秋の部
読者の皆様御読み頂き有難うございます。
この話しのポイントは一応”秋”と”別れ”、それと”始まり”ですかね……
それから、病気に関する表現が出て来ます。不快に思われた方は申し訳ないです。
それでは本編をどぞ!
「もう限界……さようなら。」
茶色の皺がれた葉が北風で舞い散る中、赤茶色のトレンチを羽織る女性が濃紺のコートを羽織った男性へ背を向けた。
男は必死に女を引き止めようと彼女を追ったが、向かい風がまるで彼を彼女に届かせない様に荒れた。
彼は彼女の後ろ姿を結局最後まで見届けた……段々小さくなって行く愛しい女性の姿を。
一方、女性は曲がり角を曲がって男性の視界から逃れると、安心したのか街路樹へ寄りかかった。そして顔を背けた。
「私……馬鹿だな。」
頬を伝って落ちて来る雫をハンカチで拭き取り、少し冷えた空気を思い切り吸い込んでから吐いた。
白い息が一瞬見えると消えた。
少しだけ陰りを見せる空を見上げ、彼女は気合を入れる様に一度顔を両手で叩いた。
「………行こう。」
彼女は鞄のチャックを締め、再び道を歩いた。
秋空が少しだけ割れ、彼女の行く道が一瞬明るくなった。
だけど直ぐに曇り、元々泣きそうだった空が泣く寸前となる。道は来たときよりも木陰も相まって増々暗くなっていた。
その数ヶ月後若い女性が人知れず亡くなり、墓石が建てられた。
…………………………………………………
ピッピッピッピッピッピッピ………
心拍を計測する無機質な音が今日はやけに響く。
天井を見上げると一面の灰色が見え、横を向くと煉瓦の赤が見えた。隣の建物との距離が近いため、瓦礫に少しひびが入っている事が分かる。
何もする事が無く、そのひびを観察する事も退屈していた。
“もう別に死んでも良いのに。”
自分のこれまでの人生を振り返ると碌な事をして来なかった。
出世のために多くの同僚を裏切ったり売ったりした。競争社会では当たり前だが、多くの家庭を不幸にし、多くの恨みを買った。
“でもどうだっていい。自分さえ良ければ。”
会社のトップになっても中小企業程度。満足いくはずも無く、再び侵略と略奪を繰り返した……競争社会である事を再び理由に。
今まで一緒に頑張って来た所も契約を切り捨て、無駄を削ぎ落とした。
その事で数多くの人が自殺した事は知っている。でもそんなもの自業自得だ……自分の食扶持くらい保てなかった自分に責任がある。
“世の中所詮弱肉強食。喰われたお前が悪い。”
何も初めからこんな事を考えていた訳ではなかった………言い訳ではないが、自分の家庭環境がそう言う思想を生んだのは事実。
“お前は次期社長だ、この家を継ぐんだ。”
“そんな事で生き残れると思うな。”
“無駄な事に一喜一憂せず、全部切り捨てろ。”
父親と母親、更には祖父の言いなりの『都合の良い駒』。俺はその通り演じた。そしてその内演技は本物となった。
だから、無駄だと言っていた張本人達が無駄になった時も切り捨てた。本人達から
「この人でなし!!」 「誰が育ててやったんだ!!」
とさんざん言われたが、貴方達の教えに従っただけ。
“その何が一体いけないのでしょう?”
ベッドの横たわる顔色の悪い青年は、その時の“彼ら”の顔へ快感を覚えた事を思い出して皮肉な笑顔をした。
“結局俺は、彼らを疎んでいたのか。”
だが、同時に少しすっきりしていた。
その後、愛しいと思える女性が現れる………自分の側でずっと黙って働いて来た直属の部下。
媚び諂い等せず、淡々と働く彼女へ好意を抱くのもそこまで時間がかからなかった………互いに惹かれ合い、男女の仲になるのも直ぐだった。
だけど、ニンゲンらしくない人形には当然心は宿っておらず、彼女の心は分からなかった。
企業拡大の為の情報収集の一貫として他の女性達と関係を持った……彼女に何一つ知らせずに。
それを知った彼女は、最初は苦笑いしていた。
“もう辞めてね、そんな自分を傷付ける事。”
悲しそうに言われ、少し嬉しく思いつつも嫌だと感じた。
だけど一度着いた悪癖が辞められるはずも無く……1番効率的な方法だったし彼女に隠れてずっとしていた。
“いいんだ。最後まで関係を持つのも彼女だけ。責任を持つのもね。”
実際、只単に食事をして高級品を買い与えて、それでホテルのスイートで1泊するだけ。それだけでライバル会社の機密は勿論、有力な人物の弱み等を握る事も可能。
実に無駄の無い方法だった。
だが、一度与えられたチャンスを二度も三度も破り、最終的に彼女は力なくこう言った。
“もう限界……さようなら。”
その日、文字通り彼女は跡形も無く消えた……一緒に住んでいたマンションは彼女の居た所だけ不自然な位もぬけの殻となっていた。
慌てて会社に行くと、そんな人物は居なかったと言う事になっていた。
彼女は会社を自ら切り捨て、会社も彼女を切り捨てたのだった。
それは始めて彼が“無駄”を捨てられなかった瞬間であり、挫折の始まりだった。
その直後からいつも一緒に居た温もりが無くなり、睡眠障害を起こした。女を取替え引替え抱いてもそれは癒えない。
“ああ、君はどこに行ったの?”
心だけがまるで迷子になった状態。まともな仕事をこなせるはずも無く………
その内届く彼女の訃報。皮肉な事に、自分と別れた数ヶ月後心臓発作で無くなった様だ。
いよいよ仕事に手がつけられなくなった。
もう全てが限界だった。
彼の部下は“彼”を切り捨てた。何故なら彼も“無駄”になったから……会社にとって。
そのまま睡眠障害と荒れた生活によって、次第に身体が病気になった。
”余命は半年も無いです”
そう医師から宣告され、自重気味に笑った………因果応報だと。
そして、今は暗い病床の上。
誰も彼を気遣う人はいない。何故なら彼が全て切り捨てて来たから。
家族も、職場関連も、そして恋人も………
“ああ、俺は孤独だな”
自分の状況を認めた男は愛しい女を失った時の喪失感と似た様な感覚に陥った。
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”もう直ぐ終わる……この生が”
男は自分の死期を宣告される事も無く悟った。
既に筋骨隆々だった肉体は骨と皮だけ……末梢は見苦しい程浮腫んでいるが。
全体的に顔色は悪く、皮膚の色は黄疸で土気色になっている。
あれ程端正だと女性達から賞賛されていた頃の面影は最早無く、薄暗い病院のベッドで眠るのは何もかも自らの行動で失った愚かな一人の弱い男。
”もう疲れた……眠らせてくれ”
迫り来る最期の瞬間………
本人の意思で最後の痛み止めとしてモルヒネを注射されると、意識だけは夢のセカイへと旅立った……
”『死』が迫って来た”
走馬灯が見えると同時に、その映像の横に彼女が居た。
“……こんな俺を迎えに来てくれたのか?”
彼女は優しい笑顔で彼を抱き締めた。そしてこう言った。
“そんな事言わないで!ずっと待っていたんだよ?”
男は頭を掻きながら照れくさそうに言う。
“悪かったよ……ただいま。”
“お帰り。”
暗がりの中、2人は互いを求め合う様に抱き締めた。
—もう二度と離さないで。俺にはお前だけしか居ない。
—もう二度と離さないよ。私は誰よりも貴方が良いの。
享年28歳の女性と享年48歳の男性の墓は、寄り添う様に並んで建てられたと言う………奇しくも、両者からの遺言だったそうだ。
「……と言う話しが有るんだって。」
「ふーん。」
「信じていないでしょう!!」
「別に……そう言うお前は?」
「ん?悲しい話しでは有るけど、少し素敵だと思ったよ?」
「そっか。ちなみにその話しの出所って何処か知っているか?」
「え?知らないけど……知っているの?」
「秘密。」
「え〜!そのくらい教えてくれても……」
「……自分で探せ。」
「分かったそうする。頑張るもん!」
仲良さげに手をつないで歩く男女が街に居た。
季節は秋。そして本日は晴天なり。
台風一過の秋晴れは、それはもう格別に爽やかで気持ちがよかった。
青く透通った空に浮かぶ羊雲はまるで毛糸の様にフワフワしており、今にも手に取って包まってモフモフしたくなる様な雲だった。
そしてその下には銀杏や紅葉、槻の見事な紅葉が見える。余程の強者だったのか、それとも強運によるものか。だがこの季節、葉が残っているのは喜ばしい限りである。
枝に残る葉は、光を受けるとまるでステンドグラスの様にきらきらと輝いた……最期の輝きを放つ様に。
落ち葉は道を見事に埋め尽くしており、まるで絨毯。
その上を子供達がキャッキャと走り回る。そして、苦笑しながら先程まで歩道に溜まった落ち葉の清掃作業をしていた保護者が必死に追いかけていた。
そしてそれを暖かな秋の日差しが包み込む。
その中を笑顔で男女が顔を見合わせながら歩いて行った。
次回も宜しく御願い致します。後、感想・ご意見等頂けたら幸いです。