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超能力とオンライン  作者: 伊藤隆司
「全ての始まり」
12/28

12話「夜明けの襲撃」

 途中に休憩を挟みながら、オレはただひたすらに走って、村を出発してから約6時間の時が経っていた。オレの中ではもう1週間ぐらい走っている感覚だけど、まだ夜は明けてはいないので、現在午後4時前ってぐらい。体力が切れる兆候は以前無いので、心配するものはオレの精神とあともう1つ、睡魔だけだ。休憩場所でケイトには5分〜10分ほど仮眠をさせてはいるが、オレはその見張りで全く寝ていない。ケイトからも「寝た方がいい」との指摘もあったがそうなるとケイトが見張りをすることになるので心配なのだ。もし、ケイトも寝てしまって起きたら昼だったとかになったら夕夏とユリアを助け出さなくなる。だからオレが寝てしまう訳にはいかない。

 暗闇問題に関しては4時前なので、もうすぐ日が昇る傾向が見られ、徐々に明るさを増してきている。

 まぁ、それで明るさを確保したことにはなってない訳だが。それもそうだろう、昼間でさえ少し暗いなと思うレベルだぞ。少し日が昇ってきたってだけで明るくなるのなら、月の光を遮らない。

 つまり依然として、日の光も木々に遮られて間から漏れるミリ単位の光と自身の感を頼りに進むしかないのだ。

 ……よし、そろそろ1度休憩しようか……。


「ケイト、そろそろもう1度休憩しようか。この休憩が終わったら町までもう休憩しないから、この休憩で最後まで行けるようにしておけよ」


「うん」


 ケイトの返事が聞こえたので、スピードをだんだん下げていく。こんなにスピードが出てるのに急ブレーキをかけたら危ないからな。

 少しづつブレーキをかけていき、ブレーキをかけ始めてから100メートルを過ぎた頃にオレの体は完全に止まった。サイコキネシスも能力を段階的に緩めていき、オレが止まったと同じタイミングで止めた。ケイトの声が聞こえたところで止まり、居場所を探す。


「おーい、ケイトーどこだー」


「ここだよー」


 そう声が聞こえた時に、オレの腹に何かが当たった感触がしたので、それがケイトなのかどうかを確認するために、体に触れながらケイトであるかどうかを確認すると、その人物がケイトであることが分かった。ケイトの居場所を確認し終えると、次に取り掛かるのは灯の確保である。空模様が明るくなっているが、それでも充分な明かりではないので、少しでも光をつける必要がある。

 どうやって明かりを確保するのか、だって?

 古来より人間というのは、明かりを確保するために火を使っている。何かを燃やし、そこから発せられる赤い灯火を点灯させている。

 しかしだ、オレにそんなサバイバル技術なんてあるわけが無い。火起こしなんてできるか!って話だ。

 そんな時である、オレはとある物の存在を忘れていたことを思い出す。いや、その言い方は語弊がある。物ではなく、事である。火起こしなんてできないとハッキリ言ったがそれも間違いだ。木と木を超高速で擦れば火種を作れることぐらい一般常識として知っている。ならば、後は簡単、オレに唯一許されている超能力、サイコキネシスの力を使って火を起こすことも可能である。

 しゃがみ込み、あまり湿っていない木を2本選出して、サイコキネシスで2つの木をサイコキネシスをフル出力で擦り合わせる。

 20秒ほど擦っていると、そこから火種が生まれた。なので、そこらからかけ集めた葉っぱの束の中に火種を入れ、消えない程度に息を吹き込む。

 すると、乾いた葉っぱに火が燃え移る。

 これを地面に置く。と、地震・雷・火事・山火事のうちの1つ山火事が起きてしまいます。火事と山火事なんてどっちも燃えてるし、同じ意味だろ。ムラサキキャベツとキャベツくらい同じと言っても過言ではない。まぁ、その2つの違いと言えば、化学の実験に使えるか使えないかの差ぐらいだろう。あとは色味とか?その他は……知らん。

 正確には、地震・雷・火事・親父な。ちなみにこの親父は、昼間っから酒ばっか飲んでいるような父親のことではなく、強風の事なんだけどな。それ、誰の父親のこと?

 話が逸れたが、詰まる所このまま火を付けてキャンプファイヤーをすれば山全体がマウンテンファイヤーしてしまうのだ。

 それを防ぐために、手頃な石を掻き集め輪を作り、その中に葉っぱを入れれば火が周りに燃え移ることはない。まさか、ちょっと前に見たサバイバルバラエティがこんなところで役に立つとはな……。

 火をその石の輪の中に移すと、火はみるみるうちに燃え広がり手頃なサイズの日にとどまった。これで、オレが大規模の放火魔として後生に語り継がれることはなくなった。

 てな訳で、無事焚き火をすることに成功した。

 ケイトは、初めは驚いてはいたものの焚き火で手を温め始めた。4月と言えど夜は寒い。さらに超高速で外を移動していれば余計寒いからな。


「よく温めておけよ、マジで寒いから」


「うん」

 

 ケイトはそう言いながら、焚き火に手を当てて体全体を暖める。オレも当たろうかな。いや、オレはそれよりしなければならない事がいくつかある。

 オレの体は暖めなくても、体温は高いほうだ。

 いくら能無しのオレでも、低体温症くらいは知っているし、そんなものになるほどヤワではない。冗談なんかではなく本気だ。


「さて、まずは夕夏の現在の位置を確認しようか」


 ケイトから少し離れた場所、しかしケイトの姿がハッキリ見える場所に移動しパーティメンバーからマップを表示して夕夏の位置を確認しようとするが、マップの中に夕夏の反応はない。

 それも、このマップはオレから最大1キロメートルまでしか捜索できないのである。夕夏の反応が無いってことはオレから1キロメートル以上離れているからにすぎない。

 これは1つ前の休憩の時に既に確認済みだ。お陰でそれに休憩の全てを費やしたのでそれ以外何もしていない。

 今回の休憩では、その時出来なかった事をしてみようと思う。そう言いつつ大層なことはできないが。やってみる価値はあると思う。

 メニュー画面を開く。

 オレはメニュー画面を開くことは多くあったが、詳細に調べたことはなかった。それをこの機会にやっておき、メニュー画面の有用性を図っておく必要があると考えている。そもそもゲームならばメニュー画面には多種多様な情報とシステムが付与されている。それを気にしてはこなかったが、1度注意して見ておけば見落としはないだろう。そこまで時間もかからないと踏んでいるしな。終わったらオレも焚き火に当たりに行こう。妹の目が最近冷たくなったから、オレだけは自分に対して温もりを与えないと死んじゃう!


「まずはパーティメンバー関係から探っていこうか」


 メニュー画面からスキル画面に移り、未だに確認していない項目を探す。無ければ無いで別にいいけど。そう望み通り行けばいいが、現実はそうでは無い。気になった表示を発見した。


「チャット機能だと」


 メール的なアレか。

 実用性的かどうかで言えば、使える。

 まず、簡単な情報交換がこれで楽にできるようになった。これが無ければずっと口頭で説明する必要がなくなり、機密性高いの情報も人目につかずこれで伝える事ができる。

 チャット機能は有難い。

 ……待てよ。これを使えば夕夏の現状を伝えてもらえるのでは無いのだろうか?やってみる価値はあるとオレの思考回路が言っている。

 チャットで『無事か?無事なら返信してくれ』と送ってみる。そこまで即返信しないとは思っているけどまぁ、期待をして待っていよう。

 さて、次はスキルでも確認しておこうかな。

 スキル画面を開き、前例同じく変わった事がないかを見ていく。

 うーーん、こっちは何も変わった事や見落としていた事は無いようだ。見たことのない文字があったりはしていない。それに、オレはスキル画面の全てを把握できるようにしていた。スキルはこの世界で生き抜いていく上で必須と考えていたので、要注意して見ていたのが功を奏したか。

 スキルは現在サイコキネシスしか使えないようになっているが、これから新たな超能力を獲得する上でスキルの確認はこまめにやっとくといいだろう。使用者が自分のスキルを使いこなせなければ、豚に真珠もいいところだ。


「それに、サイコキネシス自体オレはあまり分からないからな。サイコキネシスのメリットとデメリットすらもまだ調査中なんだけどな。安全に使いこなせるにはまだ練習が必要だな」


 そう結論付ける。

 その後、メニュー画面から色々模索をしたが決定的な何かを見つけることはなかった。それこそ、チャット機能の発見が1番な驚きだったと言ってもいい。

 一先ず、オレがしなければならない事は全て終了したので早く戻って焚き火に当たりたい。いい加減体の芯まで寒くなってきた。

 オレが焚き火の場所まで戻ると、ケイトが……あっと……えっと……何て言うんだっけかこの座り方。三角座りだっけ?体育座りだったかな?どっちだったかな……どっちでもいいか。両膝を抱え込む例の座り方をしていた。そんな事気にしなくていいじゃないかと思うけど、ケイトはそんな上品な座り方をしない。ケイトらしくないと思った。体育座りって上品なの?


「お前が落ち込むなんて思わなかったぞ」


「その……春夜は妹がこんな目にあって、許せないと思わないのか?」


 そのさも当然の答えが返ってくる質問をわざわざしてきたのには、まぁ何らかの理由があるからなんだろうけど、質問には返さなくては。


「愚問だな。思ってるに決まってるだろ。あれ?オレ妹って言ったっけ?」


「見てれば春夜の家族だったすぐに分かるよ。でも、許せないんだったら、あの犯人を何であそこで止めたんだ?春夜だったら……その……」


 言わんとしている事が分からんでもない。口ごもっていることから察するに「何で殺さずに生かしたんだ」みたいな事を聞きたいのか。小さいガキがそんな事を言うんじゃありませんって言おうとしたが、口から出る寸前で止めた。ケイトが口ごもっていなかったら言っていたところだったが、コイツなりに命の重さを学んでいるって事が分かったので辞めた。オレが言っても説得力なんて皆無だからな。

 だから正直に言うことにした。


「なんでカロウの奴を殺さなかったのか……か?」


 ケイトは頷く。

 カロウを生かしておいたのにはまぁいろんな理由がある。カロウのした事は確かに到底許されない行為であるし、殺されても文句は言えない。でもオレは奴を殺さずに生かした。首を絞めた時、殺してやろうと思ってもいた。けど、カロウを殺したらオレもカロウと一緒の事をしてしまうと考えた時、手が止まったんだ。人を1人殺す事をビビってしまったのかもな。でも、カロウを生かしてどちらにお得かと言ったら、オレたちの方だと思った……

 まぁ、その中で最たる理由がないからどうとも言えないんだけどな。

 なんて答えようか……。


「なんでいきなりそんな事を?」


「……だって……春夜はなんでも知ってるし、それに力も超強いのに、なんでオレにはないんだろって思って……ユリアに何かあったらって思うと、その……足が震えて……怖い……」


 そうか。

 ケイトもユリアも、まだ子供だしこんな体験滅多にないし怖いのは当たり前か……でも……それを理由に闘えないなんて思う事が全ての間違いだ。


「……あのな……オレがお前を連れてきた理由は、お前がユリアを絶対に助けるって覚悟してたからだ。好きな人を助ける時ほど人間は力を出せる。それを、怖いからって理由で落ち込んでいるのなら、拍子抜けにも程がある。ユリアを本当に助けたいのなら、恐怖なんて自分の中で支配するんだ」


 少し大人げなく、厳しい事を言ってしまったような気がした。

 実際厳しい事を言ったつもりだけど、「気がする」というような動詞を使ったのは、ケイトの目が変わったからだ。……恐怖は感じていると思う。……あと少なからずのプレッシャーも。でも、ケイトの目は一心に輝いていた。

 もう一押しってところだな。

 アレやるか。

 オレ特製の恐怖を支配できるおまじない。


「ケイト。オレがこれからある魔法をかけてやる。その魔法にかかったらお前の中の恐怖の感情を全て支配できる。どうだ、やってみるか」


「恐怖を支配できる魔法?そんなものあるのか?」


「あぁ。じゃあまず、ケイトが怖いと思っている物か、もしくは嫌いな物をなんでもいいから思い浮かべてみな」


 魔法なんてそんな大層なものじゃない。心理的かつ精神的なただの自己暗示みたいなもんだよ、これは。しかし!効果は保証します。これをやれば、貴方の中から必ず怖さを消してみせます。

 なんか……違法な押し売りみたいで嫌なんだけど。


「思い浮かべたぞ」


「ちなみに何を思い浮かべたんだ?」


「その……野菜を……」


 嫌いなのか……。

 まぁ、オレがこれを言わせたのはケイトの頭に嫌いなものを染み付けるためであるから、内容にツッコミを入れようとは思わなかったが、ケイトお前野菜嫌いだったのかよ。ダメだなー好き嫌いしちゃ。でも、オレが言えないか。オレなんて人間すらも好き嫌いするからな。特に、パーリピーポーヤッホーみたいな奴が1番嫌いだ。

 夕御飯のとか大丈夫だったのか?全部の料理が野菜だったけど……。


「じゃあ、それを食べろ」


「……う…ん……」


 そう言ってケイトは目を閉じ、口をモグモグする。脳内で嫌いな野菜を次々と食べているようだ。そんなリアルに口を動かさなくても想像だけで構わないんだけど。いや、別にいいんだけど。ただそこまでリアルにこだわらなくてもと思っただけだ。

 すると、苦手なものを食べているからか、想像の中でさえ嫌になるのか苦い顔を浮かべていた。すごく顔に出てるよ。超出てる。

 オレは両手を横に広げ、ケイトの目の前に狙いを定める。


 パァァン


 全力で手を打つ。

 その音と衝撃でケイトが目を見開いて驚いていた。ケイトの反応は此方としても成功したとして嬉しいものである。ケイトは驚きすぎて体勢を崩し尻餅をついたので、手を伸ばす。その手を取りケイトは立ち上がるが、まだ狼狽している様子だった。

 ケイトの表情から「何故そんな事を」と言うような感情が目に見えていたので、一応説明を含めた謝罪をしておこう。


「悪かった。説明はしておく。恐怖心は恐怖心でかき消す事ができるんだよ。1つの恐怖心を無力化するにはそれ以上の恐怖を与えてやることにある。最上級の恐怖を与えてやれば、それより怖くないものに恐れる必要はなくなるんだからな」


 その魔法にはもちろんタネがあるし、これは自分で自分を騙すための方法にすぎない。なので、様々な条件が整った上でしかできない。それに加え今の恐怖を超えるものを想像しなければない以上あまり期待できない。が、たまたまなのかオレはこの魔法を失敗したことはない。

 自分の恐怖を超えるものは自分でしか作れない。オレの手を打つ動作はきっかけに過ぎない。人によってはさらに恐怖心を増大する人もいるだろう。オレが出会っていないだけで。

 まぁ、結局はその恐怖心を乗り越えるのはそいつ自身であるためオレに出来ることは手助けするくらいしかない。つまり何が言いたいかというと、この魔法を使ったところでケイトの恐怖心はケイト自身が乗り越えるしかないって事だ。

 その昔、この魔法を夕夏にかけた事を覚えいる。どんな状況で使ったのかは残念ながら綺麗サッパリ忘れてしまったが、使った事だけは鮮明に覚えている。夕夏はあの日の事を覚えているのだろうかなぁ。

 …………あれ?………本当に使ったっけ?………なんで何も思い出せないんだ。っていうかなんでオレは夕夏に魔法を使ったと言ったのか……ヤッベェ、全部記憶飛んだ。


「恐怖心を超える恐怖心で恐怖を支配……」


「もう何も怖くはないだろ。だから卑屈になるんじゃねーよ。分かったな」


 ケイトが1人呟いた。

 それを聞いて今の思うと、オレは恐怖恐怖言い過ぎたかも、うるせぇなこれ。何回言うんだよ。

 とにかくだ、卑屈になり、ネガティブになり、自嘲的になってもいい事なんて1つも……いや……1つぐらいははあるかな……あ、でもそんなに多くはないと思う。多分、恐らく……そうであると願う。まぁ、そう言う事だ。何事も気にしたら負けである。

 これは極論としての例だが、全裸でダンスを踊ろうが女性のパンツを持って街中を走り抜こうが、恥ずかしさや常識的なものをを全く気にしなければ出来ないものでもない。気にしたら負けなのである。どちらも共通して逮捕されるけどな。


「春夜はその……怖さを感じた事ってあるのか?」


「当然感じたことはある」


 しかも、ほかの人間には体験できないような恐怖を何回も何回も感じてきた。

 一概に恐怖と言えど複数種類がある。

「肉体的恐怖」「精神的恐怖」「知識的恐怖」

 の3種類の恐怖があると、どこかの文献で見た覚えがある。

 肉体的恐怖は、自分の「死」を連想されるような物に対して感じるのだと言う。ナイフや拳銃を見て恐怖を感じるのは、本能的に体がこの肉体的恐怖を感じ取っているかららしい。

 精神的恐怖は、人の想像力の上に成り立っている感情らしい。例えば、曲がり角の先には殺人鬼がいるかもしれない。とか、真夜中にはお化けが出るかもしれない。みたいな人間が勝手に想像しただけで感じてしまう恐怖。それが精神的恐怖なのだと。

 知識的恐怖。聞こえは頭が良さそうだが実はそうではない。言うところ「何も知らないから恐怖を感じる」だそうだ。知らないものへの恐怖は計り知れない。そう例えばオレたち人間は「死」を知らない。死んだらオレたちはどうなってしまうのか、とか思うと大抵の人は怖いと感じるであろう。それが知識的恐怖である。

 オレはその恐怖全てを味わってきた。「肉体的恐怖」も「精神的恐怖」も「知識的恐怖」も何から何まで全てな。

 肉体的恐怖と知識的恐怖は表裏一体って感じだ。肉体的恐怖を感じるから知識的恐怖も感じてしまう。知識的恐怖を感じとるから肉体的恐怖も感じてしまう。だから人間はいつだって「死」に恐怖してしまうのだと思う。

 ならば逆説的に「死」への恐怖を感じない人間がもしいたとするなら、この2つの恐怖のどちらも持ってないと言うことになる。

 ……でも、断言できる。「死」が怖くない奴がいるのなら……ソイツは無敵だ。

 と考えていた時、会話が繋がる。


「そんな時は何をして乗り越えたんだ?」


「そうだなぁ……まぁ、自力でなんとかした」


「そんな簡単に出来るものなのかよ」


「もちろん簡単じゃなかったぞ。恐怖を克服するのは、野菜嫌いを克服するより何倍も何十倍も大変だったし、大切なものも捨てたりした。オレが今冷静でいられるのは、その代償だと思ってる」


 自分の言葉に妙に力が入っていることに気がついたけど、その力はなぜか収まらなかった。冷静な心持ちなのに言葉に力が入っていたのはどうしてか。いや、今あの事を思い出しても何も変わらない。あの時のオレはオレの決断を自分で下しただけなのだから。そもそもオレの決断は何も間違ってなんていなかったし、それを今悔いても何も戻ってこない。

 ……まぁ、過去のことなんてのはどうでもいい。

 今すべきなのは、夕夏とユリアを助け出すことを考えるだけだ。自分の過去の問題を払拭するのは後の後でいい。とりあえず今ではないことは分かる。

 そろそろ行こうかと、立ち上がる。


「ケイト……休憩できたならそろそろ再出発するぞ」


「分かっ……!!」


 ガサガサっと草むらが揺れ、そちらに五感を集中させると、気配を感じたのでケイトの口を押さえて身を低くする。

 この気配は……多分人間じゃない。人間なら特有の悪意を含めた気配がする。今感じている気配に悪意はないから、悪意のない人間かモンスターかのどちらかだな。今回は後者が濃厚か……。

 しかも、モンスターの気配も只ならない気配だ。朝出会ったようなゴブリンではなく、もっと別の大きい気配がする。

 そう頭の中で分析していると、感じた気配の正体が暗闇の中から目の前に姿を見せる。

 見た目は完全にゴブリンそのものだが、大きさが他のゴブリンと比べて普通にデカイ。つーか、デカすぎじゃね?何食ったらそんなにデカくなるんだよ。成長期なのか?お前。

 すると、そのデカゴブリンの上に「ゴブリンロード」と表示されていた。

 ……なるほど、ゴブリンの中の王様的地位だからこんなに図体がデカいのか。ならば納得だな……。

 周りは森で暗闇なので、頼りになるのは先ほどつけた焚き火の日の光のみ。それももう消えそうなので視界は危惧すべき点だ。

 ……どうするかな……まさかこんな所でこんな風に足止めを食らうとは思っていなかったので、何の準備もしていない。突然すぎて態勢すら立て直してもいない。作戦を考える時間もないし……セコ技で攻略も出来ない分、正面から対峙するしかない状況だ。

 何より気掛かりなのは、ケイトの存在だ。ケイトを守って戦えるほどオレは器用ではない。始めのゴブリン戦では、夕夏に距離をとってもらい被害を防いだが今回ばかりは、森の中は奴らゴブリン達のテリトリー内であるため、そうもいかない。

 この間約2秒である。

 オレの思考回路を全力フル稼働させ、突破口を見つけ出そうとするが、見つからないので戦闘するしかないとオレの選択肢が言っている。

 すると、ゴブリンロードが大きく鳴いた。

 その声を聞いたからなのか周囲に大量のゴブリンが集まってきた。ゴブリンロードで精一杯なのにこの量はもうイジメだな。逃げようかな……。


「ハハっ……マジかよ……」


 もうこうなったら笑いしか出てこない。

 ゴブリンロードの目がオレ達を捉え、手に持っていた棍棒をオレに向けて振り下ろしてきた。右方に飛び攻撃を躱す。でも、観衆には100近くの数のゴブリンがいるので大胆に避ける事は出来ない。この数が一気に襲いかかってきたら裁くことも難しいし、一体一体倒していっても体力を無駄に消費してしまう。

 この際、後の追跡分の体力は気にする必要はない。ゴブリンロードplus多量のゴブリンは、本気で警戒して相手をしないと……マジで死ぬ。

 ゴブリンロードはグルルルと唸り声を上げ、近づいてくる。その目はオレから離れておらず、逃げ出す隙すらない……ゴブリンに囲まれてるから逃げる選択肢をした時点で負け確定なわけだが。


「……オマエ……ナカマ……キズツケタ……ユルサナイゾ……」


 なっ!!話しただと……。

 嘘でしょう!?


「お前、人と会話出来るのか?」


「……ニンゲンノ……コトバ……ワカル……」


 どうやら本当らしい。

 それになんだ?オレが仲間を傷つけた、だって?そんなの身に覚え……あぁ……ある奴だこれ……身に覚え超あるわ。あの時のトンネル前のアノ戦闘の事だ。いやしかし、アレはゴブリンが先に仕掛けてきたのであってオレは無実だ。と釈明しようかと思ったが、ゴブリンロードは御構い無しに棍棒を振り回してくる。

 まさかとは思うが、森の動物がいなかったのはゴブリンロード達がオレ達を探してあの周辺をうろついていたから、動物は逃げるようにあの森の周りから離れていっていたのかもしれない。だとすれば、原因の一端はほぼゴブリンが原因だった訳だ。その元凶はオレがゴブリンをぶっ飛ばした事にあるんですけどね。


「……確かにオレはお前の仲間を全力でぶっ飛ばした。けどそれは、オレがオレの身を守るためにやむなくした事だ。それを咎めるのは間違ってると思わないか?」


「……デモ……ユルサナイ……」


 仕方のない事だったと、情に訴えかける戦法で押し切ってしまおうと思ったが、ゴブリンがオレの話に耳を傾ける事はなく、なりふり構わず攻撃を仕掛けてくる。そりゃやっぱり無理ですよね。

 このまま続けていてもジリ貧だ。まずはケイトの問題をどうにかしよう。


「ケイト、木にしっかりしがみついていろよ。でないと死ぬぞ。いくぞっ」


 大きく振りかぶり、ケイトを木が生い茂っている方へと投げ飛ばす。ケイトの体は放物線を描いて木の方へと飛んで行った。ケイトが木の枝にしっかりとしがみついている事を確認し終えると。オレはゴブリンロードの方へと向き直る。


「待たせたな。さぁ、かかって来いよ」

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