5話 「夜の町2」
「救ってほしいとは、どういうことだ?この町は見たところ問題を抱えているとは思えない。救うべき点を見受けられないんだが?」
「確かに、今のところは何の問題も起きてないでしょうね」
なるほどな……肝は"今のところは"ってことなんだろうな。
そんなことはどうだっていい。いやよくない。
内容を聞いておかないと依頼を受けるものも受けられない。まずはそれがいかなる問題なのかを把握する必要がある。問題解決は、問題の核を見つけなければ解決できない。
友達が少ない理由にも核がある。喋り方がキモいとか、コミュ力が決定的に欠けてるとか、アイデンティティが無いとか……。あれ?……なんか泣けてきたな……。
「話だけ聞く。回答はその後でも構わないか?」
「えぇ、それで十分よ」
オレは近くの家の壁にもたれかかりながら、上水流の声に耳を傾ける。
「そうね……まず最初に、私達が貴方を狙った理由だけど、さっきも話した通り、貴方の戦力が欲しかった。理由としてはそれだけね……」
「ああ、確かにそう言ってた。しかし……戦力?」
聞き返すと、小さく頷いた上水流が話を続けた。
「私達に敵う相手かどうか、見定めるための襲撃だったの。もしそれで気を悪くしたのなら謝るわ」
別にその分は怒ってなんかいない。
しかし、戦力を見極めたかったのには少なからず理由があるはずだ。無かったら、オレの強さをあんな形で見ようとはしなかっただろう。当て馬を用意すればいい話だ。
それをしなかったのには、オレの本気を見たかったからだろう。その身で直に当たってみなければわからないことだってある。
なおかつ、自分達でここまでやるって事は、それなりに重要な案件だってことの裏付けにもなる。
今度はこちらから話をすることにした。
「安心してくれていい。別に怒ったりはしていない。それこそ、何でオレの強さを見極めなければならなかったのかの経緯を聞かせてほしい。この町の町長である上水流先輩が直接出向いてるって事はそれなりの事態なんだろ?」
「話が早くて助かります。そうです。現在、このルータスという町は緊急事態に晒されているのです。それにご助力頂けないかとお願い申し上げに参りました」
「緊急事態というのは?」
「先日、ある商人が行方不明になりました。元々私たちの町とその商人は相容れなかったので、行方不明の原因は私達が誘拐したのではないかと、ありもしない噂が流れてしまいました。すると、あと数日のうちにそいつを返さなければ、反乱を起こすぞと、私の元に脅迫状が届いたのです」
いわゆる勘違いか。なんとも傍迷惑な勘違いをしたもんだな。
概要は分かった。
オレに救ってほしいと頼んできたこともまぁ理解できた。その反乱を事前に止めて欲しい、それか反乱が起きたとしても、そいつらを止めて欲しいみたいなことか。しかし、それらの経緯を聞いていて不可解な点がいくつかある。
上水流は目で、質問は?と聞いてきた。
「疑問なんだが、同じ町の人間なのに何でいち早く疑われたんだ?」
同じ町の人を疑うメリットがない。確実な証拠を掴んでいるのなら別だが、上水流の口からそう言った事は話されていなかった。どちらかと言えば、何も知らないのに冤罪を着させられている話し方のように感じられた。
昼間の町中の空気感を見ても、町人に不満を抱いているような人物は見受けられなかった。
だから、なおさらメリットがない。
最初からその質問をされるであろうと予想していたのか、質問への答えはすぐに返ってきた。
「それは……数ヶ月前の事になるわ。私達のパーティメンバーの1人が連れ去られました。誘拐といってもいいでしょう。未だに彼は見つかっていません」
オレの耳にも新しい「誘拐」という単語。それにオレはほんの少しだけ反応した。
「その後の調査の結果。犯人はとある人物と判明しました。その人物こそ、今回行方不明になった人物なのです。脅迫状を送ってきたのは、その人物の仲間の連中一派だったので、おそらく、私達がそれを恨んでの犯行だと思っているのではないかというのが私達の結論です」
オレも夕夏を連れ去られた。気持ちは痛いほど分かる。オレは夕夏を取り戻せたからいいものの、上水流達は未だに取り返せていない。彼という事は男子だろう。そんな彼が無事なのかの心配と彼を救えなかった自責で頭がいっぱいだろうと心中察知する。
もしあの時、夕夏を取り返せていなかったと思うと今でも心臓の拍動が早くなる。取り返せていなかったら、オレは今頃自暴自棄になってた。自我を保っている自信がない。
まぁ、心苦しいだろうな。
「……分かった。先輩に協力しますよ」
「本当ですか…………ありがとうございます」
上水流に続いて、他の先輩達も頭を下げてきた。
「頭を上げてください。これはオレの気分ですから」
オレの言葉で、先輩達は頭を上げた。
それからわずか数秒の間に先輩は仏頂面に変わる。
え、何?なんなの?
1人の男子の先輩が、上水流へ質問した。
「結。心配はしてないんだが、本当にコイツで大丈夫なのか?強そうに見えないぞ」
心配してるじゃねーか。逆に心配しかしてないぞ。ていうか、心配はしてないんだがって前振りでもう心配してるって分かるんだけど……。
オレってそんな弱そうに見えるかなぁ……?優しそうとはよく言われるが……。"弱そう"って遠回しに言われてるって事を除けば褒め言葉だからな……。
「さっき戦ったでしょう。私達が4人がかりで彼に傷1つつけられなかった……。それに、彼はあのカイナーを一撃で倒したのよ」
「あのカイナーをか……」
カイナーって、確か……昼間のあの大男か。
え……?何、アイツってそんなすごい奴だったの?
そんな雰囲気全然なかったぞ。なんか……当て馬感が相当凄かったけどな。
まさかあの場面を見られていたとはな、一切気がつかなかった。思い返してみると、黒ローブを着た奴がいたようないなかったような……。
オレの超能力を知らないってのも疑う原因になってるのかもな。
そういえば……結局、超能力の練習は見られてなかったのかな……。
ここまで話してきて、オレの超能力に関する会話が一切出てこなかった。
はたまた、見えていたけど話していないだけなのか。それとも、見えていたけど言うほどでもないと思っているのか……。その真意は見えないが、超能力のことについてオレはあまり知られたくない。もし知っているのなら、今すぐにでも口止めをしたい所だが、余計な行動はさらに疑念を呼ぶ。
相手が何も知らないのなら、無駄な行動でオレの超能力が知れ渡ってしまう。それだけは何としてでも避けたい所だ。
超能力に関する単語や言い回しは会話では出てきていない。
しかし、それは職業の話しをまだしていないのが理由かもしれない。無闇に行動を起こせば一瞬で悟られる。逆の立場だったなら、その時点でオレは気づくだろう。
そんな心中であるとは知るはずもない先輩達は、話を続けた。
「まぁ……さっきの動きを見ていても、強いことは明らかだったな。何か現実世界で習っていたのか?空手とか合気道とか」
「いいや、全く全然……」
そういったことは、実際にやるよりも、見ていた方が多かった。見よう見まねでやってみても、すぐに終わってしまった。オレは……なんでも長続きしなかったと聞いている。
ピアノも書道も水泳もサッカーも野球もetc…もなんだってすぐに辞めてしまったと聞いている。より正確に聞いた分には、辞めさせられたと言っていたが、何があったんだろう……。
そんな訳で、オレは空手も合気道もやっていない。
強さの根源は、オレの純粋な戦闘センスにあるだろう。あと、夕夏への愛とか!!
「それであの強さか……恐れ入るな……今年の1年は大粒揃いだと風の噂で耳にしたが、目の前にいるのは、その筆頭の化け物かもしれないな……」
「はっ、そこまで凄くはないと思うぞ……」
オレは、自分の強さを知っているが、過信はしてない。己の戦闘力を理解しているから、相手との強さの差を推し量れる。今までの戦いで、オレが勝てると思っていたのは、相手の強さを感じて、冷静に分析してオレの方が強いと感じたからだ。決して自身の強さに自惚れていたわけじゃない。嘘。ちょっとはある。
世の中には、オレしか出来ないこともあれば、オレだけ出来ないことだって当然ある。何とは言わないけどな。オレ1人で出来ないのなら、オレは恥もせずに人に頼み込める。
この先輩達だったそうだ。自分たちじゃあこの戦いは勝てそうにないからオレに協力を頼んできた。自分達の強さを理解しているからだ。
オレだって、簡単にこの戦いを収めることなんてできないと思ってる。強さならオレは先輩達より上だろう。それでも、オレはこの町へのコネクトを持ってない。オレにもできないことなんて山ほどあるんだ。
オレはこの町へのコネクトが欲しかったので、この依頼を受けたんだ。オレにはそれが無かったから。
だからオレは依頼を受けた。
上水流が、仕切り直すように話を元に戻す。
「……でも、引き受けてくれるのはありがたいんですけど、どうやってこの町を守っていいか未だ決まってないんですよね……」
「それはもう大丈夫です。策は考えてあります」
「早っ!!」
「……聞かせてもらえるわよね」
他の先輩は驚きのあまり何も聞いてこなかったが、さすがは町長、冷静にオレにその内容を聞いてきた。
それは非常にいい心がけだが、それを話すにはまだいくつか聞かなきゃならんことがある。話の内容によっては作戦を変更せにゃならん。失敗できないこの作戦……不確定要素は全て無くしておきたい。
「当然ですが、その前に1つ。聞きたいことが……」
「……何を聞きたいの?」
そう聞かれ、突如として焦る。
何を聞くかは決めていたが、どのように聞くかは決めてない。聞き方によっては理解しづらい質問だからな……。
少し考え、的確な言葉を選ぶ。
「パーティメンバーという括り以外で連絡を取り会える手段はありますか?」
上水流は少し考え、結論を導き出す。
「伝書バトならあるけれど……そういうことじゃないのよね……」
「ご理解早くて助かります」
え、嘘、伝書バトあるの?使ってみてぇ……。
白い鳩の足に手紙を結んで、飛んでいけー、みたいなことやりたい。
本当なら伝書バトを利用したいが、今回の利用目的にはそぐわないので、却下。また別の機会にでも使うとしよう。
理解しづらいだろうと思っていた点はオレが訂正しようと思っていたが、オレが指摘する前に考えついていたらしい。
すると、考える間もなく上水流は望む答えを見つけた。
「……だとすれば、フレンド登録が1番ね……」
「……成る程……フレンド登録か……」
「フレンドについては、だいたい分かってるみたいね……。説明は省くわ」
「構わない」
フレンド機能なんてゲームではありふれた機能だ。ゲーム内でキャラの貸し借りができたりもする。一般的には、フレンド枠のキャラを使用するためだが。
話の流れ的に、このゲームでのフレンド同士では連絡することが可能なのだろう。
「……それじゃあ、メニュー画面を開いて」
オレは言われた通りにメニュー画面を開く。
「それで、パーティメンバーの欄を開く」
言われた通りに開く。
「その中に、フレンド登録機能ってやつがあると思うけど、見つけられた?」
探してみるが、そういった項目は見えてない。
「いや、分からないな」
聞くと、上水流はほぼゼロ距離まで近づいて、メニュー画面からフレンド登録を探したくれていた。
ただね……さっきから胸についてる2個のメロンが普通に当たってるんだけど……。上水流は気にしてないようだ。1人で意識しちゃってるとか嫌だから、オレもそれ以上気にしなかった。
メニュー画面を見ると、着々とフレンド登録の作業は進んでいた。
どうやら、パーティメンバーのページに入ってるのかと思っていたが、そうではなかった。一度、パーティメンバーのオレのアカウント画面を開くと、その中にフレンド登録と書かれてあった。
上水流も自身のメニュー画面を開いて、フレンド登録の準備を始める。
あ、何の意思確認もなくやられちゃうのね……いやまぁ、いいんだけど……。
数分して、オレの元にメールが届いた。
『これでオッケーだから。メール以外にも電話もできるよ』
といった内容だった。
それだったら、口頭で話せるだろ。まぁ、いいや。
終わったようなので、すぐさま上水流から離れる。
「ありがとうございました」
「貴方に感謝される筋合いはないわ。早くその策とやらを聞きたかっただけよ」
「オレに感謝される筋合いがないのなら、誰にあるんですか?」
「どうでもいいわよ!そんなこと!私、貴方が嫌いよ!」
おお、そこまでノーフィルターにどストレートで嫌いと言われると、思いの外こたえるな。夕夏に同じこと言われたら、オレは立ち直れないだろう。
上水流は、言い終えスッキリしたのか、そっぽを向いてオレを見ようともしなかった。
すると、先輩の1人がこそっとオレだけに耳打ちをした。
「結なりの感謝だから……」
そういうこと……。
上水流結という人は、感謝することはあっても、感謝されることに慣れていない。
感謝されることが恥ずかしいのだろう。まぁ、オレの勝手な想像に過ぎないが……。
「……その前に……パーティメンバーとフレンドの違いって何ですか?」
その質問には、オレを嫌っている上水流ではなく、その友達にしてもらった。
「フレンドの関係はあくまで他人と他人で、パーティメンバーは一心同体って事よ、大まかに言えばね」
フレンドが他人同士とか、少し残酷な気もするんだけど……。逆にパーティメンバーが一心同体とかだいぶ重い気もする。
しかし、その言葉が意味することをまだ先輩は言っていない。
続きを促すと、一泊間を置いて口を開いた。
「パーティメンバーはね、互いの居場所を共有することができるんだ」
それは知ってる。
夕夏を探しに出た時にその機能を使ってた。お陰で夕夏の救出に成功した。いや、あれはそんなに活躍してなかったな。
「……それと……市ヶ谷くん。もう1つだけ、パーティメンバーとフレンドの違いがあるんだが……これは少しショックを受ける人は多い。それでも聞きたいのかい?」
どんな内容か知らないが、今更聞かないのも、むず痒くて仕方がない。
小さく頷いた。
「さっきも言った通り、パーティメンバーは一心同体だ。だから、その身が滅びれば、パーティメンバーも滅びることになる………」
遠回しな表現過ぎて、何も分からん。
何?その身が滅びるとか、これはなんかのゲームかよ!ゲームだな。
全く理解できなかった。
その気持ちが乗り移ったのか、先輩は大きく息を吸った。
「つまり!!!パーティメンバーの誰かが退学したら、そのパーティは全員退学になってしまうんだよ!!!」
このゲームの世界に送り込まれ、早数日過ぎて、オレはこのゲームの意義と本当の恐ろしさを忘れていたのかもしれない。
そうだ……これはただのゲームじゃない。"国"が全てを管理している、死んだら即退学の究極サバイバルゲームだ。
この世界で死んだら全てを失う。
将来の夢や希望。思い描いていたハッピーライフ。
死んだら終わりのこのゲームにコンティニューもリセットもセーブも一切無いんだ。ゲームだからと少し安堵してしまっていたのかもしれない。違うんだ。これは現実世界の模倣だ。死んだらその時点でゲームオーバー。
現実世界の模倣、いや違うわ。現実そのものだ。
魔法という概念が付け加えられただけ、身体能力を倍増されただけ、普段と違う生活環境に放り込まれただけ、あとは現実世界そのものとなんら変わりはない。
……そんでもって、パーティメンバーの道連れとか、ふざけ過ぎてる。
オレのパーティメンバーはただ1人だ。でも、その1人の価値は他のどのパーティよりも高いと自負している。
夕夏が退学してしまって、オレがその道連れになる分には、多少なりとも怖さを感じるけれど、実際のところなんのことはない。本当に怖いのは……オレが退学して、夕夏を道連れにしてしまった時だ。
オレの所為で、妹の将来を絶ってしまう。この瞬間が1番怖い。
パーティメンバーである以上、オレは夕夏の命をも背負っているのだ。
「……まさか、それを聞いて依頼を断りたくなったとかはないよな……」
「……依頼は、受けるよ」
ここで引いたら男じゃない。
もう受けると言ってしまった。
怖くはなったよ。でも、戦意を喪失するレベルじゃない。
それに、緩んでいた気も引き締まった。
「それじゃあ、ルータス防衛作戦を伝える」
この町のため、オレの前にいる先輩達のため、先輩達の仲間で連れ去られた人のため、そして、オレの目的のため、夕夏のために、オレはオレにしかできないこの作戦で、オレはこの町を救う。