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ほしぞらの

 冷たい隠し通路は当然誰も掃除などしないのでほこりっぽい。ランプでオレンジ色になった厚く積もるそれらの上に二人分の足跡がついていく。



「ここは皆知ってるのか?」


「そうだったら隠し通路とは呼べないな。きっと全部を知ってる者はいないだろう。俺は小さい頃偶然さっきの部屋でこの道を見つけたのが最初で色々探したんだ。聞いてみたら、父上は子供の頃にお祖父様から教わったらしい。つまりは王家に伝わる秘密の逃げ道ってやつだったんだ。もはや俺以外使ってないけれど」


「へぇ……」


「今度別の道を使って王都に行こう。君は王宮に連れてこられてから一度も外に出ていないだろう、ちょっとくらいのお忍びは許されるさ」


「あぁ、なんかこういうのワクワクするよな! 本当に、教えてくれてありがとう」


「どういたしまして。…………あぁ、ついたよ。開けるからランプを持っててくれ」


「オーケー」



 階段は最後は行き止まりになっているように見える。しかし天井を触ってみると、なにやら複雑な鍵の重く厳重な小さな扉が付いていることがわかる。鍵の開け方は体が覚えている。それほどまでにここは俺にとってお気に入りの場所だった。

 カチッ、と。小気味良い音がする。よいしょと外開きの扉を開けると、青白い月光が差した。冷たい色なのに、それはどこか暖かいのだ。

 手をかけて登ると、ランプを返してもらって火を消した。もう、必要ない。



「ここは…………」


「王宮の屋根の上だよ。絶対誰も気付かない、この国で一番空に近い場所だ」



 なだらかに斜めになった王宮の屋根は寝そべって星を見るのにちょうど良い。うっかり足を滑らせて下に落ちれば確実に死ぬが、ここは広い屋根のほぼど真ん中なので簡単は落ちまい。



「さむっ」


「そうだね、上着を持ってくれば良かった」


「イウノガオセェヨバカヤロー……」


「ん?」


「あぁいや、星綺麗だなって」



 雲も、高い建物も、汚い煙も。この群青のキャンバスを汚すことは何にもできやしない。砂浜で両手にすくった白い砂をわっと撒いたように、きらきらとした細かい星までくっきり良く見える。時折ほんのり赤や青に光るものも見えた。空を見上げているのにまるで海底を覗き見ているようで、手を伸ばせば届きそうで。しかし宝石のようにこの手にあるもので例えるのでは足りない。もっと、もっと違うなにかだ、これは。


 星という以外に表しようのない、星だ。



「あっ今流れた」


「えっどこだよ!」



 シュンッとすぐ消える尾を引いて、まず第一の星が落ちた。銀の粉をはらはらと残しすぐにその光は見えなくなってしまう。そしてそれを合図に、次々と夜空には針を投げたような銀の細い光が飛び交い始めた。


 まるで戦場で死んだ兵の魂が家へ帰っていくようだ。


 最初は興奮して騒いでいたが、次第に、俺たちの間に言葉はなくなっていた。俺が、星を見て戦争を感じているからだろう。返事がうまく返せないのだ。

ひどく感傷的になっている。本当に兵士達の魂が星に乗って家に帰れるのならばいい、しかし、現実は、彼らは戦地に置き去りだ。遺体を家族に届けてやることなどほとんどできないし、まともに弔ってやることもできない。まだ生きて戦地に滞在する兵は、この空を見ているだろうか? だとしたら、俺と同じことを思うだろうか?



「…………」


「…………」


「そう、いえば」



 沈黙が胸に痛くて、ぽつり、俺は言った。降り止まない星の行く末を目で追いながら。



「さっき、何を書いてたんだ? ぐしゃぐしゃにしまっていたが、良かったのか?」


「………………。あぁ! あれは、文字の練習をしてたんだよ、だから、別に、大したことじゃ…………」



 アキヨシの言葉には元気がなかった。言葉尻がすぼんで、消え入るようにして最後まで続かない。いつも元気で明るい彼にしてはとても珍しいことだった。嫌な話題を振ってしまったらしい。その上、俺はどう反応したら良いかわからなかった。つくづく駄目だ。早急に別の話題をふろうと、政治について考えるときと同じくらい必死に考えた。



「…………いや、お前に嘘はよくないな」


「え?」


「悪い、みっともないと思って、ずっと黙ってたんだ。でも、いいな、お前には話しておくよ」



 アキヨシは俺に背を向けた。顔が見えない。どんな表情をしているのかわからない。



「手紙を書いてたんだ」


「……手紙? 誰に……」


「元の世界の家族とか、友達に」



 息が止まったかと思った。この二ヶ月、彼はこの世界のことをもっと良く知りたいとは言えど、進んで自分の世界の話をしたことなど一度だってなかった。言葉を学ぶ過程でそれとなく触れることはあっても、()()()()そのものについて口に出したことなど、ただの一度だって。



「今日あったこととかをさ、書くんだ。俺は元気だぜって。大丈夫だぜって。最近よく窓辺に遊びにきてくれる鳥がいるんだ。そいつの足にくっつけて飛ばしてる…………まぁ、どの手紙もそのまま足にくっついて帰ってくるんだけどな。戻ってきた手紙は……全部暖炉で燃やした」



知らなかった。



「こんなことを言ったら失望されるだろうけどさ、本当は戻りたいんだ。親にも何にも言わないままだったし、やりたいことはいっぱいあったし……全部が全部中途半端なんだよ。

 ……もちろん、アベル達に会えたことを後悔してるわけじゃないんだぜ? 飯はうまいし、皆良くしてくれる。けど、やっぱりここは俺の世界じゃない。俺達は違う世界で生きてるんだよ」


「…………」


「分かってる、散々面倒見てもらってるのに、帰りたいなんてひどい話だよな。変な話してごめん、今のも、手紙を見たことも、全部忘れてくれ。明日の朝になったらいつも通りまた頑張るから」



 彼は明るい調子でそう言ったが、それはあまりに悲痛な告白だった。


どうしてアキヨシがこれまで好んで故郷の話をしなかったのか。それは、思い出して恋しくなるのが辛かったからなのだろう。

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