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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十七話 其の二

「ゼン、あったよ」

 エアが飛び立ってから少しの後、朗報を携えてエアは空から帰って来た。

「どの方角だ?

 距離は」

「方角は村の方向とほとんど一緒。

 距離は、ゼンの足ならすぐに着くよ」

「よし、じゃあ急ごう。

 今日はそこで過ごすか。ひとまず、嫌な汗を流そう」

 エアの言った通り、川はそう遠くない場所に流れていた。見た所では汚れていたり、濁っている様子はない。流れもそう速くない。泳ぐつもりはないが、安全な方がゼンにもエアにとっても良い。特に、エアは何をしでかすかわからないため、流れが速くないのは彼にとって好ましい。

「どう?

 ここなら深くもないし、流れもそんなに速くないから丁度いいと思うんだけど」

「ああ。

 お前にしちゃ、悪くない選択だ」

「むっ、何さ」

 エアは頬を膨らませて、ご機嫌斜めの様子だ。

「言葉が悪かったな。訂正する。

 よくやったな、エア」

 その一言で、エアの機嫌は元通り、元以上に良くなる。嬉しそうに翼を羽ばたかせている。

「もう一回、もう一回だけ言って」

「嫌だ。

 一度言ったんだからそれでいいだろ」

 ゼンはエアに背中を向けたまま話す。既に彼の両手はその晩を過ごす設営準備に取り掛かっていた。日没まで時間はあるが、余裕がある訳ではない。

 陽が沈む時間も徐々にだが早くなっている。手元が見えなくなる前に細かい作業を終えなければならない。そのためゼンの作業速度もいつもと比べると少し早めになっている。

「魚いるかな?」

「さあな。

 一応、罠は仕掛けておくが、過度な期待はするなよ。

 魚が捕れても保存食を作っておく時間はないから、朝飯で消費するぞ」

「美味しいものが食べられるなら文句はありませ~ん」

 拠点の設営を終えた後、ゼンは川に簡素な罠を仕掛けた。疑似餌に魚が食らいつけば針が引っ掛かるだけの単純なものだが、その分量産は簡単だ。針と糸はゼンの左手に繋がっているため、反応があればすぐにでも引っ張ることができる。

 寝ている時で同じだ。僅かな反応があれば体は起きる。頭は寝ぼけていても体は考えるよりも先に行動してくれる自信がゼンにはあった。

「よし、できた」

 そうこうしている間に夕食の準備も完了した。ゼンたちが食べる分とは別に、僅かな量の切れ端が別の皿に盛られていた。

「なに、その皿の上の分は。

 私のお代わり?」

「違う。

 言っておくが、お代わりはないぞ。今盛っている分だけだ。よく味わって食え。

 これは罠の分だ。丁度、食材の端っことかの細かい部分だけが残ったから都合が良かったんだ」

「それをどうするの?」

「こうするんだ」

 ゼンは罠の分の食材を壺の中に入れると、川の中に投げ入れた。壺は川の真ん中あたりに落ちて行った。

「罠を仕掛けたのはいいけど、餌だけ食べて逃げて行かないの?」

「水の流れは、壺の口から底の方に向かっているだろ」

「うん」

「餌を食う時には水の流れに乗って容易く壺の中へ入って行けるが、出る時は水の流れとは逆方向になる訳だ」

「なるほど~」

「さあ、やるべきこともやったら寝るぞ。

 果報は寝て待てだ」

「よくわかんないけど、寝るのは得意だよ」

「だろうな。今日もお前が先に寝ていいぞ。適当な頃合いになったら、叩き起すからな」

「優しく起こしてね」

「お前の寝起き次第だ」

 夕食も終え、セロとエアは睡眠に入った。ゼンは木にもたれかかりながら、川の流れを、ぼんやりと眺めている。視線だけは川に向いていたが、彼の頭の中は昼のことで一杯になっていた。

 昼に会敵した正体不明のモンスター、ゼンもエアもその姿を見ていない。今の時点で判明しているのは、その体躯が巨大なことのみである。

 外見も種類も目的も、何一つとして確かな情報は確定していない。昼の時点でゼンたちを襲おうとすれば、襲えたはずなのに、今もこうして彼は生きている。

「っおっと」

 左手に加わった力のお陰で、ゼンは思考の坩堝から脱出することができた。薬指に巻いている糸から反応があった。この程度の力ではそう大きな獲物ではないが、貴重な食料だ。逃がす訳にはいかない。

 ゼンは真っ直ぐに張り詰めた糸をゆっくりと自らの方へ手繰り寄せていく。周囲に光源はない。唯一の光源は月のみである。

「よしっ」

 月夜に一匹の魚が照らし出された。小振りだが、脂がのっている魚だ。銀色の鱗が綺麗に輝いている。ゼンは手元に置いていた小型のナイフで魚の息の根を止めた。

「まだ何匹か釣れるか……?」

 ゼンは再び川に視線を向ける。


「おい、起きろ」

 ゼンはエアの両頬を軽く叩く。

「んへへへぇ。

 もう食べられないよ」

 幸せそうな顔でのんきに寝言を呟いている。

「夢の中でも食っているのかコイツは」

 ゼンは両手をエアの耳のすぐ側に近づける。

 パンッ。乾いた音が響いた。なんてことはない。ただ量の掌を叩いただけだ。わざと音が響くようにして。

「何っ、何っ。

 何の音」

「おはよう。

 もう朝だ」

「えっ、嘘」

 エアは重い瞼を開け、空を見上げる。青い空に、白い雲がいくつか掛かっている。今日もいい天気だ。そんないい天気とは裏腹に、ゼンの顔のクマは濃くなる一方だ。

「そんなに眠いなら起こせばよかったのに」

「どうせ村に着いたらぐっすり眠るつもりだから問題ない。それに、途中で起こして機嫌を悪くさせたら後が面倒だからな。

 さあ、飯を食ったら移動するぞ」

 ゼンは既に朝食の準備を済ませていた。材料は彼が獲った魚である。結局、あれから釣りで一匹、罠で二匹の成果があった。彼の手元には計四匹の魚がある。

 もっと時間があれば保存食を作ることもできたが、それを行う時間はゼンにはなかった。魚を腐らせるのも勿体ないため、彼は全ての魚を材料に使った。生のままではエアはともかく、彼の腹が悲惨なことになる。

 ゼンは魚の身をすりつぶして団子状にした。これを余っている野菜と一緒に鍋にぶち込めば、朝食には十分すぎる程の料理になる。これならば、魚の臭みを取る香辛料も混ぜることができ、骨を取り除く必要もない。大きな骨に引っ掛かることもあるかもしれないが、そればかりは運に頼るしかない。

「さあ、早く食べよう」

「お前は本当に食べるだけだな」

 ゼンとエアは豪華な朝食に舌鼓をうった。

「あ~、お腹いっぱい。

 これ以上、食べられない~」

 エアは大きくなった腹をこすっている。一目見ただけで食べ過ぎだとわかる。

「寝ててもいいが、俺は歩くからな」

「じゃあ、私は二度寝するから何かあったら起こしてね」

 鍋のために後片付けにもそう時間はかからない。中身もエアが食べ過ぎといっても過言ではない量を平らげたため、余ることもなかった。

 ともかくこれで手持ちの食料は無くなった。今のゼンたちの残されているのは水のみである。食料無しでも活動することはできるが、どの面においても望ましくはない。

 エアの話では急がなくとも今日中に村には着く。是非とも夜までには今日の寝床と食料は確保したいところだ。

「さあ、行くか」

 ゼンの調子は良くはないが、悪くもない。腹も動ける程度には満たされている。エアがほとんど食べ尽くしてしまったせいで、まだまだ腹には余裕がある。これが満腹であったならば、睡魔に襲われていたことは間違いない。


「ここか……」

 ゼンが歩き始めてしばらく経った頃だ。彼の目に村が映ったのは。少し高い所に昇れば全貌を把握できそうな規模の村だ。ここまで小さいと、物資の交換ができるかも不安になってくる。

「まずは交渉してみるか。

 最悪、買えばいいだけだ」

 ゼンは自分に言い聞かせるように小さく呟く。彼が不安になっているのは食料だけの問題ではない。村から人の活気が感じられないのだ。人がいる気配は感じる。だが、生活を送っている跡が見られないのだ。

 ゼンの不安は増していく一方である。このまま素通りできるならば、素通りしたいが、今の彼にはその選択肢はなかった。

 村の入り口にも人影はない。ゼンは誰も立っていない門をくぐる。村の中に入っても人の気配はないままだ。彼は誰もいない村の中を歩き回る。

「ここか……」

 ゼンはとある家の前で足を止めた。村の中を回り、唯一ここから人の気配を感じたのである。家の規模はお世辞にも大きいとは言えない。それなのに、この家の中からしか人の気配がしないのだ。いかなる理由があるのかは不明だが、その謎を解くには前に進むしかない。

 家に近づき始めた頃だった。

「オイ、あんた何している!」

 家の入り口から一人の男が姿を現した。ようやく見つけることができた第一村人だ。

「そんな所にいたら奴に見つかるぞ」

「奴?」

 男の言っている奴とはいったい誰のなのか。人なのか、それとも……。ゼンの片眉が上がる。

「話はいい。とりあえず、こっちに来い!」

 男に手招きされるまま、ゼンは家の方へ進む。これ以上、この場で話を続けても埒が明かない。それ以上に、男の心証を悪くするだけだ。それならば、家の中に入り、より詳しく話を聞いた方が得策だと彼は判断した。

 家の中に入り、ゼンがまず目にしたのは大量の人間が居座っている姿であった。家はそう大きくない、一世帯が住むことを想定した程の大きさだ。その家の中に大の大人が十数人はいる。一階建ての家のために、明らかに収容人数を超えている。

「ささ、こっちだ。

 狭いが我慢してくれよ」

 ゼンに手招きをした男が場所を指定する。彼は家の端のほんの僅かな空間に案内された。その場所のすぐ近くにも人はおり、足を伸ばして休むことは不可能である。

「それで、あんた名前は何ていうんだ?」

「ゼンだ」

「それじゃあ、ゼン。

 あんた奴には遭遇してないのか」

「奴というのは……?」

「その様子じゃ、何も知らないようだな。

 奴というのは、あのモンスターのことだ。昔からこの地域にはあのモンスターがいたんだ。この位の時期になると冬眠に入るんだが、稀に食料が足りずに冬眠ができない固体がいるんだ。そういった個体は村の住民で対処するのが常だったんだが、アイツだけは何もかもが桁外れだったんだ」

 話をしている男の体が小刻みに震えている。恐れている奴の正体とは、それほどのものなのかとゼンは推測する。

「ああ、そうだ。

 あんな大きな奴は見たことがねえ」

「俺の子供もアイツに喰われたんだ。

 絶対に生かしちゃおかない」

 周囲からモンスターに関する情報が殺到する。そのどれもが、モンスターに関する恨み、恐れについてだった。直接に顔を見た経験はゼンにはない。ただ、対峙した時に感じた、あの圧倒的な威圧感は間違いではなかったのだ。

「まあ、とにかくアイツを仕留めるまではアンタもここにいた方がいい。

 この人数だ。いくらアイツが並外れた体躯だろうと数の力には勝てねえさ」

 ゼンは内心で“しまった”と感じていた。この場にいる限りでは飢えることはなさそうだが、移動ができないのだ。この場から立ち去ろうとすれば、周囲の人間からの猛反対に遭うことは避けられない。この場にいる人間を全員消さない限りは。

「アンタ、傭兵か。

 その腰に差している刀、その刀で戦えるか?」

「刀は使えるが、そのモンスターには不適だな。

 それ程の巨体なら刃が肉に到達する前に止まってしまうからな。効果があるとしたら、鈍器か槍くらいだろうな」

 周囲の男たちは武器と呼べない道具を携えている。中でも多いのが、農作業具を武器に見立てている者だ。鈍器としては使えるかもしれないが、刺すという観点からは意味は無いに等しいだろう。

「それでアンタ達は、どうしてこの家に集まっているんだ?」

「それはな、この家の住人が帰ってこないからだ。元々、この家には腕利きの猟師が一人で住んでいたんだ。

 アイツの被害を確認した時点で、この家の猟師にも頼み込んだ。猟師は俺たちの願いを聞き入れ、駆除に出かけた。それがしばらく前の話だ。

 猟師は帰ってこない。だが、アイツは暴れ続けている。次第に、村の中にも侵入し、被害は広がる一方なんだ。

 アイツに一人や二人で立ち向かった所で死ぬだけだ。それなら一箇所に集まった方がおびき寄せることもできるし、戦力を分散させずに済む」

 確かに男の言っていることに間違いはない。あの正体不明のモンスターに対しては一人や二人で対峙することは自殺行為と同じだ。それならば大人数で向かった方が勝機はある。

 ただ、それは全員で立ち向かった場合という条件付きではあるが。

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