7話 「帰省」
それから、1週間の時が経った。
その間。町では様々なことに勤しんだ。
丁度1週間前のあの後、服を買いに行ったり。宿のお手伝い。主にフロントで荷物を受け取って部屋に運ぶ作業をオレはした。夕夏は当然のごとくフロントの受付に回った。気のせいとかではなく、普通に売り上げが上がった。「可愛い従業員がいる」と噂になり、夕夏とユリアの2人は町でアイドル的存在になったことは言うに及ばず、握手会もできた程だ。当然、オレが剥がしをやった。1人2秒も譲歩したんだ。すごくね?
その他にも、ギルドでお金を稼いだ。ゴーレムはもう懲り懲りだったので、スライムとかゴブリンとかそこらへんを討伐した。
その過程で発見もあった。ゲームでよく見る、モンスターがお金を落とす、なんて事が起こらないって事だ。町では、モンスターを討伐した証拠を持っていけば、それに応じてお金がもらえる。モンスターからお金がドロップする事はない。
さらに、そのお金に関しても発見があった。
オレたちが使っていると硬貨の価値についてだ。
日本円に換算すると、銅貨は10円、銀貨は100円、金貨は千円。そして、印貨と呼ばれる硬貨は1枚1万円の価値があるのと言われている。
聞いたところによると、オレが倒すところまでいったゴブリンロードは1体で、銀貨三千枚の価値。印可にすれば三十枚の価値。日本円に変えると、三十万円ゲットできていた。それを獲得していれば、今までお金に困ることもなかったろうに……。
それでも今は、ギルドでモンスター討伐をやりまくって、金貨を二十枚も手にしている。まぁ、ゴブリンロード1体分には届いていないが……。
そして今日。オレは様々な事情を憂慮して、久し振りに村へ戻ることを決めた。
問題の馬車だが、羽鳥が全て用意してくれた。馬車のレンタルから御者へのコネクトなど。オレ達が村に帰る事が出来るのは、羽鳥の尽力が大きい。ホント、最初から最後まで有難い。
宿屋の近くの大通りに馬車は停まっていた。
見送りに来ていた羽鳥と三宅に声をかける。
「ありがとうございます。色々とお世話になって」
「いいんだ。後輩のためだからな」
「……後輩って事は、やっぱ先輩だったんスね」
「あれ?言ってなかったか?」
「聞いてねぇ」
「それはすまなかったな」
「別にいいっすよ。大体分かってましたし」
この世界において、一般的なNPCの名前は横文字だ。カイナーとかケイトとかユリアとか。でも、プレイヤーの名前は日本人っぽい名前が大半だ。それらを見分ける事は難しくない。
反対に、実際の名前も横文字だった場合、見分けは非常につきにくい。これが、世界共通のゲームだったらの話だが。
今度は三宅にも挨拶しておこう。
「三宅も、ありがとな」
「別に……。言っとくけど、アンタ助けたのは優一の為だから」
「?芽山見つかったのか?」
「まだ見つかってないけど、アンタに探すの手伝ってもらえるじゃない」
「いやいや、お前情報屋だろ。オレより見つけるの早いと思うぞ」
「そうかも知んないけどさ……」
それに、オレは芽山を見つけようが見つけまいがどうでもいい。
見つからないのなら「あぁそう」で終わるし、見つかったら見つかったで「まだ生きてたんだ」って思ってる。割と本気で興味ない。
あそこで知り合ったメンツなら、まだあと広瀬とか亘理とかいたな。あと亘理の周りにいた奴らとか。アイツらの名前なんだっけ?そもそも聞いてたっけ?まぁいいや。またすぐ会えるだろ。
「それじゃあ三宅、例のこと分かったら連絡くれ」
「分かったわ。フレンドのチャットでいいかしら」
「それで頼む」
実は昨晩、三宅にフレンド登録の仕方を教えた。
調べてもらっている事があるから、その報告の為に連絡先も交換した。その時夕夏に「やるぅぅ」と言われたのだが、未だに意味がよく分からん。連絡先聞くことぐらい普通だろ。
「そんじゃ、そろそろ行くわ。ケイト、ユリア乗れるか?」
「大丈夫だ!」
ユリアは静かに頷き、ケイトは煩く頷いた。何なのお前ら。真逆じゃねぇか。
ユリアとケイトが帰るとあって、宿屋の常連さんからお菓子やら食べ物やらを恵んでくれた2人は結構大きめのカバンを持って馬車に乗り込んだ。実際には1人で乗れなかったので、オレが乗せてやった。
続いて夕夏も馬車に乗り込む。
最後にオレは馬車に乗り込む。
乗り込んだところで、一通のチャットが届いた。
見てみると、『依頼。忘れてないわよね』という内容だった。上水流からのチャットだった。
外を探してみると。遠目の建物の陰に上水流の姿が見えた。上水流の仲間の姿も見える。見送りに来てくれたにしては遠いし。チャットもこの内容。送られている気分にはならない。
オレは早々に返す。『忘れてねぇよ』と。
すると、すぐに返事が返ってくる。『そう。ならいいわ。気をつけて』。最後の"気をつけて"は彼女なりの優しさだろうと思う。
再び上水流の方に目を向けると、オレが見ているのが分かったのか、手を振ってきた。
なのでオレは『いってきます』と返した。
無事全員が乗り込み、オレ以外の3人が、羽鳥と三宅に手を振っている最中、オレは馬車を運転してくれる御者に「出発しても?」と聞かれ、すかさず「はい」と答える。
そして、馬車は動き始めた。
徐々にその速度を上げていく馬車は、ダカダカと音を鳴らし、町中を抜けていく。
後ろに付けられた窓を見ると、羽鳥と三宅の姿が小さくなっていった。
見えなくなったところで、残りの3人は乗り出していた体を馬車に収める。
動き始めて最初の数分で町を出た。そこからまた数十分、ユリアとケイトは窓の外を見たり、話をしたりしてずっと起きていたが、ここ1週間の宿のお手伝いで疲れていたのか、2人とも、夕夏の膝の上ですぐに寝てしまった。おい、そこ代われ。
吹き抜ける風が心地よく、良く眠れる環境に違いない。馬車の振動が億劫だが、それを軽々超えるレベルで風が気持ちいい。ケイト、そこ代われ。
夕夏もウトウトしていた。
「オレが起きてるから、寝てていいぞ」
「ううん、大丈夫」
「そうか……」
しばしの静寂。
馬が走る音。馬車が地面を駆ける音。風と空気がこすれる音。そんで時々夕夏が頭をぶつける音。
眠いなら寝ればいいのに。
そこまでして起きてなきゃダメなのか。
「……話してたら眠くならないんじゃないか?」
「確かにそうだね……」
「………」
話題が出ねぇ……。
これじゃあ変わらず眠いままだ。
何か……何か話題ないのか……。
そうだ!こういう時は天気の話だ天気の話。「今日はいい天気だな」とか言えば……。なんとか……話が……続かねーじゃねーか。5秒で終わるぞその会話。誰だよ、困ったら天気の話とか言い出した奴。全然話が続かないぞ。これならまだトイレの便器の話の方が長く続く。セクハラで訴えられると思うけどな。
すると、夕夏は何かを思い出したかのように話し始めた。
「あっ……そうだ。お兄さんに聞きたいことがあるんでした」
「オレに聞きたいこと?」
「はい」
オレなんかしたかな……。
ここでオレが、何かした前提で考えているあたり、オレは夕夏への異常な愛を自覚しているようだな。それが普通なんだけど。むしろ、妹という存在を愛せない奴が異常だろ。
「2つあります。1つ目は、私が誘拐された時、犯人達が誘拐が犯罪じゃないって言っていたんだけど、どういうこと?」
へぇ。そんな一幕があったのか。
夕夏の質問に返答する為、しばし長考する。
そして、導き出した結論を返す。
「確証はないが。分かる。妹よ、オレ達がこの世界に入る前、校長が言ってた、この世界で守らなくてはならないこと。覚えてるか?」
「うーーん……覚えてないや」
「答えは。
1、サバイバルゲームの期間は、これから2年半の間、3年生の春までとする。
2、ゲームの中といえど、そこでの法律は厳粛とする。
3、もし、向こうの世界で死んでしまった場合、退学とする。
の3つだ。忘れたのなら覚えておいた方がいい。今後、参考にしなくてはならない時が来る」
「それが……どうしたの?」
「妹の質問に答えるには、この3つのルールの中で、2つ目のルールが鍵になってる」
「ゲームの中といえど、そこでの法律は厳粛とする。だよね」
「そう。重要なのは"そこでの"法律って部分だ。そこでのって何処だと思う?」
「それは当然……現実世界?」
「それなら、"そこでの"なんて言葉は使わないはずだ。そういった表現をするってことは、こちらの世界に関係のあることだろう」
でも、重要なのはここからだ。
「つまり、オレ達が罰せられる法律ってのは、オレ達がいる場所。昨日のオレ達基準で考えたら、町の法律って訳だ。しかも、町の外に出れば法律なんて関係ない。完全な治外法権だ。だから夕夏達を誘拐しようが誰を殺そうが奴らが裁かれることはない」
「やりたい放題ってこと?」
「簡単に言えばな。なぜなら村には法がないから」
「なんで作らないの?」
「……うーん。作れないからじゃないか?」
「作れないの?」
オレが端的に話を進めると、首を傾げ、そう聞いてきた。
簡単な話だ。法律を作ったとしても、それを取り締まることのできる奴がいないからだ。取り締めることのできる奴ってのは、いわゆる武力と威力を持ってる奴の事である。武力が無ければいざという時に取り締まることはできない。権威が無ければ罰することなどできない。あの村にはそれ相応の力がない。だからこそ法律なんて作ったところで無意味なのである。
さらに、理由はある。
「法を作ってのは、簡単なことじゃない。力のある宿り木を見つけてそこに住み着くしかない。あの村の宿り木はルータスなんだろうが、どうやらあの町はあの村に法を作ろうとすらしてないようだからな。やろうとしてもできないんだ。法律なんか作れなくて当然だろう」
「どうにもできないんですか?」
「現状、あの村の様子ではどうにもできない。手詰まりもいいところだ」
「やっぱりそうだよね……」
空気が暗くなりそうだったので、話題を変える。
「……それで、相談は2つあるんだよな」
「えっ……。あ、そうなの!」
ふと思い出したように、夕夏は反応する。
「それが、私、何もしてないのに新しいスキルを取得したんです。何もしてないのに!!」
「それは……分からないな……」
「そうですか……お兄さんでも分かりませんか……」
嘘だ。
本当は予測も付いている。
でも、言いたくない。言ったら、もう2度と夕夏は平穏で安心な生活を送ることはできなくなるだろう。そんなこと、絶対に嫌だ。だから言わない。
しかし、ここで話を途切れさせれば不自然だ。話を繋ぎ止める為、苦し紛れに口を開いた。
「ちなみに聞くけど、どんな魔法なんだ?」
「『ライト』って魔法なんだけど」
「ライト?」
すると、夕夏は「ライト」と言って魔法を発動させた。その淡い光は少々眩かった。そして、いつもと同じく魔法『ライト』の説明が表示された。
『ライトー精霊を光らせる魔法。光は精霊そのものである』らしい。
「精霊そのものを光らせるって、これが精霊か?」
「さわるナァァァァァァァァァ」
そう思い、光っている部分に触れようとすると、いきなり少々の眩さが膨れ上がり、オレの目を晦ます。手で光を遮り、目を閉じて光を通さないようにする。
少しすると、フラッシュした光の元に何かがいる。
薄っすらと目を開け、その姿を見てみると、そこに居たのは僅か一寸程度、天使のような羽を持った人型の女の子だった。
妖精と言うのが1番しっくりとくるか。
金髪の髪型は三つ編みで、小さな体に似合う可愛らしさをのぞかせている。
「不束者ですネ、君。私を誰と心得マス?名高き光の精霊ミーナなのデスヨ!!」
「まぁ、大体分かるよ。精霊そのものって言ってるんだしな。それで、何の用?」
「君に用はないデスから」
「私に用事があるのかな?……どうしたの?」
夕夏は、まるで幼児に対するような口調で尋ねた。
光の精霊ミーナも、それを気にしている素振りもなく、話を続けた。
「ご主人がどのようなお方なのか、気になっただけなんダケど……ふぅーーん……」
ミーナはそう言いながら夕夏の顔をジロジロと不思議そうに見ている。これが男ならしばき倒している所だが、ミーナは見た限り無害そうなのでそのままにしておいた。
しかし、見られてる夕夏本人は恥ずかしくなっているようで、見るからに赤くなっている。
顔を見終わったミーナは次に、夕夏の体の周りをヒラヒラと飛び回り、体の隅々までを見ていた。顎に手を当て、「ふむふむ」と小言をつきながら、時折体を指で突っついたりもしていた。これが男なら速攻で死刑宣告に値する。ミーナは見るからに下心なしで見ているようなので、放っておく。
無言でその光景をずっと見ていたが、中々厳しい情景であった事に気がつく。ミーナは何の意図もないのだろうが、体を突いている時に、胸も突いているのだ。これは見るからに如何なものかと……。そう思う。でも……まぁ……取り敢えず見とこ!!
「ちょっ……そこは……ふぇぇ……」
「ふーーん……なるホドね……」
ミーナはチラッとオレを見る。
あ?なんだよ。
「確かに、この子の魔力は圧倒的ね。私を制御できるだけはアルわ」
で、なんでオレ見たの?関係ないよね。
それとも、この精霊オレの事好きなの?
ミーナはオレを見ながら、しかめっ面をした。
「でも、アンタからはそれ以上にヤバイ空気感が漂ってルネ。何者?」
「何者って、そこまで凄いもんじゃねーよ。ただの精霊術師の兄だよ」
「ふぅーーん、ま、今日はそういうことにしてあゲル。けど、いつか教えてもらうワヨ」
「そんな日がくればの話だがな」
「来るワ。それも近いうちにネ。おっと、ソロソロ主人の元に戻ろうカシラ」
そう言って、ミーナは再び光に戻り、夕夏の体内に戻っていった。
イメージとかけ離れてはいたものの、精霊というものを直に見れたという点は良かった。先ほどの会話で、精霊は主人、この場合で言えば夕夏、の命令を下せる。精霊と精霊術師の間には強力な主従関係があったのだ。オレがどうのと言う問題ではないが、あの様子じゃ、オレはミーナに干渉できない。ミーナの扱いは夕夏に一任してしまう方がいいだろう。
もし、本当にミーナの力を頼りたい時は、夕夏に頼んでもらうのが妥当か。オレじゃ、話すら聞いてもらえそうにないな。
しばしの時間、熟考する。
しかし……。夕夏の魔法の還元が分かったところで、使える魔法が「ヒール」と「ライト」のみとは。攻撃性の魔法が欲しかったところだな。まだ、時間はかかりそうだ。
その為には、スキルレベルの解明が必要不可欠。
どのような時にスキルレベルが上がるのかを分かっていないと。このままではただ時間が無駄に過ぎていくばかりだ。モンスターを倒しても倒してもスキルレベルが上がらないようじゃ、倒す意味すら失う。ニート運命まっしぐらだぜ。
ただモンスターを倒すだけでは、スキルレベルが上がらないことは既に立証済み。この1週間モンスターを討伐しまくったのに、スキルレベルが1つも上がらず、スキルを獲得できなかった事が何よりの証拠だ。
つまり、ただモンスターを討伐するだけではスキルレベルは上がらないって事だ。それを見つけ出すのは甚だ無理ゲーだが仕方ない。それでも、全くの無理ゲーって訳じゃない。なぜなら、オレたちはすでに一定のスキルレベルを上昇させる事に成功し、スキルを獲得できているから。
つまり、オレ達の今までの行動の中に答えがあるって事だ。それを見つけるだけでいい。これ以上ないヒントだ。
ま、まだ急いで見つけ出さなくてもいいか。時間は余るほどあるからな。
正面を見ると、流石に眠たかったのか夕夏は寝息を立てていた。これで、起きているのはオレだけとなった事だが。安全のため、全員が寝るわけにもいかないからな……。
しょうがなく、窓の景色に目を向ける事にした。
馬車は既に森の中を走っている。
オレが走ってきた道こそ、純度100パーセントの森だったが、馬車が走ってるのは、完璧に舗装された道の上。多少の揺れはあるものの、御者の人も慎重に進んでいた。こりゃ、時間かかりそうだな。
馬車は、速度を変えず進んでいった。
窓の外を眺めながら、オレはずっと起きていた。