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さざなみの

 かつて偉大なる王と共にこの地の争いをおさめ民をまとめるべく駆け回った勇敢な仲間の一人に、異世界からやってきた青年がいたという話は、この国に住む者なら王族も貴族も商人も平民も、誰であれ枕元で一度は聞かされたものである。その青年は建国を見届けると、まだ見ぬ世界の果てを求めて新たな冒険を始めたらしい。王は戦友なる青年の帰りをいつまでも待ち続けたが、ついに彼は帰ってこなかった。しかし王はそれを分かっていたかのように笑って、こう言ったのだという。


「あるべき場所へ、彼は帰ったのである。なに、気まぐれだが、優しい男だった。私が困っていたら、国が危機に瀕していたら、きっと戻ってくるぞ」



 異世界など本来なら到底信じられるものではないが、王宮には彼のために作られたという部屋が今でも残っているし、皆が心のどこかで「もしかしたら」を期待している。学者が英雄待望論などと名付けて研究するほどのことであった。この国にとってこの建国の物語は単なるおとぎ話にあらず。


 ……故に、先日浜に()()()()()()()が打ち上げられたという知らせが王宮に届いた時、俺は子供みたくわくわくしてしまったのだ。


 俺がこの国の十代目国王の一人息子として生まれて今年で十八年にもなる。ぬくぬくと満ち足りた城の中で育ってきたが、それほどの年月を経れば世界はどうにでも変わる。

 外交上の問題から隣国との関係が悪化、同盟の解消、あげく一年前にはついに開戦。国は一個人とは違う。情ではなく自国の利益のためだけに動く。どんなに親交深かった国だとして、たとえば国家元首が交替し方針が合わなくなっただけでも簡単に関係は冷え込んでしまうものだ。どうも、父は隣国の新しい若王を毛嫌いしているらしい。


 長引く戦は民を疲弊させ、土地を疲弊させ、やがて国そのものを脆くする。両国の戦力が均衡しているのも悪かった。どちらが優勢ともならぬまま、時間だけが食い潰されていく……。


 突破口を、一筋の光を、そう、英雄を。

かつて王の国家統一を助けた英雄のような、その人を!



 そう求めていたところに、かの少年は波を分けてたどり着いた。

黒い髪、黒い目。奇妙な服を着て、意味の通じぬ言葉を話す。少なくとも近隣国にこのような特徴を持つ民族はいないし、何より文献に残る異世界の青年像によく似ていた。ただ少し若いような気もしたが、そもそも建国が何年前の話だと思っている。本来ならとうに故人、きっと異世界というくらいであるから不思議な力が働いているのだろうよ。

 とにもかくにも、彼は審議にかけられるまでもなく「異世界からの英雄」であると皆が信じた。


 よって即座に王宮に送られ、父たる王の前に連れてこられた少年は今、目をぱちぱちさせながら、何がなんだかというように辺りを見回しているのである。俺はそんな彼の様子を王の後ろに控えて見ていた。威厳も風格もない、庶民のような少年だ。いざお姿を拝見すると、自分の心の中で育った憧れというのは美化が激しいのだと思った。見目の話ではない、カリスマ性の話だ。



「よくぞこの国の危機に舞い戻ってくれた。……いや、言葉が通じぬのだったか。果たして建国の際もそうだったのか……いかんせん細かいことは文献には残っておらぬゆえ。ともかくそなたの帰還は民や戦場の兵士達に勇気を与えてくれるだろう。いずれは最前線で彼らを導いてやってほしいのだが……ここまでの旅路、疲れているだろう。そなたの為の部屋はもう随分昔から用意されている。ゆっくり休まれよ」



 王はもう大人、子供のごとく物語の英雄にはしゃぐことなどしなかった。威厳を持って、いつも臣下に言うように、言いたいことだけ言って彼を下がらせようとしたので、俺は不躾承知で口を挟んだ。



「陛下、彼の世話は、私がしても良いでしょうか。かつての王と英雄がごとく、いずれ共に兵を導く者として親睦を深めたく」



 大袈裟な物言いだが、本心はただ彼と話がしてみたいだけだった。尊い血筋に生まれると、何事にも建前が必要なのである。王の前に父である男、すぐに俺の真意など読み取った。ふぅとため息をつき一言「では任せる」と仰せになる。

 国の危機であっても好奇心が勝つ自分には嫌気が差すものだが、どうあがいでも子供の日の憧れたる英雄が近くにいるというのは嬉しいものだった。

 能ある鷹は爪を隠すという。実は、彼は庶民を装っているだけで、その実力は恐ろしいものなのかもしれない。




「さぁ、ここが貴方の部屋だ、英雄殿。好きに使ってくれて構わない」



 その部屋へ彼を案内した俺は、言葉が通じないとしてもしきりに彼に話しかけた。身ぶり手振りで大まかには伝わっている。そうして少しずつ言葉を覚えてほしいのである。会話が、したいから。



「俺は、アベル」



 自身の胸の辺りを指差して言う。次に彼を差して「貴方は?」と問う。彼は、質問を投げ掛けられていることはわかるのだろう、首を傾げて、答えを考えているようだ。



「コレ、ジャージ」



 彼はそう言った。コレ・ジャージ。それが彼の名前だろうか。全く馴染みのない語感だ、どういう意味が込められてつけられたのだろう。一応、確認のため同じことを繰り返してみる。



「俺は、アベル。貴方は、コレ?」



 今度は互いの顔の辺りを差していったのだが、するとどうやら何か引っ掛かるようで、彼はうーんと唸った。そして何を思ったのか自分を差して「アベル?」と聞いてくる。違う、お前はアベルじゃない、俺がアベルだ。首を横に振って否定するとまた唸って次は自分を差して「俺?」と聞いてくる。発音はぎこちないが、そうだ。「俺」は一人称だ。首を縦に振る。



「あー……。俺、アキヨシ」



 アキヨシ、言いにくい。しかし、これで間違いないだろう、きっと通じた。アキヨシというのが、この英雄の名なのだ。

 俺は微笑んで手を差し出した。



「よろしく、英雄アキヨシ殿」



 アキヨシは、なんだか嬉しいような驚いたような顔をして、俺を手を握った。良かった、彼にも握手の習慣があるらしい。



「ナンカヨクワカンネーケド、よ、よろしく? アベル」



 前半はさっぱり聞き取れなかったが、後半たどたどしく俺の言葉の音を真似て挨拶をした。それがなんだかおかしくて、失礼と知りながらもくっくっと笑ってしまった。


この握手から始まるのだ、この国の勝利への道が。

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