プロローグ
劇場デビューしてからずっと可愛がってもらっていたセブンダットマンさんから解散すると聞いたのは芸人グランプリ三回戦の結果が出てすぐだった。
「俺ら解散するわ」
いつもの安くて汚くてうるさい居酒屋で、いつもなら別々に誘ってもらうセブンダットマンさんが珍しくコンビで俺らと酒を酌み交わそうなどと言い出した時点で何かおかしいとは思っていた。
「マジっすか?」
聞き返す俺とは相反して、隣にいた相方徳家が神妙な顔をして「そうっすか……」と呟くように返す。
「いやぁ、今回ダメならやめようって話しててな」なぁ?とセブンダットマン多田さんは自らの相方である寺嶋さんに確認するようにそう言った。
「俺たちもいい歳だし、多田も俺も結婚したしな」
どこか寂しそうだが、にこにこと人の良さそうな寺島さんが言葉を繋げた。
「芸人やめるってことっすか?」
隣で徳家がいつもの冷たくすら聞こえる冷静な声色で聞くと、二人は「そういうことになるなぁ」と答えた。
「お前らにはちゃんと報告しとこうと思ってな」と多田さんはいつものように明るく言う。
「おめでとうございます」
こういう時にどう言って良いのか経験のない自分はなんでか知らんがお祝いを口にしてしまい、三人一気に「なんでだよ!」とツッコんできた。その勢いに驚いて目を丸くして固まると一瞬の静寂の後に全員で大爆笑する。どこかしんみりしたような空気はそれで一掃されて、いつもの飲み会になった。
「それじゃあ、今月いっぱいは劇場には出るからよろしくな」
帰り際にセブンダットマンさんはそう言って別れた。
最寄り駅が同じ方向の相方と暫く無言で歩いて電車に乗ったが、降りる駅の手前でぽつりと「俺ら、2回戦で駄目だったよな」と漏らしてしまう。相方はちらりと俺の顔を見たがなにも言わず、その内に俺の降りる駅となった。
立ち上がり降りようとする俺に「安立、明日ネタ作るからな」と徳家は声をかけて来た。
「お、おう……」と降りながら返答し、徳家の顔を見たが下を向いていて表情はよく分からなかった。
プシューという音とともに閉まり、発車した相方の乗る車両を暫く目で追った。
「明日、何時だよ」
ぼそっとツッコんで電車の音にかき消えた声をそのままに帰路につく。
道すがらモヤモヤと考えるのは芸人という仕事についてだった。
芸人に憧れて、高校の同級生だった徳家と養成所に入ったのは大学生の時だった。
親にはなにも言わず、二人でコンビを組んで芸人になろうと高校時代からアルバイトしながら貯めた金と、親元を離れて二人揃って東京の大学に進学して二人暮らしをしながら大学よりバイトに精を出して、なんとか養成所に通った。
養成所に入るまでは俺たち以上に面白いやつなんかいるわけがないと盛大に自惚れていたが、そんなものは自惚れですらないナルシストで、あぁこいつはきっとすぐ売れてくんだろうなぁ、なんて素直に感心してしまう思うコンビなんかがいて、でもここでしっかりやっていけば俺たちだって売れる事ができるんだと期待して、養成所を出て芸人になった。
結局それからもう10年経つが、全く売れてない。
大学も中退し、親ともいっぱい喧嘩をして始めた芸人業になんとかしがみついているのは意地だ。自分達は面白いという揺るぎない意地がこの状態を続けさせている。
相方の徳家はこの状態にどう思ってるのだろうか、とふと思う。
高校の時からあまり表情を表に出さず、多くを語らない徳家だが、笑いのツボみたいなものが合って、徳家となら売れると思ったし、徳家の書くネタは最高だと思うが、あいつは現状について、そして俺についてどう感じているのだろうと考える。
新しくネタ作りをする意思を見せたということは少なくともまだ一緒にやってくれるのだと理解は出来る。
「……早く売れてぇなぁ」
いつの間にか到着した我が家のドアを閉めながら呟いた。