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ワールド・ジャーニー  作者: ノリと勢い
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十七話 其の一

「匂いの原因はコイツか……」

 ゼンは片膝を地に付けた状態で、目の前の惨劇を見ていた。

「うぇぇぇぇ。

 早く先に行こうよ。見ているだけで気分が悪くなっちゃう」

 ゼンが目にしていたのは、死体だった。男で、歳は彼とそう離れていない。何よりも目を引くのは、その惨状だった。顔には傷がないが、腹が大きく割かれていた。男が倒れている地面の周りだけは、土が赤く染まっている。

 ゼンは傷をより深く調べるために、男の死体に触れてみた。体は既に冷たくなっている。続いて腹の傷を、より注意深く観察してみる。

腹の傷は、鋭利な刃物で割かれた訳ではなさそうだ。傷跡からゼンが判断するに、刃物というよりかは爪で引き裂かれた感じに近い。それもかなりの力でだ。

人間がこの所業を行ったとすれば、人間離れした怪力を持っているに違いない。

「ねえ、ゼン。

 これって」

「まあ間違いなくモンスターの仕業だろうな、こんな傷跡を残せるは。

 それも大型のな。腹が減っているみたいだな、腸が無くなっている」

「その情報はいらなかったな。

 それで、どうするの?」

「どうもこうも、進むだけだ。この惨劇を起こした奴に出会わぬよう、祈りながら」

「もしも、出会ったら?」

「逃げる」

 ゼンは立ち上がり、その場を後にする。死体をそのままにしておくのは少し心が痛むが、埋葬するほどの時間も彼にはなかった。彼にはその夜を平和に過ごすための場所の確保と、夕食の準備が残っている。

 それに加えて、死体の埋葬中にも襲われる可能性もある。その場にいた際にゼンは視線を感じなかったが、いつ襲われても不思議ではない。実際、死体を囮にして新たな獲物を狙う習性のあるモンスターもいる。彼も何度かそういった習性のある生物と対峙した経験もあった。

「匂いの気にならない場所まで行けば、今日はもう終わりだ。

 さあ、行くぞ」

 ゼンはセロの手綱を引き、前へ進む。

 エアにも少しずつ耐性が付いてきたようだ。以前と異なり、弱音を吐くこともない。食欲が減ったなどの文句を言う事もない。それどころか、先程の光景など忘れていそうな雰囲気である。成長したと喜ぶべきか、モンスターとして正常になりつつあるのか、ゼンには判断がつかなかった。

「ゼン、いい場所が見つかったよ」

 一夜の拠点を見つけるため先行させていたエアから、良い報告が入った。ゼンは声のする場所へ向かう。エアがいた場所は、大きな木が一本だけあるだけの開けた場所であった。

「どう?

 ここならどこから襲い掛かって来てもすぐに逃げられるよ。周りも開けているから周囲に何かあればすぐに対応できるし」

 確かにエアの言う事は間違っていない。ただし、周りが開けているということはどこからでも攻撃を受ける可能性もあるということだ。まずないことだが、包囲網を敷かれた時点で詰むことも忘れてはならない。

 今回はモンスターの正体はいまだ不明だが、数が多くないことは確かだ。数が多ければ、ゼンが対峙した時点で勝ち目がないことはほとんど確実だろう。

「よし、ここでいいだろ。

 俺は寝るから、見張りは頼んだぞ」

「え~、ズルいよ。

 私だって寝たいんだけど」

「冗談だ。

 先に寝ていていいぞ」

 ゼン軽口を叩きながらも、その手は動き続けていた。慣れた手つきで素早く寝床を築くと、続いて夕食の準備に取り掛かる。材料も水も心許ない量だが、数日は持つはずだ。

 いつものことではあるが、移動しながらでは物資の補給は思う様にならない。この調子では近い内に一日を費やしてでも、水や食料の調達に回す必要がありそうだ。身の安全を確保してからの話にはってしまうが。

 その晩は簡素な食事を終え、眠りに入る。呑気に口を開けながら、エアは寝ている。

 その横で、ゼンは背を木に預けながらも警戒は怠っていなかった。まだ眠気はそう強くない。目を閉じればすぐにでも寝ることのできる自信が彼にはあったが。

 その晩、ゼンが熟睡することはなかった。流石のゼンも眠気に勝つことはできず、睡眠は取ったが、浅く短いものばかりである。ほんの僅かな音や風でも起きる程の。

 ゼンの隣で熟睡しているエアは、起きる気配が一向にない。朝になり、太陽の光だけがエアを起こす唯一の方法だと思う程の眠り具合である。

 結局、ゼンの予想は的中した。エアが目を覚ましたのは、陽が昇ってからである。エアが心地よい快眠から覚醒し、最初に目にしたのはクマのできたゼンの顔であった。

「酷い顔」

「そっちはいい顔だな。

 心地よさそうに寝やがって。

 俺も少し寝るから、太陽が真上に昇る前に起こしてくれ。流石に眠い」

 ゼンは欠伸をしながら口を動かす。

「その間は頼んだぞ」

「わかった。

 ところで、私の朝ご飯は?」

「そこにある。

 じゃあ、よろしくな」

 ゼンはとある方向を指さす。その方向には、ゼンが作った朝食が残されていた。夜明けの前に彼が準備したものだ。眠気が限界に近付いており、手持無沙汰では本格的な眠りに付いてしまう恐れがあった。

 そこで眠気覚ましと意識を別のことに集中させるために、次の朝の準備に取り掛かったのだ。残された材料も限られているため量は用意できないが、その分は手間をかけることで補填する。

 夜明け前から取り掛かり、準備が終わったのはエアが起きる直前のことだった。準備の最中に小腹が空いたからといって、つまみ食いをしたのが拙かったようである。ゼンの眠気は限界寸前の状態であった。

「ねえ、朝ごはんってこれのこと?」

 エアが朝食を確認し振り返ると、既にゼンは眠っていた。眠りに付いて尚、彼の右手はナイフに添えられている。

「ちょっと、もう寝たの?

 起きないと、私一人で全部食べちゃうからね」

 ゼンからの返答はない。

「本当だからね。

 後で文句言わないでよね」

「全部食っていいから寝かせろ」

 エアは朝食を摂り、ゼンは睡眠に入った。


「……ン。ゼン!」

「んん、おあ」

「もう、やっと起きた」

ゼンが目を開けると、彼の顔のすぐ前でエアは飛んでいた。彼がほんの少し顔を前に動かしただけでぶつかりそうな距離である。

「俺はどの位寝ていた?」

「まだ太陽が昇りきる前だよ。

 気付いたらあっという間に寝ていたよ」

 ゼンは立ち上がり、体を伸ばす。その際に空を見上げ、太陽の位置を確認する。エアの言う通り、太陽はまだ昇りきっていない。途中で起こされなかったということは、襲撃もなかったのだ。

「一応聞いておくが、変わったことはなかったな?」

「うん。お陰で、セロと静かに時間を過ごせた」

「さて、今日も歩くか」

「それなんだけど、ゼン」

 珍しいことにエアの顔が神妙だ。

「どうした」

 エアはとある方向を指さす。

「あっちの方向から匂いがする」

「どんな匂いだ?」

「人と人が暮らしている匂い」

 そろそろ食料が尽きかけている頃だ。どこかで補給をしなければならないと思っていた所に、この話は渡りに船だ。そこに住んでいる者が大人しく交渉してくれるかという問題は残っているが。

「この方角だな」

 ゼンもエアと同じ方角に指をさす。

「うん。

 まだ距離はあるけど、そう遠くない。ゼンの足なら遅くても明日の夕方までには着く位かな」

「それじゃあ、村に寄るのは明日にしよう。

 今日は早めに切り上げてさっさと休むか」

「それ賛成!」

 ゼンの顔の周りをエアが嬉しそうに飛ぶ。

「そのためにも、今日も進むぞ」

 ゼンは素早く拠点の片づけを行うと、目的の方角に進む。

 道中も、特筆することがない程度には平和であった。だからといって、ゼンが警戒を解くことはない。常に彼の右手は武器に触れていた。

 エアにも異常を感じたり、変な匂いがすれば直ぐに伝えてくれとは言っている。完璧とはいえないが、可能な限りの防御策は講じている。

「どうだ、何か気になることはあるか?」

「気になることねぇ、今日の夜ご飯のことかな」

「今日も余り物でさっさと作る予定だ。

 精々、村民との交渉が上手くいくことを祈っていてくれ」

「実際の所、もうそんなに備蓄はないの?」

「節約すれば何日かは持つな。

 ただ、料理は味の薄い物ばかりになるがっ」

 ゼンが急に足を止めた。彼が足を止めたことに気付かず、エアは彼の背中に衝突してしまう。

「痛ッ。

 ちょっと、何止まってるのさ」

 ゼンは固まったように体を動かさない。

「ゼン?」

「エア、俺が合図をするまでその場から動くんじゃないぞ」

 ゼンの額からは汗が流れ始めている。汗が流れる程の気温でもないのに。

 それだけでエアは異常事態であることを悟った。

「何か変な匂いはするか」

 エアはその場から動かずに、目を閉じて嗅覚に自身の意識を集中させる。

「特には……。

 匂いはするけど、あの木になっている果実の匂いが強すぎて、他の匂いが嗅ぎ取れない」

 人間であるゼンにもその果実の匂いは嗅ぎ取ることができる。ドラゴンであるエアであれば、より強く感じ取るはずだ。他の匂いを感じ取ることができない程に。

 ゼンは、彼だけが自分を狙う視線に勘付いていた。明らかに自分を獲物として捕らえている視線である。数は一つだけだが、圧が強い。今すぐにでも彼を襲い掛かってきそうな雰囲気を醸し出している。

「まだだ、まだ動くんじゃないぞ」

 ゼンが立ち止まってから幾分かの時間が経っている。彼にも視線の送り主にも動きはない。ただ時間だけが過ぎていく。彼の額から流れる汗だけが動きを見せていた。

「ハァーーーッ」

 視線がゼンから外れた。張り詰めていた緊張の糸が切れる。彼は大きく息を吐き、その場に座り込む。

「もう動いていいの?」

「ああ。

 視線が消えた。少なくともすぐには襲い掛かってこないはずだ」

 何故、襲い掛かってこなかったかは謎のままだが、ひとまずは今の状況にゼンは安堵する。

「何で私たちを襲わなかったのかな」

「俺が知りたい位だ」

 視線の正体は未だに不明のままだ。ただ一つ、はっきりしていることがある。それは、相手が大型のモンスターだということだ。あの威圧感は人間や小型の動物では出すことは到底不可能である。

「嫌な汗をかいた。

 エア、この近くに水源はあるか?」

「ちょっと待ってて。

 飛んで見てくる」

「頼む」

 エアは飛び立って行った。その姿を見届け、ようやくゼンは重い腰を上げた。

 


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