キミにはキミの騎士道がある
ドメラと騎士道についての討論をしてから、2日経った。
あれから、彼は僕に対して傲慢な態度を取らなくなった。
その意味で、僕と彼の関係は良くなったと言えるが、
彼はまだ、僕のことを真の仲間として見ていない気がする。
だから、一度彼と腹を割って話し合ってみよう。
そう考えていると、ドメラの方が先に、僕に話しかけてきた。
「なあ、アルバトロス。今いいか?」
「うん。いいよ」
「あ、ごめん、アヤ、シャルロッテ、僕がドメラと話し合ってる間、
周囲を警戒してくれないかな」
「うん、わかったよ」
「じゃあここで、一度休憩しましょう」
僕たちは、デスオーク狩りを一時中断して、その辺に座り込む。
アヤとシャルロッテは、周囲を警戒しながらくつろぎ始めた。
僕も、2人のようにくつろぎながら、ドメラに語りかける。
「で、ドメラ、話ってのはなんだい?」
「……アルバトロス、あんたが信じる騎士道ってのは、いったいなんなんだ?」
「ドメラ、キミも騎士道に興味を持つようになったのかい?」
「だったら、それは凄く素晴らしいことだよ」
僕が、グッ! と親指を立てながらそう語りかけると、
ドメラは、呆れたような顔をしてこう言った。
「俺が知っているアルバトロスという男は、どうしようもない負け犬だ」
「勇者レオンに寄生して、小銭を稼ぐことしか能のないクズ」
「それが、俺の知っているお前だ」
「……ずいぶんな言われようだね。まあ、間違ってはないけどさ」
「そうだろ? 間違ってないだろ? けど、俺が今見ているあんたは、
俺が知っているあんたとずいぶん違う」
「俺ほど強いわけじゃないけど、前線で戦ってパーティに貢献してくれてるし、
ここぞという時には、きちんと攻撃を決めてくれる」
「なぜかはよくわからないが、あんたは昔と違う人間になった。
その変化の原因が騎士道というものにあるのなら……」
「その騎士道というものを、俺も、ちょっと知ってみたくなってな」
この言葉を聞いた僕は嬉しくなった。
騎士道というものに興味を持ってくれる人が身近に現れたのだから、
嬉しくなるのは当然のことだ。
けど、よく考えるとこれはまずいことになったんじゃ……
「…………」
「ん? どうしたんだ? 騎士道は門外不出の思想だから、
教えることは出来ないってか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……実はさ、
僕も騎士道というものを、よく知らないんだ」
「だから、人に騎士道を教えるのは難しいかなって……」
「お前、いつも騎士道騎士道言ってんのに、騎士道のことよく知らないのか!?」
そうドメラにはっきり言われた僕は、うつむくことしか出来なかった。
これは、ちょっと恥ずかしい……
「はあ……本当にあんたは道化だな。まあいい。じゃあ質問を変えるが、
あんたにとっての騎士道とはなんなんだ?」
「これなら、騎士道の思想とか哲学とは関係ないから、
あんたでも答えることができるだろ?」
「僕にとっての騎士道は、ドン・キホーテの生き方そのものだ」
「僕にとって、ドン・キホーテが教えてくれたものこそが騎士道なんだ」
「だから、僕の騎士道とは何か? と聞かれたら、
ドン・キホーテを読んで学んでくれって言うしかないよ」
「ドン・キホーテ……夢を見過ぎて、その夢に溺れてしまった哀れな老人の話か」
「……キミには彼が、哀れな老人に見えるのかい?」
「ああ、哀れ以外の何物でもないだろ。もうちょっと現実と
折り合いをつければいいのに、夢を見過ぎるからああなる」
「そう……」
残念ながら、僕と彼の感性はだいぶ違うようだ。
これでは、ドン・キホーテを見て騎士道を学ぶのは難しいだろう。
となると……
「ねえ、ドメラ。キミには、心から愛している人がいるかい?」
「…………いる」
「その人とキミは、どういう関係なんだい?」
「ローズマリー・オルコットは、俺にとって姉ちゃんみたいな人だ。
いつも俺を見守って、包んでくれる」
「時には、何かに立ち向かう勇気をくれる」
「そして、俺がなにかいいことをしたら、いっぱい褒めたたえてくれる」
「そんな感じの人なんだ……」
「その人は、ドメラにとって、自分の命より大切な人なのかい?」
「……ああ。姉ちゃんのためなら、姉ちゃんを守るためなら、
何だってしてやるさ」
「例えそれが、我が身の破滅につながったとしてもな」
「……ドメラ、キミは騎士道というものを知りたいと言ったね」
「ああ。それがどうした?」
「もうキミは、立派な騎士道を持ってるじゃないか」
「ローズマリーさんの為なら何だってやる、命だってかけてやる。
それが、キミの騎士道じゃないか?」
「確かに、俺は姉ちゃんのためなら何だってやってやるが……
それが、騎士道と関係あるのか?」
それは別の話なんじゃないか、と言いたげな視線で僕を見るドメラに、
そうじゃない、と手を振りながら僕は答える。
「僕だって、騎士道のことを人に偉そうに語れるほど、
騎士道のことを知っているわけじゃないさ」
「けど、これだけは言える」
「騎士道というものは、人によって違うんだよ」
「もちろん、罪のない人を殺すとか、誰が見ても
明らかに騎士道に反する行為はあるけど、
それ以外の行為のどれが騎士道に反して、
どれが反しないのかは、人によって違うんだ」
「だから、ドメラの場合、ローズマリーさんに隠しだてせず、
堂々と話せる行為が、キミの騎士道にのっとった行為、
つまり騎士道ということでいいんじゃないかな?」
「ずいぶんいい加減な答えだな……」
「けど……ドン・キホーテを見て学べという答えよりは、しっくりくるぜ」
「姉ちゃんに、何の後ろめたさもなく、
堂々と語れることができる行為、それが、俺の騎士道か」
「じゃあ、姉ちゃんに話すことができない、
後ろめたい行為が、騎士道に反する行為ということになるな……」
「キミの場合、そういうことになるね」
「なるほど、アルバトロス、あんたのおかげで、
騎士道というものがなんなのか、わかった気がするぜ」
「ありがとな。あと……ごめんな」
……初めのありがとうはわかる。
僕が彼に、騎士道というものを教えた、
そのことに対するお礼だろう。
じゃあ、後のごめんなというのは何を意味するのだろう。
考えてもわからなかったので、僕は彼に直接聞くことにした。
「ありがとうの意味はわかるんだけど、
その、ごめんなというのはどういう意味なんだい」
「……俺があんたのパーティに入った理由は、ただひとつ、
このパーティを乗っ取ろうと思ったからだ」
「そのことに対して、謝罪したんだよ」
「…………」
たしかに、ドメラがこのパーティの指揮権を奪おうとしたことは、
パーティの乗っ取り行為と言える。
だが、初めから乗っ取りを目当てにして
パーティに入ってきたとは思わなかった……
この告白にショックを受けている僕を無視して、ドメラが話を進めていく。
「冒険者としてのし上がるためには、自分の意のままになるパーティが必要だ」
「ソロや他のパーティの雇われを続けていても、
上に行くことは難しい、そう考えていた時、たまたまあんたたちに出会った」
「だから、あんたのパーティを乗っ取って、さらにのし上がろうとしたんだよ」
「アルバトロス、あんたのことは前から知っていた」
「勇者レオンの寄生虫、タマ無しの冒険者アルバトロスといえば、
この辺では有名だからな」
「その役立たずが、女を2人連れてパーティを作っているのを見た」
「しかも、その役立たずがパーティの中心人物のように見えたんだよ」
「その時俺は思ったんだ。これはチャンスだ。
ここで冒険者としての格の違いをこいつに見せつけて主導権を奪おう。
そしてその後、このパーティを乗っ取ってやろう」
「そんなバカなことを、考えちまったんだよ」
その話を聞いたアヤが、ニマニマしながら
僕の隣に寄ってきた。
「それで、アルバトロスに格の違いを
見せつけられちゃったわけだね」
アヤがどうだ! という顔をしながらドメラのことをじっと見る。
アヤは、大騎士であるドメラより、
僕の方が立派な冒険者だと思ってくれてるのか。
好きな人に認めてもらえる。こういうのって、なんか心が温まるな……
僕がそんなことを考えて、幸せな気分に浸っている間も、話は続いていく。
「別にそんなことはねえよ。実際、アルバトロスより俺の方が
冒険者としては格上だからな」
「ただ……」
「ただ?」
「アルバトロスは、俺にない物を持っていた」
「それが、騎士道とよばれるものなのか、
あるいは別の何かなのかはわからないが、
とにかく、アルバトロスは俺にない何かを持ってたんだよ」
「俺の予想では、冒険者として格の違いを見せつけられたあんたは、
恨みをこめた目で俺を見るとか、ただうつむいて黙っているとか、
そんな下らねえ態度をとると思ってた」
「もしかしたら、僕はお前のいいなりにならないと、
俺に楯ついてくるかもしれないが、
その時は、力ずくで黙らせればいい」
「そう思ってた俺の前で、お前はとんでもないことを言い出した」
「お前の行為は騎士道に反すると、
騎士道を掲げて俺を糾弾してきたんだよ」
「その時、俺は度肝を抜かれたぜ」
「正義に反するならまだしも、騎士道に反すると言ってきたんだからな」
「騎士道だぜ? 信じられるかよ!」
ドメラは笑いながら、僕に語りかけてくる。
騎士道に反するという言葉が、
よほどつぼにはまったようだ。
そこまでおかしいことを、僕は言ってないと思うんだけど……
「いいか、お前は俺のことを騎士道精神に反するやつだと
言ってきたんだぜ」
「それは、マジでおかしいだろ……」
「…………」
もしかして僕は、騎士道に反すると彼を糾弾したことで、
彼を深く傷つけてしまったのではないだろうか。
そう思った僕は、彼に詫びをいれることにした。
「ドメラ、キミが騎士道に反するという言葉は、
言い過ぎだったかもしれない」
「その言葉を気にしているなら、謝るよ。すまない」
僕の言葉を聞いたドメラは、
真顔になったかと思うと、急に笑い始めた。
「お前、そこを謝るのか。騎士道に反するという言葉は
言い過ぎだったと謝るのか」
「本当、お前には笑わせられるな」
アヤが、少しイラつきながらドメラを注意する。
「ちょっとドメラ、アルバトロスに失礼だよ」
「失礼って言われてもな。そりゃこうなったら笑うしかないぜ。
なあ、シャルちゃん」
話を振られたシャルロッテは、にやけながらこう言った。
「ええ。私もあなたと同じ気持ちよ」
「そりゃ、笑うしかないわね」
なんでふたりが笑うのかわからない僕は、
単刀直入に聞いてみた。
「なんでふたりが僕を笑うのか、理由がわからないんだけど……」
ドメラが間髪入れずに答えてくる。
「そりゃ笑えるだろ。いいか、アルバトロス。俺たちは貴族でも騎士でもない」
「ただの冒険者だ」
「モンスターを倒して金を稼ぎたい」
「知名度を上げて、雇ってもらいたい」
「女をたくさんはべらせて、ハーレムを築きたい」
「そんなことを考えて、日々を生きているのが、
俺たちのような冒険者じゃねえじゃねえか」
「その冒険者に対して、お前のやったことは騎士道に
反しているって言われたら、そりゃ笑うしかねえだろ」
「なんでお前、冒険者に騎士道を説いてるんだよ」
「俺ら、そんなものに何の関係もないだろ」
「…………」
「けどな、お前は姉ちゃんの前で堂々と言える行為、
それが騎士道だと言った」
「姉ちゃんの前で言えない行為は、騎士道精神に反する行為だと言った」
「お前のいう騎士道がそういうものなのなら……」
「俺は、お前の騎士道を理解できるし、笑うべきものじゃないと思ったんだ」
「だから、俺はお前に謝ったんだ。すまねえなって……」
そのやりとりを見ていたシャルロッテが、
にやつきながら口を挟む。
「あら、ドメラ。あなたも騎士道という妄想に
かぶれてしまったの?」
それを聞いたドメラは、手を振りながらこう返す。
「いや違う」
「俺はこいつのような道化じゃない
だから、騎士道なんかにかぶれねえよ」
「ただ……」
「ただ?」
「世の中でひとりくらい、こいつのような愚かな道化が
いてもいいんじゃないか、そう思ったんだよ」
これを聞いたアヤが、むっとした表情で
突っこんでくる。
「何が愚かな道化よ。アルバトロスは道化じゃない、
最高の、おとぎ話の騎士さまだよ」
「それがわからないあんたの方が……」
「道化だよ!」
ドメラにびしっと指を突き付けながら、
そう断言したアヤを、
ふたりは生暖かい目で見ていた。
「道化を騎士と見間違えて、喝采を送る女の子も、
また道化よね……」




