが、自分が正々堂々と戦って、大の大人たちに勝てると夢見ているのか?

 もし、そうならすぐに諦めろ。

 逆立ちしたって、お前じゃ勝てやしない」

「わ、私は仇を取るために……、あなたにお願いしたのに……。逃げるためじゃない」

 少女は息を切らしながら、ゼンのことを睨みつけてくる。その目から、真剣に彼に対して怒っていることが窺い知れた。

「そう怖い顔でこっちを睨みつけるな。

 いいか。お前が仇を討とうとしているのは、お前よりも体も大きく、力も強い。体力だってお前の非じゃない位あるんだ。

 そんな奴らに正面切って戦った所で、お前が死ぬだけで終わる。仇を討ちたいなら、まずは生き延びることを目標にするんだ。それには、逃げるのが一番だ」

 何かと理由は付けているが、ゼンの言っていることに嘘偽りはなかった。ヴェーラが復讐を完遂するには、手段を選んでいる余裕はない。

 ヴェーラはまだ少女と言っていい年齢だ。その年で大の大人を相手にするには分が悪すぎる。闇討ち・奇襲・暗殺などの手段を取るほかない。

 とはいえ、まだ年端もいかぬ少女に手を汚させるのはゼンからしても気が引けた。そのため、彼は特に厳しい訓練をヴェーラに課したのである。彼女が途中で根を上げれば、すぐにでも元の日常に戻れるように。

「今日は、ここまででいいだろう。

 小屋に帰って、休んでおけ。おっと、休む前にしっかりと足の筋肉をほぐしておけよ」

「私ならまだ大丈夫……。

 だから、もっと」

「駄目だ。

 今のお前にできるのは、休むことだ。

 俺はまだやることがあるから、先に帰っておけ。そのまま、そこで寝続けたら体を壊すぞ」

 ゼンはヴェーラに対し、手を差し伸べる。少女は差し伸べられた手を掴み、上体を起こす。

「ほら、さっさと戻れ」

 ヴェーラの息はまだ元に戻っていない。恐らく、一人では立ち上がることすらできなかっただろう。少女は足を引きずるようにして、小屋へと帰っていく。

「ちょっと、厳しすぎない?」

 声を出しているのはエアだ。外は寒いという理由から、ここ最近はポーチの中で過ごすことが多くなっている。

「本気で仇を取りたいなら、これでもまだ優しすぎる位だ」

「仇を取る前に、あの子の方が潰れちゃうよ」

 未だにヴェーラとエアの距離は縮まっていない。エアは仲良くしたいと色々と思案しているが、少女の方が壁を作っている状況だ。そして少女が壁を作っていることをエアは感じ取っている。それ故に、エアももう一歩を踏み出すことができていないのだ。

「それよりも、周囲におかしな匂いはないんだな」

 ゼンはエアに周囲の警戒を頼んでおいたのだ。ポーチに入る前は、村の周辺を飛び偵察をこなしている。幸いにも今は雪が降っていない。周り一帯も雪しかない白景色のため、偵察を行うには絶好の機会であった。

「うん。

 人どころか、動物の姿も見えなかったよ。今も、二人だけしか人の匂いもしない」

 ヴェーラの言った事は、今の段階では嘘ではないらしい。相手側が本気ならば、今頃こうやって呑気に薪を割っている余裕などないはずである。

「そうか……」

 ゼンが朝起きてからというもの、気温は低いままだ。空に太陽は輝いているが、外にいるだけは一向に体が温まらない。体を動かし続けていれば寒さはしのげるが、それも僅かな間だけだ。

「よし、こんなもんだろ」

 ゼンもそろそろ作業を切り上げようとしていた。もう太陽が沈みかけている。彼が想像しているよりも早く一日が終わりそうだ。すぐに暗闇が支配する夜に切り替わってしまう。

「ところで、今日の晩御飯って」

「しばらくは、質素な食事になるぞ。

 何せ、まともな食料がないんだからな。狩りをしようにも、動物たちも冬眠中だ。手の打ちようがない」

「ゼンが持っている保存食は?」

「まだあるが、できるだけ使いたくはない。

 正直な話、いつまでここにいるか見当がつかん。ヴェーラがいったことが本当なら、冬の間はここから動けないことになる。

 この村にも備蓄の食料がないかは調べてみるが、あまり期待はするなよ」

 村の規模から考えても、食料についてはあまり期待しない方がいいだろう。更に追い打ちをかけているのは、村が略奪された後ということだ。

 既にほとんどの食料は略奪されたと考えるべきだ。変に期待を抱けば、落ち込むのはゼン自身である。

「お肉は、ねえお肉は?」

「しばらく我慢しろ」

 ゼンは割った巻きを脇で抱え、小屋へと入って行く。


 小屋に入った後、ゼンが真っ先に目にしたのは、倒れているヴェーラの姿であった。

「ねえ、彼女、倒れているよ!」

「そうだな」

 慌てるエアとは対照的に、ゼンは落ち着ている。

「そうだな、って。ちょっと酷過ぎない?」

 エアはすぐさまヴェーラの元へと駆け寄る。

「心配するな。あの程度じゃ、死にはしないさ。ただ、寝ているだけだ」

「本当だ。確かに息はしているし、ただ寝ているだけだ。

 じゃなくて!」

「一体何なんだ」

 ゼンは夕食の準備をしながら、エアに応じる。

「この娘を止めてあげなよ。

 このまま進んだら、間違いなく死んじゃうよ」

「いくら言った所で、こいつは止まらんぞ。それそこ自分が死ぬまでな。

 今、俺にできるのは生き延びる術を教えることだけだ。

 そろそろ、そいつを起こしてやれ。もうじき晩飯が出来上がるぞ。量も味も物足りないかもしれないが、我慢してくれ」

「はーーい」

 エアはの返事は、何とも覇気のないものであった。それについて、ゼンも何も言わない。これ以上、言い争った所で、雰囲気が悪くなるだけだと悟っていたからだ。

 夕食の時間も、なんとも寂しい空気が流れていた。同じ場所で、顔を合わせているのに、会話がない。ただ、黙々と料理を口に運ぶだけだ。

 会話の無い食事は驚くほど速く進む。あっという間に、用意した料理は無くなってしまった。

「明日も同じ訓練をするから、よく寝ておけ」

 ゼンはヴェーラにそれだけを言い、自身は夕食の後片付けに入った。彼女は訓練が相当堪えたのか、すぐ眠りに入ってしまう。食事中は目も冴えていたが、食後はすぐに瞼が閉じかけていた。

 ゼンも食後の片づけを終えると、眠りの中へと落ちていく。

 

 すっかり陽も落ち、暗闇と寒気が支配する時間となってしまった。その暗闇の中で、動く影があった。

「どこに行くつもりだ?」

 ゼンは目を閉じたまま、ヴェーラに問いかける。

「起きていたの?」

「寝ていたが、今、起きた」

「本当に?」

「神経質な性質でな。

 些細な物音や気配でも目が覚めるんだ」

「今から、武器の特訓をするの、止めないで」

「よしておけ。

 こんな夜更けから始めた所で、明日の訓練が苦しくなるだけだ。言っておくが、明日も同じ訓練だぞ」

「あなたが何も教えてくれないから、自分でやるの。

 それとも、何か教えてくれる?あの憎い奴らを殺せる技を」

「そんな技はない。

 あったら俺が教えてほしい位だ」

「じゃあ、いつになったら私に武器の取り扱い方を教えてくれるの?」

「そうだな……。今日お前が走った倍の時間を耐えられるようになったら教えてやる。

 もしくは明日、俺と模擬戦をやって、一度でもお前の攻撃が通ったら、きっちりと仕込んでやる」

「言ったね」

「ああ、言ったとも」

 ゼンは目を閉じたままだが、ヴェーラの表情が容易に想像することができた。彼女は、自身の実力を過信していた。一度では無理でも、持久戦に持ち込めば勝機はあると計算していたのである。

「その約束、忘れないでよね」

「わかったから、大人しく今日は寝ておけ。

 言い訳は聞かんぞ」

「約束だからね」

 ゼンの一言で、ヴェーラも大人しく床に就く。あのまま話を続けた所で、終わりになる未来が彼には見えなかった。

 ヴェーラにとっても悪い話にはならない。彼女には少し酷な目に遭ってもらうが、それしきのことで心が折れるようなら、そこまでの話である。

 ヴェーラが寝息を立てたことを確認すと、ゼンも再び睡眠に入った。

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