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ある1冊の本との出会い




 彼らは、僕を置いて出ていった。

結局僕は、おこぼれをもらえなかった。

だからギルドを出ようとしたら、大柄の冒険者たちが僕を呼びとめた。


「おい、そこの変態寄生虫」

「……僕のことですよね?」


「お前以外に誰がいるんだよ。なあ寄生虫、俺は前から思っていたんだが……」

「お前、タマついてんのか?」

「まあ、一応」


「何も出来ず、する気もない男が強者である勇者に寄生する」

「これだけでもろくでもないうえに、変質者ときてる」

「こんなクズのどこにタマがついてるんだ?」

「ちがいねえ!」


 冒険者ギルドのロビーは爆笑の渦に包まれた。

だから、僕も笑う。

みんなが笑ってるんだから、しょうがない。


「……お前、本当に哀れなやつだな」

「ああ、もうこいつはどうしようもないぜ」

「これだけ煽られてるのに、ただ笑っているだけなんだから」


「本当、どうしようもないわね」

「女性を代表して言わせてもらうけど、

あなたのようなカスを愛してくれるような女性は、今後一生現れないでしょうね」


 この言葉に対して、

「そうですね。僕もそう思います」

と僕が返すと、彼らは何も言わず去っていった。

煽る価値もないクズだと思われたのだろう。


 実際、その通りだから仕方がない。

生まれた時から、僕はそうなんだ。

だから、どうしようもないんだ。

どうしようも……。


 こういうちょっとしたイベントがあった後、僕はギルドを出た。

次にここに来るのは、3日後だ。


 だから、今日は宿を見つけてゆっくりしよう。

明日も、明後日もそうしてゆっくりしよう。

心と体の疲れを癒すには、それが一番いい。


 そう考えて、宿屋を探していると、

僕の目の前に1軒の本屋があった。

せっかくだし、ちょっと本を見ていくか。

面白い本があったら、何時間も現実逃避ができるから。


 そして本屋に入って色々な本を見てみたが……。

特に面白そうな本はなかった。

なので、踵を返して宿探しに戻ろうとした僕は……

ふと、1冊の本に目をとめた。


 その本は、見たこともない本だった。

鎧を着た老人が、風車に突撃している、実に不思議な表紙をした本だった。


「あら、お兄さん。その本に興味があるの?」

本屋の店主が僕に声をかけてくる。僕は、


「うん。この本に興味があるんだけど……この本ってどんな本なの?」

と返した。すると彼女はこう答えた。


「あなた、大勇者ヒデトの三大書物って知ってる」と。

その本なら知っている。


 確か百年ほど前に異世界からやってきた大勇者ヒデトが、

この世界に持ち込んだ書物だ。

トリスタンとイゾルデ、ランスロまたは荷車の騎士、

そしてアーサー王の死の3冊だったはずだ。


 もともとはヒデトがいた異世界で作られた本だけど、

この世界でも大ヒットした伝説の本だ。

だけど、その三大書物とこの本にどんな関係があるのだろう。

アーサー王と円卓の騎士の中に、こんな老人はいなかったはずだが……、


「この本はね。大勇者ヒデトが持ち込んだ書物の中の1冊よ」

「大勇者ヒデトが持ち込んだ本!? 三大書物以外にもまだあったの?」


「ええ。三大書物以外にも、大勇者ヒデトが持ち込んだ本が何冊もあるわ」

「そのうちの1冊が、この本なの。もちろんこの本はオリジナルの本じゃないわ」

「オリジナルの本を元にして新しく印刷された本だけど、

その貴重さはバカに出来ないものだと思う」


「なるほど。大勇者が持ち込んだ異世界の本なら、確かに貴重だね」

「で、この本は、いったいどんな本なんだい? 

内容がわからないと買う気にはならないけど……」

と僕が本の内容を聞くと、彼女はこう答えた。


「この本は、物語の読みすぎで空想と現実の区別がつかなくなった老人が、

あちこちでおかしな騒動を巻き起こすこっけいな本よ」

「いわゆる喜劇本というやつね」


「老人の喜劇本……」

「なんかこの本、他の三大書物とは違うね。

他の本は英雄たちが悪を倒したり活躍したりする話なのに、これだけジャンルが違う」


「ええ。この本は英雄が活躍するような話ではないわ。

この本は、愚かな道化師がまわりを笑わせる本」

「勇者の寄生虫、道化師のカードを持つあなたにはピッタリでしょう?」


「僕が何者なのか知ってたんだ……」

「ええ、知ってたわよ。勇者レオンのパーティはこの辺では有名だもの」

「だから、勇者につきまとう寄生虫のあなたも、この街では有名なのよ」

「情けない道化としてね……」


「……………………」


「で、どうするの。哀れで愚かな道化師さん。その本買うの?」

「うん。買って見てみるよ。代金はいくらなの?」


「前編と後編、両方合わせて銀貨4枚でいいわ」

「そう。わかった」

と言いながら僕は財布から代金を払った。


「ありがとう。道化師さん。それを読んで立派な道化師になるのよ」

「皆に笑われる、立派な道化師にね……」


 この本を手に入れた本は、足早に宿を探した。

ちょうどいいところに宿を見つけた僕は、次にレオンたちと旅をするまで、

その宿に泊まることにした。


 そして、食事を取り風呂に入ったあと、

僕はゆっくりと読書をすることにした。


読む本は、今日買ったばかりの喜劇本だ。

読む前に、この本のタイトルを確認しよう。

そうして本のタイトルを確認すると、そこにはこう書いてあった。




「才智あふれる郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」




 僕は読んだ、この本を、黙々と、何も考えずに。

騎士道物語の読みすぎで、現実と空想の区別ができなくなった老人、

風車を巨人と勘違いして立ち向かう道化師、


 床屋の持っている洗面器を伝説の兜と勘違いする愚か者、

空想上のお姫様の名誉を守るため、ビスカヤ人と決闘、

羊の群れを敵の大軍と勘違いして突撃、


 この本には、たくさんの愚かさが詰まっていた。

だから僕は笑った。久しぶりに大笑いした。


 確かに、この物語の主人公であるドン・キホーテは愚かな道化だ、

これは笑える、まわりに笑われる、当たり前のことである。

そうして僕は、このこっけいな喜劇本を読み返した。何度も、何度も。

そうして読み返していると、一つの疑問が思い浮かんだ。


 この本は、本当に喜劇なのだろうかと。

この本の最後、才智溢れる道化ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャは

正気を取り戻して死ぬ。自分がなにも出来ない道化であることを認めながら……


 確かに、彼は愚かな道化だ。

けど、本当に彼はただの道化だったのだろうか。


 何の力もなかったのに、アーサー王と円卓の騎士のような

選ばれし者じゃなかったのに、敢然と風車に立ち向かった彼は、

本当にただの道化だったのだろうか。


 変えようもない現実にたった一人で立ち向かい、

踏みつぶされたドン・キホーテは、

本当に道化だったのだろうか?


 僕は……そうは思わない。

彼は、選ばれたものでも、強者でもないのに、

騎士道と勇気を掲げて、勝ち目のない敵に、クソみたいな現実に戦いを挑んだ。


 最後には、刀折れ矢尽き、現実に敗れてしまったけど、

結果的に、何一つ成し遂げることができなかったけど、

だけど、彼が何も出来ない愚かな道化だったと、僕は思わない!


 じゃあ、彼が道化でなかったなら、彼はいったい何者なんだって?

そんなの決まってるじゃないか。


 彼は……僕の英雄だ……

僕と同じ、無力な存在に過ぎないのに、風車に戦いを挑んだ彼は、

手の届かない、見上げるような英雄じゃない。


 僕のそばにいて、僕とともに戦ってくれる、僕の心の英雄なんだ……



「ねえ? そうですよね? ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ……」




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