14話 「夕夏side 2」
私達が目が覚めていることに気がつかれてから、この馬車は2時間ほど進み、今、再び止まっていた。
外はもう日が昇り始めていた。
両手を縛られた私は荷台から下ろされ、私を捕らえた人に、何故私が捕らえられているのかの真相の一部と少しだけお兄さんの話を聞いた。
隣ではユリアちゃんはスヤスヤと寝ている。
「そんなっ!」
聞いたところによると、お兄さんはあの村がカロウという人物に支配されていることに気がついていたらしい。
そのカロウさんは、お兄さんに捕まったらしいけどお兄さんが気がつかないうちに私たちが捕まってしまったのだという。
まさか、お兄さんが私の知らないところでそんな事をしているとは思わなかった……気が付きもしなかった。
お兄さんが戦っていたのに私ったら呑気に寝ていたなんて……。
「じゃあ、今お兄さんは何処に⁉︎」
「知らねぇよ、そんな事」
まさか、私達を追って……。
……そうだ、あのお兄さんなら絶対私達を追いかけてこないはずがない。
今頃、私達を助けようと急いでいるだろう。
なら私がやるべき事は、お兄さんが追いつけるほどの時間を少しでも稼ぐ事だ。その為には、馬車が止まっている今が絶好の時間稼ぎチャンス。
「なんで私達を誘拐したんですか」
ベタなセリフだけど、それしか頭に浮かんでこなかったのでそう言った。
「仕事だからな」
「仕事……ですか、これが?」
あまりにも仕事だと、そう言い切られたので言葉に詰まってしまい、同時に釈然としなかった。
誘拐が仕事なんて、どんな職業なの⁉︎と思ってしまうのも仕方のない事だった。
「あぁ、そうだよ。カロウさんに雇われてオレたちは仕事をしてるんだ」
「でも、そのカロウさんって人はお兄さんに捕まったんですよね、じゃあなんで私達を……」
「カロウさんはな、無一文だったオレたちを助けてくれて仕事をくれた。命を救ってくれた人だ。たとえカロウさんがいなくてもこの仕事は最後までやり通す」
納得してしまった。
彼らが普通ならやってはいけない誘拐に手を染めた理由に関心してしまった。
なら私はどうすればいいんだろう。
私達が誘拐された裏にこんな話があったとは思えなかった。
彼らにとって私達の誘拐は、そのカロウさんへの恩であり、最後の仕事なのだ。彼らに同情してしまうかもしれない。いいや、もう同情してしまっている。命を救ったなんて言葉はずるいな。カロウって人を悪として見ることができなくなるよ。
なぜだろう、それを聞いたからお兄さんの方が悪なのではないかと思ってしまう。
「でも、誘拐は犯罪です。たとえ恩人から頂いた仕事でもやってはいけないことなんです」
すると、その人は首を傾げながら聞いてきた。
「は?何言ってんだ?誘拐は犯罪じゃないぞ」
「え?」
そんな訳ない。誘拐は犯罪でしょう。
でも、その人が嘘をついているとも私は思えない。
じゃあ、この人の中では誘拐は本当に犯罪じゃないってことになる。
どういう事なんだろう。
「そうなんですか?」
「そうだが?」
やっぱりこの人は嘘をついてはいない。
お兄さんが助けてくれる事を信じて、その時聞いてみよう。お兄さんなら知っているだろう。
それまでは黙っていよう。
「なら、私達ってこれから何処に連れていかれてるんですか?」
「奴隷商会が経営している、奴隷商館だ」
それを聞いて私は驚いた。
奴隷ってあの奴隷⁉︎
私達が?
その……奴隷って言うのは……つまり……あの奴隷なんだよね……フィクションの見過ぎなのかなぁ……奴隷って……その……いかがわしい……アレの印象なんだよね……
心の中ですら、そういった単語を出すことすら憚られる。
もしかしたら、私達もあんな目に合っちゃうのかな……気づかずうちに顔が火照ってきた。
そんな時、私の元に一通の通知が来た。
見てみる。
『スキルレベルアップ。新たなスキルを取得しました』
と書いていた。
何これ……私は別にスキルレベルを上げるような事をした覚えは無いんだけどな。あるとすればお兄さんだけだ。だから私のスキルレベルがアップするのはおかしい。
これも、お兄さんに聞いてみようかな。
すると、周りがいきなり慌しくなった雰囲気になった。
私と話をしていた人の仲間と思われる人がやってきた。
「何かあったのか」
「分からないが、ここから離れた方がいい」
2人がそう話していると、奥の草むらの方から何やら音がした。
私とその2人は音のした方に目を向ける。
出てきたのは、ゴブリンの集団だった。
しかも、そのうちの1体はとても体が大きい。
でも……そのゴブリン達は既に負傷していた。1番大きなゴブリンは、左手から出血していた。理由は左手に刺さっているナイフだ。なんでナイフがあんな所に刺さっているんだろう……?
でも、ゴブリン達は私達を見るなり方向を変え森の中に帰っていった。
そして、私を見るなり何故かとても怯えていたように見えた。
なんで、ゴブリン達はやられていたのだろうか……
もしかしたら、ゴブリン達より強いモンスターがこの付近にいるのかもしれない。それか……おにぃ……いや、そんな訳ないか……。
「今すぐにでも離れた方がいい」
「そうだな。いつまでもここに留まっているのは危険だな」
この2人も私と同じ意見だった。
お兄さんが私を追いかけてきている確証があったのなら、ここで留めておくのが最優先だったけど、いるかもしれない危険なモンスターから身を守る方が優先だ。
あの大きいゴブリンより強いモンスターがいるのなら私では相手にならない。止まっているのは危険すぎる。お兄さんがいたのならまた別だったけど……。
その2人は話がまとまったらしく、私に視線を向けた。
そして、私は荷台に乗せられ垂れ幕も閉じられた。また暗がりが襲う。
どうやらここから移動するらしく、荷台がゴトゴトと揺れ始めた。
「お兄さん……」
ううん……ダメだ。
お兄さんに頼ってちゃダメだ。
首を横に振りながら自分の甘い考えを否定する。
私が自分の力では乗り越えなくちゃ。
そうだっ!さっき新しいスキルを取得したんだ。その確認をしよう。
私はメニュー画面を開いて、スキルを確認する。
私が『精霊術師』の職業についた時に獲得したヒールの魔法の他に1つ追加されていた。
そしてもう1つ、スキルとは何も関係なさそうな『着信』とあったが無視してしまった。
「『ライト』って事は光を出せるスキルなのかな?」
やってみればいいか……。
「ライト……」
私がそう唱えると、目の前に黄色い光が発生した。
光はフワフワと浮かんでいて、それはまるで命を宿し生きているみたいだった。
『ヒール』の魔法で生じる光とは比べ物にならないほどその光は明るかった。
すると、魔法『ライト』の説明がウィンドとして表示された。
『ライトー精霊を光らせる魔法。光は精霊そのものである』
という事は、この光は……。
「あなたは精霊なの?」
光に向けてそう言葉を投げかける。
光の動きが活発になった。
多分、そうだよ!って返してくれているんだ。
精霊は私と会話できるらしい。精霊は話さないようだけど、聞き取る事は出来るようだ。
そう言えば、精霊術師の説明で私と精霊はいつも一緒に行動しているって言っていた。
この子はいつも私のそばにいてくれるのだ。
そう思うとなんだか安心してきた。
そんな事はともかく、灯りは確保できた。暗かった荷台に光が灯されたので色んな物が目で認識できた。
荷台には何も私達以外何も乗っていないこと、そしてユリアちゃんが目を覚ましたこと。
「あっ起きた」
「ゆうか……おねぇちゃん?……」
「そうだよ、ユリアちゃんおはよう」
ユリアちゃんは目をゴシゴシと擦りながら周りを見渡す。
「わぁ、明るい」
ユリアちゃんが『ライト』の魔法を見ると、そう声をあげた。
『ヒール』の魔法でしか光を見てなかったからこの明るさは眩しく感じるんじゃないかな。
精霊の光を優しくユリアちゃんの方に押してみると、光はユラユラとユリアちゃんの元に向かってぶつかると止まった。
精霊は生きているから、移動もできると思ってやってみたらできた。
奴隷商館の事は、ユリアちゃんを不安にさせてしまうと思って、私の心の中に留めておくことにした。目的が分からないのは怖いとは思うけど。真実を伝えるのも気が引けた。
「ユリアちゃん」
呼ぶと、こちらに体を向ける。
「よく聞いててね……」
頷いた。
「私達は今、捕らえられてどこかに連れ去られている。けど……お兄さんが必ず私達を助けてくれる。それだけは信じられる。だから、それまでは頑張ろう」
お兄さんは絶対私達を助けに来てくれている。
確証はないけど、それだけは信じることができる。
私はユリアちゃんにそれが伝えたかった。
それと、私自身に伝えたかった。
今、私を助けることができるのはお兄さんだけだ。そしてそのお兄さんを信じることができるのはお兄さんの妹である私だけだ。
それを私自身に投げかけた。
そうでもしておかないと、心配で頭がいっぱいになってしまうから……。
「うん!」
ユリアちゃんは大きく返事をしてくれた。
何故か分からないけど、ユリアちゃんは小さな頃の私に似ている。だから放っておけない。
今思えば、今日1日でユリアちゃんは大きく成長したと思う。
はじめ会った時は私と話すらできなかったのに、昼間遊んだり、こうして2人っきりになってから、今では普通に話せるようになっている。
お兄さんもそうだ。人と話すことができないお兄さんでも、この世界に来てからは饒舌になっている。それは、お兄さん自身の力でなのか、それともゲームの世界の影響なのかどうかは知らないけど。お兄さんもユリアちゃんも1日で成長しすぎだよ。
……それに対して私はあまり変わらなかった。
……よし、決めた!
私は…このゲームの世界でお兄さんを超えみせる。
それが私の2年半のゲーム生活の中での目標。
それが難しいことは分かっている。だってあのお兄さんだもん。けど、できないとも思っていない。
せめて、お兄さんに頼られるくらいにはなりたい。
お兄さんだって完璧じゃない。……と思う。だから私が超えられる所は沢山ある。
私が得意としていたコミュニケーション能力もお兄さんに超えられた。だから何か1つでもお兄さんに自慢できる事がないと妹として失格だ。
「私が、頑張らないと……」