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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十八話 其の一

 少女は雪の上を必死に走っていた。雪の上には彼女の足跡と血の跡が残っている。

「ハァ、ハァ、ハァ」

 少女は右腕で左腕を庇う様にしている。既に息は切れ始め、いつまでも走り続けることはできない。

 少女の後を三人の男が追っている。彼女の残した跡を潰していく様に進んでいた。三人の男は手に武器を有している。有している武器からは血が滴っていた。

「クソッ。

 中々すばしっこいな」

「だが、もうすぐだ。

 あの怪我じゃすぐに追いつけるさ」

「ほら見ろ、もう息も絶え絶えだ」

 三人が有していたのは武器だけではない。薄いが、立派な装備も身に着けていた。雪場でも機動性を損なわないために必要な部分だけに防具を付けている。足は雪を掻きわけるのに適した専用のものを履いている。

 一方の少女は、何処にであるような衣服を身に着けている。靴も厚手の物を履いているが、徐々に彼女の逃げる速度は落ちていた。このままでは男たちに追いつかれるのも時間の問題である。

「あっ」

 少女が雪の上に倒れた。すぐに立ち上がろうとするが、足を挫いたのか、うまく立つことできていない。

「ほら見ろ」

「なんだ終わりか」

 男たちの足は止まらない。雪を踏みしめ、少女に一歩ずつ近づいて行く。

「ん、誰だアイツは?」

 男たちの目に一人の人間が映った。白い外套を着て、雪を掻きわけている。腰には刀を差していいた。

「あんな奴いたか?」

「いや、全然知らねえ顔だ。」

「何でもいい。

さっさと済ませて、主役の嬢ちゃんを頂くとしよう」

三人は武器を構えた。慣れた手つきである。人を殺すことに何の躊躇も覚えていない。むしろ、人を殺すことに喜びを感じているような表情を浮かべている。

「逃げてっ」

 地に倒れたままで少女は叫んだ。このままでは見ず知らずの他人まで犠牲になってしまう。彼女なりの必死の抵抗だった。

「余計なことを喋りやがって」

 一人の男が少女の背に足を乗せた。

「ぐっ」

 残る二人は武器を構えたままで前に進む。まだ獲物は逃げていない。少女の声は聞こえたはずだ。それでもなお、男はこちらに向かって来る。

「よっぽどの馬鹿だぜ」

「間抜けな英雄気取りか、ただの死にたがりか」

「どっちでもいい。

 さっさと殺っちまおう」

 

 ゼンの悪い予感は当たってしまった。一夜の宿を探すためにこの村に立ち寄ったはいいが、とんでもない事態に巻き込まれてしまった。

 四方八方を雪に囲まれ、その中でも一際大きく見えた煙をあてにここまで来たのだ。村にしては見える煙の数が多いことから、何かしら嫌な気配を感じてはいた。だが、凍えそうな寒さに耐えるのが限界に近づき、足を伸ばしている。

 その結果が今の状態である。ゼンの前方には、二人の男が武器を構えている。その奥には倒れている少女と、その少女を踏みつけている別の男がいた。

 ひとまずは、こちらに向かって来る二人の男をどう対処するかが先決だ。武器は二人とも剣だ。構え方からして、ずぶの素人ではない。ある程度慣れている者の構えだ。

 それ以上にゼンが注目していたのが、防具の質だ。普段、防具を付けない彼から見ても、彼らが装備している防具がただの兵士にしては上等すぎる。

 履いている靴も同じだ。こちらが一歩動くのにも苦労しているのに、彼らは易々と動いている。ゼン自身が雪場に慣れていないという要因もあるが、明らかに機動性が異なっていた。まともに斬りあえば不利になるのはゼンの方に違いない。

 ゼンはギリギリまで相手を引き付ける。刀にも手を触れず、ただその場に静止していた。

 相手の刃が届く僅か手前で、ゼンはクロスボウを引き抜いた。直前まで引き付けているために、狙いを付ける必要もない。彼はすぐさま引き金を引いた。

 クロスボウから発射されたボルトは、ゼンから見て右手側の男に命中した。男の胸にボルトが刺さっている。防具を付けていないため、命中すれば確実に相手の行動を封じることができる。当たり所次第では致命傷にもなり得る。

 ボルトを喰らった男は、その場で滑るようにして倒れ込んだ。地面に倒れてから動くこともない。脈を直に測ってはいないが、死んだに違いない。仮に生きていても、動けるまでには相当の時間がいるはずだ。

「なっ」

 残る一人も、余りの事態に驚きを隠せていない。かと言って、今更退くこともできずに、そのまま進み続けている。相手側からしても、クロスボウの再装填までに勝負をつける算段を付けていた。

 ゼンはクロスボウを元の場所に戻すと、刀を抜いた。既に迫っている男との距離は刃が届くまでに近づいていた。

男は自身の剣を真っすぐに振り下ろす。刃が直撃すれば、確実に相手の命を絶つことができるだろう。直撃すれば、の話であるが。

 ゼンは相手が剣を振り下ろす前に、自身の一撃を相手の腹に加えていた。彼の刀は相手の腹を切り裂き、雪に血しぶきが散った。男は刀を振り終えることもなく、倒れていく。

「ヒッ」

残る一人が、少女から足を離した。このまま放っておけば、仲間を呼ばれる。既に男は逃げる態勢を取っていた。

ゼンは投げナイフを手に取ると、すぐさま投擲した。距離を考慮すればクロスボウで狙った方が確実だが、今は正確性よりも速度が重要だ。

ゼンの投擲したナイフは男の太腿に刺さった。だが、距離があるせいか奥深くにまでは到達していない。その証拠に、男は刺さったナイフを抜くと、すぐさま走り出そうとする。

ゼンは男を追いかける。いくら軽傷とはいえ、ナイフは確実に刺さっていた。男は片足を引きずるようにしている。手負いの相手であれば、距離があろうとすぐに詰めることが可能だ。

「――っ」

 ゼンは足を止めていた。

「っあぁっ」

 男は雪の上に倒れていた。ゼンは何もしていない。男を倒したのは、足蹴にされていた少女であった。

 少女はゼンが投擲したナイフを握り、男の背中に、ふくらはぎの辺りに突き立てている。少女の非力な力といえども、全体重を掛ければナイフはしっかりと肉にまで到達していた。

「みんなの仇っ」

 少女は倒れた男に何度も何度もナイフを突き刺した。少女の力だけでは深く刺さらないため、体重を掛けて何度も。それは、ゼンが彼女の手を取るまで続いた。

「止せ。もう死んでる」

「ハーハーハーハー」

 少女の手はようやく止まった。少女は涙を流しながら、ナイフを握っていた。

「うわぁぁあぁああぁ」

 少女はナイフを離すと涙を流し始めた。ゼンがいることなど構いもせずに、思い切り声を上げて。彼はその姿を黙って見ることしかできなかった。

 周囲に敵がいないかだけは常に警戒しておく必要があった。少女の声が先程の連中の仲間に聞こえるかもしれない。どの方向から敵が来ても逃げるだけの心構えをしておく。

「ごめんなさい。

 あと、あとちょっとだけ泣かせて。

 そしたら、すぐに泣き止むから」

「ああ、そうしてくれると非常に助かる」

 少女は言った通りに、しばらくすると泣き止んだ。目は真っ赤に充血し、まだ涙も乾ききっていない。

「もういいのか?」

 少女は黙って頷く。

「そうか。

 悪いが、すぐに移動するぞ。近くに仲間がいれば、すぐに気づかれる」

「それは大丈夫。

 さっきの三人が最後だから。ひとまず移動しましょう」

 ゼンは少女に導かれ、村の中央へと進んでいく。道中、二人の間に会話はなかった。彼も少女にどう声を掛ければよいのか、わからずにいた。

「これは……」

 二人が目にしたのは、略奪後の無残な村の姿であった。家屋には村人のものと思われる血があちらこちらに飛び散っている。来る途中から何か嫌な気配を感じてはいたが、その予感は命中してしまった。

 何よりも二人の嫌悪感を催したのは匂いだ。ゼンはその匂いの正体に気付いている。これは、人を焼いた時に出る匂いだ。中央で燃えている炎が、その証拠を物語っている。

「っっ」

少女はその場で倒れた。目にした凄惨な光景に少女の精神が耐え切れなかったのだ。

「オイ、しっかりしろ!」

 ゼンの問いかけにも少女は反応しない。完全に気を失っている。呼吸はしているため死ぬことはないが、いつ気を取り戻すかの予想も付かない。かと言って、このまま放置する訳にもいかず、彼は少女を抱きかかえる。 

「ちょっと、どうするの?」

 いつものポーチからエアが出てきた。この騒ぎが起こる前に、ポーチに隠れておくように言ったが、我慢の限界が来たようである。

「どうするもこうするも、ひとまずは安全な場所に移るぞ。

 エア、ここらの家を全部回って、できるだけ被害のない家を教えてくれ。

 俺も探す」

「うん、わかった」

 こういった急を要する時のエアは驚くほどに従順だ。普段からこれほど聞き分けが良ければ、苦労することもないのにと思う程である。

 そんな考えを脳裏によぎらせている瞬間にも、エアはゼンのすぐ側から飛び立っていた。

「さて、こっちも探すか」

 ゼンは少女を俵担ぎにしたままで、落ち着ける場所を探す。家の中は、外と違い損害は酷かった。置いている家具は壊され、床に転がされている。中には囲炉裏から火の手が回っている家もあった。

 すぐにでも消火するべきとはわかっていても、今のゼンには時間も手も足りなかった。

「ここも駄目か」

 既に数件の家に入ったが、そのどの家も似たような状況であった。足の踏み場もないほどに荒らされ、とてもではないが、落ち着ける状況下にはない。

「ゼン、こっちこっち!」

 遠くからエアの声がした。ゼンはエアのことを信じ、声のする方へと急いだ。

「遅いよ、ゼン」

「急かすな。

 こっちは人一人抱えているんだ」

 ゼンの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。息は切れていないが、呼吸をすると肩が大きく動いている。

「ここならまだ、その人も横にできるんじゃないかな」

 エアに案内された家屋はそれほど広くはないが、二人が腰を落ち着けるには十分な広さだ。床も散乱していない。何よりうれしかったのが、家屋に囲炉裏があることだ。

 まだ火は付いたままで、その暖かさがゼンの体を包み込む。今の彼にとっては暑く感じるほどだが、冷え切った少女にとっては都合がいい。

ゼンは抱えている少女を丁寧に下ろす。まだ少女は気を失ったままだ。

「それで、これからの予定は?」

 エアが詰めるような声でゼンに尋ねる。

「ひとまずは、休憩だ。

 流石にこのまま置いていくのは後味が悪すぎる。

 お前はここにいてくれ、俺はセロの寝床を探してくる。そう遅くはならんはずだ。

 それじゃあ、頼んだぞ」

 ゼンはエアの返答を聞かずに、小屋から出た。

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