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sub.08 現実からの逃避

 小さなころ、歩羽にはどもり癖があった。


 人と話そうとしてもうまく言葉が出てこず、すぐに口ごもってしまう。


 同級生とのグループの輪でもほとんど話さず、たまに口を開いてもなにを言っているのか理解されない。


 しだいに人と話すことが苦手になり、性格も後ろ向きになった。自分に自信がなくなり、さらに話すことができなくなり、消極的な考え方がしみつく。悪循環だった。


 ひとつ年下の妹は、そんな歩羽とは真逆の性格で、だれとでもすぐに仲良くなれる、明るく社交的な性格だった。


 両親――特に父親からは、妹を見習って他人と積極的に話すよう会うたびに言われた。だが妹と比較され、引け目を感じてしまい、歩羽はさらに落ちこんだ。


 それでも、なんとかしたいと思った歩羽は、がんばって同級生に話しかけようとした。だがどうしてもあと少しの勇気がもてず、教室では口をつぐむばかりだった。


 それならばと、歩羽は考え方を変えて、同級生が話しかけてきやすいように工夫をこらした。奇抜な髪飾りをつけてみたり、教室でむやみに笑顔をふりまいてみたり、スマートフォンに珍しいケースをつけてこれみよがしに置いてみたり――。歩羽なりの努力だったが、どれも空回りで、逆に同級生からは「なにやら個性的で近づきにくい存在」として扱われていった。


 なにをやってもうまくいかない。その事実は、歩羽の心から自信を奪い、ネガティブな思考を固定させていった。




 祖母の家をひさびさに訪れてから数日が経つも、歩羽の状況はまるで変わらなかった。


 一向に空を飛べる様子もなく、三センチだけ宙に浮いたままの生活。


 自宅では部屋にこもりがちで、学校ではしばらく続く体育館での授業前にいつも体調不良を訴える日々が続く。


 どうすれば飛べるのか。それよりもこの中途半端な力をどうすれば消せるのか。次に女神が夢に出てきたら必ず聞こうと歩羽は毎夜身構えていたが、あれからいくら眠っても、歩羽の前に女神は現れてくれなかった。




「ちゃんと空を飛べるようになるわよ。自分の殻を破れば、ね」


「空を飛べるかどうかは、あなたしだい」




 女神の残した言葉が、歩羽の頭の中で堂々めぐりを続けている。


 自分の殻を破れば――。


 いったい、どうやって――?


 もう一度だれかに告白すればいいのだろうか。自分から他人に話しかけるようにすればいいのだろうか。もっと妹みたいに社交的になればいいのだろうか。


 いろいろ考えるも、どれも決定打とは思えず、それだけに実行する勇気も湧いてこない。そんな自分が嫌になり、歩羽は後ろ向きな考えにいつまでも終始していた。


 そんな毎日が、歩羽に苦い記憶を思い起こさせた。


(……どうせなにをやってもうまくいかないよ)


 結局その日の下校中も、歩羽はとぼとぼと力なく歩きながら、ひとりうつむいていた。


(そういえば小学生のころだって、朝顔を育てたら自分のだけ芽が出なかったし……)


(中学生のときは、修学旅行で自分だけ一枚も写真に写っていなかったこともあったなぁ……)


(少なかった友だちも、みんな転校したり、不登校になったりしていなくなって、結局高校ではボッチだし……)


(私はそういう星のもとに生まれてきたの。光り輝くものは全て妹にもっていかれたの)


(私はただのできそこないなんです。そういう人間なんです)


 ネガティブな思考で自分を追いつめ、気持ちの谷底へと自ら転がっていく歩羽は、思い出したようにつぶやいた。


「……おばあちゃんのところにいこう」


 自分の唯一の居場所。自分の存在を認めてくれる人がいるところ。


 祖母の家に行き、甥っ子と過ごすことが、いまの歩羽にとって唯一の心の支えだった。


 ただ現実から逃げているだけ。殻を破ることに対する結論を先延ばしにしているだけ。


 頭をよぎるそんな言葉をふり払い、歩羽は祖母の家に方向を変えて歩き出そうとした。


 そのとき、前方からやってくる二人の高校生の人影に歩羽は気がついた。


「あ、おねえちゃん」


 左にいた女の子が声をかけてくる。見るとそこには、長い髪をツインテールにまとめた大きな瞳の女子、妹の光里の姿があった。


「ひかり? あっ――」


 そしてすぐ、歩羽の視線は隣の男子に移る。


 光里の横にたたずんでいたのは、いまは妹の彼氏となっている、同級生の男子。


 毎日教室で見かけるのに、あの日の出来事を思い出したくないため、なるべく視界から外していた男子。


 できれば忘れたい、でも決して忘れられない元図書委員、上室篤が、そこにいた。


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