ひとりの老いぼれが僕に幻想を見せてくれた
「そ、そんなのおかしいわ」
「そうよ、そんなのおかしいわよ!」
「ちょっと! あんたたち、さっきから何わけわかんないこと言ってるのよ!」
「危ない薬でもやってるんじゃないの!?」
シャルロッテが、錯乱しながら僕たちを罵倒してくる。
確かに、彼女のいう通りだ。
僕たちの言ってることは明らかにおかしい。
危ない薬をやってると思われてもおかしくない。
でもそれは、事実であって真実じゃない。
そうだよね、アヤ。
「で、アルバトロス、この人のこと、どうするの?」
「どうするって、どういうことだい?」
「この人を、私たちの仲間に入れるのか入れないのか、
入れるとしたら、どういうポジションで入れるのか」
「ふむ……ねえ、シャルロッテ」
「なによ!」
「ひとつ聞きたいんだけど、キミは、
まだ僕たちと一緒にやっていく気があるの?」
「それとも、僕らみたいな道化とはやっていけないと思ってるの?」
「どっちなんだい?」
「それは……」
シャルロッテは考え込んでいる。
ここで考え込むという事は、
僕たちに完全に愛想をつかした、というわけではないようだ。
となると……
「ねえ、アヤ」
「なに?」
「キミは、シャルロッテを仲間に入れて、これから一緒にやっていくことに、
賛成、それとも反対?」
「うーん……ちょっと前までは反対だったけど、
今は、もうどっちでもいいかな」
「なんで、今はどっちでもいいんだい?」
アヤはにんまり微笑みながら、僕に近付く。
「そうか~わからないんだ~。じゃあしょうがないから教えてあげるねっ」
「アルバトロス、私は、シャルロッテが仲間になるのが怖かったんだ」
「シャルロッテが仲間になったら、私のアルバトロスを
取られちゃうんじゃないかって、そう、思ってたの」
「仮にアルバトロスが、シャルロッテに取られなかったとしても、
そのかわりに、アルバトロスが私とシャルロッテの2人と
同時に付き合う事になるかもしれない」
「どちらかひとりなんて選べないよ~とか言ってね」
「そういうのが嫌だったから、私は彼女が仲間になることに反対してたの」
「けど、それは私の考えすぎだった。アルバトロスは私の真実を信じてくれた」
「私だけに、愛と忠誠を捧げてくれた」
「おとぎ話の、騎士さまのように」
「だから、もういいの。あなたが、私だけのドン・キホーテであることが
十分すぎるほどにわかったから、もういいの」
「だから、アルバトロスがシャルロッテを仲間にしたいなら、
もう、私は反対しないよ」
「私にとって、それはもう、どうでもいいことだしね!」
アヤが腕組みをしながら、自慢げな顔でそう言う。
彼女にとって、もうシャルロッテの存在は
心配の種にならないということだろう。
アヤは、シャルロッテが仲間になってもいいと言ってる。
僕も、色々な魔法を使える彼女に仲間になってほしいと思っている。
じゃあシャルロッテは、僕たちの事をどう思っているのだろうか……
「……アルバトロス、アヤ、正直に言うと、
私はあなたたちのことが嫌いよ」
「だってあなたたち、どうしようもないほどの道化だもの」
「ありもしない、自分だけに都合のよい妄想を、
これが真実だと言い切るあなたたちは、滑稽でついていけないわ」
「けど……共に旅する仲間という観点で見れば、
あなたたちが道化であることは都合がいいわ」
「騎士道という妄想を信じているあなたなら、
私がピンチに陥った時、見捨てて逃げるような真似はしないだろうし、
疲れて寝ている私に、乱暴なことをしたりしないでしょう?」
「何の気もない私に、しつこく、めんどくさいアプローチを
かけてきたりしないでしょう?」
「その辺のことを考えたら、あなたの仲間になって
一緒にお金を稼ぐって選択肢、十分にアリよね」
「じゃあ……」
「ええ、アルバトロス、アヤ。
私をあなたたちの仲間にしてくれないかしら」
「うん。いいよ」
「だめー!」
「……えっ?」
「アヤ、さっきキミはシャルロッテを仲間にしていいと言ってなかった?」
「うん。けどその前に、シャルロッテはやらないといけないことがあるよね」
「やらないといけないこと?」
「婚約者に、今までの話をして、旅に出る許可をもらってくることかい?」
「それよりも、もっと重要なことがあるよ」
「それより重要なことって……なに?」
「アルバトロスに、あ・や・ま・れ!」
「彼に謝る……」
「そうだよ、さっき言ったこと、アルバトロスに謝ってよ」
「さっき、あなたは相当ひどいことをアルバトロスに言ってたよ」
「あの時は私、頭にきたよ! もうこいつ魔法で吹き飛ばそうって思ったもん」
僕がシャルロッテに罵倒されていた時、アヤはそんなことを思ってたのか。
シャルロッテが罵倒したのは僕であってアヤじゃないのに、
まるで自分が罵倒されたかのように怒ってくれるアヤ。
なんか、そういうのって、嬉しいな。
「だから、あなたはアルバトロスに謝らないといけないの!」
「わかる?」
「アルバトロス……ごめんなさい」
「心がこもってない! もう一度!」
「心をこめろって言われても、そんなの無理よ」
「だって私は、心の根っこのところで、
彼のことをそう思ってるもの」
「どうしようもない道化だと思ってるもの」
「なのに、心から謝れって言われても……ねえ?」
「…………」
アヤがシャルロッテのことをじっと見る。
憎しみをこめた、冷たい目で……
このままふたりを放置しておくと、まずいことになるかもしれない。
そう思った僕は、アヤをなだめることにした。
「アヤ、アヤは僕のために、僕のかわりにシャルロッテに
怒ってくれてるんだよね?」
「ありがとう。僕のために怒ってくれて」
「別に、アルバトロスのために怒ったわけじゃ……
いや、アルバトロスのためでもあるけどさ」
「本当のところは、私自身が、私のアルバトロスを
侮辱されたことに怒ってるだけだもん」
「だから、アルバトロスにお礼を言われることはしてないよっ!」
そう言って、彼女がにっこりと笑う。
「それでもお礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
「それでさ、アヤ、ちょっとお願いがあるんだけど……」
「なに?」
「この辺で、矛を収めてくれないかな?」
「このままふたりがぶつかりあっても、いいことは何もないし……
だから、ねっ?」
「まあ、アルバトロスがそういうなら……」
アヤは、「こいつを痛めつけられなくて残念!」って顔をしていたけど、
何とか引き下がってくれた。
さて、次はシャルロッテの番だ。
「シャルロッテ、僕からキミに言うべきことはひとつだけだ」
「それは……」
「それは?」
「僕たちと共に旅に出るつもりなら、それをキミの婚約者に説明してきてほしい」
「それで、キミの婚約者が納得したらそれでよし、もし納得しなかったら、
この話はなしだ」
「私は、彼が納得しようがしまいが旅に出るつもりなんだけど……」
「確かに、旅に出るかどうかはキミが決めることだからね。
婚約者といえどもそれを束縛する権利はない」
「だが、それならそれで彼ときっちり話し合いをしてほしいんだ」
「お互い納得行くまで、話し合ってほしいんだ」
「そうしないとダメだと、僕は思う」
「なぜ、あなたがそこまで彼の事にこだわるの?」
「それは私と彼の問題であって、あなたに関係ないじゃない」
「たしかに、それはそうなんだけどね」
「けど……結婚を約束した相手が、急にどこかに行ってしまったり、
他の男を連れて帰って来たりしたら、それは、すごく悲しいじゃないか」
「もう、何もできなくなるくらい、悲しいじゃないか……」
「そうなったら、レオナルドも誰かほかにいい人を見つけるでしょう」
「僕の事を捨てたお前を見返してやるー! とか言ったりしてね」
そう言いながら、シャルロッテがにこっと微笑む、
けど、僕は笑えなかった。
「確かに、そうなるかもしれない。彼女に捨てられたから別の女性を探す、
ということになるかもしれないし、自分を捨てた彼女と彼女の男に復讐してやる、
ということになるかもしれない」
「あるいは、捨てられたことを特に気にせずに毎日を過ごすのかもしれない」
「けど、もしそうならなかったら?
そうならなかったら、キミはどうするんだ?」
「そうならなかったらどうする? ってどういう意味よ」
「もし、彼がそれを受け入れてしまったら、
人間なんてこんなものだということを、
人生なんてこんなものだということを受け入れてしまったら、
キミは、どうするんだ?」
「それを受け入れてしまったら、どうなるの?
どういうふうに人生が変わるの?」
「何も変わらないよ。ただすべてを諦めるだけさ」
「こうなったのは運命だと、
生まれたことからこうなることが決まってた、
だから自分にはどうすることも出来ない運命だったんだと、
そう信じて、ありのままの世界を受け入れるだけ……」
「それは……すごくつらいことね」
「そうだよ、すごくつらいことだよ。一度そうなってしまうと、
もう何もできなくなるんだ。正確に言うと、
何かをするという発想すらできなくなる。
ただありのままを受け入れる、それ以外の発想が出来なくなるんだ」
「だから、そうなってしまった人間は、
ただ現実逃避だけをして生きるようになるんだ」
「だって、現実をありのままに受け入れるのは、あまりにもつらい事だから……」
「……アルバトロス、ひとつあなたに質問があるの。正直に答えてくれる?」
「うん、いいよ。なんでも正直に答えてあげるよ」
「アルバトロス、あなたは、人生なんてこんなものだということを、
人間なんてこんなものだということを、受け入れて……しまったの?」
「そうだよ。僕は受け入れた。人生なんてこんなものだということを、
受け入れてしまったんだ」
「あの日、ユウコがレオンに身も心も捧げたときにね……」
「そう……」
「…………」
「けど、今のあなたは全てを諦めているようには見えない」
「さっきアヤと話している時もそうだし、モンスターと戦っていた時もそう」
「すべてを諦めた人間は、もっと瞳の色が濁っているもの、
けど、今のあなたはそうじゃない」
「それは……なぜ?」
「……あるひとりの老いぼれが、僕に幻想を見せてくれたから」
「だから僕は、すべてを受け入れるのをやめて、
風車に立ち向かうようになったんだ」
「その人が、風車に立ち向かったのと同じように……」
「風車に立ちむかった老いぼれの騎士……」
「それはもしかして……ドン・キホーテのことを言っているの?」
「そうだよ。僕はドン・キホーテに色々なことを教えられた」
「だから僕は、もう一度立ち上がることができたんだ」
「ドン・キホーテのようにね」
空を見ながら、遠い目をして語る僕を見たシャルロッテは、
ふうっとため息をつき、こう言った。
「あきれた……あなたには本当にあきれた……」
「あきれたのかい?」
「当たり前よ! ドン・キホーテって物語の登場人物じゃない!」
「そんなものに幻想を見せられたとか、色々なことを教えられたとか、
あなた、あたまおかしいんじゃないの?」
「たしかに、それは否定できないね」
「けど……あの日、ドン・キホーテが僕に幻想を見せてくれなかったら、
僕は今でもレオンの召使をしていたよ」
「アヤだって、今どうなっているかわからない」
「レオンにひどい目にあわされて、心を壊しているかもしれないし、
起こったことはしょうがないと開き直って、
レオンのハーレムに入っているかもしれない」
「けど……そんな未来は引っくり返された!」
「ドン・キホーテが、そんなクソみたいな未来を引っくり返してくれたんだ!」
「だから今、僕はキミの前にいる」
「ドン・キホーテの薫陶を受けた、一人の騎士としてね」
僕の本音を聞いたシャルロッテは、僕の目をじっと見据えてこう言った。
「……アルバトロス、あなたがなぜそんなふうになったのか、
あなたという人物が、本当はどんな人物だったのか、
そういうことが、よくわかったわ」
「それで、キミは僕のことをどう思ったんだい?」
「僕に、どういう評価を下したんだい?」
「……アルバトロス、あなたは道化よ。
それも、どうしようもないレベルの道化」
「決して、ヒーローや勇者になれない、愚かな道化」
「けど……あなたは、何もかもを諦めて、
ただうずくまっているだけの道化じゃない」
「風車に立ち向かう道化なのね」
「私は、そんなあなたのことが嫌いじゃないわ」
「……さっきは、僕のこと嫌いだって言ってなかった?」
「評価を変更するわ。昔のあなたはともかく、
今のあなたは嫌いじゃないわ」
「男性としては、魅力ゼロだけどね!」
そう言いながら彼女は、いたずらっぽく微笑んだ。
おとぎ話の、天使のように。




