僕はランスロット卿ではない
何かおいしい物が食べられるといいな……
そんなことを考えていると、
こじんまりとした一軒家に到着した。
この家が、ローズマリーさんの家らしい。
「じゃあわたし~食事を作る用意をしてきますので~
ドメラくん~後はお願いね~」
と言って、ローズマリーさんは家の中に入っていった。
「じゃあ、お前らも入れよ」
とドメラに促されたので、
僕たちも、ローズマリーさんの家にお邪魔することにした。
家のリビングに通された僕たちは、
やることもないので、ソファーに座りながら、
アヤやドメラととりとめのない話をしていると、
ローズマリーさんが食事の用意を始めた。
「面倒かもしれないけど~ドメラくんも手伝って~」
「ああ。わかったぜ。姉ちゃん」
そうしたふたりのやりとりをぼーっと眺めていると、
食事の準備が出来たので、
僕たちは、そのままビーフシチューをごちそうになった。
食事を食べ終わった僕たちは、
ローズマリーさんにお礼を言って帰ろうとしたが……
そこで、アヤがこんなことを言った。
「ねえドメラ、ドメラはローズマリーさんのこと姉ちゃん姉ちゃんって
言ってるけど、ふたりはどういう関係なの?」
「まさか、本当に姉弟なの?」
そういうプライベートなことに踏み込むのもどうかと思って、
あえて僕は聞かなかったけど、
まあ、アヤの性格なら気にせずに聞いてくるよね。
さて、これにドメラはどう答えるのだろうか……
「……姉弟じゃねえよ」
「別に、俺と姉ちゃんはそういう関係じゃねえ」
「じゃあ、ふたりはどういう関係なの?」
「まあ、なんつーか……恋人ってやつだな」
「つまり、ふたりはお付き合いしてるってこと? 姉弟で!?」
「だから、姉弟じゃねえって言ってるだろ!」
「俺がローズマリーのことを姉ちゃんって呼んでるのは、
昔から、姉ちゃんみたいに俺の世話をしてくれたからだよ」
「へえ、そうなんだあ……ドメラは、ローズマリーさんの
そういうところに惚れたの?」
「まあな……」
「世話好きで、きれいで、どこかぼーっとしてる
お姉ちゃん系の人……そりゃドメラでなくても
好きになるよね」
そんなふうに、僕が軽口をたたいた瞬間、
急にドメラの目つきが変わった。
「アルバトロス……お前、まさか姉ちゃんに
女として興味を持ったんじゃねえよな」
「男として、姉ちゃんをモノにしたいとか
思ったんじゃねえよな?」
その言葉にアヤが反応する。
「なっ……そんなわけないじゃない!
アルバトロスは、私だけのアルバトロスなんだよ!」
「ねえ、そうだよね? 私のアルバトロス……」
アヤとドメラ、ふたりが真剣なまなざしで
僕を見つめてくる。
ふたりのさっきの質問は、色々な意味で、
本気の質問なんだろう。
だったら、僕も本気で答えないといけない。
僕の答えは……
「ドメラ、僕はランスロット卿じゃない」
「だから、キミの恋人であるローズマリーさんに手を出すことは、
決してない」
「だって僕は……アヤの、ドン・キホーテだからね!」
「だよねえ! アルバトロスは、私のドン・キホーテだもんね!」
アヤは、僕の答えに納得してくれたようだ。
では、ドメラは……
「ランスロット卿……たしか、王様の奥さんに手を出したやつだな」
「俺は、仲間の恋人に手を出すような、騎士道を知らない騎士ではない。
お前は、そう言いたいんだな?」
「そうだよ。僕はキホーテ卿の薫陶は受けたけど、
ランスロット卿の薫陶は受けていないからね」
「だから、キミが思っているようなことは、決してしない」
「そうだよ! そんなことは絶対にないよ! 私がそれを……」
「保証してあげる!」
アヤがドメラに指をさしながら、僕の人柄を保証する。
彼女は、僕のことを心から信頼してくれてるんだな。
だったら、僕もその信頼に答えないとね。
「そうか……わかった。すまねえな。つまんないこと言ってよ」
「いや、別にいいよ。それだけキミがローズマリーさんのことを
思っているってことだからね」
「そうだね、じゃあ私たちはここで帰るから、
ふたりとも、お幸せにね~」
こうして、僕たちがドメラのもとを去ってから、
3時間が経過した。
「ふう……もうこの街でめぼしいところは、ほとんど見てまわったね」
「そうだね。じゃあ今日はもう宿に帰ろうか」
「うん」
もうこの街でめぼしいところは見たから、
さっさと宿に帰って、ふたりでゆっくりしよう。
そんなことを考えながら宿に向かって歩いていた僕は、
あることに気がついた。
そういえば、毒を解毒する解毒剤、
前に使ったまま補充してなかったな。
「あの……アヤ、アヤはこのまま宿に戻っていてくれないかな」
「ん?アルバトロス。どうしたの?」
「いや、前に使った解毒剤、補充してなかったことに
気がついてね」
「このまま宿に帰ってお風呂に入ったら、
忘れちゃうかもしれないし、今のうちに
店で補充しておこうと思うんだ」
「そう。確かに、いざという時に解毒剤がなかったら困るもんね」
「じゃあ、ここからは私ひとりで帰るよ。といっても、もう宿は目の前だけどね」
アヤが目の前にある宿を指さす。
「じゃあ私は、先に帰ってゆっくりしてるね~」
「ああ、つかれた~」
僕は、疲れた顔をして宿に帰るアヤを見送ったあと、
近くの道具屋へ行って、解毒剤を買い込んだ。
用も済んだし、僕も家に帰ってゆっくり休むか。
僕がそんなことを考えながら歩いていると……
「ひさしぶりだね。アルバトロス」
……彼女に声をかけられた。
僕が、もっとも愛していた女性。
僕が、いっしょに幸せになりたかった女性に……
「アルバトロス……」
彼女は、僕の名前を呼びながら
きゅっと腕を掴んできた。
「ねえ、アルバトロス。あなたに大切な話があるの。
ちょっとだけ、時間いいかな?」
「だいじょうぶ。そんなに時間はとらせないから。
だから、ほら、むこうで話そう?」
そう言って、彼女は公園のベンチを指さす。
あそこに座って話がしたいということだろう。
ここで、彼女を突き放して帰ることはできる。
けど、僕は彼女の話を聞くことにした。
この状況で、彼女が僕に何を言いたいのか、
それを知りたかったから……
「ねえ、アルバトロス。あなたは今幸せなの?
幸せになっているの?」
「……うん。僕は今、幸せだよ。ドン・キホーテと彼女が、
僕に幻想を見せてくれたからね」
「幻想か……」
「私は……そんなもの、見せてもらえなかったけどね」
「それは、どういうこと?
レオンとの関係がうまくいってないってことかい?」
彼女は、僕のほうをじっと見た。
だから、僕も彼女を見返す。
彼女の瞳を見ていると、吸い込まれそうになる……
「アルバトロスは、そう考えるんだ。さっきの言葉を、
そういう風に捉えるんだ」
「…………」
僕には、彼女の言っている言葉の意味が分からない。
いったい、彼女は何を言っているのだろう?
「ユウコ、それはどういう意味で……」
「まあ、私とレオンの仲がうまくいってないのは
事実だけどね」
「あの人が、新しい女を次々作るから、
さすがに頭にきて……それで、いいかげんにしてって怒ったら」
「そういううるさいことを言うなら、もうお前いらないって言われて……」
「それで、別れることになったの?」
「うん。あの人、俺が誰と付き合おうが、何人の女性と同時に付き合おうが
そんなの俺の自由だろ、って感じの人だから」
「そうか……」
確かに、レオンは昔から色々な女性に手を出していたから、
ユウコがそれについていけなくなっても、不思議ではないか……
「だからね、今の私はレオンの仲間であっても恋人じゃないの」
「で、アルバトロス……どうかな?」
「どうかな? とはどういう意味?」
「……もう一度、昔のように、私とあなたが同じ方向を向いて
歩くことが出来たら、それは、すごく素敵なことじゃない?」
「……それは、ユウコがレオンのパーティを抜けて、
僕のパーティに入る、ということかい?」
「あなたが望むなら、それ以上のものを、あげてもいいよ」
そう言って、ユウコは僕の手を握ってくる。
「それ以上のものって……」
「私の体と心、そう言ったら、わかってくれる?」
ユウコが、にっこり微笑みながら、僕を誘惑してくる。
これは、もしかして、そういうことなのだろうか。
神様が僕に、かつて失ってしまったものを、
もう二度と取り戻せないと思っていたものを、
取り戻すチャンスをくれたということなのだろうか。
もう二度と帰ってこないと思っていた、僕の婚約者が戻ってきた。
まるで、おとぎ話のように。
だったら、僕のやるべきことは、言うべきことは、ひとつしかないだろ?
それは……
「ユウコ、キミの願いをかなえることは出来ない。」
「だって、それは騎士道に反するから……」




