マイ・ドンキホーテ
レオンを張り倒したあと、僕は素早く周囲の状況を確認する。
まだ、周囲の時は止まったままだ。
レオンは呆けて動かない。
ユウコたちも、今の状況をよく把握できていない。
仕掛けるなら、今だ!
僕は素早く煙玉を投げた。
レオンたちが反応するより早く、周囲が煙に包まれる。
その隙に、僕はアヤの手を取った。
「さあ、行くよ!」
「は……はい!」
そのまま僕たちふたりは、疾風のように駆けて行った。
ようやく周囲の状況を認識し始めたレオンたちを残して……
20分ほど走り、レオンたちが追ってこないのを確認した後、
僕たちは走るのをやめた。
「はあっ……はあっ……」
「つ……疲れました……」
「ちょっと、ここで休もうか」
「はい……お願いします……」
せいいっぱい走って疲れたので、ここで一度休憩をとることにしよう。
そしてお互い向かい合って座りながら、話をはじめることになった。
「あ、あの……私のこと助けてくれて、本当にありがとうございます」
「あのままあそこにいたら……私……私……」
僕は何も言わず、彼女の肩に手を当てて慰める。
ポンポンと肩を叩くと、彼女は僕の目を見てこう言ってきた。
「あの、助けてもらってこんなことを言うのもなんなんですけど、
どうして私のことを助けてくれたんですか?」
「正直に言って、私、あなたにかなり失礼な態度取ってましたよね?」
「あなたのこと、小間使いみたいな感じで見てましたし……」
「あなたにとって、私を助けるデメリットはあってもメリットはありませんよね」
「それなのに、なんで私のことを助けてくれたのかと思って……
僕は、少し考えてから、彼女の問いにこう答えた。
「犯されそうになっている女の子を放置しておくのは、
騎士道精神に反するから……」
彼女は、口をあんぐりさせてこう答えた。
「…………は?」
僕たちは、何も言わずにお互いの目を見つめあった。
なにも言わずに見つめあった。
それからしばらくして、沈黙に耐えかねたのか彼女がこう言ってきた。
「その、今の言葉もう一度言ってくれませんか?」
「よく、聞こえなかったんで……」
「だから、言ってるじゃないか。キミを見捨てるのは、
騎士道精神に反するからだって」
「騎士道精神……」
「あの、すいません。助けてくれたあなたにこんなことを
言ってはいけないのはわかりますけど、一言だけ言わせてください」
「あなた……バカなんじゃないですか?」
「そらそうよ」
「…………」
彼女は僕の答えに度肝を抜かれたらしい。
いや、あきれ果てて言葉も出ないと言った方が正しいのかもしれないが。
「確かに、僕の言っていることはめちゃくちゃだ。はっきり言うと、
僕はキミを助ける気なんてなかった」
「むしろキミを見捨てようと思ってた。ここでキミがレオンに犯されて
おもちゃのようにされたら、キミは僕と同じような状況になってたかもしれない」
「だったら、僕はキミと心の傷をなめあうことができる。
仲間ができると思ったんだ」
アヤは何も言わずに僕の言葉を聞いている。
同情と理解と軽蔑が混ざったような目つきをしながら……
「けど、それは彼が許さなかった」
「彼? それは誰のことなんですか? あそこに男の人はあなたとレオンさん……
レオンしかいませんでしたけど」
「いや……あそこには才智溢れる騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャがいた」
「ドン・キホーテ?」
「うん、その人が僕の心に語りかけてくるんだよ」
「アルバトロス殿、本当にそれでいいのですかなってね……」
彼女はいまいち話の内容が掴めなかったようだが、
途中で何かに気がついたように、ぽんと手を打った。
「ドン・キホーテ。知ってますよそれ。風車に立ち向かう老人の話ですよね」
「どこかでその話、聞いたことがあります」
「聞いたことがあるなら話が早い、いいかいキミ、僕は彼に幻想を見せられた」
「心躍る幻想を見せられたんだ。だから、僕は……」
「騎士道精神のなんたるかを理解しないレオンに、騎士の誉れを見せつけてやったわけですね」
「まあ、そうなるね」
「ふふふふ……」
彼女は白い歯を見せて、にっこりと笑った。
心底愉快そうだ。そして彼女は一言。
「ばーか」
僕がこの言葉にどう反応したものかと思っていると、彼女はこう言った。
「ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、……ありがとう」
「いえいえ。僕は騎士として当然のことをしたまでだから」
「…………」
「…………」
そうして僕と彼女が見つめあっていると、彼女がこう言ってきた。
「ねえ、騎士さま、ひとつお願いがあるんだけど、聞いてくれない?」
「なんだい?」
「あなたの名前を、教えてほしいんだけど」
「……僕の名前はアルバトロス・コルトハート。
勇者の寄生虫と呼ばれている男だよ」
「……禁止」
「禁止?」
僕が彼女の言葉の真意を測りかねていると、彼女がこう言った。
「その、寄生虫って言葉、禁止」
「けど、これが僕の通り名っていうか、一般に認識されている呼び名だし……」
「……私のような女の子を助けるのは、騎士の誉れなんでしょ?」
「まあ……」
「犯されそうになっていた私のこと、助けてくれたでしょ?」
「まあ……」
「じゃあ、騎士でいいじゃない。これから」
「騎士でいいって言われても……僕、騎士階級の人間じゃないし」
「通り名とかあだ名のことなんだから、
別に本当に騎士階級の人間じゃなくても騎士だって名乗っていいと思うよ」
「まあ、それはそうかもしれないけど……けど僕のようなやつが
騎士なんて名乗ったら、みんなに笑われちゃうよ」
すると彼女は、大真面目な顔をしてこう言った。
「私は笑わないよ」
何を答えたらいいのかわからないので、僕が沈黙していると、
彼女は僕に顔を近付けてきて、またこう言った。
「私は笑わないよ」
「だってあなたは……私の騎士さまなんだから!」
「私の騎士さまって……」
「何がおかしいの?私は別におかしいと思わないけど」
「…………」
「私ね、始めてあなたと会った時、あなたのこと軽蔑してた」
「ああ、この人が情けない人として有名な寄生虫さんか~って思ってた」
「だって、あなたの噂ってろくなもの聞かないんだもの。
幼馴染を勇者に取られたのに何も出来ないふぬけとか、
勇者と他の女の子のHを覗いている覗き魔とか……」
まあ、それは間違ってないんだけどね。
「だから、私は勇者レオンとその仲間のことは見てたけど、
あなたのことに関心はなかったの」
「あの時だって、カステルさんとかユウコさんに見捨てられた時点で、
私はもう終わったと思った」
「あなたに助けを求めたのだって、ただの苦し紛れ。勇者の寄生虫が、
勇者に楯ついて私を助けてくれるなんてこと、絶対にあり得ない」
「そんなこと、私だってわかってたから。それでも、
このままひどい目にあわされるのは嫌だから、あなたに助けを求めたの」
「それなのに、私を助けて得られるメリットなんてないのに、
あなたは私を助けてくれた」
「私を助けないのは、騎士道精神に反するからって、助けてくれた」
「だったら、あなたは本物の騎士さまだよ」
「爵位がなくたって、みんながそれを認めなくたって、私がそれを認めてあげる」
「だから、あなたは自信を持って、騎士と名乗ったらいいんだよ」
「ねえ、そうでしょ? マイ・ドンキホーテ……」