出会い ─Beginning─
龍一→本作の主人公。
龍一は高校に通うため一人暮らしをしている。
実家から高校までは電車を使えば通えない距離ではないのだが、面倒くさがりな龍一は引っ越しした。
部屋に一つしかないベッドに少女を寝かせ、汚い部屋の掃除を始めた。
…汚いとは言っても、床にゴミはないし、ある程度片付いてはいる。
───
掃除を始めてから十分程度経った頃、
「へっくしゅんっ!」
「お、目が覚めたんだね。」
「…ここ…どこ…あなた…誰…?」
「俺は河原龍一。そしてここは龍一の家。」
「なぜ、ボク、は、ここ、に?」
「雨の中道に倒れてたから心配になって。もう大丈夫?」
「問題、ない。…倒れてた…つまり、負け、た?」
少女はどこか不安そうな顔をしてそう呟いた。
「負けた、ってどういうこと? 何か勝負でもしてたの?」
「勝負、なんて、簡単な、もの、じゃ、ない。戦争。」
「戦争? 何時の時代の話だし。日本じゃそんなのないよ。」
「ニホ…ン…?」
と、少女は首を傾げ質問する。
「この国の地名さ。日本を知らないって、君はどこから来たの?」
「エルカディア帝国。」
…何処だよ、聞いたことない地名だな。
「…何処そこ。」
「何故、知ら、ない?」
何故と言われても…知らぬものは知らぬ。
まさかアレか? ファンタジー小説とかでよくある異世界出身とかか? なら、
「あ、わかった。一回外を見てみてよ。」
「外…?」
少女は体を起こし、窓の外を見た。
「何処…此処…」
「その、多分アレだ。"異世界" ってやつだ。」
「そう…」
「結構すんなり受け入れるんだな。」
「焦っ、た、ところ、で、何も、解決、し、ない、」
「そう。」
「服、冷たい。着替え、欲しい。」
そういえば着替えさせるの忘れてた。
「ああ、ごめん。男物しかないけどいい?」
「かまわ、ない。その、代わり、早く。」
龍一は適当な服をクローゼットから引っ張り出して少女に渡した。
「俺は後ろ向いてるから、その間に着替えて。」
「何故、後ろ、を、向く?」
「何故って、そういうもんじゃないのか?」
「この、世界、の、こと、は、よく、わから、ない。」
龍一は後ろを向いているから見えないが、おそらくキョトンとした顔で首を傾げているだろう。
「だから、教えて、欲しい。」
「ああ、いいよ。ただし明日な。」
「…ニート。」
「に、ニートじゃないから! ちゃんと学校行ってるしバイトもしてるから!」
「今日無理な理由は、バイトがあるから。飯食ったら行かなきゃなんない。」
■□■□■
「何、し、て、る?」
「料理。」
「鍋、の、中、の、もの、何?」
「スパゲティ。」
「美味しい、もの?」
「勿論。俺の大好物。」
料理する姿を人に見られるのは調理実習以来だから少し緊張する。
「そうだ、タラコとトマト、どっちがいい?」
「わから、ない。タラコ…? トマト…?」
「そうか。」
なるほど。エル…なんとか帝国にはこの2つがない。か、それとも名前が違うらしい。
───
「できたから食おうか。」
結局両方作った。食べ比べでもしてもらおう。
「いただきます。」
「それ、は、何? 何、か、の、呪文?」
「儀式みたいなもんだ。食材とその生産者、調理師やその他諸々に感謝する儀式。」
「なるほど。いただき、ます。」
───
「ごちそうさまでした。」
食べ終え、ふと時計を見るとバイトの時間が迫っていた。
「俺、もう行かなきゃなんないや。帰ってくるまで暇だろうし、これ読んどけよ。」
「これ、は?」
「辞書。この世界の大全みたいなもん。」
「わかっ、た。」
「ところで、文字読めたっけ。」
「覚える。大丈夫。」
そう ── とだけ言い残して、龍一はバイトへ向かった。
■□■□■
「ただいま。」
「…読み、終わっ、た。」
へ?
読み終わった…だと?
龍一が渡した辞書を?
「此方、の、世界、興味深い。」
この世界に比べたらよっぽどあんたの方が興味深いよ。
「それ、と、お腹、空い、た。スパゲティ、食べ、たい。」
「…材料がないから他のでいいか?」
「問題、ない。」
───
「ところでさ、まだ名前訊いてなかったよな。」
「ボク、は、セレネ。セレネ・オーテム・イシス。セレネ、と、そう、呼んで。」
「セレネ、か。」
龍一がセレネと呼ぶとにっこり笑ってリビングに行った。
…そういえばさっきから部屋が微妙に暗いんだが、電気が切れたのだろうか。…つい先日替えたばかりだぞ?
ふと電球を見ると、電球は "光っていなかった"。
「…え?」
「どう、か、し、た?」
首を傾げ、"疑問" と書かれたような顔で龍一をみる。
「えっ、何で電気点いてないの?」
「電気…電灯、電気エネルギー、を、使っ、た、明かり…?」
辞書を暗記したようにセレネが言った。
「そう。何で電気点いていないのに明るいの?」
「魔法、使っ、た。消す?」
そういえば、とセレネは異世界人だったことを思い出す。
「い、いや大丈夫。」
もう、なんでもいいや。内心そう呟く。
───
「飯できたぞ。」
「それ、何? いい、匂い。」
「ご飯と味噌汁、あとホッケの開き。」
「美味し、そう。いただき、ます。」
「いただきます。」
「ところでさ、ずっと魔法使ってて疲れないの?」
「全然、平気。こう、見え、て、ボク、全線、で、戦っ、て、た、魔術師。世界、で、上、から、二番目、の、実力。」
「二番目?!」
「そう。一番、は、母。母親、には、誰、も、勝て、ない。」
「…凄いんだね。」
■□■□■
問題発生。
飯を食べ終え、寛いでいた龍一達だが、もう時計の針は二十三時半を回ろうとしている。そろそろ眠くなってきた。
寝ようと思ったが、一つ問題がある。
「…布団、一人分しかないや。」
そう。龍一は一人暮らしをしているため、ベッドは一つしかない。勿論布団も一枚しかない。
それに夏とはいえ、未だに夜は少し冷える。
…アレしかないのか?
…これは運命なのか?
「どうす…る……って寝てるし。」
ついさっきまで起きてたのに、もう寝ている。
普通緊張して寝れないとかあるのではないだろうか。
セレネはほんの数秒で爆睡してしまった。これはもはや、ネレネ(寝レネ)と呼んだ方が正しいんだろうか。
仕方なく、セレネ、もといネレネをベッドに寝かせ、龍一は床に寝ようと思ったが、思ったより寝にくかったので一緒にベッドで寝ることにした。
次回 意欲 ─Learning─ (予定)
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