sub.01 空を飛びたい
人が超能力に目覚めるのはたいてい、精神的に大きなショックを受けたときである。篠崎歩羽の場合がそうだった。
高校二年の秋。
歩羽は同じクラスの男子に、人生で初めて告白した。
残暑も過ぎ、涼しさが季節の変わり目を感じさせる秋口。校舎裏に意中の男子を呼び出した歩羽は、勇気をふりしぼり自分の想いを伝えた。
好きです、付き合って下さい――。
だが彼からの返事は、あっけないものだった。
「ごめん。オレ、彼女いるから」
さらにその後、歩羽は想像の上をいく事実に、強いショックを受けた。
「一年の子に数日前に告白されて、つきあうことになったんだ。ごめん。――そういえば、篠崎さんと同じ苗字だったよ。篠崎光里っていう子」
数日前。篠崎光里。
その彼女とは、同じ学校に通う、歩羽のひとつ年下の妹だった。
死にたい――。
彼と別れ、暮れなずむ家路をとぼとぼと歩き、自宅に着くやいなやただいまも言わずに二階にある自分の部屋へ駆けあがる。扉を閉めると同時に制服のままベッドになだれこむ。
情けなさで目じりから涙がにじむのもかまわず、枕に顔をうずめていると、歩羽はいつしか眠りに落ちていった。
夢。
そこに出てきたのは、まっ白でしなやかなドレスを身にまとった女神だった。
そう称したわけではない。だがいつのまにか自分を囲んでいたクリーム色のぼんやりした空間の中で、神々しい光を放つその女性をみた瞬間、歩羽はなぜか神さまが現れたと思った。
自分より少し背の高い、すらりとした体つきのその女性は、長いまつげを揺らしながら、全てを理解しているというような優しく奥深いまなざしで歩羽をながめた。
「ひどく落ち込んでいるようね。無理もないわ。でもそんなあなたを励ますために、私が願いごとをひとつだけかなえてあげる。不老不死以外なら、なんでも」
さあ、お望みの願いは。
そう問われ、歩羽はわずかに逡巡したのち、思い描いた映像をそのまま口にした。
「――空を、飛びたい」
現実から目を背けたかった。苦い記憶を消し去りたかった。
なにをやってもうまくいかない、いまの自分から逃げ出したかった。
どこでもいい。遠くへ。
空を飛べれば――
鳥のように空を飛べれば、どこまでも逃げていける気がする。
だから。
次の日の朝。
窓から差し込む陽の光に気づき、しわくちゃの制服のままベッドから目覚めると、歩羽は空を飛んでいた。
最初はわからなかった。だが意識がはっきりしてくると、いつもと違う感覚に気づいた。
歩羽は頭を振ってから、体の状態をたしかめる。そしてようやく、自分の身に起きている異変を理解した。
体が、宙に浮いている。
私、空を飛んでいる。
女神さまが、願いをかなえてくれたんだ――。
歩羽は夢に現れた女神が授けてくれた力で、空を飛べるようになっていたのだった。
三センチだけ。