わくらばの
国王謀殺事件から一月後。たくさんの人が死んだ。黒仮面の者たちはかの国の密偵部隊だったようだ。王都に残っていた兵や近衛は皆殺された。あの近衛隊長でさえ……いや、彼は父王を最期まで守ってアキヨシに殺されたと聞いた。彼もまさか可愛がっていたアキヨシが裏切り者とは思わなかっただろう。
不幸中の幸い、密偵部隊は抵抗しない召使い達は殺さなかったようだ。噂好きのメイド達も無事である。
街の暴動は、始まりの火種を巻いたのは密偵であっても、そのあと暴れていたのは周辺の田舎村の民達だということがあとから分かった。俺は王都の様子しか知らなかったが、田舎村の貧しい者たちはもうその日を過ごす食料すらなく、子供がたくさん死んでいたのだという。そこにアキヨシが用意して送られてきた密偵隊の数人が煽り武器を取らせた。
では武器の出所はというと、これもまた国内。今度は武器商人達にアキヨシがまた密偵隊員を送り込んでいたのである。商人達はより利益があげられる国につくもの。経済書類やらを読み込んでいたのはこの為のようだった。
なぜそんなにも密偵隊員達が易々と侵入できたかといえばこれも兵の配置図から警備が手薄なところを割り出していたわけで、改めてアキヨシの有能さといったら敵ながらあっぱれであった。
完敗、俺たちの国はたった一人の英雄語りによって落ちた。
俺は結局のところ王宮の中でしか物を見れていない、カゴに匿われた鳥だったというわけだ。
急ぎ形ばかりの即位式が行われ、俺は王になってしまった。戦争は終わった。多くの傷痕と多額の賠償金を残して。
「そんなに身構えるな、アベル王。貴国をとって食おうというわけではない」
目の前で茶をすする男はすました様子で俺を見た。あの星と同じ銀色の髪の青年。自分とほとんど年の変わらない、青年。
彼こそが残虐非道な若王、小国をわずか二代で列強に押し上げた賢王。
セルザリス帝国第二代皇帝ガウイス。
今後の両国について話し合うため、俺はセルザリス帝国へ呼ばれていた。そこで彼に少し二人で話がしたいと言われ、断れるはずもなく、人払いされた部屋で紅茶を出されているのだが、誰がこの状況で飲めるか。
「元々貴国との関係悪化原因は貴君の父王だ。彼は我の即位にひどく反対していてな、一方的に同盟を破棄された時はさすがに驚いた。開戦もそちらから。……故に、我としては、貴君とは良好な関係を築きたいと思っている」
父から聞いていた話では同盟破棄も開戦もこの男からだった。よくもそんな白々しい嘘を、と少し前なら思っていただろう。しかし、今の俺はもう何を信じれば良いのかさっぱりだ。父王についても、よくよく思えば俺はほとんど知らなかったのだから。
ガウイス帝はカップから口を離すと俺を一瞥して「そちらには様々なことが随分湾曲して伝わっているようだな」と言った。
「先王がどう我のことを貴君に伝えたかは知らぬが、我はセルザリスの為に最善の策を取っているに過ぎぬ」
「……そのようですね。貴方は、自国のためなら、他国も、少数な民族も皆殺し、売り、虐げる皇だと聞きました」
俺は逆鱗に触れてもおかしくないようなことを言った。言ってやらねば気がすまなかったのだ。しかし彼はそれを全く気に止めない。
「従順に従う者にはそんなことはせぬ。ただ、反抗する者には徹底的に制裁を加えた。それだけのことだ。これは貴国の未来についても同じこと」
「貴方は自分が残酷で冷徹な皇帝と呼ばれているのを知っていますか?」
「無論。だからなんだ。我は優しい王にはなれぬ、そのように生きることはできぬ」
「…………」
「我々はなんだ? 情を持つ個人ではない。王だ。しかし、それ以前に人間だ。不完全なる人間が王である限り全てを救うことなどできぬ。故に選ばねばならない。我々にはどの選択肢が最善であるかなど分からないのだから、選んだ後に、その道を最善にしていかねばならない。"死"がなくては終わらぬこともある」
「そうだとしても…………」
「……。話が逸れた。統治に関してはそちらに一切を任せる。こちらの要求は賠償金と同盟の再建だ。……何分セルザリスは戦争の多い国だ、他に援軍を頼むときもあるかもしれんがな。同盟内容はまた後日他も交えて話そう。こちらも貴国の復興には多少手を貸す」
「民は……王を惨殺した貴国を許していません。今後良い関係を築けるとは到底思えませんが」
「ああ、それについても考えてある。我が密偵隊に国王謀殺の下手人がいるな。彼の身柄はそちらに引き渡そう。好きにしてもらって構わない」
「……えっ?」
しれっと言われたことにぎょっとした。この男は……この男は、なんてことを言うんだ。国民の憎悪の対象は確かに帝国そのものというよりアキヨシに注がれている。皆の羨望した英雄を嘯き王都を乱し王の首を切り取った裏切りの大罪人なのだから。そんな彼を"好きにしていい"などと言われれば、民が何を望むかなど……俺が何をしなくてはならないのかなど……明白ではないか。
「彼は元々深い森の中でひっそり暮らしていた英雄の一族の末裔だ。奴らはセルザリスに従うことを断固として拒否した故に根絶やしの命を下したのだが……彼一人、最後になって投降したのだよ。既に死んだ妹の体を持って『治療してくれ』と懇願したそうだ。
彼にはかつての英雄のような素晴らしい才がいくつもあった。しかし昔この辺りを蹂躙した国の英雄の末裔である故に周りからはひどく疎まれ居場所もない。セルザリスではそういった子供は全て密偵隊に入れることになっている。
少しばかり、簡単な催眠をかけて妹が生きていると思わせてやったら無事貴国でよく働いてくれたが……あれはもうだめだ、使い物にならん」
ガウイス帝はティースプーンをもてあそぶ。
アキヨシが英雄のその後話をしたときから、彼がその血族であることくらいは察しがつくことであったが……。根絶やしにされたとは聞いていない。本当に、アキヨシは一体どんな気持ちで俺たちの過ごしていたのか。彼の心がさっぱり分からない。
「どうせ天涯孤独で仇に飼われている身の男だ。貴国で処理してやるのがむしろ最良だと思うが?」
「俺に……彼を殺せというのですね?」
「良い機会だ。これを期に情と政治の分け方を知ると良い。貴君が国に帰るときに一緒に連れていけるように手配させておく」
笑うしかなかった。