第1章第8話 黄金沢俊一②
「いや~でも、まさかぁ。黄金沢くんとだとは思わなかったけど~。」
ぞわっ
瞬間的に全身の鳥肌が立ち、寒気を感じてしまう。
(ま、まさか・・・。そんなこと・・・。)
「え、いや、付き合ってなんてないよ!!!」
私は慌てて否定する。
いつもはこんなにも声を張り上げはしないけど、今回は別だ。
付き合ってなんかいないのに、そんな噂を流されたりなんてしたら困ってしまう。
「碧ちゃん、なんでそんな頑なに隠そうとするの!?黄金沢君が可哀想だよ~」
「だ、だから、ちが・・・。」
茉莉ちゃんは一向に私の言葉を信じてくれようとしない。
単に私が照れ隠しで否定しているものだと思っているのかもしれない。
だけど、違うものは違う。
私はしつこいとは分かってはいながらも、再度否定しようと口を
「碧」
開こうとした口のまま、私の動きは止まった。
視線の先にいたのは、先ほど初めて聞かされた噂の当事者。黄金沢くんで、その表情には嫌な笑みが浮かべられていた。
いきなり名前呼びされたこともそうだが、何とも言えない気持ち悪さを感じる。
(まさか)
そんな顔を向けられた私の脳裏には、ある仮説が浮かぶ。
(まさか私と黄金沢君が付き合っているなんて噂を流した張本人って・・・。黄金沢君本人なんじゃ・・・。)
自分でそんな仮説を立ててしまうのはどうかしていると思う。
だけど、あの意味深な笑みに出来過ぎたタイミング。
そうだと思わない方が逆におかしいという気にさえなってくる。
「どうしたの~?黄金沢君??私に何か用でもあるの??」
しかし、もし、この噂の元凶が黄金沢君だったとしても、ここは教室の中。
皆が見ているという事もあって、余所行きの顔と声を彼に向けながら、近づいていく。
(本当はこんな風にするのも嫌だけど・・・。)
「碧。俺の名前は俊一だろ?」
(はぁ?)
彼の手が触れるくらいの距離に立った瞬間に投げかけられた言葉に余所行きの私が崩れかけた。
少し不満げなその表情も相まって、腹が立つ。
そして、その内容も明らかに自分たちは友達以上の関係であることをさもアピールするかのようで、苛立ちはただただ助長されていく。
(これは私に下の名前で呼べっていう・・・。そういうことよね?)
単純に嫌だった。
自分の下の名前を勝手に呼ばれたことさえもたまらなく嫌だったのに、その上、こっちが友達でもましてや彼氏でもない男の下の名前を呼ぶことなんてしたくはない。
「へ~。そうなんだ。それで何か用でもあるの?」
嫌だからさっきの言葉を流すことを選んだ。
自分でも驚くほどに無機質な声だった。
「ふ~ん」
そして、そんな態度に腹を立てたのだろう。
黄金沢君はあからさまに不機嫌を絵に書いたようなそんな表情を浮かべる。
「それで、何の用??」
3度目の催促。
さすがに教室に入ってきてすぐに名前を呼んできたのには、それなりの理由というか用があるのだろう。
「あ~。用というほどではない。ただ・・・。」
「ただ、なに??」
黄金沢君はまたにやりと嫌な笑みを浮かべた。
瞬間、嫌な予感を私を襲い、彼にこれ以上話させてはいけないとすら思ってしまう
「あ、やっぱ、聞きたく」
「「教室に彼女がいたら、真っ先に声を掛けるのは普通のことだろう。」」
黄金沢君はさも当然であるかのように、私の制止を意にも介さず言葉を続けた。
もしかしたら、ここまでの全てのやり取りが彼の描いた筋書き通りだったのかもしれない。
彼は認めると言わんばかりに口角を上げながら、私の瞳をじっと見てくる。
これが本当に付き合っている相手だったり、好きな相手であれば、何も問題はなかった。
多分、私のことだ、
照れ笑いを浮かべながら「も、もう、そういう事みんなの前で言わない約束だったでしょ///照れちゃうじゃない///」くらいの言葉さえ出てきただろう。
だけど・・・。
(きもっ)
今はただただ気持ちが悪かった。
振った相手にここまでのことをされて気持ち悪いと思わない方がおかしい。
告白をしてきた時はなんか気持ち悪いとぼんやりと思っていたのに、今は明らかに吐き気を催してしまうほどに彼の声や顔、言動。彼を構成するすべてのものが気持ち悪いと思った。
訂正しなきゃ・・・!!!
こんな気持ちの悪い男と恋仲だと思われることが何よりも屈辱的で嫌だった。
私は息を思い切り吸い込んだ。
この教室。いや、廊下にまで届くような声を出すために。
「「ふざけ」」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ///」
否定の言葉は女子特有の甲高い声に掻き消されてしまった。
視界のなかで数人の女子が私と小金沢君のことを見ているのが嫌でも分かった。
おそらく、さっきの黄金沢君の歯の浮いたセリフに悶えてしまったが故の悲鳴であるのだろう
茉莉ちゃんもその輪の中からこちらを見て、祝福するような微笑みを浮かべている。
(・・・・・。)
もう手遅れだったのかもしれない。
彼が教室に入って挨拶をした瞬間から、この流れは確定していたように思える。
ここで否定するのもできなくはないことなのかもしれないけど、ここでまた否定しようものなら、浮かれている周りの人に何を言われるのも分かったものじゃない。
”良い人”で通そうとしている私にとって、それは汚点でしかなかった。
(はぁ、しょうない。)
「そうね・・・。」
私の口から零れ落ちたのはたったそれだけの言葉。
もう諦めた。
これ以上の否定は却って注目を惹いてしまうのも避けたかったという事もあったけど、なによりもこの数分にも満たないやり取りでドッと疲れていたからの選択だった。
しかし。
(絶対にすぐに別れてやるんだから!!)
それだけは心に固く誓った。
そもそも付き合ってすらいないわけだが、もう既に周囲は自分たちのことをカップルだと思っているため、苦渋の決断ともいえたがしょうがない。