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がらくたの

「大体、『異世界』なんてあるわけがないじゃないですか。それをまぁ……国民も王も簡単に信じてしまって。僕からすれば不気味なくらいでしたね、いやありがたいですけど。

そういえば、初代国王様がそういった空想話が好きでよく絵本を描いていたという話はご存じですか? もしかしたら、これは彼のその幼稚さが国に蔓延した結果なのかもしれませんね。

それとも、そんなおとぎ話がないと知っていながらも都合よく漂流した少年を英雄に祭り上げなくてはいけない理由でもありましたか? まぁどっちでもいいですけど。


それより、あの異世界の英雄話、僕の故郷の一族には全く別の形で伝わっているんですよ。聞いてくださいよ。


ある時、とある地に住んでいた戦闘に長けた黒髪黒目の少数民族が奴隷狩りに合い家族をバラバラに引き裂かれ、散り散りに売られた。当時亡国の王子として国を取り戻すために奮闘していた少年が、その民族の少年の一人と奴隷市で出会い解放してやった。

恩義を感じた民族の少年はかの王子の剣として盾として戦い、ついに彼らは国を取り戻すことができた。

忠を尽くし終えた民族の少年は、今度はかつて散り散りにされた自分の同胞を探すための旅に出る。


一人、また一人。何十年もかけて彼は同胞を探し続けた。そうして元よりずっと小さい村を作った。今度は誰にも見つからないような、森の奥に……。


彼は英雄であったのでしょうが、異世界なんてのは空想好きの王子がつけた尾ヒレに過ぎなかったというわけです。がっかりしましたか? でもおとぎ話なんてどれもそんなものでしょう。皆が都合良く理想を押しつけあってできている。


押し付けられた方はたまったものじゃありませんけど!」



 アキヨシは……壊れた井戸から水が吹き出るように、喋る喋る。俺は、ただ呆然としてそれを見ていた。



「異世界人っぽさを演出するのには苦労しましたよ。奇妙な服を仕立ててもらって、海に流されて……あぁ本当に浜に流れ着いて良かった、ここが一番心配でした。それから、言葉が分からないフリをするのは笑いをこらえるので大変でしたね。たどたどしい発音をわざとって……ふふ。ニホンゴなんて適当な言語を作るのも面白かったですよ。貴方様がなんだか一生懸命覚えようとしてくれるから、一度使った言葉はどういう意味で使ったのか覚えておかないといけなかったのは、ヒヤッとしましたけど。

剣だって、筋肉痛になったフリしてみたり。

やたら意欲的なフリをすれば国の重要な資料を次々に見せてくれましたね。挙げ句に大事な隠し通路のことまで……。もう薄々気付いていると思いますが、宮中にいる兵達の侵入経路はそこです。

毎晩、報告書を書いて鳥の足につけ、本国に送っていました。


おかげでずいぶん簡単にこの国の心臓を握りつぶせました、詳細は省きますが、全部貴方のおかげです」



 アキヨシはへたりこんだままの俺の首を乱暴につかんで自分に引き寄せた。俺の手から離れた剣が、ゆるやかに屋根を滑っていく。



「なんでしたっけ? 僕が世界で一番優しい男、でしたっけ?」


「もう喋るな」


「愚かな王子を持って、国民はさぞ幸せでしょうね」


「楽しかったか? その愚かな王子がお前の言動に踊らされるのを見るのは」


「いいえ、意外とつまらないですよ。何をしても張り合いがなくて。貴方は真面目ですが才能のない人でしたね」



 なにも言い返すことなどなかった。本当にその通りだ。俺は今まで優秀で模範的な王子の像を作り上げてきたつもりだった。言い換えれば真っ白な、何の芸術性も利便性もないただの像を。


 ()()()()()()フリだけ上手な木偶の坊。



「…………。戦争はこれで終わりです。陛下はその後の統治は貴方に任せると言っています。貴方が次の王に即位し、降伏宣言を出す。それでもう全部、終わりです」


「任せる? 王子の才もない男に王を任せるなんてお前の陛下は頭がおかしいな」


「こんな枯れきった土地は要らないと言ってるんですよ。そもそも戦争を仕掛けてきたのはこの生首野郎だ。こいつさえ死ねば良かったんだ。それを民を大勢巻き込んで……」



 アキヨシは手を離した。その目が心底失望したようで、憎ましげで。



「上に立つ人間は嫌いだ。自分の力でもないクセに私欲のために国を動かす。それを役目だなんだと言って正当化したがる。僕は『王子の役目』を忠実に守ろうと頑張るお前を見るのが何よりも、この世で一番憎らしかったんだ」



 アキヨシは、今まで俺の隣で話してくれたような口調にわざと戻して、流星群の夜と同じく色々な思いを織り交ぜて弱々しく、汚くくしゃっと笑った。頬をついた血は乾いてパリパリになり、落ちていく。


 そこに、まだ、俺の知るアキヨシの顔が残っていた。


 ……なんて残酷なんだろう。俺は目の前に立つ少年の闇はここにあったのだと理解した。彼の一番恐ろしい部分は人間の首を切り落として微笑めることではなかった。

 彼が今戸惑いもなく殺したのは()()であり、()()であり、『心』だ。




「さて、あらかた話しましたし、もう良いですかね。ちょっと縛らせてください、貴方を連れていくところまでが僕の任務で……」


「どうして」


「……はい?」


「…………どうして、『俺とお前』だったんだろうな……」



 アキヨシは少し驚いた顔をした。




「さぁ? 神様にでも、聞いてください」

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