8話「村での生活3」
村に戻ると、真っ先に夕夏とユリアが帰ってきたオレたちを見るなり駆け寄ってきた。どうやら、夕夏はずっとユリアと遊んでいたようで、その顔は眩しい笑顔に満ちていた。眩しすぎて、蛍光灯と並ぶくらい光っている。
ユリアも、顔にあまり出てはいないが、楽しく遊んでいたのだろう。口角が少しばかり上がっている。
「お兄さん。お帰り」
「ただいま、ずっと走り回ってたのか?」
ユリアの息が上がっている。
夕夏の息も、普段どおりではない。
有酸素運動をしていたから、息を切らしているのだろうと推測する。
「うん!2人で鬼ごっこしてたの」
それは鬼ごっこではなくただのリレーがとおもうが、気にしていないようなので、何も触れないようにする。しかし、ユリアと夕夏では脚力に差があり、勝負にならなかったんじゃないか。
「で、最終的にどちらが鬼で終わったんだ?」
「それは……」
少し押し黙ったのち、ものすごいスピードで体に触れられた。避けようと思えば避けることができたが、手に持った野菜たちを守るために避けられなかった。
これはまさか……。
「お兄さんだよ!皆んな逃げろー」
夕夏が叫ぶと、オレの周りから村の子供達が逃げていく。何故か、いらない起点を効かせてケイトも逃げている。
だがしかし、鬼ごっこの貴公子と呼ばれた私に捕まらないとでも思ったか、バカどもめ!ダッセー2つ名だな!
走り出そうとしたその時、夕夏が突如立ち止まった。ちっ。もう少しでタッチできたのに!
「あっ、お兄さん。それで狩の成果は?」
「動物がマジでいなかったから、山に生えていた食べられそうなものを取ってきた」
「そんなんだ!」
何かはぐらかさられたような気がするな。
これは……オレが人生の中で鬼ごっこで鬼が1番最後が多いのはこれのせいだったのか。ここぞという時に、毎回このようなことがあった。オレは知らずのうちに、必中で鬼になっていたようだ。
夕夏は、オレの手に包まれていた山菜たちを手にとってふむふむと見ていた。珍しい物ではない。どれも現実世界に実在する物だったから、わざわざ調べなくても食べられると分かった。帰り際、ゲーム特有のこの世界にしか生えていないような食べ物が生えていたが、the毒みたいな色合いだったので1つも採ってこなかった。キノコでは見たことのない青色だぞ。絶対致死性の高い毒キノコだろ。
「妹。これら全てを調理してほしい。そういうのは専売特許だろ」
2050年の現在では料理も自動化されており、スイッチ1つでハンバーグやら肉じゃがやらを全て調理可能な時代である。おふくろの味とはどこえやら、おふくろの味=機械の味の時代だ。
にも関わらず、夕夏は機械には頼らず家の家事を全て自身の手でこなしていた。機械化は確かに主婦の過労を軽減したが、その速さが仇になり、質は落ちた。その反面、人間の手で作られた料理ほど美味しいものは他にない。そのおかげで、夕夏の手料理スキルはピカイチだ。飲食店経営できるレベル。
野菜を1つづつ手渡しする。
もう持てそうにない所で、渡すのをやめる。
ここで、夕夏が何かを思い出したようで、ハッと顔を上げた。
「忘れてた……えっ……と……ご飯にする?お風呂にする?それとも……わ・」
「やめなさい」
続きを言わせてはならないと、夕夏の額を小突く。それを言われれば、オレは平静を保っていられる自信がない!それに、なんか新妻みたいだからやめて!君たち兄妹じゃないの?とか、実は兄妹じゃなくて従兄弟だったとか、ならこの結婚は違法じゃないとか、変な妄想をしちゃうからやめてっ!どちらもまだ高1なのに生活費とかどうするの?とか、収入源は大丈夫なのかとか、超考えちゃうからホントやめてっっ!
脳内のオレが結構ギリギリの事を、むしろアウトな事をしているので、本当のオレはしっかりしなければ。できるかな?できるよね。だってオレだし……心配だなぁ……。
「そういうのは、もっと大人になってからしろよ。そっちの方が多分相手はなびくと思うぞ。知らんけど。それにタイミングが遅すぎるだろ、言うなら帰った時すぐに言った方がいいと思う。知らんけどな」
あと、それを野外で言われてもな。まだ全然帰ってないし、なんなら帰りの道中。
専業主婦に言われるのは分かるが、保育の仕事をしていた人に言われても、オレだけ施しを受けてる感じがなんか嫌だ。オレだけ働いてない感が出てなんか嫌だ。
「お兄さんって時々変な時があるよね」
ナチュラルにグサッとくる言葉を……。
反論しなければ。
「それは妹もだ」
「そうかな?」
「間違いなくそうだ……」
逆に、オレの方がまだまともだ。
……なんの逆なんだ?
「話題を戻そう。野菜を調理してくれるか?」
「もちろんっ!何が食べたい?」
微笑みながら、聞いてきた。
しかし、オレに言わせてみればその質問は間違いである。
「オレがそう言って決めたことあったか?無いだろ?妹が覚えてなくてもオレがハッキリと覚えてる。断言して無い」
他人任せ、良い風に言えば他人の意見を尊重したいオレは、自分では何も決めず常に他人に裁量を任せてきた。いや、だってお兄ちゃんだし、妹に尽くしてきたしからね……しかも、それを夕夏は知っているはずなんだが……。
今までこのやり取りを何回繰り返したことか……この後の展開も、ある程度知っている。「なんでもいいから決めて!」と言ってくる。
「なんでもいいから決めて!」
ほらな。
だからオレはいつも言ってやっているんだ。
「じゃあ、spinach boiled」
「だから、何よそれ!」
いつもこうやって返している。
もちろん、この世に実在する料理だ。まぁ、ほうれん草のおひたしなんだけど。まさか、そんな和な料理とは思わないだろう。調べれば1発で分かるのにしないのは何故だろう。
「別のもの!」
「なら、bean curd」
「何よそれ!」
湯豆腐だ。
「次!」
「pickled radish」
「それ食べ物なの⁉︎」
たくあん。
全て存在している食べ物(主に和食だけ)を英語で言っているだけだ。これで、一通りの流れである。コントみたいとよく言われる。
「もう!それじゃあ栄養満点の野菜炒めを作るけど、それでいいよね?」
一通りの流れを終え、夕夏は献立を決める。
考えてみれば、あの流れは献立を考えるためだけの時間なのかもしれない。
そして、せっかく決めてもらったものにケチをつける訳がない。
「いいよ」
「それじゃ、少し外で待ってて」
忘れてると思うから言っておくけど、強制的にオレから逃げさせられた子供達を置いて、オレたちは調理場に向かっている。
食料を持って村の調理場に行くと、村の女の人たちが一堂に集まっていた。そして、一斉にオレの方を見た。そして、「あぁ君か……」みたいな顔をした後、視線を元に戻した。露骨すぎるだろ。
「お兄さん1人?」
村の女性の言葉を代弁するように、夕夏が聞いてきた。それでか、この中にも狩猟に行った男性陣の中に旦那がいてもおかしくない。無事に帰ってきたのか心配なのか。
「副隊長とオレと男の子が1人だけだ」
周りの反応見る限りでは、副隊長の妻はこの中にはいない。あの人、独身だったんだ。まぁ、前まで町で傭兵をやっていたのなら、そのような出会いがなくても仕方ないだろう。
現実世界の今の時代では、出会いの数が急速に減ってきている。それもそのはず、世の職業が全て機械化AI化され、人が従者する職業が無くなり、その機会がグンと減ったのだ。しかし、ゲーマーでなら話は別だ。オンライン上で知り合った相手と結婚なんて今ではザラだし、なんならインターネット上で婚約を結ぶ人だっているくらいだ。現代の日本ではまだ浸透していないが、世界規模で考えてみればそれが常識になりつつある。
それでも、独身の人が増えてきている日本では、オンライン結婚を推奨されている。しかも、ゲーマーになれば将来が安泰であるため、ゲーマーを目指すものは少なくない。
「他の人達は?」
「途中で二手に別れたから、あっちのチームのことは分からん。そろそろ帰ってくるんじゃないか」
そう言っていると、調理場の外が何やら騒がしくなってきた。外に出てみてみると、隊長チームが帰還してきていた。しかし、その手には何も持っていない。収穫はなしか。オレが近くにいなければ取れると思ったが、見当違いだったか。それは残念だ。
隊長がオレを見つけ、すぐさま駆け寄ってくると取り巻きの村人たちも付いてきていた。あーもうなんか嫌な予感しかしない。
「失礼なことを理解した上で少しだけ話を聞かせてもらおうか、客人殿」
「人目につかない場所がいいだろ。どこにある」
話を承諾することを含ませ、そう返す。
その代わり、一対一で話をしようと提案するとすぐに了承された。周りに取り巻き村人がいれば話の邪魔になる。こうなればお互いの立ち位置がWIN-WINの関係で話を進めることができる。
すると、1つの家の中にある部屋に案内された。
綺麗に片付けられた部屋に、この村には似つかわしいソファが2つ村長の部屋にもこんなものはなかった。どうやら隊長は特別らしい。
ソファの片方に座るよう促され、そちらに座る。
オレの対面に隊長が座る。
「さて、何から話をしましょうか」
「さしあたっては、オレが原因で動物がいないことから話をしましょう」
「心当たりがあるので?」
「いえ、事情を聞くことによるとオレが原因以外にあり得ないと、客観的にみた分での分析です。私個人の目線から見れば、無いと思いたいですね。ですが、完全に無いとも言い切れませんから明言は避けたいと思います」
ことゲームの世界においてプレイヤーがいれば当然敵も存在する。そのプレイヤーが自分だけなのであれば、素因がオレと断言できるがそうではない。このゲーム世界には元からモンスターはいたのだ。
それと同じように、この世界に元々たくさんの動物たちがいたと仮定するなら、オレが干渉したせいで基本のシステムが変わるとは思えない。今のところは原因がオレとなっているが、他にもなんらかの理由があるはずだ。でないと説明がつかない。人1人が干渉して一定域の動物がいなくなるのならば、最低100人が干渉しているこの世界は全く別のものになってしまうだろう。
「分からない。と言うことですね」
「そう捉えてもらって構いません」
それ以外に説明のしようがないのだから、これで理解してもらわねばならない。
ここでオレは、話に関係のないことを挟む。
「話が長くなりそうですね。急なことだと思うのですが、明日村人全員の前で全てを話をさせて貰えませんか?同時にそれまで待っていただけませんか?必ずオレの正体を全て話します。質問はそれら全てを話し終えた後に受けます」
全てを先延ばしにする決断をした。
この場で全てを話すには、材料が足りない。
言っても信じてはもらえると思えない。
どのように説明するかもまだ決めていないので、少し考える時間が必要。単にゲームのプレイヤーと説明しても、もといゲームって何?ってなるだけだ。そうなれば、さらに怪しまれることになるだろう。
「……分かりました。ことの全ては明日に聞かせてもらいます。ですが覚悟しておいてください。もし、今後この村に害を及ぼすような人ならば……」
鋭い目で睨んできた。
「もちろん、この村から出て行きますよ」
食い気味に言葉を挟む。
当然の事。
村を滅亡させる可能性大のオレが村にいれば、当然排除しようと考える。殺されないだけありがたい。村の環境的には、オレの存在はとても厄介である。殺したいと考える村人がいないとも限らない。明日までその時間を伸ばしてもらえるのだから、これほどありがたいことはない。
「信じてはいるが、逃げる事がないようにに警備をつけておくからな」
「知ってるか?それは信じていないって言うんだ」
信じているのならば、警備を置いたりはしない。
それは信じていない証拠になる。
上っ面の信頼ならば、信じる心なんて無い方がこちらも覚悟を持てる。下手に信じているなんて言うから逃げられたりするんだ。最上級に警戒していると言えば逃げるなんて考えすら持つことはないだろう。
「フフっ、そうですね」
鋭く尖っていた目力が緩まり、隊長は笑い流す。
「安心しろ、逃げはしねぇよ」
「逃げ"は"しないという事は、それ以外のことをする気があるのですね」
「分かった分かった。なんもしねぇって」
両手を挙げてフルフルと手を振りながら、何もしないことを表す。
よくよく考えてみても、オレが村人達に反抗したとてオレに利点が無いので、そんなことするわけない。成功率の低い作戦は選ばない主義なんだ。例外はあるが、大抵は地に足をつけたような作戦しかしない。安全第一がオレの座右の銘だ。
ソファから腰を上げて座っている隊長の後ろに向かい、肩を掴む。
「ですが、あまり手荒な事はしないでくださいね?いざとなれば本気で相手をしますから。どうなって知りませんよ」
耳元で落ち着いた低めの声で、声を投げかける。
これは、まんま脅しだ。
やりあった事はないが、オレが村人に負けるなんてありえない。ただし、オレが超強いのではなく村人が弱いのだ。ゴブリンを一撃で倒したオレだから言えることだけど、ゴブリン程度を恐れているぐらいの人間にオレは倒せない。
今日1日一緒に共同生活していた分かったが、この村の人々は魔法が使えない。いくつも使うべき場面があったにも関わらず、魔法のエフェクトを見なかったのは魔法が使用されていない、もとい使用できなかったと考えるべきだ。そこから、魔法は万人が使える便利な能力でない事が明らかになる。村人は魔法を使えなので、攻撃手段は生身の体に限られる。身体能力が倍増している身体でオレはそうそう負けない。
「私を脅すのですか?」
「はい。脅しでもしないと何されるか分かったもんじゃありませんから。保険ですよほ・け・ん」
「手堅い人ですね……」
「それは自分でも思うな」
手堅い人間というのは、いわゆる慎重な人間という事。加えて、そんな人の特徴と言うのが、将来を見据えている人間である。当然の如くオレも、とある未来を見据えている。その未来を実現するためには、ある程度の脅しだって、なんなら人を殺す事だって厭わないつもりだ。
どうせ人も動物もモンスターもオレたちプレイヤーもゲームの世界のデータにすぎないんだ。
殺したとて何も感じない。データでありシステムで動いているただの物、だと考えればある程度は気持ちも割り切れる。もとい"殺せる"。
………おっと、ついマイワールドに入って怖いことを考えてしまっていたな。
落ち着け、オレ。
「オレ自身が怖いくらい」
無意識の内に小声でそう言っていた。
"殺す"みたいな言葉が簡単に出てきてしまうほど、オレの心はこんなに擦れていただろうか?
そんな事を考えている自分自身が"怖"いほど"恐"ろしい。そしてそれを人は、"恐怖"と言う。
どうにかしないと、本気でオレは人を殺めてしまうかもしれない。この手で……。
その前に誰かがオレを止めてくれないと。できれば夕夏が望ましい。夕夏ならオレの事をオレ以上に何から何までよく知っている。
「……まぁ、明日だ。明日になれば……」
「そうだな……明日まで待ってやろう」
そう言って、オレは隊長の部屋を後にした。
外に出ると、隊長の取り巻きたち数十人が扉の前に集まっていた。何をしていたかは既に理解している。
「そんで、盗み聞きは良くないよ君たち。お前らがオレたちの後をつけ、部屋に入る前からからお前たちの存在には気が付いていた。盗み聞きしてるのももちろん最初から分かっていたんだなぁ、これが」
ここに来るまでの間に無数の足音が聞こえていた。数人ならまだ分からなかったかもしれないが、数十は欲張りすぎたな、すぐに気づいた。お陰で考えを変える時間は山ほど作れた。それに、盗み聞きをしていたのはすぐに分かったから、話す内容も重要な事を話してしまわないようにした。本来なら、ここで最重要事項を話すつもりだったが、同じ理由でやめた。
盗み聞き、ヨクナイ、ゼッタイ。
「……貴様は、一体……」
何者なのか?
ありがちなセリフだが、彼らの立場になれば分からないことでもない。なんたってオレだからな。警戒するのも頷ける。夕夏も可愛いしな‼︎
「さぁ?ただの学生だよ」
「学生?」
おっとそうか、この人たちは学生なんて言葉分からんよな。
ここは分かりやすい言葉で……。
「只の若者だ」
オレの言葉に村人は黙り込んでしまった。
そんな訳ない、みたいな目で見てきた。
確かにオレは只の学生じゃないかもしれない。
オレはその目を見送りながら隊長の家を出て行く。
外の景色は暗くてほぼ見えない。夜と呼んでも差し支えないくらいに暗くなっている。焚き火をしてあるので、明るくない事はないが視界明瞭って訳でも無い。
村の中心を通り、オレたちにの為に用意してくれた家に戻り真っ先にベットに転ぶ。
少しの間頭を回転させた後、再び立ち上がり、家を出る。向かうのは、オレたちがこの村に来た際に1番初めに連れていかれた村長の家だ。
村長の家は村のトンネルを抜けた先、一直線上に建立されている。村の中心には、焚き火や井戸などがあり、それを超えると村長の家がある。ちなみに隊長の家は村長の家の隣に立っていて、村長の家よりも何故か大きい。
村長の家の扉を軽くノックする。
村長のヨボヨボの声で、「はぁい」と聞こえたので扉に手をかける。声ほぼほぼ死んでんじゃねーか。大丈夫か?
開けると、村長がソファに座っている。そのソファは決して綺麗ではなかった。少し古ぼけているソファには埃が各所に溜まり、色も見るからに褪せていた。骨董品屋の最安値ソファを買ったのかな?と思うくらい薄汚れていた。隊長の部屋にあった綺麗な物とはかけ離れている。
机も凸凹が目立つ。使いづらっ!
村長の家の中は、全体的に年季を感じさせるものばかりである。
ソファや机以外にも、ランプや置き時計、タンスですらも古びている。体が満足に動かないから掃除もできなかったのか。
「……どうかされましたか?」
余りにもオレが話さなかったせいか、先に村長がこちらに聞いてきた。
「あぁいや、なんか色々聞こうと思ってたんですけど、まずは村長の家を掃除しようかな。なんて思ってるんですよね」
正直言って、はじめ来た時も汚いなとは思っていたが、そこまで気が回っていなかったので手を出そうとも思わなかった。
その佇まいがみすぼらしかったので、聞く気が失せた。ちょっと可哀想なので、もはや聞けない。まさか掃除もできないくらい衰弱していたとは思いもよらなかった。つーか、汚すぎて話よりそっちに気を取られるっての。
村人はこれを見て、掃除してやろうとは思わないのか?……思わないんだろうな。この環境で育ってきた人間にとってはこれが当たり前のことだから。汚いなんて思いもしない。ま、文化の違いってやつだな。
「そんなこと、客人にさせられませんよ」
それでも、やるのがオレなんだけど。
「気にしない気にしない。ずっと座ってろ。いや、1回立て、ソファから掃除するから。使わない布はあるか?」
「そこのタンスの上から2番目の棚にある」
指差す先には、さっき見ていたタンスがある。
タンスの上から2番目を開けると、服の切れ端だろうか、布が収納されていた。その中から2枚取り出して一旦村長の家を出る。布でも1枚は濡らさなければならない。井戸に向かう。
井戸から水を汲んで、2枚の内の1枚だけを濡して、絞る。もう1枚は濡らさない。乾拭きをするからだ。
村長の家に戻り、村長をソファから立たせて、ソファを隅から隅まで濡らした布で拭いて乾拭きをする。見落としがちなソファの溝みたいなところも拭いて乾拭き拭いて乾拭きを繰り返す。ソファは皮だから、よく乾拭きをしないとカビが生えてしまう。何なの?オレ主婦かなんかなの?主婦じゃなくて主夫だけどな。
「座っていいぞ」
「早いな、感謝する」
「良いって」
ソファの掃除が終わったので、村長を座らせる。
まだ、掃除は終わっていない。
次に取り掛かるのは………。
………と、あれやこれやと掃除をして全部で約20分ほど使った。これでも、最速で終わらせたつもりだ。なるべく、汚れが目立つ部分を集中的に掃除してあまり目立たない場所はそのままにしておいた。しかし、それでもこれほど時間が経ってしまうとは。オレの主婦スキルもまだまだだな。そのスキル必要なの?
周りから意外と言われることが多いが、ニーテスターだった頃のオレは部屋を、超が付くほど綺麗にしていた。なんなら毎日掃除していたからな。オレの部屋にゴキブリなんて出たことない。それほど清潔にしていたと言える。それしかやることが無かっただけなんだけど。
「なぜいきなりこんな事を?」
村長が聞いてきた。
確かに疑問に思うところではある。何というか、気持ちが悪い。
「何故って、何も裏なんてありませんよ。単純に気分転換みたいなものです」
「それは裏がある人のセリフでは?」
「深く考えすぎです」
「……そうかも知れません。ですが、何かを聞こうとした事は忘れてませんよ」
オレがそれを言ったのは、つい20分前のことであるのでオレが覚えていても変なことではない。しかし、老いぼれた人間にとっては別、忘れてないのは賞賛すべきだ。
「よく覚えていましたね」
「若い頃から記憶力には自信があるんですよ」
苦笑を浮かべながら村長が自慢する。
それは奇遇だ。
オレも記憶力には自信がある。
小学生の頃のトラウマや、嫌な思い出なら沢山余るほど覚えている。ヤダ、それ嫌な事しか覚えてないじゃないか。
「それはいいとして、ホントにもう大丈夫なんです」
聞きたい事があるにはあったが、別の方法を思いついてしまったので、そちらにしようと考えた所存だ。
「……それならいいのですが……」
「それではこの辺で失礼させてもらいます」
一礼して、村長の家から出て行こうとすると、村長から振り絞ったような声が聞こえた。
「あ……ありがとうございました……」
「どういたしまして」
振り返り、返す。
村長の家を後にして、別の方法を試す上で重要な役割のケイトを探す。
……いた。
ケイトは1人、木の上で村を眺めていた。
何をしているのだろう?と近づいていく。
ケイトも近づいていくオレに気が付いたのか、木から飛び降り、突っ立って待っている。
「何してたんだ?」
「べっ別に何も……」
この反応の仕方には見覚えがある。いや、オレが過去にした覚えがあるから身覚えの方が漢字的には正解だと思う。
オレもよく、ジャングルジムの上から校庭を眺めていた経験がある。そういう奴は往々にして「何してるんだ?」と聞かれたら「別に何もしていない」と返事をする。これ実体験な。参考文献はオレ自身!
そのため、オレにはケイトが何を思っているかなんて、手に取るようにわかるのだ。
「お前も、遊びたいんだろ?」
木に登っていたケイトの目線は、走り回っている子供達に向けられていた。既に周りは暗くなっているので、大人達が家に連れ戻そうとしているが、依然として子供達は走り回っている。
ジャングルジムの上のオレもドッジボールに入りたかったと思っていたので、オレには分かる。子供の頃からオレは「僕も入れてー」が言えない子だったんだよなぁ。お陰で1人ドッジボールは極めた。
どうでもいいけど、ドッジボールとドッヂボールの違いって何なんだろうな。どちらも同じなんだろうけど……。
「は?ちげぇーし」
「なら良かった、ちょっと付き合え」
「え?」
「だから……ちょっとこっちに来い」
ケイトの首根っこを掴んで、オレたちの家に連れ込む。やるのは当然カツアゲ……ではなく実験だ。
オレはずっと疑問に思っていた。何故隊長がメニュー画面を開くことができるのに、副隊長が開けないのだろうかと。隊長がオレや夕夏と同じようなプレイヤーと結論付ければ早い話だが、そうとは思えない。隊長の口から「ゲーム」とか「プレイヤー」とか「オンライン高等学校」とかの単語が出てこなかったからだ。オレや夕夏を見ていれば、自ずとオンライン高等学校の生徒だということが分かり、それらの単語を話していなければおかしい。
全ての人間にメニュー画面を開く権利があるのならば、理論的には副隊長もメニュー画面を開ける筈。
だがオレには、全てに説明がつく仮説が1つだけ浮かんでいた。
それを立証するために、ケイトを人目のつかないこの場所に呼んだ。
「同じ動きをしてくれ」
何のことだろうと、ケイトの頭に疑問が浮かんでいたのは分かったが、ケイトは首を縦に振る。
空中を2度タップして、メニュー画面を開く。
ケイトも、オレの動きを真似して空中を2度タップする。
もし……オレの仮説が正しいのならば……。
「あっ出てきた」
……ケイトも隊長と同じく、メニュー画面を開くことが出来るはずだ。
ケイトの目の前には、オレや夕夏、隊長が開くことのできるあのメニュー画面か表示されていた。
ケイトが開いたメニュー画面を見てオレは、やはり自分が立てた仮説が立証された事を理解する。
と、言うことは……。
これは、複雑な時期にこの村に来てしまったかもしれないな。そして、非常にマズイ事になった。オレの予想が完全に合致していたとするなら、隊長はとある最重要事項を村人に話していないままであり、ある事を黙ったままだ。そしてそれは、今後に左右してくるかもしれないし、しないかもしれない。いや、どっちだよ。その自分自身の質問に答えるなら、どちらとも言える。
さりとて、この村の隠された秘密が何となくわかった。
「なぁ、春夜。これって一体何なんだ?今まで見た事ないんだけど……」
「これは………そうだな……」
どう説明しようか我ながら迷ってしまった。
どう説明しても、ケイトが理解できるとは思えないだろうな。それに、この問題に関しても明日全てを話すつもりであるため、ここで話してもサプライズ感が薄れるだけ。今オレが思っているのは、どう説明しようかではなく、どうこの場を乗り切るがである。ケイトの興味を別に移さなければ……。
「そんな事はいい。でも今日だけはそのことを誰にも話さないでほしい。オレとケイトだけの秘密だ」
「なんか、春夜って秘密ばっかりだよな」
「そうだな。でも、人には知られたくない秘密の1つや2つあるものだよ。ケイトだってユリアが好きな事を他の人に知られたくないだろう?」
「でも、春夜に知られた」
「それはお前がアホだったからだ」
「誰がアホだ!」
ケイトがユリアの事を好きだと言うのは、ケイトが自分で話したと言っても過言ではない。なんなら自分から話したまである。
そもそも、自分の秘密は自分で守るべきものだ。誘導尋問で話してしまってはダメだろう。ケイトは秘密を守れなかった。秘密の守り方としては隊長の方が一枚上手だったようだからな。まぁそれもオレには通用しなかった訳だが。
「オレの話は終わったが、ケイトは何かオレに話しておきたい事はあるか?なんでもいいぞ、例えば……ユリアに関してとかな……」
「ねっねぇよ」
顔を赤くしながらケイトはそっぽを向く。
人の恋路に関する秘密は非常に使い勝手が良い。なぜなら、こうやってからかうことができるからだ。
体を無造作に揺らして何かを言い出しそうだったので、「本当にいいのか?」と確認の意を込めて、もう一度聞いてもケイトは反応を見せない。
「……よし。それじゃあ外に出ようか。もうすぐで夕ご飯だ。夕夏が作るんだから、残す事は有罪に匹敵するからな」
そう冗談めかして、オレとケイトは外に出た。
村人達が焚き火の前に集まっていた。
「出来たよー」
夕夏の声が村中に響いた。