ホノカ、敵に討ち入る
戦いの後、ゴルディオンとしばし語らったホノカはアルブラースに促される形でその場を離れた。
そうでなければそこからもう一戦始まっていただろうことは想像に難くなかった。
相手がメイドたちや騎士候補生程度ならそれもどうにかなろうが、相手は王族を護る一の盾である近衛騎士団団長。それこそ足腰立たなくなるほどにやる訳にも、あまり時間を取られすぎることも出来ない役職である。
ゴルディオンにしても書類仕事よりは戦いたいと思っていたのだが、こちらの方はまだ聞き分けよく引いた。それを見て渋々という感じでホノカも引いたのである。
「しょうがない。ネルネルとペリカンはついて来い。面白い経験が出来るかもしれないぞ」
何か別のことに興味が移った様子のホノカ。そこで名指しされた二人は、げっそりとした顔をした。
「だから俺の名前はペリカンでは……」
ペリデュイのその言葉には、諦めしか含まれていなかった。
「ホノカ様。どちらに向かわれるのですか」
四六時中と言っていいほどホノカの近くに待機するアルブラースは、いきなりどこそこに行きたいとホノカが言い出すことに慣れていた。またホノカは本当に時間がない時にはそういったわがままを言わないので、侍女三人組も否を唱えないようにしている。
今はヴァラニディアがおらず侍女二人組でしかないが。
「あそこだ。途中でカナタも拾っていくぞ」
ああ、楽しい一日になりそうだ。
そう呟くホノカが指示したのは後宮。男子禁制、乙女たちの戦場である。
男二人はそれを確認し、一人はまるで過去を思い出すかのように頭を抱え、もう一人は後に襲い掛かる自分への悲劇を知らずポカンとしていた。
後宮をずんずんと突き進む人影が五つ。ドレスを身に纏った黒髪の美少女が前を歩き、その後ろを堂々とついていく二人の侍女。そして、どうもおどおどした様子を見せる蘭剣騎士団の簡易鎧を纏った者が二人ほどさらについてきていた。
もちろん前を堂々と行くのはホノカであり、その後ろに続く侍女はアルブラースとカトルナータである。
「おい、これは一体どうなっているんだ。何故私がこんな屈辱的な事をしなくてはならない」
「ホノカ様のやることだから。諦めるしかないよ」
ぼそぼそと呟いているのは唯一女性だけで構成される蘭剣騎士団の格好をさせられているネルドとペリデュイである。
これで二度目となるネルドは元の柔らかい顔付きに化粧を施されてしっかりと女性に見えるし、ペリデュイの方も整った顔立ちをしているので高い身長と合わせてモデルのように見える。二人とも筋肉ががっしりとつくタイプでないことが功をそうしたという所であった。
アルブラースという女性の中でも長身な部類が一緒にいるという事も一役買っているようだったが。
それと、彼らの鎧はいつもの如く眠ってもらった方から借りたものである。
ほとんど顔を見る機会はないとはいえ、それでもホノカが歩けば皆道を譲っていく。彼女には王配というよりも、女王そのものの方が似合うオーラがあった。
長い廊下を突き進んでいくと、徐々に警戒レベルが上がっていくのが分かる。そしてついに、
「申し訳ありませんが、こちらからはお約束の無い方はご遠慮願います」
言葉の字面とは裏腹に、全く申し訳なさそうにしない女性衛兵がホノカの進む先を手にしていた槍で遮った。騎士でないところを見ると、この先にいるであろう今回の首謀者に雇われた者たちなのであろう。止めている間に彼女の後ろから増援と思われる者たちが出てくる。
もしかしたらホノカが来るかもしれないと予知していたのかもしれない。手に手に得意なのであろう武器を持っている。
「約束か。してるぜ」
「えっ」
その美しさと高貴な女性という印象から外れた砕けた口調と、約束しているという言葉に驚いてみせた衛兵。それは致命的な隙となった。
「この前のパーティーで俺に何かを教えてくれると言ってたから、聞きに来たんだよ。色々とな」
そうホノカが口にした時には衛兵の槍の下を潜り抜け、通路を効果的に塞いでいた彼女の仲間たちの間をするりと抜けていた。【縮地】と同じく上位歩法スキルに当たる【幽】でも同じことはできるが、ホノカはそれを全く使用していない。スキルを使うことなく、まるでスキルと同じ技を発動する。それはゲーム世界においてホノカが恐れられた理由の一つでもあった。
「後は頼んだぞ。騎士たち」
「えっと、大変だと思いますけど、頑張ってください」
常識外れたその術に目を見張り茫然としていた見張りの衛兵たちは、またしても前を通り抜ける者を止めることが出来なかった。
ホノカに付き従う様に移動したのは侍女二人組である。ホノカによって徹底的に教えられた基礎の歩法でもって通り抜けたのだ。正直規格外レベルの才能の持ち主である侍女たちは、それほど多くない訓練で爆発的に強くなっていた。侍女として効率的に働くという事が、体を効率的に鍛え動かすことに繋がっていたという事もあったが。それは一般騎士レベルを優に超えている。
「……おまえら、どうやってここを抜けた!」
その声が出たのは結局、三人が移動しきってから数秒たってからの事だった。
「よし、ネルネルとペリカン、この雑魚は任せた」
ホノカは背後も見ずにそう言って、さっさと行ってしまった。侍女たちも一礼してホノカの背中を追った。
「ちょっと、待ってください」
慌てるペリデュイを尻目に、ネルネルの方はさっさと阻んでいる彼女たちをを跳び越えてホノカのいる側に着地する。衛兵たちにホノカ達を追わせないためだ。
「ペリデュイ。ホノカ様に何を言っても無駄だよ。そんなことをするなら、諦めて今ある戦場に身を置いた方が賢明さ」
そう言って腰に刺していた短剣を抜き放つ。
「あああああ、くそっ! 分かったよ、分かった。やってやろうじゃないか」
まさしく開き直りという言葉を投げ捨て、ネルドと同じく短剣を抜き放った。
蘭剣騎士団は女だけの騎士団であり、長剣を携えてはいけない唯一の騎士団でもある。揶揄されて短剣騎士団と呼ばれることも多い。故に、二人も長剣を泣く泣く外して短剣を腰に吊るしたのである。
「姫様のもとにあいつらを行かせるわけにはいかない。こいつらを倒してさっさと追うぞ」
元は傭兵か何かだったのか、その女性衛兵は慌てて口調を崩していた。
他の五人も荒々しく肯定の叫びをあげると、手に持っていた武器を各々近い位置にいる方に向けた。
「後でどう言う事だったのかちゃんと教えてもらいますからね」
ネルドのその言葉をきっかけにして戦闘は始まった。
「はい、到着!」
ばたんっ、という大きな音を立てて扉が開かれた。ホノカは両手を扉を開けた状態の前にして仁王立つ。
「な、何事です! カルラ、この無礼者をどこかにやりなさい」
驚いた表情を顔に張り付けた年配の侍女が叫んだ。おそらくカルラというのは護衛をしている者の名前なのだろう。
「カルラ、カルラ!」
ホノカはヒステリックに叫ばれる声に顔を顰める。
「ああ、そいつは呼んでも来ないぞ。廊下にぶっ倒れているからな」
「ひっ」
開いた扉から見えたのは倒れ伏す護衛達。年季の入った剣を握った女性が膝をつき、白目をむいた顔を天井に向けている。
それを見て年配の侍女は意識を手放した。
「おい、ここの主の下に連れて行ってほしかったんだが……、まあいいか。ほら二人とも行くぞ」
意気揚々といった感じでホノカは進んでいく。
「相手も高貴な方なのですから、もう少しおしとやかにできないのでしょうか」
カトルナータがもう遅いと思いながら、一応侍女の仕事として忠告する。
「ああ、相手はバニラを奪ったんだ。先に喧嘩を売ってきたんだから、おしとやかにする意味はないだろ」
「そういう事では……いえ、差し出がましい口をききました」
ホノカは一度決めたら変えないというのは分かっていた。それでも言わなければいけないことは言うのが、カトルナータの苦労する性格であった。
アルブラースは気にしないタイプであるから、いつの間にか敵から奪った剣を片手に持っていた。
「ここは一度掃除をしたことがありますので、ここの主の部屋にご案内できますが」
「おっ、流石ルブラン。案内頼むぞ」
一礼してからアルブラースは前を進んだ。途中メイドや侍女が出てくるが、壁になろうというほどの気概はないのか、さっと隠れてしまう。
そうして立派な部屋の前についた。
「……の服……くだ……」
扉越しに声が漏れ聞こえている。
ホノカはにっこりと猛々しい笑みを浮かべ、扉の取っ手に手をかける。
「さあ、俺のバニラを返してもらおうか!」
勢いよく開けられた扉は、蝶番を吹き飛ばして部屋の端まで跳んで行った。
「何事ですの!」
吹き飛ばされた扉が壁にぶつかる音に身を竦ませながら、そう叫んだのは真っ赤なドレスを上品に着こなす少女、侯爵家令嬢シャーロット・フラムフォールン。
その彼女が手に持っているのは大胆に腰までスリットの入ったチャイナ服もどき。
そしてその服が差し出されている相手が、ホノカ達の探していたヴァラニディアその人だった。
「あらあら、何をしているのですか、ホノカ様」
ヴァラニディアはどうもお怒りの様であった。




