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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十七話 其の六

 生き返ったと思われた男は、ただ気を失っていただけであった。モンスターに食われると思い込んだ恐怖心から、意識を失くしていたのだ。

 気を失ったのは男にとって幸運だったと言えよう。無駄に声を荒げることもなく、モンスターの気を引くこともなかった。現場の凄惨な光景を見ることもなく、命を取り留めたのだ。

 この生還は村人にとっても望ましいことであった。死んだと思われた人間が実は生きていたのである。誰もがその事実に胸を撫で下ろし、喜んだ。犠牲になった二人のことを忘れた訳ではないが、犠牲になった者がいる分、生きていることを皆が祝った。

 ただ、歓喜の雰囲気はいつまでも続くことはなかった。誰の脳裏にも悲惨な姿の死体が残っている。忘れようとしても、記憶にこびり付いたかのように忘れることができなかった。

 問題も片付いた訳ではないのだ。むしろ、問題は大きくなりつつあるといっても過言ではない。モンスターはこの近くから去ったのではなかった。またこの村に襲い掛かってくる可能性もあるのだ。そうなった場合、次に出る犠牲者は何人になるのか。一人か、二人か、それ以上か。それは誰も知らない。

 問題はそれだけではなかった。残っている死体の片づけがある。そのままにしておく訳にはいかないが、かといって今すぐ片付けるということもできない。

 誰もがその処理をどうするのかということを気にはしていたが、それを口に出す者はいなかった。その惨い姿を晒したままというのは見る側にとっても見られる側にとっても心地よいものでは決してない。ひとまず、家に残っていた適当な布を死体に被せることで、一時を凌いでいた。

 その提案が上がったのは、朝日が昇る前のことであった。

「犠牲になった者には申し訳ないが、彼らの遺体を罠として使おうと思う」

 突然の提案に、賛成反対の声が上がるよりも、困惑の声が先に上がった。

「どういうことだ?」

「またアイツが来るってことか」

「いや、それよりも。あんな化け物に勝てる訳がねえ。

 大人しくアイツが眠りに付くのを待った方が」

 その場にいる村人たちは、よほど昨日の事が堪えのだろう。誰も遺体を罠に使うという文言を気にしていない。それ以前の所で、足踏みをしている。

「俺の聞き間違いじゃなければ、“遺体を使う”と言ったか?」

 その中でゼンと同じく、その言葉を聞き逃さなかった男がいた。ゼンを家の中に招き入れた男だ。

「そうだ。

 皆も昨日のことでわかったと思う。あのモンスターに正面から挑むのは無理だ。全員で掛かった所で必ず被害者が出る。

 犠牲になった者には悪いが、彼らの遺体を罠にする。このまま彼らをこの場所に置いて、あのモンスターが来るのを待つ」

「あのモンスターがもう一度来るという確証は?」

「確証は……ない。

 だが、あのモンスターがこの村の場所を知っているのは確定だ。もう一度、この村に来ても不思議じゃない」

 その一言で、更に混乱が広がった。

「逃げよう。

何もこの先ずっとこの村を離れる訳じゃないんだ。アイツが冬眠するまでの間だけでも、どこか別の村に」

「そうだ!

 俺が死んだら、誰がこの先家族の面倒を見てくれるんだ。俺には家族がいるんだ。死ぬのは御免だ」

「この村から離れた所で、あのモンスターから逃れられるという確証もないぞ。

 むしろ、被害が拡大することだって有り得る」

 場の雰囲気が悪くなり始めた。村人の感情としては、圧倒的に逃走派が多数を占めている。あのモンスターに立ち向かう気概のある者はほんの僅かだ。

 その僅かな中にゼンも入っていた。このままあのモンスターを放置するのは危険すぎる。逃走派が言うには、あのモンスターは冬眠をするようだ。その冬眠は近いらしいが、その正確な日程は誰も知らない。

 ゼンがこのまま村を出ても、いつあのモンスターに出くわしても不思議ではない。一人の分、周囲を気にせずに戦うことはできる。

 ただ、モンスター側にとっても標的はゼン一人であるために危険度は跳ね上がってしまう。あの巨躯な体に彼の攻撃がどれほど通用するかも未知数だ。

「あの野郎と戦うにしても、何か策はあるのか」

「ある。

 あのモンスターと正面から戦うのは得策じゃない。それは、皆も昨日のことで身に染みてわかっていると思う。

 だからこそ彼らには悪いが、遺体を罠として使うんだ」

 男の目線は隠された死体の方を向いている。

「使うって、どういう風に」

「彼らの死体をこのまま置いておく。

 死体を漁りに来たあのモンスターを迎え撃つ。簡単で明確な作戦だろ」

「俺たちは、どうやって“迎え撃つ”のかが知りてえんだ。ただ、道筋を話すだけなら子供でも出来るじゃねえか」

「それについても、ちゃんと考えている。

 俺たちは柱や梁の上で待機するんだ」

「それで、モンスターが来たら、全員で飛び掛かって仕留めるとでもいうんじゃないだろうな」

「まさか。そんなことを言っても、実際に飛び降りる奴なんていないだろ。

 俺たちはあのモンスターの手が届かない処から投擲するんだ。投擲する物は刃物でも、石でも何でもいい。とにかく手元で投げられそうな物をありったけ投げるんだ」

 男の言っていることは理が適っている。あのモンスターに接近戦を仕掛けるのは、村人にとって自殺行為に等しい。

 それにモンスターの手の届かない上からの投擲も村人の安全を考えれば当然と言える。それ以上に、上からの投擲は同士討ちを防ぐ観点でも望ましい。モンスターを囲むようにして投擲を行えば、必ず外れた物が仲間に当たる。

「ありったけの物を投げてお終い。なるほど、そりゃあよくできた作戦だな。

 あのモンスターがそれで殺せるならな!」

「勿論、それだけで事が済むとは考えちゃいないさ。

 そもそも投擲の目的は誘導だ。

 あのモンスターは恐らく、昨日と同じ場所から入ってくる。入ってきたら、奴の後ろを狙って投げる。

 そうすれば奴は前に動かざるを得ない。そこで、敢えて奴が入ってきたのと反対側の扉は開けっ放しにしておくんだ。

 その先に落とし穴を掘るんだ。ここに残っている人間で掘れば、あのモンスターを落とせる位の深さは掘れるだろ」

「穴に落とした後は?」

「火を投げ入れる。

 奴がどんな巨体でも、どんなに固い皮膚を持っていようが、焼いちまえば関係ない」

 男の話を、村人は口を開けて聞いていた。男の言った事を聞いてはいるが、理解までは追いついていないのだ。特に火を使うという点に村人は不安を抱いていた。

 ここ最近は空気が乾燥し始めている。その上、この村の家のほとんどが木造だ。火の使い方をほんの少しでも誤れば、村が大火災になる可能性だってある。

 モンスターを倒すのは重要だが、それが原因で自分たちの住む場所が無くなれば元も子もない。更に言えば、火災でより多くの人が亡くなることも有り得る。

 そこまで危険性のある火を使う、その選択肢を上げる程に事態を重く受け止めているのだ。

 このまま時が進んでも事態が好転しないのはわかりきっている。あのモンスターが長い眠りに入るまで犠牲者を出すだけだ。

「本当にそれで上手くいくのか?」

「上手く運ぶためにも、やるんだ。

 このままじゃ、いつになっても家族と一緒に過ごせるかわからんままだぞ」

 少しの間、沈黙が流れた。各自がどの道を選択するのか、自己との対話を始める。

「俺は……やる、やるぞ」

「俺もだ。このままやられっ放しで過ごせるか」

 先程までの反戦の雰囲気は消し飛んでいた。男の出した案と、それに掛ける覚悟の重さを他の村人も感じ取ったのだろう。

「アンタはどうするんだ?」

 問いかけはゼンの方にも向けられた。まさか、彼自身にも聞かれるとは考えておらず、反応が遅れた。

「アンタだよ。

 旅の兄ちゃん」

「アンタはこの一見とは何の関係もないんだ。

 別にこの村を去っても、誰も何も言わねえよ」

「ここまでいたんだ。

 最後まで付き合うさ。飯と宿の恩もある」

「死ぬかもしれないぞ」

「こんな所で死ぬのは御免だが、荒事には慣れているつもりだ」

「よし、早速準備に取り掛かろう。

 時間は限られているんだ。一秒たりとも無駄にはできないぞ。この一秒が生死を分けるんだ」

 その後、村人は二手に分かれ作業を進めることにした。比較的若い男達は落とし穴を、中年層以上の男たちは投擲の材料を調達に向かう。

 ゼンは言うまでもなく、落とし穴の集団に配置された。落とし穴を掘る作業はかなりの重労働である。普段は農作業に従事している村人も疲労を露にしている。彼自身も慣れない作業ゆえか、汗を流しながら穴を掘っていた。

 穴を掘り、流れた汗を拭う。この作業を何度繰り返したことか。気付けば穴はかなりの深さになっていた。穴の深さは、地上にいたままでは掘れないほどのものになっていた。

「お~い。

 こんなもんで十分か?」

「ああ。もう十分だ」

「じゃあ、ここから出るから手を貸してくれ」

「よし、早く上って来い」

 下にいる村人たちは上から引っ張り上げてもらう形で次々と地上に戻っていく。ゼンは最後まで落とし穴の下にいた。

「よし、アンタで最後だな」

「ああ。頼むぞ」

 ゼンは上から伸ばされた手を強く握り、久しぶりの地上へと戻った。地上に戻り、改めて落とし穴の深さをその目で見る。この深さならあのモンスターでも登れないはずだ。

「ところで、頼んでおいた物は用意できたか?」

「ああ。投擲にも使えないような細かい石や、でかすぎて投げられない石だろ。

 こんな物、どうするんだ?」

「こうするんだ」

 ゼンは受け取った小石を掘ったばかりの落とし穴に落としていく。大きすぎて投げることのできない岩は、足で転がす。

「あ~あ。

 折角ここまで運んできたのに」

「これで本当に意味があるのか?」

「あるさ。

 転んだ先に石や岩があった時の怖さは誰でも知っているだろ」

「そういえばそうだな」

「ああ。下手に手で受け止めようとして骨が折れたことがあったな」

「そういうことだ。ま、少しは役に立つだろ。

 後は、罠に引っ掛かるのを待つだけだ」

「正直に言って、上手くいくと思うか?旅の兄ちゃん。

 俺は今もまだ不安なんだが」

「さあな」

「さあな、って。

 本当に大丈夫なのか?」

「作戦が上手くいくようにこの作業をしていたんだろ。

 後は、実行するのみだ」

 誰もが胸中に不安を抱きながら、その日は過ぎて行った。

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