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こんなに賑やかな食事は久しぶりだった。まあ、賑やかと言うよりは、食卓に人が集まったことが久しぶりなのだけれど、どちらも似たようなものだろう。
家族で夕食なんて遥かむかしのことに思える。あの頃は母さんがいて、兄さんたちもいて、セムラ姉さんも、その上の姉さんも父さんと一緒にテーブルについていたのに。まだ幼かった僕のおぼろげな記憶には僕も含めて7人が座っていたと、その残像が今の僕の目に映りこんでいた。それがあたたかで脆い欠片だから、今、また使われる椅子があるということが、なぜだか僕を不思議な気持ちにさせるのだ。
以前と同じところに姉さんは座っている。僕の位置は、と思って視線をずらせば、ちょうどショーシャ殿の従者であるティゾンと目があった。屈託のない笑いを寄こしていた。
「オリバー殿はどうなのですか?」
会話の流れが入ってこない。今までの話をまったく聞いていなかった。
「オリバーは魔力学者なんですよ。独学ですが、わたしたちの誇りです。」
間髪いれずに姉さんの声がとぶ。ちょっと驚いて姉さんを見たけれど、視線がかち合うことはなかった。
「それは頼もしいですね。われわれも軍隊で学者の発明に助けられることが多いにありますよ。」
「そうでしょうなぁ、近ごろは色々な装置が出回っているようだ。」
「魔力にも底がありますからね、いや、失敬しました。カストルプ家には縁遠いことでしたね。」
「もう大昔の話ですよ。今ではすっかりこのありさまで、装置がありませんと暮らしも行き届かんのです。」
「そんなご謙遜を。カストルプ家の功績は勲章ものではありませんか、この土地を守り抜いている強靭さは是非とも見習いたい。」
父さんの言葉を受けたショーシャ殿は人好きのするような、さわやかな笑みが口元に浮かんでいた。人の良さそうな感じがして、姉さんが綺麗だといった表現にもうなづける。でもそれは冷たそうだった。
父さんが姉さんにする態度と同じように、姉さんが誰にも弱音を吐かないのと同じように、自分だけの世界をつくりあげているような人間。
すっかり口をつぐんでしまった姉さんはかえりみられているのだろうか。もしかして父さんは間違ったんじゃないのだろうか。肺のあたりに一抹の不安が落ちてくる。僕はどこまで、なにをわかっているんだろう。
「以前、カストルプ殿の奥方様にご指導いただいたことがありましたが、素晴らしいかたでした。本統に。奥方様の面影がオリバー殿に重なるようだと話したらティゾンがあなたに興味津々でして。」
「オリバーは妻の忘れ形見ですから。私の子らは、よくよく妻に似たのですがオリバーはだんとつなんですよ。」
「オリバー殿には期待が高まりますね。」
「そうするとセムラ様は父君の写しなんでしょうか、シャープなシルエットがそっくりです。」
ティゾンの表現に父さんは、そうですかな、と苦々しげに口ごもった。
「魔力の面ではまったく逆なのでね、きっとショーシャ殿のお役に立てると思いますよ。それでは、ささやかながら門出に祝して乾杯いたしますかな。」
父のグラスが掲げられたのを合図に、一様にグラスが響く。家族が全員そろったからなのか、西から来た客人が原因なのか、あまりに奇妙な晩餐だと思った。
デザートを食べ終えるとティゾンが庭園を見たいと言い出したので、僕が案内することになった。ショーシャ殿は来ない。男二人で夜の庭を歩くのは変な気がしたが、カストルプ自慢の中庭の芸術性を見たいと言われれば悪い気はしなかった。
東の地特有の名産だけはきちんと説明しながら足をすすめる。植物に造形物といっても、そんなにたくさんあるわけではないが、青い月と呼ばれる花を見ればカストルプを百も見たのと変わらない。
ティゾンもその景色に驚いているように見えた。少し胸をなでおろす。こういった案内は慣れていないので、僕は内心穏やかではなかった。
「お疲れではないですか?明日も早いでしょうから、そろそろ寝室へご案内しますよ。」
「この景色を見れば疲れなんて吹っ飛びますよ!すごいですね。さすがだ。」
「そう言ってもらえると父も喜びます。」
「カストルプ殿が直接手入れをしているんですか?」
「いえ、今では僕が面倒を見ています。」
「それは素晴らしい、オリバー殿の魔力はこういった方面に特化しているんですね?」
「いえ、僕にはそういった魔力がなくて、」
ティゾンの眉がちょっとあがったように見える。不思議に思っているようだった。
「セムラ殿もそうなのでしょうか?」
「姉は母と同じくかなりの魔力を持っていますよ。」
「それならオリバー殿も何か隠れた魔力を持っているのかもしれませんね。この花はなかなかクセがありそうだけれど、この庭園は素晴らしいと思う。」
人懐こそうに笑うティゾンは純粋に、庭園も僕のことも褒めてくれているとを分かって嬉しくなる。でもこれが、もっと別の機会だったらと思ってしまった。
例えばカストルプの人間が減った今、この家の実態を調べるような態がなくて、姉さんがどこにも行くことはなくて、カストルプの魔力が国で重要な位置を占めるなんて常識がなかったら。なかったら、なんの疑いもなくティゾンの言葉に喜べたはずだった。
僕に魔力がない。
これは外からみれば疑わしく、恥であり、それは王都にはびこる慣習的な概念として蔑まれている。でも、そんなこと。とるに足らないことだ。
僕らは、僕には、侮られても守りたいものがある。だからどうしても、これは全部、幸せのために。




