愚かなる騎士道
森から、デスオークが出てきた。
1体、2体、全部で2体か。
こんな森の手前でデスオークが出てくるのかとか、
考えたいことは色々あるが、それは後回しだ。
さて、この状況をどうする?
逃げるべきか、それとも戦うべきか判断しかねた僕は、
アヤのほうをちらりと見た。
すると、アヤはデスオークのほうをじっと見て、
ひたすら集中し始めた。魔法で敵を叩く気だ。
それで出来るのか? やれるのか?
ここにはレオンもいない、カステルもユウコもいない。
アヤと僕だけで、本当にやれるのか?
僕がそんなことを考えてると……
「信じてるよ」
彼女はそう、一言だけ言った。
…………
キホーテ卿、ほんの少しだけ、力を貸してください。
僕が、風車に立ち向かう道化になるために、
ほんの、少しだけ。
「おおおおおっっっ!!!」
僕は、アヤの前に立ち、デスオークを迎え討った。
剣でデスオークを袈裟懸けに斬る。
しかし、大きなダメージを与えられなかったようだ。
デスオークAが、手持ちの棍棒を振り回す。
それをかわしながら、デスオークBに攻撃を加える。
これもたいしてダメージを与えられなかったが、それでいい。
このデスオークたちを釘付けにしていれば、
後はアヤがなんとかしてくれる。
そうして、少しの間デスオーク2体と渡り合っていたが、
やがて、限界が来た。
「ぐっ!」
デスオークの棍棒に吹き飛ばされた。
棍棒が当たったところがかなり痛い。
防具のおかげか、骨は折れていないようだが……
「アヤ!逃げろ!」
そう言ったが、まだアヤは魔力を集中している。
……逃げないのか? なぜ?
この状況を、僕が何とかしてくれると思ってるのか?
僕にそれが出来ると信じてるのか?
勇者の寄生虫にすぎなかった僕に。
「無理だ……」
正直、この状況はどうにもならないと思った。
僕は、アヤの斜め後ろにいる。
デスオークAとBは、僕を打ち捨てて、
アヤのほうに向かっている。
僕の攻撃より、アヤの攻撃のほうが脅威だと、
本能で認識しているんだろう。
たしかに、アヤの攻撃が通れば、デスオークを倒すことが出来るかもしれない。
けど、その前にアヤがやられてしまいそうだ。
そうなれば、次は僕?
…………
こんなところで、死にたくない。
まだ、僕は何も出来ていない。
キホーテ卿から教わった騎士道を誰かに見せることも出来ていない。
ここで生き延びることが出来れば、
彼のような本物の騎士になれるかもしれないのに。
生き延びることが出来れば……
その時、僕はあることを閃いた。
もし、ここで僕が、アヤを見捨てて逃げたらどうなる?
デスオークの注意がアヤに向いていることを考えると、
アヤが殺されている間に逃げられるんじゃないか?
ここで逃げられたら、どこかの町まで生きて帰れる。
町に帰ったら、誰か新しい仲間を募って、ゴブリンのような、
弱いモンスターを倒して生活していけばいい。
おお、完璧じゃないか。
騎士道は、ここで生き延びてから、あとで存分に発揮すればいい。
そうすれば、僕の騎士道で多くの人を救うことができるかもしれない。
後に大勢の人を救うために、ここでひとりを犠牲にする。
間違ってない、まったく間違ってない。
けど……
わかってますよ、キホーテ卿。
あなたが僕に見せてくれた騎士道は、ただの騎士道じゃない。
「愚かなる」騎士道だ。
だったら、僕のやるべきことはひとつ……
「これが! 愚かなる騎士道だあああっっっ!!!」
勢いよく立ちあがった僕は、デスオークに体当たりを仕掛ける。
デスオークAがよろめいた。そこを斬りつける。さらに斬りつける。
それを見たデスオークBは、アヤではなく僕に矛先を向け、
棍棒で殴りつけてきた。
あまりに勢いのよい攻撃を、僕はかわすことが出来なかった。
僕は再び吹き飛ばされるが……
「フォトン・キャノン!」
アヤの右手からすさまじい光線が放たれる。
それを食らったデスオークA、Bはたちまちのうちに塵と化した。
「……何? 今の?」
僕は度肝を抜かれた。
あんな魔法があるなんて聞いてない。
「ふふん。あれは私の必殺技、フォトン・キャノン」
「これを食らったら、並のモンスターは一撃だよ」
「そう言う切り札があったら、早く言ってほしかったよ」
「まあ、アヤのおかげでモンスターが倒せたから、別にいいけど」
と僕が本音を言うと、アヤがそれは違うという感じで突っ込んでくる。
「いや、別に私の力でモンスターが倒せたってわけじゃないよ」
「アルバトロスが守ってくれなかったら、私、魔法を打つ前にやられてたもん」
「アルバトロスの見せてくれた、愚かなる騎士道、かっこよかったよっ!」
「愚かなる騎士道って……さっきの言葉聞いてたの?」
これはちょっと恥ずかしいな。と僕が赤面していると……
「うん。ちゃーんと聞いてたよ。後ろの方でそんなこと言ってたの聞こえたから、
このまま集中力を切らさず、魔力を貯めておこうと思ったもの」
「そうなのか……」
このまま黙って流してもいいんだけど、僕はアヤに言うべきことがある。
だから、正直に言おう。
それが、実に愚かなことであったとしても。
「……アヤ。アヤは僕がキミを見捨てて逃げるということを考えなかったの?」
「僕がキミの斜め後ろに吹き飛ばされたあの状況なら、
僕はキミを見捨てて逃げることが出来たんだよ」
「たしかにそれはそうだけど……それは騎士道に反することだよ」
「そうだよ。けどそうすれば僕はこの危機を脱することが出来る」
「その後、また態勢を立て直して、騎士として、
冒険者としてうまくやっていけばいい」
「そうだね。けどアルバトロス。あなたはそんなことはしないよ。だって……」
「あなたはマイ・ドンキホーテだから!」
天使のような笑顔で、なんのためらいもなく断言してくるアヤに。
僕はすっかりまいっていた。
だって……こんな風に僕を信じてくれた人は初めてだから。
「本当は、アヤのことを見捨てて逃げようとしてたんだよ」
「けど、あなたはそうしなかった。そうでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「じゃあ、いいじゃない。それで。私は何も気にしないよ」
「それでも、あなたがそれを気にするというんなら……」
アヤは、僕の頭を軽く小突いた。
「これで、私を見捨てようとしたことは帳消しねっ!」
僕は、彼女を見捨てて逃げなくて、本当によかったと思った。
もし、あの時アヤを見捨てて逃げていたら、
二度と、彼女の笑顔を見られなくなっていたのだから。