おまけ 「登校」
家を出たオレは、新しく入学する学校に向けて歩き始めていた。
その後ろからオレを呼ぶ声がする。
「待ってーーお兄ーーさーーん」
振り返ると、妹の夕夏がパタパタと急ぎ足で向かってきていた。
その口には朝食で食べるはずだった食パンがくわえられていた。
そんな事しても運命的な出会いとか起きないからね。
膝に手を置き加速した拍動を抑えるために夕夏は1度止まる。
オレもそれに合わせて1度止まった。
「お兄さん……早すぎるよ」
「1番最初に学校につきたいって昨日の夜に言ったのもお前だし、それで寝坊したのもお前なんだけどな。それと、食べ物を口に入れながら走るのだけはやめろ。もし喉に詰まったらどうするんだよ。危ないからやめとけ」
「お兄さん、心配しすぎ。大丈夫だから」
現在時効は午前8時半。
オレたちがこれから入学する学校は特殊で、入学式の時間すら知らされていない。ただ、今日の午前中に集まってくれとメールで伝えられただけ。
オレの家からその学校までは歩いて20分ほど。
遅く歩いても9時には学校についている計算だ。
夕夏が昨夜、早く学校に行きたいと言うので、30分早い8時半には学校に到着できるように考えていた。
つまり、本来なら8時には家を出ていなければならない。
が、早朝。その計画は頓挫することになった。
夕夏が寝坊したのだ。
6時に起きるつもりが、夕夏がおきたのは家を出るはずだった8時だった。
オレは5時に起きていたが、オレは別に学校到着時間は10時くらいでいいと思っていたので夕夏を起こさずに寝かせてやっていた。
寝ずに気分が悪くなられる方がオレとしては嫌だからな。
それで、今の状況に至る。
「それに、兄さんが起こしてくれればこんなに急がなくて済んだのに……」
「何度も言ってるが、こんなに早くに行っても特典とかないからな」
入学式に早く来たボーナスとかあったら全員早く来てるだろ。ガチの奴なら校門前で野宿するんじゃないだろうか。
携帯の発売日かよ。
「そうじゃなくて……早く行った方が遅刻しなくていいでしょ」
「いや、メールには午前中って書いてたんだから別に早く行ったところで何も変わらんだろ」
「もう!早く行った方がいいの!」
「はいはい。わかったよ」
「はいは1回」
「はいはい……マイナス1はい」
「ふざけないの!」
「へーい」
こんなしょうもない会話をしながら歩いていく。
交差点に差し掛かる丁度その時、夕夏が叫ぶ。
「あぁぁぁぁぁぁ携帯忘れた!!」
「このアホ……」
体中どこを探しても無いらしい。
制服のポケット。スカートのポケット。どこを探しても無いらしい。
「じゃあ、オレが走って……」
「あっ、大丈夫。私が走って戻るからお兄さんはゆっくりと先に行ってて……」
「いやでも……」
「いいから先に行ってて!」
「あ、はい」
あまりの迫力に物怖じてしまった。
オレがそう返事すると共に夕夏は元来た道を颯爽のごとく引き返していった。
……。
「……」
……仕方ない。ゆっくり歩いて行くか。
なんなら横断歩道は全部止まっていこう。
「……憂鬱だなぁ……」
そう言いながら、横断歩道を渡る。
こんなにも憂鬱な日はない。
何故なら、本日4月1日はオレの誕生日である。
細かい情報まで言うと、オレは16年前の4月1日午前零時丁度に生まれた。
親には何度か狙って産んだだろって聞いたが、帰ってくる答えはいつも「狙ってない」の一点張りで口を割ろうとしない。
いやいや、そんなわけないだろ。
逆に、4月1日午後零時ジャストにオレが自然に生まれたのなら、ミラクルすぎるだろ。
あと1秒でも早く生まれていれば、もう1つ上の年代に回されていた。
こんなことを考えるのは、4月生まれか3月生まれの人だけだな。
ちなみに、夕夏の誕生日は8月1日のこれまた正午丁度なのだ。
オレたち兄妹はどちらとも1日に生まれ、時計でいう12時に生まれている。
これを狙っていないと言って誰が信じるんだ。
「……ま、誕生日なんて形式的な儀式でしかない。意識しようがしまいが年を1つ取るのに変わりないんだからな。誕生会なんてもってのほかだ。黒歴史製造会みたいなもの」
両親なんて、オレと夕夏の誕生会をめんどくさいから4月と8月の中間の6月にやってたんだぞ。6月誰の誕生日でもないのにな。
「そういや、最後に誕生会をしたのはいつの日だったかな。全然覚えてねーわ」
昔の記憶をたどって行くが、思い出せない。
中学の時はやってないってことだけは明確に覚えている。
独り呟きながら歩いていく。
ビルの隙間風を体に受け、立ち止まる。
制服が風を受け、激しくたなびいていた。
「学校か……」
妹以外の人間とほぼ話したことのないオレからすれば、そこは地獄と同等の場所だ。
いや、それは間違いか。
話したことはあるのだ。
ただそれが事務的な内容であるだけのこと。
それに、オレは自分から話しかけにいくようなタイプじゃない。話しかけられるのを待つタイプ。
つまりボッチだ。
ボッチの特性その1、話しかけられるのを待つ。決して自分から話しかけることはしない。
話しかけられるのを待ってはみるものの、誰も話しかけてこない。
ボッチの特性その2、待っても誰も近寄ってこない。
まぁ、だからこそボッチであると言える。
その中でも話せる人間が数人いたが。
ボッチの特性その3、同じボッチとは気軽に話さことができる。
オレの場合、夕夏だ。
夕夏は別にボッチではなかったが、話していた。それよか、夕夏と兄妹じゃなかったら一言も話してなかっただろう。
得てして学校には友達づくりに困っているボッチが複数人忍んでいるものだ。
それを見つけられずして平穏な学校生活は得られない。
オレ曰く、1人のボッチを見つければ、その影にはまた数人のボッチが潜んでいる。繋げていけば、1つの大きなボッチの集団になる。それがいわゆるオタク集団と呼ばれる。
オレ曰く、リア充集団とボッチ集団の見分け方は、特殊な例外を除いて、女子が輪の中に入っているか否かである。
その他にも、ボッチは仲間とリア充の違いを一瞬で見分けられるとかがある。ベストオブザ無駄能力。
そんな訳で、あまり学校という固有名詞に良い印象は抱かない。
「……ねみ……」
憂鬱憂鬱プラス睡魔だ。
ここが、公共の場ではなかったらすぐにでもぐでぇと横になって寝てしまいたいぐらいだ。それで、ノーパソを持ってきて一日中ゲームしてた。それ、ただのニートだろ!引きこもりじゃねーか!
昨晩、4時くらいまで夜更かししてしまったから眠気が取れていない。
毎度思うのだが、4時まで夜更かしって、それは夜更かしなのだろうか?もうすでに夜は明ける寸前なので、正確には夜明かしの方がしっくりくる。
ただ、夜明かしなら徹夜と同じ意味になってしまい、朝まで起きていることになる。しかし、オレは徹夜をしていたわけではない。ちゃんと寝たは寝たのだ。それが4時だっただけであって。
ならば、それは夜明かしではないだろう。
じゃあ、やっぱり夜更かしなのか……。
………うん。どうでもいいな、これ。
変わらず、テクテク学校に向けて歩いて行く。
後ろを振り返っても夕夏の姿は見受けられない。
アイツ……間に合うのか?
まぁ、これだけ早く家を出たら間に合うか。
突き当たりの角を曲がる。
すると……。
「お兄さん!誕生日おめでとうーー」
パァンという音と共にそう声が聞こえた。
見ると、声の正体は夕夏だった。
周りの人は何事かとこちらを見てきて、内容を理解すると、パチパチと拍手してきた。なんだかすごい恥ずかしい。
夕夏はクラッカーを持ちながら、覗き込むような形で「ビックリした?」と聞いてきた。
それはもう驚いた。
家まで1度帰ってからオレを追い抜いたことが。
「携帯は?」
「……お兄さん……サプライズ中にそれはないわー」
オレが言うと、夕夏は引きつった顔でオレを非難した。
その顔からは嘲笑が見て取れる。
「は?サプライズ?……いや……だって……携帯忘れたって家に帰っていかなかったか?」
「……お兄さんって、変なところで鈍感だね……このサプライズをするための嘘じゃんか……」
「つまり、携帯は忘れてなかったのか。それは良かった……」
オレがホッとしていると、夕夏が頭を抱える。
「あーーもう、なんでお兄さんはもっと純粋にサプライズに興味を持たないの?」
「なんだ。そっちに反応して欲しかったのか。悪かった」
……確かに、サプライズー驚き、と言ってるくらいだからな。驚かないといけなかったのか。それは失態だった。
いや、だってほら。オレってこういうサプライズを受けたことなんてまるでないから……反応の仕方なんて分からない。
大抵誕生日は6月にやるって分かってるし、サプライズとかないから、誕生日会だって形式的に年齢報告するだけの会になってるからな。
去年なんて……。
「はい、それでは誕生会を執り行います。いくつになりましたか?」
「はい、16歳になりました」
「私も同じく16歳です」
「よく育ってくれました。これからもスクスク育ってください。これで誕生会を終わります」
……以上。
ひでぇ。
お陰で去年なんか、オレいくつだっけ?って思う瞬間が何回もあったんだぞ。
今までが結構酷い分、今年は忘れられない誕生日になった。
多分もう一生忘れないと思う。
「……ありがとう……」
初めて誕生日をいい日だと思えました……。
Fin……
ってまだ終われないんだった。学校に登校しなくてはならないんだった。
「そんじゃ、サプライズも終わったことだし……」
「お兄さん。待って」
歩き出そうとしたオレを止める夕夏。
どうした、と振り返ろうとすると、腰あたりに何かが当たった感触がした。
見ると、綺麗に包装された小さな箱を夕夏が恥じらいながら両手で押し当てていた。
「はい。プレゼント」
「ありがとう……開けても?」
「いいよ」
了承を得て、綺麗にラッピングされた誕生日ケーキ柄の包装紙を丁寧にとっていき包まれていた箱を開けてみる。
入っていたのは、真ん中にリングのついたペンダントだった。
リングをよく見てみると、内側に何か書いている。
「フフっ……これ、妹が考えたのか?」
書いていたのは、「兄」の一文字。
我が妹ながら中々面白いセンスをしている。
「つけてもいいか?」
「もちろん!」
ペンダントを首につける。
オレ自身では似合っているかどうか確認できないので、夕夏に判断してもらう。
「うん、よく似合ってるよ」
「そうか、それは良かった。ありがとな」
「どういたしまして」
壊れたら困るので、つけたまま制服の中に入れておく。
「じゃあ、8月になったらオレからも何かあげるよ」
「えー、サプライズが良かったな」
「いいんだよ。下手にサプライズなんてしたらかえって変なものになるだけだ」
「私はそれでもいいけどなー」
「オレがダメなの」
下手な知識で何かやればやるほど空回りして半端なものしかできないのは分かりきったことである。サプライズについてなんの知識もないのに、何かをしようとは思わない。
とは言え、妹の誕生日に何もしないわけにもいくまい。
プレゼントも用意しておかないとな。まだ4ヶ月も先の事だけど。
「……まぁ、とりあえず諸々の感謝は後でするとして、とりあえず学校に赴くとしましょうか。早く学校に行きたいんだろう」
「うん!」
そう言い、駆け足で前に進む夕夏。
オレはその背中を見ながら歩いてついていく。
眩しすぎる朝日を浴びながら、オレたちは街中を進む。
昨日、3年ぶりに髪の毛を切った。
髪の間を風が通り抜けていく感覚が妙に心地いい。
「お兄さん!」
逆光で、顔が見えないまま夕夏の声を聞いた。
「学校、楽しみだね」
その声は軽はずみしていて、夕夏がどれほどこの日を待ちわびてたかがわかる。
本当の気持ちを述べるならば、学校には3年ぶりに通うことになるので、身体全てを覆うような恐怖と不安が押し寄せてきていた。それなのに、どこかワクワクしていて心踊る感覚がしっかりと潜んでいる。
アスファルトでできている道は、なんとなく自分の気持ちに似ていて、とてもグレーが際立っていた。
やがて、逆光で見えなかった夕夏の表情が見えてきた。
「……お前、なんで泣いて……」
夕夏の表情は依然と笑顔のままだったが、その目には涙を浮かべていた。
戸惑った仕草を見せながら、小首を傾げていた。
その姿がどこか可愛らしく、見応えがあった。
夕夏はより一層笑顔を増しながら口を開いた。
「あれ?なんでだろ?……嬉しかったからかな」
「……そうか……」
頭を撫でながら、オレはそう言ってやった。
目に浮かんだ涙は消え、夕夏は元の顔を取り戻していた。
「学校行くか!」
またしても、学校に向け歩み始めた。
その学校でこれからどんなことが起こるのか、オレはまだ知らない……。