3話「始まり」
部屋中が、"職業"についての話をしていると、校長がまたしても口を開いた。開けるような口はどこにも無いんだけど。
『さて、次に行こうか』
そう聞こえると、"職業"の話をしていた奴らは押し黙った。
部屋の中は静けさを取り戻していく。
校長が、こんな前置きをすることは今まで無かった。何やら重要な事らしい。
『これから、君たちには15分間時間を与える。その間に、ゲームの世界におけるパーティメンバーを決めてもらう。最低2人最高5人、パーティを組むことができる。ゲームの世界に入った後、正当な理由なくパーティを解除することはできないから気をつけるように』
要するに、最低2人はこの2年半の間、一緒に行動しなければならない。
芽山のような人気者は、向こうから寄ってくるので、選び放題なのだろうが、ボッチにはこれ以上ないほどキツイ作業だ。
かく言うオレは、既に決まっている。
『よーい、始め!』
そのコールと共に、15分間のカウントダウンが始まった。
既に決まっているとは言ったが、まだ確定した訳ではない。確定していているのはオレの中だけでだ。それでも、やはり彼女が断る事は無いと思っている。もし断られたら、お兄ちゃん泣いちゃうよ。それはもう、謝罪会見並みに号泣してしまう。そんな、非常に気持ち悪い事態を防ぐ為にも、断らないでほしいな……妹には。
「妹さん。お誘いに乗ってくれますか?」
なるべく丁寧に、なるべく下手に回って、パーティメンバーの申し込みをする。した事はないけど、告白ってこんな感じなのかな。今なら、告白する時の気持ちが、驚くほど分かる気がする。
「いいよ、パーティメンバーになっても」
「ホントに?もう一回言って」
聞き直す。
「だから、パーティメンバーになってもいいよ」
「そうか……ありがとな」
「だって、私もお兄さんと一緒がいいって思ってたから」
表面上は冷静に、クレバーに返す。
そう、表面上は……。
ぅ、ぅゃ、や、やったゾーーーーーー!!
内心がこんなんだから、どうしようもない。これに関してはまぁ、マジで嬉しいので、どうすることもできん。
しかも、夕夏もオレとパーティを組もうと思っていたことが何よりも嬉しい。たとえお世辞でも嬉しい。なんなら、丸わかりのお世辞でも嬉しかったまである。自分で言うが、オレのシスコン度数は異常だ。
と、言う訳で、オレと夕夏のパーティは一瞬にして決まった。いまだ、15分間のカウントダウンが始まって10秒も経っていない。あ、今10秒経った。
しかし、残り14分50秒は暇すぎる。夕夏としりとりでもしよっかな。しりとりの「り」から始まる、「リュフィリゼーション」はい「ん」が付いたから終わり。「リュフィリゼーション」の意味がわからない人はネットで検索してね。はい。
すると、夕夏が微笑を浮かべる。
「あはは、芽山君大変だね」
その夕夏の言葉に吊られ、オレの視線は、自然と芽山に向いていた。くそ、何で目がそちらに向くんだよ。嫌いな人センサーに反応があった人物に……何故なんだ。
「確かに大変だな、アレの相手をするのは」
目の前に広がっていたのは、芽山を囲んで、女子達が、芽山の取り合いをしている光景だった。女子、いと怖し。感想がそれしか出てこない。その中には、三宅の姿も見える。当の芽山本人は、困った顔をして宥めるだけで、一切行動を起こそうとはしない。話し合いで解決させるつもりか。
断言しよう。無理だ。
話し合いで解決するなら、既に解決してる。
すると、そんな流れの中でたった1人で佇んでいる奴を見つけた。広瀬楓だ。アイツも一人なのか。オレ達のパーティに入れてもいいが、どうするかな。周りを見渡しても、広瀬とパーティを組んでくれそうな人はいない。
さらに、その流れで、3つの視線に気付いた。
元を追ってみると、メガネをかけた3人組がオレ達兄妹に目を向けていた。オレではないと思うので、夕夏だろう。夕夏に卑猥な眼差しを向けやがって、助走をつけてぶっ飛ばそうかな?どうしようかな。
……そうだ!いいこと考えた。
「妹よ、オレはちょっと離れるからここにいてくれないか?」
夕夏に声をかけ、オレは立ち上がろうとする。
その途中、夕夏に聞かれる。
「お兄さん、一人でも大丈夫なの?」
大丈夫、とは、例の極度の人見知りのことだろう。
「あぁ、もう大丈夫だ」
半分は本当だが、半分は嘘で、少し緊張してしまっている。
オレは立ち上がって、夕夏を見ていたメガネ3人組の元へ向かう。3人組は、オレが近づいてきたとに気がつくと、目を逸らした。やっぱ、夕夏を見ていたのか。
しかし、オレは御構い無しに突き進む。
「何でしょうか」
3人組の真ん中にいた奴が、目を逸らしても無駄だと悟ったのだろう、自ら声を掛けてきた。
思いの外、根性はあるようだ。
「オレの妹を見てたよな」
率直に、どストレートに聞く。「オレの」を強調したのが、ポイントだ。
「はい……。すみませんでした」
そう言って、3人組は小走りで、この場を去ろうとする。
が、
「いや、まぁちょっと待てよ」
呼び止める。
3人組は足を止め、ゆっくりと振り返った。
オレは後ろから3人組の肩を掴んで、ある人物が見えるように3人組を移動させる。
「つかのことを聞くが、あの端っこにいる女子も結構可愛いと思わないか?」
3人組に見せたのは、端っこの方で、一人佇んでいる広瀬の姿だ。初見なら顔立ちは整っているし、可愛い。
「………確かにそうですね」
よし、かかったな。
「なら、アイツ、広瀬って名前なんだけど、パーティを組んでみたくないか?」
「確かに、組んでは欲しいですが、ああいうタイプの人、普通に断られるのでは?」
3人組の1人がそう言う。
そう、普通に声を掛ければ、断られることは目に見えている。
しかしだ、広瀬もパーティメンバーがいなくて困っているはず。校長は最低2人と、言っていたからな、単独は禁止だ。広瀬もそれは理解しているはず。
「ならまずは、芽山って奴ををパーティメンバーにして、ここに連れてこい。もし、広瀬をパーティメンバーに出来たら、妹と会話させてやるよ。どうだ、悪い話じゃないだろ?ずっと見てるだけじゃつまらないしな。夕夏との会話ができるんだぞ、今までの人生の中で、可愛い女の子と会話したことあるのか?思い返してみろ、話しかけた女子はどんな顔してた?楽しく会話なんてしたことないだろ。今がチャンスだ!」
オレの熱弁が功を奏したか、3人組はすぐに結論を出した。
「芽山氏とは、どなたでしょうか?」
この話に乗ってきた。客観的に考えれば、損はしないからな、絶好のチャンスだ。
そういえば、芽山の事を言ってないな。
「あそこで、女子に囲まれている奴だ」
芽山に目を向ける。3人組も、オレの視線を追って、芽山に辿り着く。
それを見た瞬間、3人は肩を落とす。
「えっ、無理ですよ」
まぁ普通に考えれば、あんなに女子に取り合いになってる奴をパーティメンバーにするなんて、不可能と考える。自殺行為だと思う。だけど、芽山に関してはその考えは捨てるべきだ。
芽山は話し合いであの場を解決させるような奴。つまり、争いは好まないタイプだろう。現状の所、芽山は沢山の女子だけに囲まれている。もし、その中で男子にパーティメンバーに誘われたなら、争いを好まない芽山は必ずその誘いに乗るはずなのだ。
「芽山だけに耳打ちすれば大丈夫だ。もし出来なかったら、一生、妹と接することを禁止する。もちろん見ることもな」
そう言うと、3人組は深いため息を吐いた。その気持ちは分からなくないが、夕夏の為にも、思う存分頑張ってくれ。いや、夕夏はあまり関係ないな、芽山と広瀬とオレの為に頑張ってくれ。
3人組は芽山with女子集団の元へ、歩み寄っていく。その足取りは、当然ながら重い。
すると、3人組は迷いなく女子集団の中に入っていった。
しばらくすると、「えー」の言葉と一緒に、芽山から女子が離れて行っていた。三宅も芽山から離れていく。彼女には申し訳ないことをしたな。
あの様子から見るに、メガネ3人組は成功したらしいな。
芽山と3人組が、オレの方へ戻ってきた。
「この人達から聞いたよ、君の指示だってね」
メガネ3人組が勧誘の口実で言ったのだろう。
その言い方に、若干の苛立ちを覚えたが心の奥底にしまう。
「それで、パーティメンバーは決まったのか?」
一応確認のために聞く。
「君の狙い通りだよ、彼らとパーティを組むことにする」
君の狙い通りにしてあげたぞ、的な、上から目線の言葉遣いが非常に腹立たしい。
コイツが全く見知らぬ奴で、赤の他人なら、助走をつけてぶん殴ってたところだ。
「それで、まさかこれで終わりなわけは無いんだよね」
芽山には、オレにまだ考えがある事を理解したらしい。
それならば、話は早い。
「あそこに広瀬っているだろ」
広瀬の場所を指しながら、芽山に語りかける。
「その彼女が、どうかしたのかい?」
あんだけ女子がい近くにいて、よく彼女がボッチのことに気付かないよな、オレならとっくに気付いてるぞ。
「アイツ、パーティを作れそうに無いんだ、だからアイツとパーティを組んでやって欲しいんだけど、どうだ?」
「女子を断って、男子と一緒にパーティを組んだのに、彼女を入れたら無意味じゃないか?それこそ、彼女の周りに新たな争いが生まれると思うんだけど。それに、それは君が誘えばいいんじゃないかな」
「広瀬はそんな事を気にしないし、オレが誘っても、丁寧に断られるだけだ。お前なら広瀬を誘うのはお手の物だろ」
「君に、広瀬さんが他の女子を気にしないことなんて分かるのか?」
その通りだ。オレは広瀬の心を読んだ訳ではないし、広瀬の事をよく知っている訳でもない。オレは、広瀬の行動を読んだだけ。広瀬ならこうするだろう。という推測に過ぎない。
「分からない。だがお前が、ボッチの奴をほっておく訳がないっていう、オレなりの計算結果なんだがな……」
もちろん、そんな計算なんてしてない。単なる直感であり、完全なる勘だ。それでも、一切考えてない事はない。芽山優一の性格を、読み切った上での作戦だからな。正直、広瀬がボッチだろうが、そうでなかろうが、どうだっていい。芽山を囲む女子集団が煩かったから、強制的に解散させただけ。それと、夕夏をメガネ3人組の目線から外す事。
「なら、僕が君の想像通りに動かなくても、問題は無いよね」
勿論ながら、絶対的な事では無いし、それを強制させてもいないから、断ってもらっても構わないし、オレの狙い通りに動かなくても、特に傷害はない。
芽山が、それでいいなら……だが。
「それを決めるのはオレじゃないが、ふりだしに戻るのは嫌だろう?それに、お前がオレの思った通りに行動しなくても、まだ策は大量にある。困る程じゃない」
ここで、再び女子の輪の中に入れば、また争いが起きるに決まっている。ハッキリ言って無駄の極みである。芽山に、その場を収めることが出来るとは思えない。
芽山もそこまでバカでは無いだろうから、その事は既に理解している事だろう。あとは、芽山が選択するだけ。
作戦だって、芽山をメガネ3人組と広瀬との仲介役にしただけだし。芽山がいなくても、オレが仲介役になればなんら問題はない。成功率が著しく下がるだけ。
何度も言うが、オレに決定権は無い。
「……やってみるよ」
少しの沈黙の後、芽山はそう言ってきた。
どうやら、承諾してくれたようだ。
芽山と、メガネ3人組は徒党を組んで、広瀬の元へ歩いて行った。これで、広瀬が芽山グループに入るなら、校長が指定した最高5人に到達できる。最高人数を組んでしまったら、周りの女子達は芽山を誘いにくくなる。いや、もう誘えないだろう。
広瀬の所に4人が着くと、何やら色々話をしているようだ。メインに芽山が話をして、メガネ3人組は芽山の後ろで待機している。メガネ3人組のオマケ感がとてつもない。
芽山が、身振り手振りをして広瀬のパーティメンバー加入を説得している。
遠目で見た限りでは、好感触とは思えなさそうだが、まぁ、芽山がどうにかするだろう。
さて、オレはそろそろ夕夏のとこに戻ろうか。
3人組を広瀬に向ける事によって、夕夏への視線を排除する事が出来たから、もう何も、心配事が無くなった。
夕夏の元に戻ると、頬を膨らませてじっとこちらを見ている。ハリセンボンみたいでなんだか可愛らしい。でも、夕夏自身は何やら、ご立腹らしい。
「お兄さん、さっきから1人で何してるの?まさか、みんなの邪魔はしてないよね」
「えっ、何?ずっと見てたの?」
夕夏は頷く。
夕夏にバレないように、コソコソやってたのにずっと見られてたとはな。なんだかちょっぴり恥ずかしいな。
「当たり前じゃん。お兄さんがいきなり人混みに行くなんて、絶対おかしいもん」
なるほど、それで疑いを持った訳だな。日々の暮らしの賜物だ。そんな賜物は嫌だ。
夕夏は少し間を開けて、こう続けた。
「………それで、何をしてたの?」
「広瀬がボッチだったから、芽山に頼んで、パーティメンバーにして貰うようにした」
そう言うと、夕夏は、呆れたような、らしくない深いため息をついた。
「お兄さん、つくならもっといい嘘を……」
夕夏は、速攻でオレを否定した。
「いや、待て本当なんだけど……証拠に、あそこ見てみろって」
芽山達を見てみると、広瀬と一緒に雑談をしているのが遠目から分かる。なんだ、誘う事に一番苦労すると思ったんが、すんなり広瀬は承諾したみたいだな。
「……本当だ……ってことは、お兄さんが人のために動いたってことなの?いいや、そんなはずは無いよ。だってお兄さんだよ?見間違いだよ」
酷すぎだろ。もっとお兄さんを、良い人間と思ってもらいたいもんだ。まぁ、オレ自身オレがいい人間だとは思わないが。
「お兄さんも成長したんだよ」
これを自分で言っちゃう痛さったら、この上なし。それを口にしないのも、痛し。ちょっと口調が古典風なことも、また痛し。
「何の狙いがあったかは知らないけど、そういう事にしてあげる」
ここで、夕夏にメガネ3人組の視線が向けられていたから、なんて言えない。ほっんと、ありがたい。
「じゃ、広瀬さん達のとこに行こう」
「え、行くの?」
そう言えば、と例の3人組の方を見てみると、こちらを見ながら、何かを訴えたいたようだ。彼らの言いたいことは、夕夏と話をさせろ、と言っている。実際には言ってないが、目がそう言っている。こちらも、手伝ってもらっているので、断れない。
「何か、行けない理由があるの?」
夕夏が隣で圧をかけてくる。
分かった分かった。分かったから、もうそんな目でこっちを見ないで!
「無いな」
「じゃあ、良いでしょ?」
もうオレは、縦に頷くしか無い。
ならば、なるべく歩く速度を落としてやる。
オレ達が、芽山や広瀬の元に着いた時には、校長が提示してきた時間は、3分を切っていた。カップラーメンしか作れない。しかも、それは何十年も前の話であって、今ではカップラーメンなんて、5秒で作れる。
「広瀬さんと、芽山君、それと……」
夕夏は3人組を見て、言葉に詰まる。名前が分からないからだろう。無理もない、オレすら知らないんだからな。
「亘理君と原君と佐藤君だよね」
「はいっ」
分かるんかい!
えっ?なんで知ってるの?と思ったが、さっきやった点呼で、呼ばれてたか。すごいのは、それを覚えていた夕夏だ。
3人組は呼ばれると、嬉しそうに返事する。
亘理って確か、校長の点呼の時に最後に呼ばれていた生徒だったな。
まさかとは思うが……。
「夕夏お前、全員の名前覚えてるのか?」
「いや、まだ全員は覚えられてないよ」
つまり、覚える気はあるのか。
オレなら8人くらいで諦めそうだな。
つくづく恐ろしい妹だ、夕夏は……。
夕夏が、芽山と話し始めると、3人組はオレの近くに来た。
「まさか、名前を覚えてもらってたなんて。市ヶ谷兄氏、ありがとうございました」
代表して、亘理がオレに小声で言った。
名前を言ってもらっただけで良いのか。
それよりも、その呼び方はなんだ。オレが夕夏の兄って事は点呼で気がついたんだろうが、その呼び方は無い。
「もっと良い呼び方あっただろ」
「私たち、市ヶ谷兄氏の名前を知りませんし」
「春夜だ、春夜。でも、まぁ別に今の呼び方でも良いけどな」
ただ、最後に1つだけ言わなくてはいけないことがある。
時間は、残り10秒を過ぎている。
出来るだけ少しの声量で、ただし、3人組にはよく聞こえるくらいで、オレは言う。
「夕夏に手を出したらどうなるか分かってるな」
単純に、脅した。
「はっはいぃ」
なんか、不良みたいだからやりたくは無いんだけど、夕夏ののためだ。
ここで、15分経過のベルが鳴る。
パーティメンバー決定時間の終了だ。
校長の声がまたしても聞こえてきた。
『さて、決まったかな?どうかな、2年半を共にする仲間は、信頼できるパーティになったよね』
芽山のグループが信頼できるかどうかは判断しかねるが、パーティは決まったな。オレは一方的に夕夏の事を信頼しているが、夕夏がオレを信頼しているかは不明だ。ただ、オレに関して言えば、夕夏は最も信頼出来るパートナーだ。
『それと、現実世界との連絡は、原則禁止されているから注意するように』
ゲームの世界からは、連絡なんてしようと思ってもできないと思うが、念のためって事だろう。現実世界との連絡ができてるのなら、この学校の秘密主義はとうに陥落している。
『それでは……いよいよ今からゲームの世界に行ってもらう。1人1台ゲーム機の中に入ってくれ。そうすれば、後は自動的に行くことができる。諸君の健闘を祈っているよ。頑張りたまえ』
そう言い、校長の声はしなくなった。
オレはテレビ画面を凝視する。テレビ画面は一切の乱れを見せなかった。
「いよいよか……」
これは単なる独り言だったが、周りにいる人には聞こえたようだ。部屋中が、何やらソワソワし始めた。
些か、疑問点を残して校長は去っていったが、それはまた後でもいいだろう。
今は、この問題を解決しないとな。「最初に誰がゲームの世界行く?」問題である。これは言わば、吊り橋の手前の状況に、よく似ている。先に行きたいのは山々だが、誰かが行かないと行けないのである。いわば毒味であり、安全点検だ。
「仕方ないな……」
オレが行けば、他の全員も行き始めるだろう。
いくら怪しいといえど、国が認めた学校だ。危害を加えるようなことはしないだろう。あくまで憶測だがな。
しかし、オレが一歩出ようとした時、唐突に声が部屋に響いた。
「僕が一番最初に行くよ」
名乗りを上げたのは、芽山だった。
誰もいなかったら行こうと思ってただけだったので、オレは半歩退がる。
周りからは、動揺の声が微かに聞こえた。
芽山が、一歩一歩とドリームキャスターに近づいていく。その足は、少々震えている。怖いのだろう。見知らぬ世界と、現実世界から離れることに不安がある。見知らぬ人土地、見知らぬ世界に入り込む自分はどうなってしまうのだろう。その気持ちが、より恐怖を駆り立てる。
周りの人も、芽山が震えていることに気が付いているはずなのに、代わってやらない。否、代わってやれないのだ。何故なら自分もいざ行くとなると怖くなるから。
オレみたいな、心底どうでもいいタイプは論外だけどな。
夕夏が、その瞬間歩き出そうとする。芽山と交代する気だ。オレは、夕夏を手で静止する。
夕夏は「なんで?」と言う様な顔をした。
オレは「ダメだ」と言う思いを込めて、首を横に振る。
芽山が覚悟を決めて、勇気を出して、前に出たんだ。それを、どうでもいいと思ってる奴や、そうでない奴が途中で止めるのはナンセンスだ。やっていいことでは無い。だから夕夏を止めた。
芽山はドリームキャスターの前に到着すると、大きく深呼吸をした。部屋の中に、ピリついた空気感が漂う。
芽山がドリームキャスターに触れると、ドリームキャスターの上部がゴウン、と大きな音を立てて、開いた。
その内部が公になる。
「どうすれば……」
操作の仕方がわからないらしい。緊張が張り詰めていたのに、台無しもいいところだ。
「これか?」
芽山の目に入ったのは、手形の表示がされてある端末だった。確実にそれだな。そこの上に手をかざせってことか?
芽山が、端末に手をかざす。
『芽山優一』
校長とはまた違う、機械的な音声が流れた。
これで、このドリームキャスターは芽山優一専用になったのだと思う。
「それじゃあ、皆んな……またいつか、ゲームの世界で会おうよ」
芽山の姿が、ドリームキャスターの中に完全に消えていくと、開いていた上部が閉じた。
もう完全に芽山は中に入った。
感動の別れシーンのはずだが、オレにしちゃあただの茶番としか思えない。
さて、そろそろオレも行こうかな……そう思った矢先……。
「なら、次は私が行くわ」
今度は、広瀬が声をあげた。
芽山がした作業と同じ作業をして、広瀬もドリームキャスターの中に消えていった。
同じくして、部屋の中にいた人達が、どんどんドリームキャスターの中に入っていく。
芽山の取り巻き女子も、金髪だけど、実は優しい三宅佳純も、メガネ3人組の亘理拓海も、佐藤も、原も全員、ドリームキャスターの中に消えていった。
そして、いつのまにか残ったのは、夕夏とオレだけになっていた。
「お兄さん。向こうで待ってるよ」
その言葉だけを残して、夕夏もゲームの世界に向かった。
もはや、周りには誰1人としていない。
いや、正確にはあともう1人いるか……。
静かな空間に想いを馳せ、オレは口を開く。
「聞こえてんだろ、校長」
オレは、残りの1人に声をかける。
『へぇ、気づいてたんだ』
「テレビ画面に違和感を覚えたんだ」
消えたように思えた校長だが、テレビ画面には何の乱れも無かった。普通、テレビ画面が何かに切り替わる時には、少なからず、画面の乱れが生じるはず。それは、現代の技術力を持ってしても防げない。なのに、テレビ画面は一切の乱れを見せなかった。それは、校長が消えてないってことに他ならない。
『君が一番最後だよ』
「なんか、最後まで生き残った感があって、最高な気分だよ」
唯一の生存者……的な。
『怖気付いたか?』
怖気付いたのかだって?そう聞かれれば、オレの答えは決まっている。
「ふっ、そんな訳ないだろう」
オレが、こんな事で怖気付いたと思われるなんて、甚だ遺憾である。むしろ、震えているのだとすれば、それは武者震いだ。だって、ゲームの世界に行けるんだぞ。楽しみで仕方ない。
それに、オレが最後まで残ったのは、校長にいくつか言いたいことがあったからに過ぎない。
「3つだ。3つ質問させろ」
『……本来許されないことだが、いいだろう』
まず1つ目の質問を切り出す。
「この学校は、世界中に幾つある?」
こいつの言葉から、浮かび出た疑問の1つを投げかける。『世界最高峰』と『君たちが一番最後だよ』という言葉から導き出した答え。
「黙秘させてもらう。それはゲームに関する、重大なトリックだからな」
ならば、これ以上追求することはしない。しても、結果は一緒だ。
次に2つ目の質問をする。
「お前って、AIだよな」
これは、オレがほぼ確実と踏んでいた答え。
『そうだよ』
今度は、校長はすんなり答えてくれた。
しかし、これらの質問は全て餌でしかない。オレが初めから聞きたかったことはまた別のこと。
3つ目の質問を投げかける。
「3つ目、お前を作ったのは一体誰なんだ?」
コイツがAIってことは、勿論校長を作った人物と校長をシステム化した人物がいる。
『黙秘する』
つまり、言えない。
ならば、仕方ないか。
「聞きたかったことはこれで全てだ、付き合わせて悪かったな」
いや、まだ言いたいことはある。他の誰も言わなかったことなので、オレが直々に校長に言ってやろうか。
「あとさ、"校長"とか"ドリームキャスター"って名前だけど、ハッキリ言ってクソダサいから」
これだけは言っておかないと。
『え!凄く気に入ってたのに……』
お前のセンスはやっぱりズレてる。校長だけなら見逃しても良かったが、ドリームキャスターは流石にダサすぎる。ドリーム……キャスターて……アレ気に入ってたのかよ。
「お前をシステムした奴に言っとけ、くそダセェってな!」
最後にそう言って、オレは会話を切る。もう行かないと。
『それでは、グッドラック』
なぜ英語で言ったんだ?
そんな疑問だけを残して、校長の声はしなくなった。
「さてと、そろそろオレも行くか」
聞きたいことは聞けた。もう、何も思い残すこともない。
オレはたった1つだけ残ったドリームキャスターの前まで歩いて行く。
ドリームキャスターに触れると、上部が開く。
手形の表示がされてある端末に触れる。
『市ヶ谷春夜』
これで、このドリームキャスターはオレ専用になった。
ドリームキャスターの中に入って、寝転ぶと上部があり閉じ始めた。白い部屋の天井が見えなくなっていく。そして、天井が全く見えなくなった頃、校長ではない声がする。
『身体フルスキャン開始』
この声は、『市ヶ谷春夜』とオレの名前を言っていた声と同じだ。
レーザー光をオレの体に照射する。
オレの身体情報を読み込んでいるのだろうか。
『終了。次の段階に移ります。この中に、パーティメンバーはいますか?』
そうして、オレたちの100人の名前全てが表示された。夕夏の名前を探して、タップする。"はい"、"いいえ"、の確認ボタンが出たので"はい"をタップする。
『終了。それでは、転送いたします。しばらくの間、動かないで下さい』
ふぅ、待ちくたびれたぞ。やっと、ゲームの世界に行ける。
すると、だんだん意識が朦朧とし始めた。
目をゆっくりと閉じていく。
さぁ、人生最高のゲームを始めようか。
もう、ほぼ意識は無い。そんな中で、やっと声を拾うことがやっとだった。
『ゲームスタート』
その声と共に、オレの意識は完全になくなった。