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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十七話 其の三

「おい、交代の時間だ」

 肩を揺さぶられ、ゼンは目を覚ます。家の中の暗さに目が慣れるまで少し時間が掛かる。ようやく慣れてきた目で、ゼンは周囲を見渡す。

 寝る前と同じ光景が目に入る。ごく普通の一軒家に大勢の男たちが身を狭くして隠れていた。

 ゼンがこの家に入ってから、まだ半日も経っていない。周囲の状況からこの場を立ち去ることもできずに、この場所に身を寄せている。

 夜の間は複数人で見張りをすることになり、ゼンも数に入れられた。彼は拒否することなく、その提案を受け入れた。彼も提案を拒否しても周りの関係を悪くするだけだと知っている。

 それに加えてもう一つ、別の理由もあった。それは、食料についてだ。ゼンの手持ちの食料は底を尽きかけている。ここで変に騒いだところで彼にとって有利に働くことは一つもない。

 少なくともここでモンスター駆除の一員になれば、飢え死ぬことはないだろう。ゼン一人に過重な負担が掛かるといったこともない。見張りも複数人の交代制で行うことになった。見張りといっても何もなければただ時間を無為に過ごすだけである。

「少し外に出て体を伸ばしてくる。

 心配するな、逃げはしない。心肺なら、ここに刀を置いてく」

 火に当たっているとその暖かさから奥深くに沈んだはずの眠気が浮上してくる。このままでは眠ってしまうと感じたゼンは外に出ようとする。意外にも彼の提案はすんなりと受け入れられた。それどころか、次は俺の番だと手を上げる者までいる始末だ。刀も置いかなくともいいと言われたが、刀は置いたまま久し振りに外の空気に触れる。

「ああぁああ」

 ゼンは体を伸ばし、思わず声が出てしまう。今まで窮屈な場所で体を折りたたんでいただけに解放感がある。

「外に出ていいぞ」

 ゼンは周囲に警戒しつつ、エアにだけ聞こえるように小声で言う。

「今なら誰もいない。

 このままだと、しばらくはそのくらいポーチの中で孤独に過ごすことになるぞ」

 その一声で、エアはポーチの中から飛んで出てくる。

「いつまでここに滞在するつもりなの?

 ゼン一人ならこんな場所から逃げ出すなんて簡単なことでしょ」

「逃げ出したのは山々だが、そうできない事情があってだな。

 第一にもう食料がないんだよ。そろそろ季節も変わり始めていて、今まで通りに食料を調達できる確信がないんだ。

 それに、一度だけとはいえ、飯の恩義があるからな。それを無視して逃げ出すのはできれば避けたい」

「ふーん」

 エアはゼンの話など聞いていないかの様に周囲を飛び回っている。体を動かしたかったのは彼だけではない。エアは彼以上に狭く、暗い場所で過ごしていたのだ。

「それで私は外に出たままでいいの?」

「ああ。あんな男だらけのむさ苦しい場所が好みなら、ポーチの中に戻ってもいいが」

「私、外にいるね。

 何かあったら、合図するから」

 エアの返答は早かった。ゼンが言い終わるや否やその口を開き、応えを出す。余程あの場所が嫌だったのか。

「まあ、そっちの方がいいだろうな」

「あの場所、匂いが酷いよ。

 ゼンは気にならないの?」

 一つの家屋の中に十人の男がいるのだ、匂いがしない方がおかしい。匂い自体は彼自身も気付いていた。気になるといえば気になるが、次第に鼻が匂いに慣れてきたこともありそこまで苦にはならない。

 あそこにいる男連中どもも体を洗った形跡はない、洗う気配すら見せない。悪臭は更に強くなる一方だろう。

「合図は……。

 そうだな、屋上を見てこれるか。どこかに穴や、お前が入れそうな隙間がないかを見てきてくれ」

「うん、ちょっと待っててね」

 エアは上空へと飛び立った。そして、ゼンの想像以上に早く帰って来る。

「早いな」

「まあね。

 それよりも屋上を見てきたけど、大きな穴が開いていたよ。一部分だけ屋根が剥がれ落ちていて、そこからなら私は勿論、ゼンだって入れるかもしれない」

「よし。

 もしあのモンスターが現れたら、その大きな穴から入って、合図してくれ」

「合図って、どうするの?」

「屋根裏で飛び跳ねろ。板が抜けることは、まあないだろ。

 それじゃあ、俺はあの家に戻るから、後は頼んだぞ」

 ゼンは家に戻りつつ、手だけを振っている。

「あ~。また一人で。

 しょうがない、少しの間は外で我慢しますか。雨が降らないといいけど」

 

 エアの言葉は現実とはならなかった。その次の日も、晴天とはいえないものの雨が降ることはない。

 前日、ゼンが外から戻り、次の者と交代してからも異変はなかった。そうしている間に警備の時間も終わりを迎え、彼は再び眠りに付いた。

 相変わらず体を縮こまないと寝る空間すら厳しかったが、睡眠自体はしっかりと摂ることができた。外気で目を覚ますこともなく、外敵からの襲撃にも身を構えることなく迎えた朝は、心なしかいつもよりも爽快だった。彼が目を覚ましたのは、陽の光でもなく外からの刺激でもなく、鼻腔に流れてくる朝食の匂いである。

「よう、起きたか」

既に朝食の周りには人だかりができていた。どうやらゼンは出遅れたらしい。家にある窓は閉めているため、外からの光も入ってこない、それが彼の目覚めを妨げた。

ゼンは立ち上がり、朝食の配給をしている列の最後尾に並ぶ。彼が貰う番になると、既に鍋の中は空に近い状態であった。何とかして僅かな量の朝食を受け取り、彼は元の定位置に戻る。彼の朝食はたった五口で終わった。彼はその五口を最後の晩餐の様にじっくりと時間かけて堪能する。

 朝食を終えたからといって、状況が変わる訳もない。外に出る訳にもいかず、男たちはひたすら家の中で時間を潰していた。農具の

手入れをする者、複数人で遊戯に洒落こむ者、空腹を紛らわすために寝ている者もいる。

 一方のゼンは、武器の手入れを行っていた。愛用のナイフから刀・クロスボウまで、身に着けている装備の点検と整備である。場所に限りがあるため私物を広げる訳にもいかず、片隅の一角で肩身を小さくしながらの作業だ。

 周囲の人間は、最初こそはゼンの持つ大量の武器に少しの警戒を有していた。しかし、彼が一言も喋らず、丁寧に手入れを行っている姿を見て、警戒を解き始めている。

「少しいいか?」

 ゼンに声を掛けてきたのは、彼を家の中に誘導した男だ。

「作業しながらでもいいなら」

 そう話している間も、ゼンの手は止まっていない。話しかけている男の目すら眼中になかった。

「ああ、作業しながらで大丈夫だ。

 それにしても凄い量の武器だな。アンタ、相当腕利きの傭兵なんだろ」

「ただの気ままな旅人だ。武器は物騒な世の中だからな、自然と量が増えていったんだ」

 ゼンの作業は投げナイフの手入れに入っていた。一本一本の作業時間は長くなないが、本数があるためにどうしても時間が掛かってしまう。

「アンタ、俺たちだけで件のモンスターを倒せると思うか?」

 ゼンの手が止まる。

「ここにいる全員が、命懸けで一斉に攻勢を仕掛ければ倒せるだろうな」

「それができると思うか?」

 ゼンは周囲を見渡す。隣にいる男たちは目を閉じている。先程からずっとその状態のため、寝ていると考えてもいいだろう。意識があり、近くにいる者もいない。

「まず、無理だろうな。

 俺はあのモンスターの姿を直接は見たことがないが、狙われたことはあった」

「何っ」

 ゼンは急いで口の前に人差し指を立てる。男もその意図を察し、何とか声を押さえた。

「その話は本当なのか?」

 男は先程以上に小声で話しかける。

「ああ。肉付きが良くないからか餌にはならずに済んだがな。

 直接見た訳じゃないが、気配から察するに相当の大型だ。大型のモンスターを相手にするのは骨が折れるぞ。

 力も速さも、俺たちの非じゃない。間違っても正面から挑む相手じゃないことを肝に銘じておけ」

「それじゃあ聞いておくが、アイツを仕留めるにはどうすればいいんだ?」

「――そうだな。

 一般人だけでアイツを仕留めようとするなら、遠距離で戦う他ないな。

 クロスボウがなければ弓矢でもいい。相手の攻撃が届かない場所から一方的に仕掛けるだけだ。あとは毒があれば、有効打になり得るかもな」

「それはつまり、俺たちの持っているこの武器は役立たずということか」

 ゼンは間を置かずに答える。

「そうだ。

 戦い慣れていない人間が武器を持ったところで、すぐに戦えるようになる訳じゃない。

 それに人をたやすく殺せる大型のモンスターに、立ち向かっていけるか?

 俺は頼まれても断るぞ」

「アンタの言う事は最もだ。ただ、それを他の連中に言っても聞くかどうか」

「恐らくは聞かないだろうな。

 俺の言ったことは、ここにいる連中のしていることを無下にするのと同じことだ。

 村の中の人間が言っても反感は避けられない。それを村の外に人間が言ったらどうなると思う?」

「いい結果になることだけはない……。良くて村から追放、悪ければその場で袋叩きにされてもおかしくはないな」

「そういうこった。

 あとは、あのモンスターが大人しく冬眠に入ることを祈るだけだ」

 ゼンは最後のナイフの手入れを終える。話している間も、彼の目線と意識は己の武器にのみ注がれていた。

「さてと、武器の手入れも終わったし俺は少し外に出てくる。

 この件をどうするかはアンタに任せるよ」

 ゼンは立ち上がり歩き始めた。この男だらけのむさ苦しい家の中で他人の行動を気にする余裕のある者はいなかった。外からの襲撃に気を張っている分だけ、内のことに関してはなおざりになりつつある。彼であれば中から脱出することなど容易い。実際、彼は何ら苦労することなく、ひっそりと姿を消すことに成功した。

「エア、いるか?」

「ここだよ」

 エアは空から飛んできた。気のせいか、昨日よりも元気なように感じる。

「変わった様子はなさそうだな」

「今の所はね。

 私も暗いポーチの中で匂いに耐えることもないから、のんびり過ごせるしね」

「悪いが、まだ動けそうにはない。

 このまま何もなければまだ掛かりそうだ」

「何かあれば、その限りじゃないんだね」

「その事態は避けたいのが本音だがな」

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