Ⅰ
ここから先はセルマのお話です。
銀色の髪を持つ、線の細い涼やかで刺すような容姿に目が奪われる。こんなことは今まで一度だってなかった。
綺麗だった。
張り詰めたように端整で、洗練された雰囲気に呑まれないように、スカートの裾をギュっと握りしめる。私はヴァシリー様と馬車に揺られて故郷を去っていく。
これは政略結婚である。
私はカストルプの人間として売られていくのだ。
いつかするかもしれない結婚が、この身に降りかかってくるなんて思わなかった。父がほとんど押し切るように結んだ話だけれど、でもきっと、私は恵まれている。たぶん、私はこれで良かったんだと思う。
ヴァシリー様は評判がいい、だから大丈夫。
カストルプの人間の婚儀には重要な意味があって、それは昔から受け継がれている王国との取り決めだった。
カストルプは英雄をつくる。
しかるべき時に、しかるべき場所で、国を守る、国を反映させる英雄の存在を文字通り創り上げる。そういう役目を担っていた。この国の建国時も然り、飢饉も、戦争も、災害の時もそう、文化も暮らしの発明も、大きな出来事の裏で上手く手引きするのを手伝ってきた。
大きな人間の営みには、憧れるような立派な指針があるほうが生きやすく、発展しやすい。それがこの土地の最初の王の言い分だった。カストルプは最初に受けた恩義のために、約束を守ってきている。婚儀の相手を英雄に仕立てる、または、婚姻関係から得られる人脈を使って英雄を仕立てる。ずうっと上手くやってきたんだ。だから、私も上手くやらなくてはならない。今あるカストルプの代わりに。
「我が領内に入る前に、はっきりさせておこうと思う。」
馬車に乗りこんでから、始めてヴァシリー様は口を開いた。なんだか緊張して全身が石のように動かしずらかったが、それでも頷く。
「貴方の父君との取り決めに承諾したとおり貴方にはなにも強いない。貴方は確かにショーシャ家となったが、私が貴方になにも望まないかわりに、貴方も私に望まないで頂きたい。」
肝を冷やした。カストルプの案件は門外不出の情報だから、そのことではないはず。だとしたら。
「私が、ヴァシリー様の妻ではないということですか?」
「貴方とは確かに婚姻を結んだ。ショーシャ領内を自由に動いてもらっても構わない。もちろん社交界でも、貴方の肩書きで裁量を振るってもらってもいい、貴方がそうしたいのであればだが。」
息が喉もとから上へ上がらない気がする。なにを言われるのか分かりたくない。これでも一応、私たち結婚したことになっていて、政略的でも、義務でも、家族になる努力はしていいんだよね?
「ただ、それだけだ。私には既に後継者もいるし、帰るべき場所がある。貴方に不自由がないようには取り計らうかわりに、私のものに手出しはしないでほしい。」
まるで私が悪女のように振るまうみたいな言い分に聞こえた。ヴァシリー様には、既に思いあった女性がいてご子息もいるのは知ってます。でも、だからって。
「貴方がたが必死になって隠していることもそのままにしておこう。どうにも貴方の父君は上手くやったようだからね。国の機関へは、貴方の弟君のことは報告しないでおくよ。」
肺が空気でつまるほどに胸が痛んだ。ヴァシリー様はオリバーの気質を見抜いたようだった。あれだけ注意していたのに。それではオリバーが人質だ。もしオリバーが王国に召し抱えられたら、絶対帰ってこれない。特殊な気質は、被検体にされるか、戦に駆り出されて生命力が消耗していく。そんなのはダメだ。絶対いけない。だからヴァシリー様は私が逆らえないのを知っているんだ。
血も涙もない。
恋も愛も、酸いも甘いも、そんなもの、きっとない。私にあるのは、貴族の貴族たらんとするカストルプ家の意地だけなんだ。現当主の父の取り決めごとには口をはさめないから、なにも言えないけれど私だって無知じゃない。この契約がどういうものか、ヴァシリー様の態度でわかった。私が嫁ぐのは幸せのためじゃないんだ、平和の補強のためなんだね。
母から聞いた幻想みたいな幸せの結婚なんて夢の夢。なぜって、ヴァシリー様は私に見向きもしないし、彼に良い人がいなかったとしても、私のことは想ってくれない気がした。強い魔力をもつ人間は人間として愛されない。西から来る人間は、私たちを軽んじるんだよ、と父の口癖だった。でもね、父だって西からやってきた婿殿だったって私は知ってるんだよ。私のことなんかどうでもいいんだね。母さんがいなくなってから、ずっとそう、私のことなんて見向きもしない。
私は大切にされない。
知ってた。




