3
客人が寝しずまった頃に、姉さんがやって来た。着いて来て、言われて後に続く。明日の準備はもういいの?と聞こうとしたけれど、喋っちゃダメとジェスチャーで伝えられ、押し黙って歩いた。
夜の獣が鳴いているなかで、東の塔の地下まで降りて、用心深く扉を閉めた。
ほぅっと息をつけば、部屋に明かりが灯る。温かかった。この部屋は魔力で溢れている。
「もう喋っていい?」
「いいけど、先に声出しちゃってるじゃない。」
ついうっかりして、ゴメンと声のトーンを落すと、姉さんは仕方がないなぁと言うふうに笑いながら鍵を操っていた。
「明日、朝出発だよね。ショーシャ領ってかなり遠くなかったけ、せっかくの花嫁が睡眠不足で顔色悪いとか最悪だよ。」
「大丈夫。ほら、マリッジブルーとかいうやつなの。それに明日は道中、起きてるように見せておく魔法をかけておいてもいいし。」
なんだそれ、と今度は僕が苦笑した。どうせ本当に顔色が悪くなっても、寝ないんだろう。
「それより、ティゾン殿は大丈夫だった?ちゃんとかわせた?」
うん、と頷いてみせるけど、姉さんは空中での鍵の整理に忙しそうだった。
「いい人だったよ。」
そう、と相槌をうつ姉さんは、なにか考えている時のクセで瞬きひとつしていない。
「バレなかった?」
「大丈夫だと思うけど。」
「気をつけてね。」
姉さんの鍵と指の鳴らす音を聴きながら、僕らのルールを思い出す。西から来た人に言ってはいけないこと、知られてはいけないこと。黙って守ってきたけれど、よく考えれば知られて困ることじゃないと思う。姉さんも、父さんも、どうしてこんなに隠したがるんだろう。ずっと不思議だった。昔から口を酸っぱくして同じことを繰り返し注意されてきた理由は、今日を逃したら聞けないような気がする。
オリバー、と名を呼ばれて、どの言葉を選ぼうか迷っているうちに、姉さんが整理し終えた鍵を手渡してくる。魔力貯蔵庫の鍵。この土地の運営に使う鍵だ。
「これは、あなたのモノだから上手く使ってね。現状で100年分は貯まってるからオリバーの魔力がなくても、ここはきっと守られる。カストルプは途切れない。」
「カストルプは土地守り。」
「そう。もうひとつは、」
「もうひとつは、ない。」
僕が強めに言うと、姉さんはやっぱり困ったふうに、でも優しく笑った。
自室に戻ってから僕は、どうしても必要になったときにだけ使ってと言われた鍵を見ながら、聞きたいことは結局聞かずじまいだと思った。
翌朝、朝食も早々に出立するショーシャ殿を見送ろうと玄関ホールにおもむく。彼らは身軽なもので人数分の馬しか持たなかったが、父が見栄えを気にして馬車を用意していた。姉さんは、とりすましたような顔で外を見ていたけれど、父さんが姉さんになにか用意するなんて滅多にないから、嬉しいんじゃないかと思う。
父さんは姉さんになんて声をかけるんだろう、と気になっていると、ショーシャ殿から挨拶を受け、僕は彼と相対する。今さらながら、この人が義兄になるのか、と理解した。
「義弟が出来て嬉しいよ、ショーシャ家はこれからきっと君の力になるだろう。」
「僕も嬉しいです、義兄さんと呼んでも?」
ショーシャ殿は、是非そうしてくれ、とにこやかに言ってくれる。
「時期を見て、魔導研究室への紹介状を書こう。広い見聞はいつか役に立つ。君の学問はこれからだろう?よく精進して君自身を磨くといい。カストルプの繁栄を願っている。」
「ありがとうございます。」
握手に応じながら、姉さんの事をなんと言おうか迷う。姉の門出に、弟はいったいなにを言うのが正解なんだろう?
考えあぐねているうちにショーシャ殿が魔力を使ったようで、僕らを見えないヴェールで包む。ハッとして姉さんを見たけれど、ショーシャ殿以外は歪んで見えた。僕にはこの魔法が破れない。
「オリバー殿、尋ねたいことがある。」
ショーシャ殿の眼に、なんの感情も読みとれない。
「東の塔にはなにがありますか?」
唾を飲み込む。僕は姉さんに渡された鍵のことを思った。
「見晴らし台です。」
「カストルプはなにをしているんですか?」
「い、今まで通り、忠義を尽くしています。」
「あなたは、なにをしていますか?」
「家族を守っています!」
「どうやって?その力を使わずに?姉よりもあなたの方が役に立つというのに?」
「僕は、僕の力は、」
パンッとヴェールが弾けた。姉さんが僕の前に立っていた。自分の全身が逆立っている気がする。
「もう出立のお時間です。」
ショーシャ殿は頷く。
カストルプ当主は、その魔力の限り王国を守らなければならない。すなわち、魔力があれば駆り出される。姉さんが当主になったら、あの小競り合いでも大戦でも出て行かざるをえない。僕も父さんもそれが嫌だった。帰ってこない人間を待つのは耐えられない。
カストルプ当主は魔力を持たなぬべきである、と決断したのは父さんだった。これで、カストルプが途絶えないのなら、姉さんが駆り出されないのなら、王国から蔑まれても良かった。でも、これはもっと複雑みたいだ。ショーシャ殿が聞きたいことも、ティゾン殿が調べていたことも、僕にはわからない。彼らが来てわかったことといえば、カストルプ家は怪しまれているということだけだ。そうでなければ、あんな個別で動き回ったりはしない。あの人の眼は冷たい。きっと僕はなにもわかっていなかった。ごめん。婚儀におめでとうも言えない弟でごめん。かわいそうなのは姉さんばっかりじゃなかった。僕の知識も大概だ。
ショーシャ殿が馬車に乗りこんだあとに、姉さんは僕をぎゅっと抱きしめた。
さようならば、また。
きっともとには戻らない。姉さんはもうずっと、僕をかばっていたんだね。
母さんたちがいなくなった日と似ていた。僕にはどうしようもなくて、どうしようもない僕に悔しくなる。
もしも僕に姉さんたちのような魔力があって、ちゃんと使えたなら、選択肢はもっとあったのに。本統に、姉さんのために魔力を使うのに。姉さんのためだけを考えてるのに!教えに背いてもいい、忠義を尽くさなくてもいい、大義なんてどうでもいい。僕がどんなになってもいい。
あした、まほうが使えたら。
泣いても喚いても、姉さんはもう、僕の側にいない。
閲覧ありがとうございます。オリバー視点はここまでとなります。




