黒き石 ─happening─
海に行った日から二日。
セレネはあるものと戦っていた。
「ちょこまかと、うぜえ。気安く、血ぃ吸ったこと、死を以って、償え…ッ!」
夏の代名詞────蚊である。
「はぁッ!」
たかが蚊如きに魔法まで使っているが、それでも倒すことができない。
「睡眠妨害、及び、窃盗の、罪、さっさと、償え…ッ!」
────夜の十時半
魔法の詠唱や効果音など、その他諸々の所為で近所迷惑極まりないが、
「当たれ…ッ!」
んなこたぁ知るかと言わんばかりの熱い戦闘を繰り広げられている。
だがその熱い戦闘は唐突に幕を閉じる。
「ただいまー。」
龍一氏の帰宅である。
「リー、聞いてほしい。あいつ、退治して。」
「その前に訊いていいか? どうしてこうなった。」
帰宅した龍一の目に映った光景、それはまさに空き巣被害に遭った家そのものだった。
「あいつ、悪い奴。罪状、迷惑防止条例違反、及び窃盗。脳内略式裁判に於いて、満場一致、被告、蚊、死刑ッ!」
オーケー落ち着こう。落ち着いてまず理解しよう。
迷惑防止条例違反。現在時刻、午後十時三十四分。あーなるほど。普段ならセレネは十時には寝ているから、睡眠の妨害をされたと。どうやら自分のことなど知ったことではないらしい。
窃盗。セレネをよく見ると、そこかしこに虫刺されの痕がある。つまり、勝手に血ぃ盗みやがってお前許さんぞと。
で、全独断と偏見によって裁判にかけられた結果、被告には死がお似合いだッ!と。
そんでもって戦争が始まったと。
オーケー理解した。
とりあえず蚊が可哀想に思えたので窓を開けて逃がしてあげた。
様々な抗議の声が挙がったが、龍一はそれらを悉く無視した。
■□■□■□
翌日。
「さて、片付けるか。」
龍一の朝一番の仕事。それは、問題児が起こしたことの後処理。部屋の掃除&片付けだ。
部屋には机の上にあった物などが散乱していて、足の踏み場もない状態だ。
所々見かける透明なクリスタルのようなそれは、セレネが魔法で作り出した氷だろうか。一晩経っても溶けていないというのは驚きだった。
結局、部屋の掃除だけで午前が過ぎてしまった。
ところで…
この事件を起こした張本人、セレネは何処かというと…
「セレネー、そろそろ起きろよー。既に半日過ぎてんぞー。」
なんと寝坊かましてやがる。
だがその呼び掛けに反応してか、セレネは起き上がり…
「謎、解けた。」
と言った。
龍一は、セレネの謎な行動が一切解けずに固まるしかなかった。
「…どうしたんだ?」
「二日…訂正、三日前、海で拾った、変な石。あれの正体、解った。」
「あー、そんなのがあったっけか。で、それがなんだったの?」
「あれ、地球の物じゃ、ない。異世界の物。」
その答えこそ謎過ぎて龍一は一瞬固まるが、それをおさえてなんとか理解しようとする。
「何でここに異世界の物があんのさ?」
「それ、謎の入口にして、最大の、強敵。でも、もし絶対できない、となって、しまえば、ボク、どうやって、ここに来た?」
ああそっか。確かに異世界の者が目の前にいるのに異世界の物があることを完全否定するのはむりがある。
そしてセレネはそれに、と続ける。
「元の世界、時空の歪み、観測してた。数年に、一度だけ。そして、その度に、行方不明者、出てた。たぶん、ボクと同じ、ように、どこか、飛ばされた。ついでに、ボクが、ここに来た日、計算で、求めた結果、時空が、歪んだ日だった。」
「…時空が歪む、ってどういうこと?」
「世界の、時間軸が、曲がったり、戻ったり、すること。曲がった結果、地球の、時間軸と、一瞬だけ、刹那の時間だけ、一部が、重なった、と推測。」
「なんとなく理解した。つまり時空が歪んで世界の時間軸が重なったところに何らかの干渉があるってことか?」
「そう。で、二つ目。これが、なんなのか。」
その石が来た経緯はなんとなく解った。でもそれがなんなのかは解っていない。と。
ただの石なんじゃないのか?と龍一が言うより早く、
「魔石に似てる。でも、力強すぎ。だから、たぶん《精密術式》。」
「オーパーツって何だ?」
「《精密術式》は、人が作れないもの。どんな凄い術者でも、決して編めない、複雑な、術式が、編まれている。」
「で、それはどんなオーパーツなんだ?」
「時空を歪ませるもの。たぶん。これの術式、少し覗いたから、たぶんあってる。」
「どうやって使うの?」
「血。血を、代償に、する。」
物騒なもんだなと思ったが、時空を歪ませるには当然の対価か。
「で?それをどうすんだ? 帰るのか?」
「持っておく。まだ、帰る気は、ない。」
セレネの帰還法が解ったところで今回はここまで。
次回はちょっと日付を飛ばしたところからです。
次回 最終日 ─New...─