道化と魔導師
こうして、僕とアヤは気持ちが通じあったもの同士となった。
本当なら、このまま1時間でもアヤと話していたいところだけれど、
さすがにそういうわけにもいかない。
だから、僕はアヤに現状確認をする。
「ところでアヤ、話は変わるけど」
「なに?」
「これから、どうしようか?」
「これから?」
「うん。僕たちは元々クレール山地に行って魔龍を狩るつもりだったけど
それを僕たちふたりで倒すのはどう考えても無理だよね?」
「うーん……いくらあなたがマイ・ドンキホーテでも、それは無理だと思う」
まあ、しょうがないよねという感じでアヤが答えた。
「というか、僕たちふたりだけじゃ、この森の奥にいる
デスオークを倒すのも無理だと思う」
「僕は道化師だから、デスオークのようなタフな敵を倒すのは難しい。
アヤの力でも奴らを倒すのは無理だよね?」
アヤはうつむきながら答える。
「まあ、はっきり言うと、ちょっと難しいかも……」
「けど、私は爆発魔法と破壊魔法が使えるから、
それを使えばなんとかデスオークを倒せるかもしれないよ」
「爆発魔法と破壊魔法を使えるのか……」
それはたいしたものだと、僕は素直に感心した。
僕は魔法が使えないので、魔法が使えるアヤは、それだけで尊敬に値する。
「ちなみに、私には他にもこんな能力があるよ。はいこれ」
と言ってアヤは僕に1枚のカードを渡した。
このカードは……
「魔導師のカード……これはアヤのカードかい?」
「うん。そうだよ」
とアヤは答える。
カードというのは、その人の能力などが書きこまれている個人情報だ。
おいそれと他人に見せていいものじゃない。
だから僕は、アヤに注意しようとした。
けどアヤは……
「だいじょうぶ。ちゃんとわかってるから」
「これは、あなただから見せるんだよっ! ねっ?」
と、にかーっと笑顔を見せながら言ってきた。
そう来られたら、僕は何も言うことが出来ない。
だから、僕は黙ってアヤのカードを見た。
すると……
破壊の本能。破壊魔法と爆発魔法の威力を倍に出来る。
魔法の天才。人よりも強力な魔法を覚えやすい。
という情報が書かれていた。
「破壊の本能に魔法の天才……これはたいしたものだね」
素直に感嘆した僕がそう言うと、アヤは
「そーでしょー。すごいでしょー」
と得意げな顔をして僕を見ている。
「じゃあ、次はアルバトロスの番だよ」
「僕の番って?」
「カードを見せてってことだよ」
と、アヤは僕にカードを見せろと要求してきた。
なので、僕は自分のカードを召喚して、アヤに手渡した。
何の能力もかかれていない、道化師のカードを……
「これが僕のカードだよ。前に言ったかもしれないけど、
何の能力も書かれていない、はずれカードさ」
「…………」
「どう?これで満足してくれた?」
「こんな、何も書かれていないカードを見てもしょうがないと思うけど、
見たいのならいくらでも見せてあげるよ」
「…………」
アヤはカードをじっと見たあと僕を見た。
なんだろう、この目つきは?
不信感というか猜疑心というか、そんな良くないものが混ざっている目つきは……
「アルバトロスって、けっこううそつきだよね」
「うそつき?僕が? 別にそんなこともないと思うけど……」
確かに僕だって嘘をつくことはあるけど、
面と向かってうそつきと呼ばれるほどじゃない。
それなのに、なぜアヤはこんなことを言ってきたのだろう。
「ほら、これちゃんと見て」
不機嫌そうな顔をしながら、アヤが僕にカードを見せつける。
けど、そんなの見たってしょうがない。
前と同じ、ひとりの小男が、周りの人に指をさして笑われている絵柄のカード、
能力が、何も書かれていないカード……ん?
「これは……」
僕は驚愕した。カードの絵柄がいつもの見慣れた絵柄ではなかったからだ。
男が、風車に向かって突撃している絵柄に変わっていた。
「カード名は、風車に立ち向かう道化。能力名も同じ名前になってるね」
「その能力の力は、戦闘中に限り、ろくでもない現実を、
少しだけ道化師の夢見た幻想に近付けることができる能力」
「こんな能力があるなんて、聞いてないんですけど~」
口を尖らせた、どこかかわいげのある表情をしながらアヤがぼやく。
そりゃそうだろう。僕も今までそんな能力があるなんて知らなかった。
だから、アヤにそのことを伝えようがない。
僕がその事をアヤに教えると、アヤは
「まあ、アルバトロスがそういうなら信じてあげるよ」
と言ってくれた。
彼女に不信感を持たれるような事態は回避できたようだ。
それにしても、なんで僕のカードの内容が変わってるのだろう。
一度カードを授かったら、そのカードの内容は変わらないはずだが……
「アルバトロスのいうことが本当だとすると、たぶん、
カードチェンジが起こったんだよ」
「カードチェンジ?そんなのあったっけ?」
「一度カードを授かったなら、そのカードの内容は
死ぬまで変わらなかったはずだけど」
と僕が疑問をさしはさむと、アヤはこう答えた。
「たしかに、一度もらったカードの種類は死ぬまで変わらないよ。
勇者のカードをもらった人は死ぬまで勇者のまま、
道化師のカードをもらった人は、死ぬまで道化師のまま」
「けど、同じ種類のカードが変化することはあるよ」
同じ種類のカードが変化ってどういうことだろう?
よくわからないのでそこを聞き返してみた。
「同じ種類のカードが変化するってどういう意味?
道化師が勇者に変わるってこと?」
「いや、そうじゃないよ。カードの種類は死ぬまで変わらないから。
道化師が勇者に変わることはないよ。けど……」
「道化師のカードが、別の道化師のカードに変わることがあるんだよ。」
「例えば、ただの道化師のカードが、風車に立ち向かう道化に変わったように、
同じカテゴリーのカードが変化することがあるんだよ」
そうか。同じカテゴリーであれば、カードが変化することがあるのか。
それは知らなかった。
今アヤが教えてくれなかったら、僕は一生、
そのことを知ることがなかったかもしれない。
同じカテゴリーであれば、カードが変化することはある。それはわかった。
けど、そうなるとひとつ疑問が生まれてくる。
なんで、僕のカードが変化しているのだろう。
わからないな、と思っていると、僕の顔を見て
何を考えているのか察してくれたのか、
アヤがその答えを教えてくれた。
「カードが変化する条件はただひとつ
そのカードの持ち主のなかで、なにかが大きく変わった時」
「ここ最近、アルバトロスのなかで、なにか、
大きく心をゆさぶられる何かが起こったことってない?」
「あるよ」
「それはなに?まさか、私に出会ってから何かが大きく変わったってこと?」
「私を守るために、なけなしの勇気をふりしぼってくれて、
それであなたが変わったとか……」
そういうわけじゃないんだけど、さて、どう答えたものか。
「アヤ、キミは僕の欺瞞に満ちた話と、たったひとつの真実の話、
その2つを聞くことができる」
「さて、どちらの話を聞きたい?」
「そ、そう言われたら、真実の話を聞きたいって答えるしかないけど……」
アヤがそういうなら、僕も真実の話を語ろう。
少し、彼女にとっては厳しいかもしれないけど。
「ぼくのカードが変化した理由はひとつしかない。その理由は……」
「その理由は?」
「偉大なる英雄! ドン!キホーテ! デ・ラ・マンチャに!
出会ったからだよ!」
「あの人が、僕に、ただ諦めて上を見上げる生き方とは違う!
別の生き方を教えてくれたからだ!」
「だから! 僕のカードが変わった!
キホーテ卿の薫陶を受けたからだ! わかったか!」
「う、うん、わかった……」
アヤはちょっと引き気味の、なんとも言えない顔で僕を見上げている。
ん?見上げている?ああそうか、さっきまで座っていたのに、
急に立ち上がってしまったからだ。
ちょっといれこんでしまったようだ。注意しないと……
「アルバトロスは普段はわりとおとなしいのに、
ドン・キホーテのことを語ると人柄が変わるね」
「その人のこと、どんなけ好きなの、って感じ」
「ああ、ごめん。つい力が入っちゃって……」
「まあ、いいけどね」
そうして、僕がちょっと落ち着きを取り戻したところで、
アヤが語りかけてきた。
「で、話を戻すけど、これから私たちどうしよ……」
!? 今、何か物音がしたような気がする。
僕の前にいるアヤにそのことを確認しようとすると、
顔面蒼白になったアヤが、前にある森の中を指さした。
あれは……デスオークだ!