社畜の飲料
ガラァゴォン
この音だ。
少々値が張っても、この感覚がインスピレーションをくれる。
「朝はコーヒーに限りますね。2本目ですけど」
「自販機でコーヒーを買うのな。さらに駅の中の自販機は高いだろ」
七三分けのサラリーマン風の男。伊賀吉峰は、コーヒーが好きである。そして、お酒も好きである。
シュポッ
「そりゃ、働く者達にとって、朝のコーヒー。夜のお酒は外せないのでは?」
「一般的にそうだな。お前、意外と庶民派だな」
「裏社会のボスでも、1人の人間ですよ。というか、私を大悪党みたいな言い方、辞めてくれません?王くん。社長とか会長とか、そんな現実的な悪の親玉で」
伊賀の護衛に付くのは王來星、陳九千、キャム・パテルマンの3人。中華の裏社会を牛耳る伊賀であるが、彼の味覚と感覚は一般的のそれに近い。
ゴキュゴキュ
「ぷはぁー」
「あのぉ、伊賀さん。毒とか入っていたらどうしたのです?」
「陳くん。コーヒーにしろ、お酒にしろ。食べる物全てが毒でなく、毒なんですよ」
「そーですけど」
「ちゃんと食べて消化し、働ける体作りをする。体調管理をする。それが社畜の基本動作です。あなた方を管理する私も、あなた方と同じにならねばいけませんし」
そんなに量がない缶コーヒーを一気飲み。そして、自販機に備えられたごみ箱にポイッ。人にはよくある、日課や習慣は批難するもんじゃない。やりたいことでちょっとカッコつけて、自分がそこで、ほんのちょっと背伸びした快感を持ち。今日を精一杯生きようではないか。
「つーか、伊賀」
「なんです?キャムさん」
日本人、中華系の3人とは違い。キャムは東南アジア側の人。焼けた肌の女性は、伊賀に嫌味っぽくとあることを批難した。
「缶コーヒーって旨い?馬鹿みたいに高いし、量は少ないし。味は苦いは泥っぽいわ」
「おや?泥っぽいですか?キャムさんって、泥まで食べた事があるのですね。ご理解されるとは」
「っ!……例えだよ!バーカ!」
口喧嘩で伊賀に勝てるとしたら、思いつくのは1人だけであった。
ともかく、コーヒーにしろ。お酒にしろ。タバコだってそうだろう。こんなの何がイイのだと!思う人はいるものだ。オタク趣味だって、キモられる事だってある。
ま、そんなの。個人の価値観。文字や言葉、声で伝えたところで、ちょっと良い人気取った。あるいは、
「支配したい声ですね」
「は?」
「人の価値を否定するって、自分の色で誰かを支配したい隠れた欲求でもあるんですよ」
恥じる事でもあるが、それはお互い様。
自分の意見を大衆の中でデカい声にしたり、見てくれる掲示板で書き込んで。人は、所詮、向かい合ったら他人でしかないのに。
「ま、健康に響いたら控えましょうかね?特にお酒の量は」
そーいう理由で続ける習慣を止めることもある。ちょっと、悲しく。でも、そーいう捨てるも生きた社会人ってものか。
「ところでコーヒーを馬鹿にするとは許せませんね」
「高ぇもん買って、飲むもんじゃないでしょ。ましてや缶コーヒーなんて。もっと違うの飲む」
「100円程度で高いとは、お財布が固いのか?それとも貧乏なのか。測りかねますね」
「100円の価値はねぇーでしょ!ましてや自販機!買うなら違う、レッドブルとか!」
「駅前でくだらない口論するな。お前等……。陳」
「”サイレント”」
コーヒーの好き嫌い程度の話で、駅の中に響き渡る声はよろしくない。陳は、能力を使って、周辺の音を相殺する力を発動した。これで伊賀とキャムだけの言い合いになる。
面倒な話は聞かない王と陳。
「コーヒーとは!目覚めたばかりの心と体に刺激を与え、活性化させる飲み物なんです!そこらの炭酸飲料と一緒にしないで頂きたい!」
「バーカ!レッドブルやモンスターエンジンみたいな、刺激ある飲み物で起き!野菜ジュースで栄養を整えるでしょ!普通!!」
「そーいうのは飲み物ではなく!ちゃんとした食事で補給するべきです!卵、パン、サラダ、スープ、ヨーグルト、牛乳!あるいはご飯、魚、ひじき、お味噌汁といった!バランスのとれた朝の食事は、私が理想とする社会に住む人々全員に義務付けさせます!」
「なに人の食生活にまで介入するの!そんな支配者願い下げ!飯は好きなもん食ってなんぼ!」
「そー思うのならコーヒーを馬鹿にするのは良くありませんよね!」
「あんたもエネルギー飲料を馬鹿にしてたでしょ!?」
「私はしてませんよ!!ただ、それだけで朝から昼までの労働なり、活動なりを行うにはエネルギーが足りないのですから!食事、睡眠、身嗜みの手入れ、お風呂!生活の中で疎かにする奴はいただけませんね!そーいうことをですね!」
「お前はずっと前から気に入らないと思っていたけど!今日やるか!」
「いいでしょう!」
なんで缶コーヒー程度で暴れることに発展するんだよ。
「……お前等、昼は何が食いたい。俺が奢ってやるから戦うのは止めろ。周辺に迷惑だ」
王はキャッシュカードを掲示して、不毛な争いを収めた。