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メイド三人組

「それでネルネル。捕えられているっていう王子様ってのがどこにいるのか当てはあるのか?」

 ドレスが普段着であるホノカはその美貌もあって大人しくしていればどこかの令嬢のように見えるため、王城でも然程浮いているという様子はなかった。どちらかといえば、捕まった時に候補生の制服を脱がされ、完全に私服であるネルドの方が目立つ。

 だからホノカは代わりの着る物をちょっと拝借することにした。

「ごめんなさい、兵士さん。僕は止めたんです。恨まないでください」

 途中見回り中だった兵士とばったり会い、ホノカがちゃんと交渉することで手に入れた鎧をネルドはまとっている。これなら貴族の娘と護衛の兵ぐらいには見えるだろう。

「別に殺したわけじゃないからいいだろ。二、三日経ったら普通に暮らせるって。それよりも当てはあるのかよ」

 ネルドは出会い頭にホノカが見せた格闘技の技を思い出すと冷や汗が止まらない。最後の方で曲がってはいけない方に関節が曲がっていたように見えたのが衝撃的過ぎた。

 忘れた方がいいと、ホノカの質問に答える。

「えっと、目星をつけているのはスルヴァンセル子爵です。知り合いの門番に聞いたところ、王子がおかしくなった半月ほど前にやってきてまだ帰っていないのはその方だけです。しかも、いつもは連れていない怪しい男を連れていたとか」

 平民出身のネルドはプライドの高い奴ばかりの近衛騎士候補生の中では浮いている所もあり、意外と下級騎士や兵たちと仲が良いらしい。

「よしそいつで決定だな。そしたらそいつの屋敷に乗り込む方法だが……」

「強行突入とかはしないでくださいよ。王子の身に何かあったら大変ですから」

 まさしく真っ向から力ずくで入ろうと言い出そうと思っていたホノカは、図星を突かれてぎくりと目を逸らした。

「他に何か方法を考えましょう」

 ネルドがそう言うものの、ホノカは考えるという事が基本的に好きではない。直感を信じるタイプなのだ。だからすぐにこの世界の異常に順応できたし、ネルドの言っていることが本当だと分かったのだ。

 だからこの時も直感の赴くまま、作戦を決めたのだった。

「女装しようか、ネルネル」

 この直感は得てして周りの人に迷惑をかけていると、ホノカは気付いていない。


 王城には王族が住まう宮がいくつもあり、さらにその外側には有力な貴族たちの屋敷もある。そんな場所であるから彼女たち、メイドの数も多い。

 そして二の郭の端にある春には色とりどりの花が咲く庭の一角に三人、働かずに暇そうにしているメイドがいた。

「ヴァルー。暇―」

 そう隣にいるメイドに声を変えたのはアルブラース・マヤロス。ここより南方に位置する異国の血が少し入っているため、肌は黒いとまではいかないものの濃い色をしている。そこに活動的にショートに切りそろえた赤毛交じりの茶髪、好奇心の強さをうかがわせるくりくりとよく動く目、引っかかる所のないスレンダーな体つき。身長も男性に迫るほど高い方でメイドというよりも女傭兵の方が似合うと言った感じの、可愛いよりもかっこいい女性だ。

「足をバタバタさせてみっともないわよー。そんなだから男にモテないで、女にばかりモテるのよ、アルちゃんは。ねー、ルナちゃん」

 友人が活動的という意味でメイドとは思えぬのなら、こちらもまたメイドとは思えない女性だった。名はヴァラニディア・カロスィナトス。身長は一般的なサイズを越えないところだが、綺麗な金髪が腰のあたりまでの長さがあり、きちんと手入れされているようで光を反射している。顔付きも整っており美しく、胸もしっかりと女性らしい。その立ち振る舞いや、持っているオーラはただのメイドというよりはお嬢様のそれに近い。そしてそれは正しくて、彼女は侯爵家の御令嬢であったがメイドに憧れて家を飛び出したという変り種だった。ただお嬢様として伸び伸びと育てられたその精神性は今も変わっていおらず、基本マイペースである。

「そもそも誰のせいで仕事を取り上げられたと思っているんですか」

 最後の一人は二人の間に挟まれるような形でいるカトルナータ。この中で唯一の平民出身である。身長は三人の中でいちばん小さく、濃い茶髪を後ろで一つに結んでいる。一応この班の班長であり、きちんとやろうとはしているのだが、どうしても空回りすることが多い。またその明るく物怖じしない性格で平民相手に辛く当たることが多い先輩メイドを振り回している。

 メイド長はこの三人にいつも頭を抱えているという、メイドたちの中でも有名な三人組である。

「ヴァル、おまえ怒られてんぞ。皿一つ拭くのに三〇分もかけてるから」

 涼しい顔で隣のほわほわした雰囲気のヴァラニディアに同意を求めるアルブラース。

「あら、あれはとても高価なものなのよ。見惚れてしまうのもしょうがないでしょう。私よりもアルちゃんが部屋を掃除した時に、重要な書類を綺麗に分類し直したからじゃないかしら? 役人様が驚いておりましたよ」

 まるで意に返さないと言った様子のヴァラニディア。

「そんなこと言ったら、ヴァルだって……」

「いえいえ、アルちゃんこそ……」

 二人して罪の押し付け合いが始まった。しかし、もともとそんなことは興味がない二人はいつの間にか話を脱線させていた。

「それじゃ、今度の休みは城下にできたって言うカフェに行くか」

「そうね、美味しいケーキを出すらしいわよ」

 途中からぶるぶる震えていたカトルナータはそこで口を挟んだ。

「そのカフェなら私も行きます」

 ……最終的にはこう丸め込まれてしまうので、この班はいつまでたっても駄メイド班だと言われるのであった。

「もし、メイドたち頼みがあるんだが」

 次の休みに他はどこを回るかという話に移っていた彼女たちに、少女の声がかけられた。

「はい……なんでしょうか」

 人当たりの良いヴァラニディアが応えると、そこにいたのは珍妙な取り合わせだった。

(どこかの貴族のお嬢様のお忍びに見えないことはないのだけど……)

 一人は真っ白のドレスを綺麗に着こなす黒髪の乙女。声をかけてきたのもおそらく彼女だろう。見た目はたいそう美しく、美を競う令嬢たちを見飽きている彼女たちにしても感嘆を隠せない。しかし、瞳から伝わってくるのはおしとやかさというよりも、好奇心旺盛な猫の様な印象である。

 さらにお付きの騎士の姿もおかしい。体のサイズに合っていないぶかぶかの鎧を無理やり着ているといった感じだった。そのせいかどこか足下がおぼつかない。

「怪しくないか」

「怪しいです」

 ヴァラニディアを交渉役として、残りの二人はこの情況をどうしようかと作戦会議を開いていた。

「でも悪い人ではない……と思います。ここで助けをしておくとよいことになりそう」

「おっ、久々のルナの直感か。ルナのは良く当たるからな」

「私もルナちゃんがそう言うのであれば否はありませんわ」

 はみ出し者でもきちんと信頼関係は築けているらしく、班長たるカトルナータの意見に二人とも異論はないらしい。

「話は纏まったか?」

 突然話しかけてきたお嬢様は楽しそうにしていた。これから面白いものが見えると確信しているようであった。

「はい、何なりとお申し付けください」

 ヴァラニディアがお辞儀するのに合わせて後ろの二人も礼をする。

「それではメイド服を二着貸してもらおう。そしてこいつには化粧や鬘の用意もしてくれ」

 それはこの二人同様珍妙なお願いで、その妙な感じが三人は意外と嫌いではなかった。


「ありがとう。終わったら返しに来る。名前を教えてもらえないか」

 命を受けた三人はすぐさま必要なものを揃え、完ぺきに用意してみせた。性格等問題はあるものの、それでもメイドをやめさせられない訳。それは三人とも仕事が単純に上手いからである。それも本来一班でやるような仕事を一人で完璧に終わらせてみせるほどに。

 そしてその手際の良さはここでも生かされた。

「ありがとうございます。私はメイド組第百班班長カトルナータと申します」

「同じく百班ヴァラニディア・カロスィナトスと申します」

「同じくアルブラース・マヤロスでございます」

 そして三人とも頭を下げる。

 次顔を上げた時にはそこに二人の姿はなかった。

「何だったんだろうな」

 アルブラースが呟いた。

 その手には先ほど使った化粧道具がある。夢とかではなさそうだった。

「どこかの屋敷に忍び込むために必要だとかおしゃってましたねー。泥棒さんでしょうか」

「うーん、そんな風には思えなかったですけど……」

 三人そろって頭を抱えていると、声がかかった。

「三人とも反省したようですね、仕事にお戻りなさい。また同じことを繰り返すようなら、休暇を出しませんよ」

「はい、今から働きます、メイド長。それじゃ次の休みにカフェに行くために頑張りましょう」

「おう」

「はい」

 三人はあの珍妙な二人のことは忘れて仕事に戻るのだった。


 王城内の庭をゆったりと歩くメイドの姿があった。ひとりは綺麗な黒髪を三つ編みにして、もう一人は茶色の髪をセミロングにして垂らしていた。何を隠そう前者はホノカで、後者は女装させられたネルドだった。

「何で女装の必要があったんですか……」

 ネルドは元々童顔の女顔という事もあって、はき慣れていないためかすーすーすろとスカートを気にしながら歩く姿はまさしく初々しい少女のようである。うっすらとされた化粧によって更にそれは際立っていた。

「いや、本当によく似合ってる。流石俺の一の舎弟、似合いすぎてて笑うことも出来ねえわ」

 笑うなら笑うでダメージはデカかったろうが、似合うと言われても素直に喜べなかった。ネルドは化粧の時に、アルブラース・マヤロスと名乗った褐色の肌がまぶしいメイドが目を爛々とさせていたのが忘れられなかった。いくつもウィッグを取り出しては被せ、メイド服を一瞬で二人の体格に合わせ直す。見た目からは分からない女性らしさだった。

「どうし……あっ、その顔はあのメイドたちのことを考えてたな。確かにどれもタイプは違うが美人と言って差支えないレベルだったな。おい、ネルネルは誰が好みなんだ」

 誰が良かったんだよと、まるで酔った親父の様なのりで肘でネルドの腹をつつくホノカ。

 その顔は本当に楽しそうに笑っている。

「あのちまっこいのか? 胸のデカいのか? それともかっこいい系が好みか?」

 ホノカはうりうりと人差し指でネルドの頬をいじくった。ネルドはやめてくださいと、少し離れる。

「そ、そんなことよりどうして女装する必要があったのかを教えてください」

 ぐっと顔をホノカに近づけるネルドだったが、頭にはさっき会ったメイドたちが浮かんでいた。

「そんなに興奮すんなよ。ただ屋敷の中で動き回るのにメイドってのが都合よかっただけだ。メイドの顔なんていちいち覚えてないだろうから、そこに紛れ込もうって寸法さ」

 と話している内に目的の屋敷に到着。

「ここか……さっさと入って王子を探すぞ」

「探すって言ってもどうやって入るか……」

 入るための扉には兵士が見張りに付き、庭の辺りも高い塀で囲われている正面突破しようものなら、いくらでも兵士がやってくるだろう。あくまでも現状二人は脱獄犯なのである。

「それはこうやって」

 そう言うとホノカは、足払いをかけるように腕でネルドの足を払い、そのままお姫様抱っこをしたかと思うと軽く跳び上がった。

 【気功士】というジョブが持つスキル【軽功】による大跳躍である。

 急な出来事にネルドは茫然としていた。そして気付けば塀の中。庭に降り立っていた。

「それでは今度こそ王子様探し始めますか」

 ホノカは気合を入れるのであった。


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