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しののめの

 白い夜明けの午前五時。ひんやりとした空気で目を開ける。体は冷たくなっていて、もう死んだのかと思った。牢の小窓からはかすかに昇る日が見えた。昨日海を溺れた太陽は、こうして甦る。死ぬたび誰かに望まれて生き返る。これが一日の中で最も眩しい空だ。夕焼けよりも、星空よりも、朝が、好きだ。


 逆に、ずっと夜が嫌いだった。眠ったら二度と目が覚めないような気がしていた。自分ではどうしようもない夢を見るのが嫌だった。辺りが暗くなると視界が狭くなり、自分の周りには誰もいないように感じてしまう。……いや、事実誰もいないのだから、感じるのではなく現実を確認しているだけだ。昼間別人になっている間があまりに好かれるから、勘違いをしてしまう。


 夜はひどく寂しい。


 ……日が地平線から離れるのを見届けるとまた横になった。石の床はとても冷たい。暖まることを知らず、折角熱を与えてやっても奪うだけ奪って捨ててしまう。なんて恩知らずな奴なんだろう。まるで僕みたいだ、なんて考えるのはさすがにクサい。あれは僕ではなく"アキヨシ"に与えられた生活と恩だ。決して僕のものではない。


 そういえば、ここに入ってから数日が経つが、"彼"は一度も訪れなかったな。来たら思い付く限りのひどい言葉ではっきり嫌悪を示してやろうと思っていたのに。

 今まで彼が純粋に、必死になってアキヨシの世話をしていた姿が目の裏に焼き付いている。バカみたいに絵本の朗読をしたり、自分も一緒になって剣の持ち方から稽古したり。それから、彼はどうでもいいような話も熱心に聞いて、面白がった。面白がって、くれたんだよなぁ。


 ……所詮、彼と僕では生まれた世界が違う。異世界なんていうのも大袈裟ではないくらい、遠い。遠すぎる。僕らは異なる世界で生きている。美しく正確な平行線は永遠に交わることがないように、僕らの人生もまた本来交わるべきではなかった。平行線が歪めば正方形は作れない。崩れた箱の中には何も貯まらず、落ちていくだけだ。


 落ちたら二度と拾い集めることはできないのに。


 寒いと丸くなって、頭を抱え込んだ。




 午後二時の断頭台に向かって町中を引きずり回される正午。痛さは常時感じていて慣れるものではないがもはや感覚が狂って何がなんだかなんやらら。


 聞こえてくるのは祝福の歌? いいや、それは憎悪の叫び。

 世紀の大悪党に人生を壊された人たちが泣いている。


 どうしてこんなことになったかと言われれば、間違いなく自分が悪いわけであって。

 周りの責任も多少あれど、最終的にこれを選んだのは僕だ。本当に嫌ならさっさと逃げてしまえば良かったのに。人のせいにすればまだ楽なのかもしれないが、そうもいかない。


 実を言うと、陛下のお気に入りの催眠術は、最初からかかっていない。どうやらそういった類いのものに強い血筋らしい。妹なんてとっくに死んでいたし、わざわざ仇国に仕えてやる必要などなかったのだ。


 ならどうして僕は逃げなかったのだろう?

 まさか殺されたかったわけではあるまい。あれこれ考えるが、時々衝撃に意識が飛ぶので考えがまとまらない。


 口の中が切れて血の味がする。不味い。ぺっ。


 しかしなんだ、陛下の冷酷さもここまでくると称賛に値する。まさか今回の作戦で一番のお手がらを挙げたにも関わらず敗戦国に売られるとは思わなんだ。いや、予測はできていたが。あの人は本当に国のためになら容赦がない。斬り捨てられた身としてはたまったものではないが、僕がこうして一身に全ての火の粉を被ることで、帝国の村の子供は何も傷を負わずにいるのだと考えればさほど気分は悪くない。……それが自分をなだめるただの詭弁だと分かっていても。



 断頭台にセットされる午後一時四十五分。


 血を吸うように下に敷かれた藁。上は大きな刃が一枚。横には死刑執行人。周りには群衆、前にはこの国の新しい王様。


 罪状が読み上げられたり形式ばったことが行われている間、王様をまじまじと見つめてみると目をそらされた。

 こちらの陛下は逆にぬるくて心配ものだな。



「処刑は陛下の合図によって執行される。最期に言い残すことはあるか」



 はぁ、あの調子で彼は合図を下せるのか、と、ちょっと面白くて口角があがると、処刑人は少しうろたえた。


 怖くないわけがないのだが、妙に落ち着いている。手が今にも震えだしそうなのだが、妙に安心している。死んだ先で家族や友達と会えるとでも思っているのだろうか、おこがましい。彼らは間違いなく天国だろうがお前は奈落行きに決まっている。


 さて、最後の言葉ときたか。一体何を残してやろう。

 民衆に謝るべきか? 逆に罵詈雑言を吐いて最期まで悪に徹するべきか?


 それとも?



「どうして俺とお前だったかって聞いたな」



 僕はあえて最期はアキヨシでいることにしよう。



「お前が(えいゆう)を望んだからだよ」



 いつもと同じ屈託のない笑みをボロボロの顔に再現して見せた。

 お前が王を捨ててさえいれば、英雄を捨ててさえいれば、お前が血を捨ててさえいれば。……恨み言は今全て飲み込んだ。

 ここにいる誰一人として、この言葉の意味を本当に理解することはないだろう。民衆も、処刑人も、王様も。それでいい。誰も分からなくて良いのだ。誰も僕を知らなくて良い。ここで死ぬのは純粋で勇敢で努力家で友達思いのアキヨシだけだ。



 (しんゆう)の手が音もなくあげられ、そして――――落ちる。


 その時全ての視線がアキヨシと落ちてくる刃に向けられた。



 …………だから、安心していい。君がどんな顔をしていたのか知っているのは、僕だけだ。



真っ黒な刃が、大好きな太陽の色に輝いた。

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