騎士の誉れ
僕が「彼」と出会って3日が経過した。
あれから3日しか経っていない。だから僕は僕のままだ。
生まれながらの敗者であるところも、
愚かな道化であるところも、何も変わっちゃいない。
けど、なんだろう。
彼と出会ったことで、僕の心の中に、何かが芽生え始めてきたんだ。
だけど……これがなんなのか、僕にはよくわからない。
まったく知らないものだから、よくわからないんだ……
そんなことを考えていると、勇者レオンが口を開く。
「全員、きっちりと準備してきたか?」
「今回の旅は少し長くなるからな。回復薬や消耗品なんかは
きっちり揃えておかないといけない」
「今回は、魔龍退治の仕事だから、手を抜かずきっちり準備しておかないとね」
「ああ。あともうひとつ皆に伝えておくことがある」
「隣にいる女の子のことね」
「ああ、そうだ。この子はアヤ・カンナズキ」
「魔導士のカードを持つ女の子だ」
「魔導士……っていったら魔法をたくさん使えるタイプのカードよね」
「ああ、ユウコの魔導賢者ほど優れたカードじゃないが、
それなりに使えるカードであることは事実だ」
「そのアヤがこのパーティに加わることになった」
「みんな、よろしく頼む」
「あ、あの、私アヤ・カンナズキって言います。これからよろしくお願いします」
「私はカステル・リーンハート。遍歴の騎士よ。これからよろしくね」
「私はエリザベート・スタンリー。女帝のカードを持っているわ」
「……私はユウコ・キサラギ。魔導賢者です」
「僕は……」
「いや、お前はいい。いてもいなくてもいい存在だしな」
「まあ、それは確かにその通りね」
「え?そうなんですか?」
「ああ。こいつはただの雑用係だしな。だから呼ぶときはおい、でも
クズでも、どんくさいノロマでも、なんでもいいぜ」
「そ……そうなんですか。わかりました。ははは……」
彼女が僕を見る目が一段低くなっていくのがわかる。
仲間を見る目つきから、従者を見る目つきに降格ってところかな。
これからもっと低くなっていくと思うけど……
まあ、それはどうでもいいことだ。
それより重要なことは、彼女がレオンのハーレムに加わるのかどうかだ。
もし加わるのなら、僕もそのおこぼれにあずかることが出来る。
彼女は、美男美女ぞろいのこのパーティのなかでは、ちょっと異端の存在だ。
黒いショートヘア―の髪はユウコと同じだけど、
わりとそばかすがきつかったり、地味だったりする。
つまり美女ではないタイプだ。
そんな彼女がレオンのハーレムに加わってくれれば、
僕もそのおこぼれにあずかることが出来る。
そうなれば、より気持ちよくなることが出来るだろう。
ユウコの事も、このろくでもない現実も、
もっと強く忘れることが出来るに違いない。
そう、これでいいんだ。これで……
……………………
これはなんだろう?何か心の中で引っかかるものがある。
何かがモヤモヤする。嫌な気持ちになる。
今まで、こんなことはなかったはずなのに……
「よし、じゃあ皆で魔龍退治に行くか!」
そう言って、レオンたちのパーティは街を後にした。
そして……事件が起こった。
魔龍を退治するためにはアテルノの北にあるレパントの森を抜け、
その先にあるクレール山地に行かないといけない。
なので僕たちはレパントの森に向かった。
そこで起こったことは……
「ちょっと! やめて! レオンさんやめてください!」
「本当にやめて! こんなことされたら困ります!」
アヤの悲鳴が森の中に響く。
「なんだよ……別にいいじゃねえか」
「俺は勇者だ。成功者だ」
「勇者レオンと言えば、この辺でも有名だろ?」
「その俺がお前と付き合いたいと言ってるんだ。いいじゃねえか」
「え、それとも何か? 誰か付き合ってる男でもいるのか?」
「いえ……特にいませんけど……」
「だったらいいじゃねえか。なぜ拒む必要がある?」
「自慢じゃないが俺は強い。金もある。名声もある」
「いずれは社会的な地位も手に入れるだろう」
「その俺が、お前を求めてるんだ」
「お前には、それだけの価値があるんだ」
「だから、いいじゃねえか」
そう言いながら、レオンはアヤに迫る。
それに対して、アヤはこう答えた。
「確かにレオンさんは強くて素敵です」
「優しさはあまりないみたいですけど……」
「こう見えて、この人結講優しいところあるよ」
「好きになった女限定だけどね」
カステルとエリザべートがレオンを弁護する。
「確かに、私は誰とも付き合ってませんし、レオンさんは優れた男の人です」
「普通の人より優れている、素敵な男の人です。それはわかります」
「じゃあ……」
「けど……嫌なんです。そういうの」
「そういうのって、どういうのだ?」
「何人もの女性と、同時に付き合ってるじゃないですか」
「そういうのって、不潔ですよ。嫌ですよ」
「男にせよ、女にせよ、愛はたった一人、
運命の人にだけ向けられるもの……違いますか?」
「…………」
レオンは何も言わない。
「だから、私はレオンさんの要求に答えることは出来ません」
「もし、どうしてもと言うのなら……」
「そこの3人と別れてから、改めて私に話をしてください!」
アヤはレオンにびしっと指を突き付けて、そう断言する。
この言葉に、カステル、エリザベート、ユウコの顔色が変わった。
「あなた……何を調子にのっているの?」
「ここにいるのは、美しさと優れた才能を兼ね備えている女の中の女、
その私たちをさしおいて……」
「付き合うのなら自分一人とだけ付き合ってくれとか、ふざけてるの?」
イラついた顔を見せながら、3人がアヤに近付いてくる。
たまらず、アヤは後ろに下がる。
「……もういい」
「もういいってどういうこと?」
カステルがレオンに問いかける。
「こいつはいい女ではないけど、悪い女でもない」
「だから普通に付き合ってやろうかと思ったけど……」
「もういい。このまま力尽くで犯してやるよ!!!」
そう言ってレオンはアヤを襲おうとする。
「……またレオンの悪い癖が出た」
「こうなると、レオン容赦ないのよね」
「レオンを怒らせたあなたが悪い……」
カステル、エリザベート、ユウコの3人は傍観を決め込むようだ。
生意気な女にレオンが制裁を与えてくれる、
それなら自分たちは何もしなくていい。そう思ったんだろう。
僕は……そう僕も同じだ。
このまま見てるだけ、そうすれば、レオンが彼女を征服して終わりだ。
その後、この子がレオンの女になるのか、
このことを根に持ってパーティを抜けるのか、
それはわからない。けど、それは僕には関係ない事だ。
レオンの寄生虫である僕には……
「ちょ、ちょっと、やめてください!
さっき言ったことが気に食わないなら謝りますから!」
「だから……本当に……やめてください」
レオンは何も言わずに彼女に近付く。
「やめて! やめて! これ以上近付いたら……」
「あなたのこと、本当に嫌いになりますよ!」
彼女の叫びに、彼はこう答えた。
「それがどうした……」
その言葉を聞いて、アヤも察したようだ。
さっきまでと違い、恐怖と絶望の表情を浮かべている。
けど、まだ彼女は完全にあきらめたわけではないようだ。
「待ってください!もしあなたが私を本気で犯そうとするなら……」
「街の衛兵や騎士団に訴えますよ!
この人が私を無理やり犯したって、訴えますよ!」
そう言って、アヤはじっとレオンを見つめた。
それに対してレオンはこう答えた。
「いいぜ、好きにしろよ」
「こう見えても俺は勇者だ。あちこちでモンスター討伐の実績をあげている」
「コネもある。貴族階級に顔も聞く。そんな力のある俺を……」
「無力なお前が訴えて何になる? 簡単にもみ消されるだけだ」
「そんな……」
「だからな、もう諦めろ。諦めて無抵抗のままでいたら、
暴力をふるうのは勘弁してやるから」
「いや……そんなのいや……」
アヤは、抵抗の意思をなくしたのか、
その場にへたり込んでぶるぶると震え出した。
レオンはこういうところが狡猾だ。
自分と同格か、自分より強い相手には手を出さない。
そのかわり、自分より弱いものを虐げるのだ。
そういう立ち回りができるレオンは、実に賢いと言える。
けど……彼にはあるものが足りない。
容姿端麗、実力は確か、そして知恵も回るレオンに、
これがないのは、実に残念だと思う。
ねえ?あなたもそう思いませんか?キホーテ卿……
「おお、諦めたのか。それならいい。少しくらいは優しくしてやるからな」
「もっとも……お前は俺の恋人ではないから、
そこまで優しくは出来ないけどなあ」
「ううっ……」
ついにアヤは泣き出してしまった。
もう心が限界だということだろう。
アヤはカステルたちをすがるような目つきで見る。
助けてほしいのだろう。
だが、それに対してカステルたちは何の反応も示さなかった。
彼女たちにとってアヤは、自分たちよりはるかに下の存在、
どうでもいい存在だということだ。
それを見た僕は、少しうれしくなった。
これで……僕に仲間ができるかもしれない。
レオンとその恋人に仕える、奴隷のような冒険者仲間だ。
そうなったら、もしかしたら一緒に傷をなめあうことが出来るかも。
お互いがお互いの傷をなめあって、心の傷をいやすことが出来るかも。
そう考えると、僕は本当にうれしく……
なんだろう?この気持ちは?
僕の心の中にいる誰かが僕を諭しているような、
「アルバトロス殿。本当にそれでいいのですかな」
と諭しているような、そんな、不思議な気持ちは……
そんなことを考えているうちに、レオンはアヤの目前まで迫ってきた。
もう少しでレオンにとっての、お楽しみの時間が始まる。
そして、僕にとっても……
その時、アヤと僕の視線が合った。
「助けて……助けてください……」
「あの……その……助けて …… 」
彼女が言葉に詰まりながら、僕に助けを求めてきた。
そう……言葉に詰まって……
何で彼女が言葉を詰まらせたか、僕にはなんとなくわかる。
彼女は、僕の名前を知らないんだ。
だって彼女は、今の今まで僕に関心がなかったから……
「お願いします……なんでもしますから……その……助けてください!」
彼女は今まで、僕のことなど見ていなかった。
だから僕を呼ぶ時も、そこの人とかあの……とか呼んでいたんだ。
彼女にとって、僕はレオンはおろか、他の仲間たちに二枚も三枚も劣る、
格下の従者に過ぎなかったのだろう。
「お願い …… 」
僕には、彼女を救う義理も義務もない。
そもそも、ただの道化師である僕が、彼女に対して何をしてあげられるだろう。
答えは単純明快、何も出来ない。
だって、しょうがないじゃないか。
僕は生まれながらの道化師なんだから。
でも……
あの人は、それをやった。
生まれながらの道化にすぎないのに、風車に立ち向かってみせた。
けっきょく彼は、風車を倒すことが出来なかったけど……
最後には、風車に屈して、
自分がただの道化であることを認めてしまったけど……
今まで信じていた素敵な幻想を、最後の最後に捨て去ってしまったけど……
それでも、それでも彼は……
僕の英雄なんだ!!!
だったら……僕のやることは、もう決まっている。
あの人が歩んだのと、同じ道を歩むべきなんだ。
ねえ、そうですよね、騎士の中の騎士、ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ……
もうどうにもならないと思ったのか、アヤはうつむいて何も言わなくなった。
それを見たレオンは、
「ようやくおとなしくなったか。そう、それでいいんだよ」
と言って鎧を脱ぎ始めた。
そして、レオンはアヤの方を向き、胸を揉み始めた。
アヤは、全てを諦めたような顔をして、こっちを見ていた。
その時、僕は足を大きく踏み込みながら、渾身の一撃をレオンに浴びせた!!!
レオンは、軽石みたいに吹き飛んでいった。
そして、僕のまわりの時が止まった。
吹き飛ばされたレオンは、何が起こったのかわからず呆けている。
ユウコたちは、予想外の状況に理解が追い付いていない。
アヤはぼーっとした顔をしながら、こう言った。
「な……なんで?」
そう聞かれたら、僕はこう答えるしかない。
「キミのような女の子を助けるのは、騎士の誉れだからね!!!」