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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十八話 其の二

「よーし、良い子だ」

 ゼンは村から少し離れたと所で待たせているセロを迎えに行っていた。セロは彼が“待て”と言った場所にいた。そこから一歩たりとも動いた跡も残っていない。

「こんな場所で待たせて悪かったな」

 ゼンはセロに優しく触れてやる。それを契機に、セロは彼の方に顔を近づけた。セロは舌を出し、彼の顔をなめる。

「よし、ここよりかは暖かい場所に移動しよう。

 雨風は凌げるぞ」

 雪が積もっているせいでゼンたちの移動にも影響が出ている。彼自身は勿論、特にセロは雪のせいで思う様に動けていない。元々、セロは雪の上を移動するのには適していないのだ。セロも周りが雪の状況などは数えるほどしか経験したことがない。

 セロは一歩一歩を恐る恐る踏み出している。体もいつもと比べ冷えているように感じた。このまま外にいても良い影響を与えることはないだろう。

 ゼンはゆっくりとセロを先導してやる。少女が気を取り戻すまでにはまだ時間がかかると見ていい。あの小屋に戻った所で、彼ができることなどたかが知れていた。

 しばらく歩いて、ゼンはようやく馬小屋の前まで辿り着いた。セロを迎えに行く前に下調べ済ませている。

 馬小屋の中はセロ一頭を住まわすには十分すぎる程の広さだ。扉も二重扉になっており、外の冷気を遮断するのに役立っている。セロ用の食料も十二分にあった。元々、この馬小屋には何頭もの馬を飼っていたのだろう。

 セロに関しては何も心配することはない。それよりも、これからの自分たちの行方の方が懸念事項だ。敵の正体がわからないとはいえ、三人も被害者を出したのだ。相手方もこのまま黙っているとは到底思えない。そう遠くない内に報復にくることは簡単に予想できる。

 今度は一体、何人で来るのか。ゼンの理想は、追撃の手が来る前にこの村を離れることだ。それまでには少女も目を覚ますだろうと、彼は考えていた。

 そんなことを思案している間に、ゼンは少女のいる家屋にまで辿り着いていた。中からは騒いでいる物音もしない。まだ少女は目を覚ましていないようである。

 目を覚ましているならば中からは悲鳴や驚嘆の声が聞こえるはずだ。何せ留守を任せているのはエアなのである。目を覚ました矢先に飛び込んでくるのがドラゴンの姿だ。これで驚かない人間はいないだろう。

「戻ったぞ」

「あっ、お帰り~」

「まだそいつは、目を覚ましてないのか」

 少女はまだ目を覚ましていなかった。ゼンがこの小屋を発つ前と同じ格好で気を失っていた。

 エアは少し気まずそうな表情を浮かべている。

「そ、それが」

「どうした?」

「一度、目を覚ましたんだけど。

 その、私を見た瞬間にまた倒れちゃって」

 ゼンは上を向き、手で目を覆う。

「ちょっと、私のせいじゃないよ。

 ただ、ちょっとこの子には刺激が強すぎただけだって」

 エアは必死に自分の無罪を主張していた。ゼンのすぐそばを浮遊した状態で、彼の服の袖を引っ張っている。

「ああ、そうだな。

 仕方ない。お前も今日はもう休め。どうせ、すぐに陽が落ちてくる。そうなりゃ、移動なんてできないからな」

 エアをこの場に置いて行ったのは間違いだったかもしれない、ゼンは自身の判断を悔いていた。エアも一緒に連れて行けば、二度も失神することはなかったのかもしれない。彼の頭の中であり得た選択肢がいくつも浮上してくる。

「止めだ止めだ」

 ゼンは自分に言い聞かせるように小さく呟くと、腕を組んで瞳を閉じた。こういう時は寝るに限る。起きていた所で問題は解決しない。そうであれば、寝て体力を回復する方が有意義だ。瞳を閉じ、気づいた時にはゼンは眠っていた。


「ぁぁああああああぁ」

 ゼンは突然の悲鳴で目を覚ました。無意識に、彼は愛用のナイフを右手で握っていた。

 悲鳴を上げているのはあの少女だということに気付き、ゼンは急いでナイフを元の場所に戻す。

「あぁぁぁあああぁ」

 少女はまだ叫び続けている。

「落ち着け」

 ゼンは少女の両肩をしっかり押さえ、揺さぶる。目を覚ましたのはゼンだけではなかった。エアも何事かと目を覚ます。室内にいるため正確な時間はわからないが、まだ陽は昇っていないだろう。太陽からの光を全く感じない。

「オイ、しっかりしろ」

 ゼンの必死の介抱が功を為したのか、少女は少しずつ正常に戻りつつある。叫び声が小さくなり、震えも止まり始めた。止まる気配がないのは涙だけだ。

「ごめんなさい。

 そうだっ、私、ドラゴンを見たの。小さいけど、間違いなかった。その衝撃でまた気を失って」

「そのドラゴンはこんな感じだったか」

 ゼンはいつのポーチからエアを外に出してやる。否、彼がポーチの口を開けた瞬間に、エアは外に出た。

「ひっ」

 少女はエアの姿を見るなり、後ずさった。

「そう怯えるな、人を食いはしないさ。

 俺の旅の連れだ」

 未だに少女とエアの距離は開いたままだ。エアも少女の表情を見て、自ら近づこうとはしない。少女はゼンに隠れるようにして、エアのことを警戒している。

「傷心の最中で悪いが、落ち着いたらこの村でを出るぞ。

 行きがかりとはいえ、三人も斬ってしまったんだ。相手側がこのまま大人しく引き下がるとは思えん。

 生き延びたいなら、一刻でも早くこの村から立ち去るんだ。途中までは、俺も一緒に行ってやる。

 そこからは悪いが、何とかやってくれ。俺ができるのはそこまでだ」

 間髪を入れずに、少女の口が動いた。

「私、この村に残る」

 少女の口から出たのは衝撃の一言であった。

「――まさかとは思うが、復讐をしようなんて考えていないだろうな。

 ハッキリ言ってやる。お前一人じゃ無理だ。犬死するだけで終わるぞ」

「それでもいい」

「殺されたお前の家族も友人もこの村の住民も、誰も復讐なんて望んでないはずだ。

ただお前が生きてさえいれば、それだけで誰も文句なんて言わないさ」

「それでも、私はみんなの仇を討ちたい」

 少女の決意は固かった。真っ赤になった両目で、ゼンのことを凝視している。

「それに、あなたはこのままじゃ道半ばで息絶えるよ」

「どういうことだ?」

 少女の様子から嘘をついている気配はない。言葉の裏に自信のようなものを感じる。

「もうじき寒波がこの近辺に襲来する。

 とてもじゃないけど、その中で旅を続けるなんてできないよ。その寒波が収まるまではここで過ごすしかない」

「お前の言っていることが本当とは限らないだろ」

「信じないならそれでもいい。その結果はあなたが引き受けることになるだけだから。

 あなたの心配している追手もきっと来ないよ。この地に住んでいる人ならだれでも知っているもの。もうすぐ、寒波が来るって。しばらくは誰もこの村を訪れることはないはずよ」

 確かにここ数日に冷え込みはゼン自身も感じていた。厚着をしても、吹いてくる風は彼の体温を容赦なく奪っていく。いくら体を動かそうとも、一向に体が温まってこないのを彼も実際に体験していた。

 少女の話を嘘だと決めて、一人でこの村を発つのは容易だ。だが、彼女の話が本当ならば、取り返しのつかないことになってしまう。彼女の話が嘘であっても、この寒さでは移動も支障をきたしてしまう。ゼンは頭の中で考えをめぐらす。

「俺にどうしろと……。

 まさか、この村の仇を俺に取ってくれなんて言うんじゃないだろうな」

「敵は、私が取る。

 だから、私に教えてほしいの。仇の打ち方を」

 少女の目は本気だ。決して生半可な覚悟で言っている訳ではないのが見て取れる。

「もし本気で言っているなら、厳しい道のりになるぞ。

 それこそ、死んだ方がマシだと思う様な過酷な状況になるかもしれん」

「それでもいい」

 少女の言葉に躊躇いはなかった。

 少女はいきなりその場に立つと、ゼンに向かって手を刺し伸ばす。

「ナイフ、貸してちょうだい」

 少女の目から、自殺する様子はなさそうだ。彼女の意図がゼンには一切わからなかった

「何をするつもりだ」

 ゼンは恐る恐る投擲用のナイフを渡す。愛用のナイフを渡すのはさすがに躊躇われた。

「髪」

「髪がどうした?」

 少女は自身の髪を丁寧に触っている。今まで注視することはなかったが、綺麗な金髪を背中の辺りまで伸ばしていた。

「この髪は、私の自慢だったの。

 母さんも同じ金髪で、村の皆は会う度にこの髪を誉めてくれた。みんな“綺麗な髪”だって」

 少女は自身の髪を鷲掴みにすると、ナイフを押し当てる。背中の辺りまで伸びていた髪の毛は、一気に肩のあたりまで短くなってしまった。

「もう、この髪を誉めてくれる人は誰もいない。

 これが私の覚悟」

 最早、少女の目から涙は流れていない。今、ゼンの目の前にいるのは決意を固めた戦士であった。

「――いいだろう。

 最後に一つだけ聞いておきたい。お前は、誰のために復讐を遂げるんだ」

「誰のためでもない、私自身のため。

 私は、この村の皆を殺した奴らが、今ものうのうと生きているのが許せない」

「そういえば、まだ名前も教えてなかったな。

 ゼンだ、よろしく頼む」

 ゼンも立ち上がり、手を伸ばす。

「私は、ヴェーラ」

ヴェーラも手を刺し伸ばし、ゼンと握手を交わす。少女の力は、握手にしては力強過ぎるほどであった。

「早速だが、あしたから色々としごいていくぞ。

 眠れるうちに眠っておけ」

「望む所よ」

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