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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十七話 其の四

 ゼンは相変わらず、辿り着いた村で足を止められていた。既にこの村に辿り着いてから数日が経っている。この数日、異常事態は発生していない。この村にいる連中が恐れているモンスターの出現もなかった。

 ゼンにとってはいい休息になっている。ただ、彼が不満に思っているのは飯の量が少ないということだ。大人数の男が一つの家に集まっているのだから、一人当たりの飯の量が少なくなるのは当たり前の話ではあるが。

 数日が経ったことで、他の連中の警戒感も大分薄れてきている。ゼンが訪れた頃は日中に外出するのはよほどの緊急事態だけだったが、今では好きな時機に外に出るようになっている。

ゼンからしてもそのことは好都合であった。いつまでも場所の限られた狭い空間にいるよりかは、外に出た方が体も伸ばすことができるし、気分転換にもなる。

「様子は変わりないか」

 この質問を何回言っただろうか、ゼンは既に回数を数えることを止めていた。

「変わりな~し。

 それよりも、匂いはどうにもならないの?日が経つたびに、どんどんひどくなってきているよ。

 今までは屋上にいれば何とか耐えることができたけど、もう限界に近いかも」

「そんなに匂うか?」

 ゼンは自身の服を嗅いでみる。彼自身は特に変わった匂いを嗅ぎ取れなかった。彼が匂いの発生元に持を寄せており、鈍感になりつつあるのが原因だが。

「あの匂いに気付いてないの?

 ゼンも匂い始めているよ」

「――俺もか。

 そろそろ水浴びもしたいが、周りがそれを許してくれるか」

「どっちでもいいけど、この村から離れたら、まずは体をキレイに洗ってね」

「覚えておくよ。

 じゃあ、俺は戻るから」

「何かあったら例の合図、だよね」

 エアは得意げな顔でゼンのことを見ている。

「ああ、そうだ。頼んだぞ」

 ゼンは振り返り、家の方へと歩いていく。背後にいるエアに手を振る。体の向きは変えずに、背中を見せながら。

「そんなに匂うか」

 ゼンは改めて自身の匂いを嗅ぐが、やはりエアの言う様な異臭は嗅ぎ取れない。

 家の中に戻っても、ゼンが離れる前と同じ光景が広がっている。家屋の中はただ時間が過ぎ去っただけの様だ。彼は定位置の場所へ戻ると、日課になりつつある武器の手入れを始めた。

 ただ建物の中にいるだけというのも、想像以上に気が滅入るものだ。そういった意味でも、適度に時間を潰せる武器の手入れはゼンにとって有難いものになりつつある。

 最早、ゼンが武器を広げていても奇特な目で見る者はいなくなっていた。平和な村での特殊な光景が日常となりつつある。そのことに気付いている者はいなかった。


「一旦、各々の家に帰ろう」

 その提案は何の前触れもなくなされた。閉ざされた空間の中での生活にも限界が近づいて来ているのは皆知っている。ただ、その事実を誰が、いつ、周知するかという問題があった。誰もが、自分以外の口からその言葉が出てくるのを待っていた。

「そうだ、いい加減、ここでの生活も限界だ」

「俺も足を伸ばしてゆっくり寝てぇ」

 屋内の至る所から提案に賛同する声が上がってくる。その中で、唯一、口を開いていないのはゼンだけだった。

「それじゃあ、一旦 この家から解散しよう。

 昼ならまだ安全だろう。そして、また陽が沈む前にこの家に戻ってくることにする。

 昼の間にヤツが現れたら、大声で叫べ。皆、くれぐれも注意だけは怠るよな」

 中心人物の発言が終わる前から、村の連中はそれぞれの家に帰る準備を始めていた。誰もが自分の家に帰ることを心待ちにしている。一秒でも早く自身の家に戻りたいという気持ちが、肉体にも影響を及ぼしていた。

「アンタはどうするんだ?」

 ゼンに声を掛けてきたのは、彼をこの家に招いた人物だ。

「さて、どうしたもんかな。

 ここにいても問題ないか?流れ者には空き家が心地いい」

「アンタがそう言うなら、それでいんだが。本当にいいのか?俺の家に来てもいいんだぞ」

「ここで十分さ。雨風が凌げて、足を伸ばせる。それだけで十分すぎる」

 既に他の村民たちは、自分の家へと帰り始めている。あれほど窮屈に感じた家屋の中も、今となっては広々と羽を伸ばせる状態になりつつあった。

「――そうか。それじゃあ、俺からは何も言う事はないな。

 また皆が返ってくるまでゆっくりと休んでおいてくれ」

「ああ。お言葉に甘えさせてもらう」

 久方ぶりに一人の時間が過ごせるため、ゼン自身にとっても悪い話ではない。

 やがて家の中にはゼン一人だけが残っている状態となった。村の連中が帰ってくるまでの時間は限られている。ほんの一眠りでもすれば、再び窮屈な環境に戻るだけだ。それまでの僅かな間を、一秒でも長く彼は堪能することにする。

 コンッ。

 天井から音がした。音を聞き取ると同時に、彼の手は武器に伸びていた。

 コンッ、コンッ。

 先程の音に続いて、二度音が鳴った。エアに何かあれば合図するようにと言っておいたものである。

「今は誰もいない。

 降りてきても大丈夫だ」

 エアは天井から降りてきた。ここ最近雨が降っていなかったため、穴があっても気付かなかったのである。

「どうした?異変か」

「うん。一瞬だけど、全然違う匂いがしたの。

 あれは人の匂いじゃない。更に言えば、血の匂いも」

「一瞬?ということは、もう今はしないのか」

「ほんの一瞬だけだったんだ。その匂いのせいで、折角気持ちよく寝ていたのに」

 エアの表情には眠りを妨げたことによる怒りと恐怖の表情が混じっていた。いつもよりゼンに近づいて来ているのも、本人は気付いていない。

「何かの間違いとか、気のせいということはないんだな」

「ない。

 それだけはハッキリ言える」

 エアの返答は力強いものだ。ここまで言うのであれば、間違いや気のせいという線は薄いだろう。

 ただ気になるのは、何故匂いがしたのは一瞬だけだったのかということだ。ゼンが対峙した時も、刃を交えることなく過ぎ去っていった。

 エアは血の匂いがする、と言っていた。あのモンスターはまだ捕食を続けていると考えた方がいい。次の標的は、この村にいる人間だ。その中には、ゼンも含まれている。

 ゼンが懸念しているのは、周囲の環境だ。ゼン一人で戦うのであれば、戦い方は何通りもある。自分よりも体格の優れた相手と戦うのは初めてではない。何度も戦ってきた。無傷で勝つことは難しいかもしれないが、勝機はある。

 これが乱戦状態になると、どうなるかはゼンにも分からない。数で言えば有利な状況下だが、その優位性はあまりにも脆い。砂上の楼閣同然だ。

 加えて場所も場所だ。限られた空間の中では刀を振ることも難しい。下手に振り回せば柱に刃が埋まってしまう。あのモンスターの巨体であれば柱など関係ないだろうが。

「よし、わかった。

 お前はいつも通り、この上にでも隠れていろ。間違っても、出てくるなよ。

 あのモンスターに、お前まで出てきたらどうなるか、想像もしたくない」

「勝つよね、ゼン?」

「そうなることを祈っておいてくれ」

 エアは名残惜しそうな顔をしながら、ゼンの下から離れて行く。何度も彼の方を振り返り、心配そうな顔で彼の顔を見つめてくる。彼はその度に手を振るが、エアの心配は尽きそうにない。

「さて、寝るか」

 どうやら今夜は平穏に過ごすことは難しそうだ。足を伸ばして寝ることができる今の間にしっかりと睡眠を取ることにする。一度、四肢を伸ばして横になれば、あっという間に寝ることができた。その後に起こる惨劇のことなどお構いなしに。

「……ん」

 次にゼンが目を覚ました時は、既に空は赤く染まっていた。どうやらそれなりの時間を寝ていたようだ。四肢を伸ばして取る睡眠は想像以上に気持ちのいい物であり、夢を見たかどうかすら彼は憶えていなかった。

 まだ家の中にゼン以外の人は見えない。自分の家が心地いいのは、誰も同じである。彼も自分が寝ている無防備な格好を見られずに済んだ。

 この分では村の住民たちが戻ってくるにはまだ余裕がありそうである。かといって、もう一眠りをするには短すぎる。何とも半端な時間だけが残された。

「もう起きたか」

 家に入ってきたのは、例の男だ。その言葉から察するに、ゼンが寝ている間にも、彼の様子を伺いに来てくれたのだろう。

「お陰様でゆっくりと休めたよ」

「そのようだな。

 どうだ、眠気も取れた所で体もサッパリとするか?」

 ゼンはエアから自身の匂いについて言及されたことを思い出した。それに彼自身も一度水でもいいから体を洗いたかった。

「ああ、そうさせてもらうよ」

「井戸はこの家の裏にある。

 さっさと済まさないと体を崩すぞ」

「ご忠告どうも」

 男の言う通り、最近は気温が下がりつつある。今までと同じような生活をしていれば体調を崩すことは避けられないだろう。対策は体を冷やさないことに限る。

 特に夜になれば気温が一気に下がる。眠る時も外套を布団代わりにしなければ寒さで眠れない程だ。今はまだ陽も沈んでいないため肌寒くないが、ゆっくりしているほどの時間もない。

「ここか」

 幸いにも井戸の周辺には人はいなかった。ゼンは衣服を脱ぎ、水を浴び始める。ここにくる道中で、セロの下に寄り、手拭いだけはとってきた。

「ふぅぅ」

 頭から冷水を被り、生き返ったような気分になる。

「っっくしょい!」

 一気に水を被ったためにくしゃみが出た。もたもたしていると体が冷えてしまう。ゼンはさっさと自身の頭を水で洗った。続いて彼は手に持った手拭いで自身の体を拭っていく。

「なるほど、これは匂う訳だな」

 ゼンは自身の持つ手拭いを目にして呟く。手拭いには垢が付いていた。彼だけでもこの量だ。あの限られた空間の中には、さらに多くの垢を持つ者もいただろう。

 エアが苦言を呈していたのもうなずけた。

 何はともあれ体を洗うことができて、ゼンは気分を一新できた。戦闘に際しては何の影響もないかもしれないが、精神的には有効に働いている。

 続いてゼンは井戸から汲んだ水を腹いっぱいに飲み始める。十分な量の食事が出ないため、せめて水だけは満足するだけ飲んでおきたかった。

 腹が水で一杯になるまで飲み、ゼンは家へと戻っていく。帰り道の途中、何度かのくしゃみをして。

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