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のろしびの

 それからの日々は父王との口論ばかりだった。「戦に立たずして何が英雄だ!」という王に「彼はそもそも英雄になるためにこの世界に来たのではない!」と返す俺。どちらが悪いのだろうか。ちっとも話は前に進まない。少し前まで優勢だった戦争も気が付けば均衡状態に戻ってしまっているし、何もかもうまくいかないものだ。


 一方アキヨシはといえば、これまで通り皆に好かれて剣術から座学まで幅広くこなしながらさらに隠し通路について調べている。

 俺が動けないときは一人であっちこっちへ入っているようだ。……デストラップもあるから、あまりホイホイ入ってほしくはないのだが。


 城下に二人で遊びに行ったりもした。王都は昔に比べると物が少なく、少々荒れていたが、まだ人々は元気だ。出店が無くなっていた為、何かを買い食いしたりはできなかったが、アキヨシはとても興味深そうに街を見ていた。



 そんなある日のこと。中庭で剣の稽古の最中だった俺たちの元にこんな知らせが入る。



「王子、大変です。王都の北東部で暴動が起きております」


「何だと? 民衆の反乱か?」


「いえ、それが……戦い慣れた謎の黒仮面の集団で……!」


「…………仮面の集団? なんだそれは。そんな妙な連中がどうして王都に入れているんだ。警備はどうなっている」


「実は最近では王都の警護をしていた兵達もほとんどが戦地へ向かっており……最低限の人数で回しておりました。他の町も同様です。この国には兵が足りておりませぬ……!」


「……陛下はこの件に関してなんと?」


「はっ……戦地からすぐさま五百名ほどの兵士を都へ呼び戻すようにと……。緊急の対処へは近衛兵様を数名送らせたそうであります」


「そうか、わかった。下がれ」


「はっ」



 報告をしに来た兵士は臣下の礼を取るとすぐに慌ただしくかけていった。王族の視界内でそのように落ち着きなく走り回るとはなんとも無礼な話だが、それも仕方ないくらい本当に兵力が足りていないのである。俺は苦虫を噛み潰したような顔で、剣を持つ手に力を入れた。


 そんな簡単に不届き物を国の心臓部である都に入れてしまうとは……。そもそも、仮面の集団とはなんだ? これまでそういった情報は一切なかった。急に湧いて出てきたのだ。もしや国内の反王家組織だろうか。ただでさえ戦力が他に割けない時期によくも……。



「大丈夫か? アベル」


「あ、あぁ。心配はいらないよ。君も知っているだろう、近衛達は強い。いくら戦い慣れている集団といっても近衛とは歴然の差があるだろう。すぐに鎮圧されるさ」


「ならいいけ……」



アキヨシが口を閉じる前に、遠くから女の悲鳴が聞こえた。

遠く、しかし、これは、城内から。



「……!?」



 一番早く反応したのは剣の先生だった。さっと剣を鞘に納め「こちらへ!」と俺たちの手首を掴んで悲鳴が聞こえたのとは反対に走り出す。



「なっ……どうして悲鳴から遠ざかる! 俺は、戦えるぞ!」


「王子、ご冗談はおやめください! 貴方様が先ほど仰られた通り、()()()()()()()者なら近衛は逃しませぬ! それが、どういうわけか、宮中に侵入しているのですよ!? しかも異常な速さです、得体の知れぬ敵と無闇に戦ってはなりませぬ。貴方様はいずれこの国をお治めになる方なのですよ! 貴方様にはたとえこの国の生物が全て絶えたとしても生きてもらわねばなりませぬ!」


「じゃあ、俺が行く!」



 悔しくて顔を赤くする俺の代わりに、先生を挟んで反対側でアキヨシが声を張った。俺は驚く。


 やめてくれ、俺はお前には戦ってほしくない。お前は平和な世界の住人なんだろう、なら、その魂を返り血で汚す前に、帰ってくれ!


 そう、言えば良いのに、言えなかった。

アキヨシはにっと好戦的な笑みを浮かべる。やめろ、そんな風に、笑うな。



「ずっと、こういう時のために俺は飼われてたんだろ!? 俺だって恩返しの一つや二つ、するぜ!」


「ま、待て、アキヨシ。まってくれ、アキヨシ!」



 先生が何かをいう前に、彼は掴まれた手を振りほどいて逆走し始めた。

 一人で行くなアキヨシ。どんな風に笑ったって、死が怖くなくなるわけではないのだから。


 先生の手を振りほどいて追いかけたいのにできない。"王子"という血が、鉛の枷のように手や足を閉じてしまうのだ。俺は、こんなに苦しい身の上だったか。国の全てが絶えても生きろなどと冗談ではない。


 たった一人で生きていけるはずもない。




「大丈夫! 絶対生きて戻ってくっから!!」



 アキヨシの姿が見えなくなりそうなその時、アキヨシは、確かに、そう叫んだ。

はっとした。

 俺は言いたいことを全て噛み殺し飲み込んで焼けただれそうな喉に、大きく息を吸い込んだ。



()()()()()()に来い! アキヨシ! 俺はそこで君が来るまで待つからな!!」



 とうにアキヨシの姿は見えない。どうか届いてくれ、声よ。

戦地へ赴く英雄(アキヨシ)が帰ることを誓ったのなら王子(おれ)は待つしかない。


 一人意味が分からない先生は、俺の手を絶対に離さないというようにぎゅっと力を入れ直して、聞いてきた。



「王子、星を見た場所、とは」


「城の屋根だ。この王宮には無数の隠し通路がある。そこを通って一度屋根に出たら、別の通路に入って郊外へ行くんだ。陛下もその道は知っておられる、内部に敵が溢れているのではそこからしか外に出れない!」


「……承知! 必ずそこまでお連れ……し……」



 急に先生の足が乱れた。何事かと見ると、先生の背中に一本の矢が刺さっていた。続け様にもう一本、とすっと刺さって、先生がうめき足を止めてしまう。



「いたぞ! アベル王子だ! 捕まえろ!」



 走ってきたのとは別の横道から数名の黒仮面の男達が声をあげた。彼らの手には剣、斧、弓……各々全く別の武器がある。先ほど女が悲鳴をあげた方にはアキヨシが向かったはず。まさか、こんなにすぐに彼が倒されたはずがない! とすると、別部隊か。

 一体どれほどの敵が宮中に入ってしまったのだ!?


 先生は背中の矢を荒っぽく抜きながら敵に向かい合った。「王子、ここは私が引き受けましょう」などという。血のついた矢をバキッと折り捨てると剣を抜く。



「な、何を……お前までそんなことをする気か!?」


「大丈夫です、私とて昔は軍の将を任されておりました。それに、まだ王子にお伝えし損ねている技もございますゆえ、かようなやからのために命を散らすつもりは毛頭ございませぬ。さぁ、走ってください」


「……大馬鹿者めが!!」



 悔しさで頭がどうにかなりそうになりながら、俺は、先生に背を向けた。既に矢傷を受けた人間に敵隊一つを任せて逃げることがどれだけ結果のわかりきったことか。それでも先生を信じていかねばならぬ。別れの言葉を交わしてはならぬ。

 王子(おれ)は逃げねばならぬ。



「武運を」


「……貴方様の権威に誓って」



 そのあと後ろでどんな音が聞こえても振り返らずに俺は英雄の部屋を目指した。

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