僕は一人で戦っているわけじゃない
「マッドオーガ……なんでこんなところにこんな面倒なやつがいるのよ」
マッドオーガは、全長が3メートル以上ある巨人だ。
その大きな体から繰り出される攻撃は、
並の冒険者を一撃で戦闘不能にする。
それだけでも十分危険な存在だと言えるが、
このマッドオーガの危険性は他にもある。
それはタフさだ。
この鬼はとにかくタフなので、
ちょっとやそっとの攻撃では倒すことができない。
そのマッドオーガが目の前にいる。
これはまずいことになった……
「アヤ、シャルロッテ、こんな危険なやつと戦っていられない。ここは逃げよう」
「そ、そうだね」
これは相手が悪い、そう判断して僕たちが逃げようとすると……
マッドオーガがこちらを見た。
やばい! 気付かれた!
「こうなったら戦うしかないわ! いつものパターン通り行くわよ!」
いつものパターンで戦うって……
奴の攻撃を僕が一手に引き受けるのか?
一歩間違えたら即死しそうな相手と戦うのは
さすがに怖い……
だめだ、手が震えてきた。これは無理だ……
僕は勇者レオンじゃない、ただの負け犬の道化だ。
だから僕には、絶対に無理……
「……だいじょうぶだよ。アルバトロス」
「あなたの後ろには、私がついてるからねっ!」
そう言って、彼女は無邪気に笑った。
そうだった。僕は一人で戦っているわけじゃない。
僕の後ろにはアヤがいる。
そして騎士は、たったひとりのヒロインのためなら、
命をかけて強敵と戦うことができるのだ。
そうでしたよね。騎士の中の騎士、ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ……
「エアリーシールド!」
シャルロッテが僕に空気の結界を張ってくれた。
「アルバトロス。ここにあなたがいたら
私たちは一網打尽にされるわ! 急いで!」
確かに、それはその通りだ。ここで皆が固まっているのはまずい。
僕は急いで、マッドオーガのもとに走る。
速い……今の僕は、いつもより速い。
これならいける!
全力で駆け出した僕は、全体重をのせて、
会心の一撃を加える!
「これでどうだああっっっ!」
ザシュッ! 僕の一撃がマッドオーガの体に直撃する。
マッドオーガは、怒りの表情を僕に向けた。
ここまでは想定通りだ。
後はやつと鬼ごっこをして、時間を稼げばいいだけ……
そんなことを考えていると、
マッドオーガが大きく腕を振りかぶり、その腕をたたき落としてきたので、
それを僕はひらりとかわし、カウンターで一撃を加える。
たいしたダメージは与えられてない。だけど、それでいい。
こうして時間を稼いでいけば、後は……
「アルバトロス! どいて!」
後ろからアヤの声が聞こえる。準備ができたということだろう。
なので、僕は急いでマッドオークから離れ、アヤの一撃を待つ。
「フォトン・キャノン!」
白い閃光が、マッドオークの体を直撃する。
いくらマッドオークと言えども、この直撃をくらえば……
しかし、マッドオークは立っていた。
「う、うそだよね……こんなの、ありえない……」
「ちょっと!ぼーっとしないでよ!戦闘中よ!」
「う、うん……」
!?
その時、マッドオーガはアヤたちの動揺を見逃さず、突撃をかけてきた。
これはまずい……
「ファイアーボール!」
シャルロッテが火の玉をぶつけて追い討ちをかけるが、
マッドオーガの突撃は止まらない。
なんてタフなやつ……
こうなったら、やれることはひとつしかない。
僕は、突撃するマッドオーガの、さらに後ろから斬り込みをかけた。
問題は、マッドオーガに追い付くことができるかだが……
体が軽い、これなら間に合う!
「くたばれええっっっ!」
僕は、マッドオーガの後ろからぶちかますように斬りつける。
一撃!二撃!三撃!四撃!
まだだ……相手が倒れるまでぶちこみ続けろ!
おとぎ話の……騎士のように!
僕は、ひたすら無我夢中に剣をぶちこみ続けた。
すると、マッドオーガの動きが止まる。
これだけの攻撃を受けて、やつも苦しんでいるんだ。
だったら、あと少しで……
「アルバトロス。もう大丈夫だから逃げて!」
その声を聞いた僕は、マッドオーガからすばやく離れた。
その後、マッドオーガは白い閃光に飲み込まれ、
そして、倒れた。
「……やったか?」
「いちおう、剣であちこち突き刺して様子を見てみたほうがいいんじゃない?」
「そうだね」
その後僕は、倒れたマッドオーガに追い打ちをかけてみるが、
特に反応はなかった。
本当に死んでいるんだろう。
「アルバトロス、やるじゃない。見直したわ!」
そう言いながらシャルロッテが僕に近付いてくる。
「あそこであなたがマッドオーガの突撃を止めてくれなかったら、
私かアヤのどちらかが死んでたかもしれない」
「それを止めてくれたことには、本当に感謝してるわ」
「ねえ、アルバトロス。あなたって……」
「結講、素敵な男よね」
シャルロッテが僕に近付いてくる。どんどん近付いてくる。
そして、腕を組んでくる。
こ、これは……
「こらーっ! 何してるのふたりとも! 近い! 近すぎるよっ!」
そう言って彼女が僕に詰め寄ってくる。
いや、キミの方が近いんだけど……
「……まあ、今日のところはこの辺にしてあげるわ。」
「アルバトロス、アヤ、今日のところはこれで帰りましょうか」
「う、うん」
「わかったけど、シャルロッテ、ちょっと今のはだめだよ」
「あそこまでアルバトロスに近付いていいのは、私だけなんだからねっ!」
「はいはい。わかったわよ」
「むう……」
そんなやりとりをしながら、僕らはエル・ダバーに帰った。
「じゃあ、私は家に帰るから。また明日会いましょう」
「うん。じゃあアルバトロス。私たちも宿に帰ろう」
「そうだね。その前にちょっと寄りたいところがあるから、アヤは先に帰ってて」
「わかったけど……不埒なことはしちゃダメだからね!」
彼女は、びしっと指を突きつけて、僕にそう言った。
いったい僕が何をするつもりだと思っているんだろう。
僕はただ、この村の景色を眺めながら考えごとをしたかっただけなんだけどね。
そうして、僕が彼女たちと別れ、村の散策を始めると……
近くにいた地味な男が、僕に語りかけてきた。
「あの、そこの人。すいません」
「あなた、さっきまでシャルロッテと一緒に外で戦ってた人ですよね」
「そうだけど……それが何か?」
「僕はこの村の住人で、
レオナルド・アルペンハイムと言います」
「その、シャルロッテの婚約者です」
「……えっ? 婚約者?」
「はい。そうです」
シャルロッテに婚約者がいるなんて聞いてないけど……
「それで、その婚約者さんが、僕に何の用ですか?」
「その、もしあなたがシャルロッテに何の感情も抱いてないなら、すいません」
「僕の言うことは無視して頂いて、かまいません」
「けど、もしそうでないのなら……」
「そうでないのなら?」
彼は、その黒い瞳で僕のことをじっと見つめて、こう言った。
「僕は、シャルロッテのことが大好きです。小さな頃からずっと一緒だったし、
これからも一緒にいたいと思ってます」
「僕にとって、彼女は、おとぎ話に出てくるお姫さまのようなものなんです」
「だから、誰にも手を出してほしくありません」
「それだけ、言いたかったんです。それでは、失礼します」
言いたいことを言うと、レオナルドはどこかに駆けて行った。
シャルロッテには婚約者がいるのか、それは知らなかったな。
別に、彼女とどうこうなることはないと思うけど、
まあ、一応覚えておこう。
それから2週間ほど、僕たちはエル・ダバー近辺の
モンスターをひたすら狩った。
(マッドオーガが出てくることはなかったが)
中堅クラスの危険モンスターが何度も出てきたが、
上手く連携をとって、仕留めることができた。
たまに僕がへまをして、怪我をすることもあったが、
シャルロッテが回復魔法を使って癒してくれた。
「あなたが怪我をしても、私が癒してあげるからね」
と言いながら……
その時、アヤが凄い目つきで僕を睨んでいたが、
気にしないことにした。
別に、僕とシャルロッテの間には、何もないしね。
そして、さらに1週間の月日が流れた……




