第1章第5話 正吾と碧の出会い②
付き合い始めた当初は誰に言っても信じてくれなかった。
それも当然の反応だとは思う。校内の女子ランキングで常に上位に位置していた
碧が俺のような男と付き合うだなんて、嘘だと思わない方がおかしい。
俺だってもし、当事者じゃなかったら嘘だと思っていたはずだ。
それくらいに高嶺の花だと思っていた。
だけど碧は信じてくれないという状況を察したのか、
昼休みや休憩時間になるとわざわざ俺のところへ来てくれたり、
弁当を作ってくれるなどして恋人アピールをしてくれた。
そのおかげか、付き合い始めて2週間ほどで、
学園中から俺と碧が付き合っていると認知されたのだ。
まあ、そのせいで、碧を好きだった男子生徒から嫌がらせを受けたり、
暴力行為を受けることもあった。
俺にとってそんな経験は初めての事だったし、正直傷ついた。
だけど、そんな時に碧は「あの人たちは正吾君に嫉妬しているんだよ。
正吾君は自分じゃ気付いていないのかもしれないけど、
たくさんの魅力を持っているんだから。
それに引き寄せられた私が言うんだから、
あの人の事は気にしなくてもいいと思うよ!!
あ、だけど、その魅力をこれからは活かしていこうよ。
そしたらさ、あの人たちも何もしてこなくなるでしょ。」って励ましてくれた。
その言葉のおかげで、俺は碧の力も借りて、
身だしなみもしっかりしたものに変えたし、服にもこだわり、
言葉もはきはきと大きな声で伝えるように努力を重ねた。
そしてその努力が功を奏したのか、
次第に俺を目の敵にしていた男子も減っていった。
逆になぜか女子生徒から言い寄られることが増えたのは誤算だったけれど、
俺のことを変えてくれた碧のことを裏切ることはしたくなかったから、
親密な付き合いをすることはなかった。
そして高校3年に上がるころには俺と碧は
お似合いのカップルだと噂されていた。
それに加えて、俺はこの頃に起業しようと
考えるきっかけを作ってくれた人と出会った。
その人の名前は前島光さん
ベンチャー企業の社長として2年最後の企業演習で俺は彼女の講演を聴いた。
それまでの俺は何の夢もなく、ただただ高校を卒業したら、
普通の大学へ行って、普通に就職をして、結婚して、
妻と人生を歩んでいくものだと思っていた。
もちろん生涯一緒にいて欲しい存在として碧を頭に置いていた。
今、考えてみれば、少し気持ちの悪い話だろう。
高校時代から付き合った彼女とそのまま生涯一緒にいられるなんて夢物語だ。
だけど、あの時の俺は碧と共に過ごす一瞬一瞬が幸福で、
それしか考えられなかった。
だから少しでも一流企業に就職したいと考えていた。
光さんのあの講演を聴くまでは・・・。
光さんの講演は俺の人生観を変えた。
社会の歯車になるのではなく、自分が社会を動かす存在になる。
それを話のテーマに据えた彼女の90分間の講演は、
大半の生徒の心には響かなかった。
中には話の最中で寝ているものもいた。
だけど俺を含めた10名は真剣な眼差しで彼女の話を聞いていた。
心をガツンと殴りつけられたような衝撃を何度も感じた。
それに一番彼女のことをすごい人だと思ったのは、
自分や自分の会社の事を最小限しか話さず、人生にとって何が大切か。
この社会を変えるには何が必要か。といったことを主軸としていたことだ。
俺がこれまでの企業演習で聴かされた講師のほとんどは
自分の事や自分の会社の業務内容や商品などといったことを
8割くらいの配分で語っていた。
さながら企業説明会のような話の数々に俺も他の生徒も飽きていた。
だってそれは自分には何も関係のない自慢なのだから。
だから正直なところ、最後の企業講演もいつもと同じだと思って、
期待を一つもしていなかった。
だけど、彼女の講演は最初のスライドだけが自分と自分の会社の事だった。
それも端的なもので、自分が掲げている信念と将来の展望、
それを実現するための起業
ということのみで、業務内容や商品の類は口にも出さなかった。
最初は自分の会社に自信がないからそうしたのだと思っていた。
だけど、そうではなかったのだ。




