sub.04 女神さまのヒント
「どう? すごい力でしょ」
再び歩羽の夢に現れた女神は、満面のどや顔だった。
歩羽はあらん限りの罵詈雑言をあびせてから、怒りにふるえる眼で女神をにらみつけた。
「ひどーい。そんな怖い顔しないでよ~。ちゃんと空飛んでるでしょう?」
大人びた外見と異なりどこか軽い口調の女神に、歩羽は脱力しそうになる。
「ちょっと浮いただけで空を飛んだことにはならないでしょ! こんな力、無いほうがマシよ!」
「えー、せっかく普通の人間には絶対に手に入れられないすごい力を与えてあげたのに、ひどいこと言うのね。もうすねちゃお。ぷんぷん」
「カワイコぶったってダメ!」
「ちょっと浮くだけでも立派な超能力でしょ? 空を飛ぶことにもっと寛容になったらどうかしら」
「三センチ浮くことが空を飛ぶことになるのはあなたのふざけた頭の中だけよ! この拡大解釈魔!」
「かくだいかいしゃくま? それはなにかの呪文かしら」
「もういい……」
ガックリとうなだれる歩羽に、女神もさすがに心配そうな顔をした。
「ま、まあまあ、人間生きていればつらいこともあるわよ。だから落ちこまないで。ね?」
「あなたのせいでこうなってるんですけど……」
「だいじょうぶだいじょうぶ。そのうちちゃんと飛べるようになるから」
「どうせ『明日には六センチ浮いてるから』とか、そういうのでしょ」
完全にいじけてしまった歩羽に、女神は困った顔のまま苦笑する。
「ちがうちがう。ちゃんと空を飛べるようになるわよ。自分の殻を破れば、ね」
「自分の、から?」
ようやく顔をあげる歩羽に、女神は端正な目元をわずかにゆるめ、含みをもたせるように告げた。
「そうよ。空を飛べるかどうかは、あなたしだい」
「それは、どういう――」
歩羽が訊こうとしたところで、女神の姿が急に薄れていく。
「まって!」
手を伸ばして呼びかけたとたん、周りの景色がベッドを囲む白い生地に切り替わった。
いつのまにか上体を起こしていた歩羽は、しばらくぼうぜんとした。
女神の姿はあとかたもなく、歩羽の視界には窓からの風にゆれるまっ白なカーテンが広がっているだけ。
右手を伸ばしたままだったことにようやく気づき、歩羽は腕をゆっくりと下ろす。
体はあいかわらず浮いたまま。羽毛布団の上にいるような感覚も、そのまま。
眠る前と同じ、変わらない三センチ。
「自分の殻を、破れば――」
空を飛べるようになると、女神は言った。
自分の殻。
その言葉をそっと口にしたとき、歩羽はなぜか心臓をにぎられるような鈍い痛みを感じた。
白い制服の上から、おもむろに胸のあたりを両手でおさえる。
女神から告げられた短いキーワードが、歩羽の小さな胸の中でくり返しこだまする。
歩羽の思考はいつしか、同じクラスの男子に告白した、昨日の苦い光景に移っていた。