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2日目-旅立ちの街・商業ギルド-

 盾を象った枠の中に剣が入った看板、それが狩人ギルドの目印である。

 しかしこの町にあるそれはどこからどう見てもラウンジ席もある1階建ての木造の酒場であり、目印を教えてもらっていなければ気にもとめず素通りしてしまったことだろう。

 実際入ってみても依頼を貼り出す掲示板にはたったの2枚しか貼り出されて無く、職員以外の姿もほとんど無いという閑古鳥が鳴いている状態だった。

 対する商業ギルドは3階建ての立派な鉄筋コンクリート製の建物の2階と3階に入っていた。

 盾を象った枠の中にたわわに実った麦の穂の絵が入った看板が手すりにかけられた階段を上ると依頼が貼り出される掲示板やそれを受注するための窓口があるスペースがあり、狩人ギルドとは違い沢山の人々が集まっていた。

 当然人の量と比例するように掲示板に貼られた紙も多く、依頼が外されるとほぼ同時に新しい依頼がその空いたスペースに貼られるという動きを繰り返していた。

 そんな人混みを尻目にさらに階段を上がると会議室や下の様子が一望できる休憩所がある3階にたどり着く。

 その中の1席を占領していた新本の手には鉛筆が握られ、目線の先には狩人ギルドで請けた依頼2枚と1階で買った冊子型の世界地図や馬車の時刻表が置かれていた。

「一度手に取ったら戻せない、っていうのは予想外だったな……」

 新本は狩人ギルドで上の方にあった依頼を掲示板から剥がして見ようとした過去の自分を恨みながら地図に印を書いていた。

「今いるのがここだから……どっちも同じ州にあるんだな。この距離だと……期限までにギリギリ回れそう、って感じか? 今の手持ちは残り200Gだけど報酬金を当てながら進めばどうにかなる。でも万が一失敗したり事故が起きたりした時にどうするかだな……。その場合の違約金は……」

 依頼に書かれた要項と移動距離と所要時間を見比べ、計画を練っていると後ろから声をかけられた。

「ねえねえそこの君?」

 振り返ると新本の頬に人差し指が突き刺さった。

「お、引っ掛かった引っ掛かった」

 頬から指を離してケラケラと笑う、赤髪に白のメッシュを入れ、鉄製の防具に身を包んだ青年の肩には新本の物と同じオレンジ色のバッグがかけられていた。

「いやぁごめんごめん、熱心に考え事しているようだったからさ? 俺の名前は小窪こくぼ佳紀よしのり、メインは戦闘士でサブは一芸者、君は?」

「……新本卓矢、調教士だ」

「それは分かるよー、さっきから君の足元でハンコ押されたスライムがプルプル震えてるもん。もっと個人情報的な物をさー」

 小窪は新本の反応の悪さに頬を膨らませたが新本は無視してすぐに視線を戻した。その対応が面白くなかったのか、小窪は真顔になると突然新本の手元から依頼をひったくった。

「あっ」

「えーっと『畑を荒らすゴブリン達の討伐』に『ハデスホーネットの巣の除去』ー? ……うわ、やらせる仕事に対して報酬がみみっちいなぁ。こんなの請けてもくたびれ損だぞー」

「あなたには関係ないことでしょう?」

 新本が他人行儀で答えながら即座に紙を取り返すと小窪は口を尖らせた。

「なんだよせっかく先輩がまだ装備もロクに手に入れられてない後輩にアドバイスしてあげようと思ったのに。身に合わない依頼請けて返り討ちにあって早々にゲームオーバーになっても知らねーからな」

 そう捨て台詞を吐くと小窪は休憩所を出ていった。

 スライムが怒ったようにピョンピョンとその場で何度も跳び跳ねる中、新本は小窪の姿が見えなくなった頃に小さく舌打ちした。

 それから腕を頭の上で組んで思いっきり体を伸ばすと荷物を片付けた。

「スライム、お前は踏まれないようにここで待ってろ」

 新本がそう告げるとまるで頷いているかのようにスライムは大きく震えた。それを確認してから新本は未だに混んでいる掲示板スペースへ足を踏み入れた。

 そして先ほど頭に叩き込んだ地図と照らし合わせながら依頼の要項を流し見て、続々と人と依頼が入れ替わる中から期限に余裕がある依頼3枚を素早く確保して人混みの中を脱出した。

 そして受注申し込みの行列に並んでいるとタブレットが震動した。ロックを解除してみると昨日と同じようにホーム画面には「ヘルプ:依頼・クエストの確認・履歴」という項目が表示されていた。

 そのスクリーンショットには「依頼の紙はバッグに入れると消えますが、その内容は項目『依頼・クエスト』に追加・記載されます。依頼は期限が迫っている物から順に表示されます。クエストは達成するまで画面に表示されません。履歴の欄では達成した依頼・クエストが達成した時間順に表示されます」と記載されていた。

「……ギルドの依頼の紙、消えてないんだが」

 ついさっき依頼の紙を取り出せた事実に突っ込みながらヘルプを閉じる。事実、ホーム画面に表示されているアイテムの一覧には今も「依頼の紙×2」の文字がしっかりと表示されているし、依頼・クエストの項目は表示されていなかった。

「……こういうミスとかバグとかってどう報告すればいいんだ?」

 もう一度ヘルプを見直して該当する項目を探そうとタブレットをいじろうとした時、男女の大きな声が辺りに響いた。

「次のお客様、3番窓口にどうぞー」

「お待ちのお客様、5番窓口にどうぞー」

 前の男性が窓口へと向かっていくのに気づいた新本は彼の後を途中まで追って5番窓口に入った。

「お待たせいたしました。ご用件は何でしょうか」

「この依頼の受注をお願いします」

「はい、契約内容に不満な点や分からない点はございませんか?」

「大丈夫です」

「ではこちらの書類にサインをお願いします」

 差し出された3枚の書類の記名欄に新本が署名したのを確認すると、窓口嬢は新本が持ってきた依頼の紙に次々とスタンプを押した。

「では『ヤマヤシガニの肉の納品』と『オークション会場の警備』、『デスター商会商隊の護衛』受注いたしました。期限に気をつけながら頑張って下さいね」

 窓口嬢から依頼の紙を受け取っていると外から男性の呼びかけが聞こえてきた。

「アンドゥー行きの馬車、まもなく発車しまーす。ご利用の方はすぐにお乗りくださーい」

「……っと、まずいまずい」

 新本はいつの間にか足元に来ていたスライムを担ぎ上げると慌ててギルドから飛び出した。

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