七月七日
この話に出てくる蛍と蒼太は、【花咲く頃に】の子たちです。
よかったら、そちらも読んでみてください。
ちょっとごちゃごちゃしていますが、よろしくお願いします。
「蛍お姉さんっ!」
騒がしい音を立てて、蒼太は勢いよく社へ飛び込んできた。
「こら。社が壊れるだろう」
「あ、ごめん。つい嬉しくて」
てへへ、と笑う蒼太はもう十六になったというのに、全く変わらない。
「で?何がそんなに嬉しかったんだ?」
そんな様子に苦笑しながら訊ねると、蒼太はむっとした。
「ちょっと、蛍お姉さん?」
「何だ、面白い顔をして」
「面白くないよ、怒ってるの!まさか忘れたの!?」
「……いや、覚えている」
「忘れてるよね!?その反応は絶対に忘れてるよね!」
もう仕方ないなぁ、と蒼太は笑うと、答えを教えてくれた。
「今日は、ここで星を見ようねって約束した日でしょ」
「…あぁ!思い出したよ」
「やっぱり忘れてるし」
呆れたように言った蒼太は、ようやく社に腰かけた。
「忘れっぽい蛍お姉さん、七夕って知ってる?」
それは、前に蒼太が置いて行った本で読んだことがある。
「七月七日に仕事をさぼった男と女が合う日だろう?」
「確かにそうだけど、言い方が他にあるでしょ!男と女じゃなくて、彦星と織姫!」
「細かいなぁ」
「…でね、それが今日なんだ」
「今日は七月七日か」
私に時間の感覚はほとんどない。
今は蒼太がいるから分かりやすくはあるが、細かいことを言われるとやはり分からない。
「だから、蛍お姉さんと星にお願いごとをしようと思ったんだ」
はっきりと告げられた言葉に、喜びと不安が湧く。
「お前、他に友達はいないのか?」
「失礼だなぁ。ちゃんといるよ」
「そっちの友達はいいのか、一緒に星を見なくても…」
最近、少し考え始めたことだった。
蒼太と、距離を置いたほうがいいかもしれない。
私の一時の道楽に、蒼太が一生をかけて付き合う義理はない。
ただでさえ、人間の”時”は短いのだ。
やはり、人間は人間同士で居たほうが……
「変なこと言うね」
蒼太の言葉で我に返った。
「僕が蛍お姉さんと居たいの」
「…そうか」
「それにね、見せたいものがあるんだ」
蒼太が笑って、私もつられた。
…今は、まだいいか。もう少しなら、付き合ってもらっても。
「まだ駄目だよ、目を開けちゃ」
「塞がれているのに開けるも何もない」
「それもそうだね」
目の前は真暗だが、蒼太の笑い声が聞こえた。
見せたいものというのは、森の中にあるらしい。
それにしても…もう背伸びせずに私に目隠し出来るようになったのか…。
嬉しいような切ないような感情が襲ってきて、私はわざとぶっきらぼうに聞いた。
「あとどれくらいで着くんだ」
「もう少しだよ」
「さっきも言わなかったか、それ」
「蛍お姉さんがせっかちなんだよ」
不意に蒼太が立ち止まり、私も道連れで立ち止まった。
「ほら、着いた」
「やっとか」
「はいはい。じゃあ上向いて」
言われた通りに首を動かす。
「じゃあ外すよ」
蒼太の手が離れ、一瞬寂しさを感じてしまった。
が、それもすぐに吹き飛んだ。
「ね、綺麗でしょ」
「……あぁ、すごく、綺麗だな」
ここは森の中でも割かし拓けたところらしく、星の輝く夜空が木々に縁どられている。
綺麗だ。一瞬言葉を失うくらいには。
…しかし、わざわざここまで来た理由は何だろう。
普段は空なんて見上げないが、おそらく社からも同じ景色は見えるだろう。
不思議に思っていると、蒼太が「あっ」と声を上げた。
「何だ、どうした」
「蛍お姉さん、見て!」
嬉しそうな声に呼ばれて星から目を離す。
そこには、大きな泉。そして、
「これが、蛍お姉さんに見せたかったものだよ!」
…たくさんの”蛍”がいた。
仄かに光るそれを見るのは、何十年ぶりだろう。
私の名になった儚い命、蛍。
その蛍が、見たこともないほどたくさん、目の前をゆっくりと飛び交っている。
まるで、地上の星だ。
「どう?気に入った…?」
黙ってしまった私に、蒼太は不安げに訊ねる。
私は蛍に目を向けたまま、すぐ傍にある手を握った。
蒼太の手が驚いたように少し震えた。
「蛍お姉さ…」
「気に入るに決まってるだろう」
「…そっか。良かったぁ」
いつの間にか大きくなったその手を強く握ると、優しく握り返された。
あぁ…私はなんて温かな幸せを…
ハッとした。
…駄目だ。駄目じゃないか。
蒼太を大切に思っては…人間を想ってしまったら。
私は、きっと、傷つくのに…。
「蛍」
「え?」
蒼太を振り返ると、私を見ていた。
「蛍お姉さんって呼ぶのも、もうおかしいよね」
蒼太はそう言って微笑んだ。
「だから、蛍って呼んでもいい?」
あぁ…。
私は頷いた。蒼太は嬉しそうに笑う。
…もう、駄目だ。
私は、蒼太が…大切だ。
気付いていなかっただけで、きっと随分と前から。
星を見上げる。
七夕は、織姫と彦星が願いを叶えてくれる日だと蒼太が教えてくれた。
「蒼太」
「ん?」
「星が、綺麗だな」
この言葉には、違う意味がある。
何の本で読んだかは忘れてしまったが、”あなたは、私の想いを知らないでしょうね”という意味だ。
蒼太は、意味を分かっているのかいないのか、応えた。
「うん。…知ってるよ」
おそらく、私よりも若いであろう織姫と彦星に願う。
―――――どうか、
蒼太と居るこの”時”が、少しでも長く、続きますように―――――。
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「朱理ちゃん、もう演劇部は練習始めてるよ?そろそろ起きてー!」
「う…ん…?」
揺さぶられ、ゆっくりと目を開いた。
そこには、さっきまで手を繋いで星を見上げていた青年―――――
「蒼太…?」
「クラスメイトの鳴神慧です」
「あぁ、そうでしたね…」
「っていうか誰?その人」
鳴神くんに聞かれて考える。
確か…夢を見ていた。でも、夢にしてはやけにリアルな…。
まるで自分の心のように彼を想う気持ちが伝わってきて…
彼、そう、彼の名は…
「あれ、何だっけ…。…コウタ?えっと、ケイタだっけ…?」
「だから誰!?」
「……サトシ?」
「もー!不思議ちゃん発揮しすぎ!そんなとこも好きだけど!」
寝惚けてるんでしょ、と言われ、そうかもしれないな、とぼんやり思った。
ふと気づいて周りを見ると、周りに雑魚寝していたはずの演劇部員たちが居ない。
「みんなは…」
「だから練習始めてるって」
鳴神くんは、小さく溜め息を吐いた。
「繭ちゃんも、何で急に『神主さんの演技してみたい!』なんて言い出したかなぁ…」
繭ちゃんとは、私を救ってくれた可愛い後輩のことだ。
本当はとても思慮深い子なのに、時々思い付きで行動するから周りに迷惑をかけることもある。
「すみません…」
私が謝ると、鳴神くんは慌てたように「違うよ!」と否定した。
「いや、皆が泊まりに来てくれるのは嬉しいんだって!ただ、じいちゃんが張り切っちゃって…」
確かに、遠くからほぼ怒鳴り合うような会話が聞こえてくる。
「姿勢が違う!お前らは本当に神主になる気があるのか!」
「ありません!でも頑張ります!」
「よし!もう一度じゃ!」
「はい!」
…何だか悪ふざけのような応対だ。
鳴神くんの溜め息も分かる気がする。
「…おじいさま、元気な方で素敵だと思います」
「一緒に暮らしてたらたまったもんじゃないけどね」
言葉は冷たいが、彼の口元には笑みが浮かんでいる。
正しい家族、というものを見せつけられているような気がして、目を逸らした。
「そんなことより、朱里ちゃんは参加しなくていいの?練習」
「あ、私は演劇部ではなく、歌うわせてもらうだけなので…」
「もちろん歌も好きだけど…見てみたいなぁ、大好きな朱里ちゃんの演技」
鳴神くんの言うことは、どこまで本気か分からなくて困ってしまう。
何と応えようか考えていると、バタバタと廊下を走る足音が聞こえてきた。
ガララっと障子が開き、汗だくの繭ちゃんが勢いよく入ってきた。
「鳴神先輩!部員が数名倒れました!」
「あーもう!暑い中で休憩挟まずにやるからだろ!じいちゃんは?」
「最近の若者について何か語ってます!」
「元気そうだな…。とりあえず水と塩持ってかないと」
「私、お手伝いします…」
繭ちゃんは私に気づくと、「あ、朱里ちゃん先輩おはようございまーす」と緩く挨拶をした。
「繭ちゃんは、大丈夫なの…?」
「元気と笑顔と演技だけが取り柄なんで!」
「だけ、の割に結構あるな。って、下らない話してる場合じゃないな」
バタバタと出ていく二人を追って、私も立ち上がった。
その時、ふとカレンダーが目に入った。
「今日、七夕なんだ…」
去年の七夕、私は何をしていただろう。
確か、宴会で歌わせるから逃げないように、と暗い部屋に閉じ込められて過ごしたような。
…去年とはすごい違いだな。
そう思うと、可笑しくてクスリと笑ってしまった。
「朱里ちゃんせんぱーいっ!二度寝しちゃいました?」
障子の向こうから繭ちゃんに呼びかけられ、応える。
「ううん、今行く」
―――――織姫と彦星は、確かに蛍の願いを叶えたのだ。
”蒼太と居るこの”時”が、少しでも長く、続きますように”
生まれ変わっても、共に―――――。
言い訳なんですが、昨日思いついたんです。
だいぶごちゃごちゃしてるので、今度気が向いたら書き直すと思います。
最初で書いたように、主に出てきた蛍と蒼太は【花咲く頃に】の子たちです。
最後のほうに出てきた朱里ちゃんや鳴神くんや繭ちゃんなどのエピソードも今後かいてみたいと思っているので、その時はよろしくお願いします。
長々とすみません。
読んでいただき、ありがとうございました。




