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ホノカの侍女いじめ

「それでこの惨状はどういう事なんでしょうか」

 キルファトーレに与えられた宰相の間。彼の性格を反映しているのか、物はあまり多くない。少ない家具も装飾性は薄く、初めて見る人にしてみれば大国の宰相の部屋にしては質素すぎると思われることだろう。

 これにはキルファトーレの性格以上に、ある事情があるのだが。

 この部屋で唯一目に留まるとしたら机の上に所狭しと並べられた書類の山。それだけが確かにここは宰相の部屋だと認識させるものかもしれない。

 そしてそんな部屋で正座させられている者が一人。

 もちろんホノカである。現状に不満たらたらといった顔をしている。

 背後にはお付きの侍女二人が申し訳なさそうに立っている。ホノカ様が正座するなら私たちもという彼女らの意見を、キルファトーレが却下したからである。

「俺のせいじゃないし」

「何か言いましたか」

 ホノカが憎々しげに呟いたのを、キルファトーレが聞き逃すことがある訳もなかった。

 ああ、と銀髪の麗しい頭に手をやりながらキルファトーレは、何度も言ってきたお小言を繰り返す。

「ですから何故あなたはもう少しおしとやかにできないのですか。いえ、それがあなたに無理なことは私も重々承知ですが、今日一日でどれだけの侍女の退職願が私の下に来たか」

「たかだか五人だろう。宰相様がそれぐらいで慌てんなよ。ここにはいくらでもいるだろうが」

「そんな簡単に言わないでください」

 何故ホノカがキルファトーレに怒られているのか。

 それは今朝のこと。ヴァラニディアの代わりに別の侍女が起こしにやって来たところから始まる。


 カーテン越しに差し込む朝日がホノカを擽ったころに、その侍女はやって来た。

 彼女、ラウラリード・ベッケルンは子爵家の令嬢である。行儀見習いとして(もちろん玉の輿に乗るためでもあるけれど)王城に入った者の一人である。

 今までは後宮にいた別の女性に仕えていたのだが、その女性が急遽家に帰されてしまったため手がすいていたのだ。器用という訳ではないが、基本のことを繰り返すことが苦手ではないため貴族出身者の中では働く方と認識されていることも理解していた。

 だから急ではあったものの、今朝からいきなり別のお付きになれというのも彼女からしてみれば予想の範囲内だった。

 さらにホノカ様と言えば、ユラウス殿下の一番の御寵愛を受けていらっしゃる方。上手くすれば出世できるかも、なんていう思惑もあって、いつにもましてラウラリードは気合を入れていた。

 だからカトルナータ達、他の侍女に何も知らせずに一人でやって来たのだ。それがどんな結末を生み出すかも考えずに。

「ホノカ様、良いお天気でございますよ。お目覚め下さいませ」

 彼女がそう声をかけて近づこうとした時、ベッドの方から一陣の風が吹き抜けた。

「お前は誰だ」

 気付けば片手は後ろ手に取られ、背後から首を抑えられている。そして一瞬も目を逸らしていなかったはずなのに、もぬけの殻となったベッド――ユラウスは毎朝侍女が来るよりも先に部屋を出るようにしている――だけが残されている。

 ラウラリードは恐怖でそっと意識を手放した。

 最後に聞こえてきたのは誰かが慌てる声だった。


「今回のことで彼女は侍女を続けていくことはできないと言って、早々にご実家の方にお帰りました。後日きっと彼女の家の方から苦情やらが来るでしょう。本当に要らない仕事を増やしてくれますね」

 怒りながら疲れるという器用なことをキルファトーレはやってみせた。

「んなこと言われてもよ。寝起きに知らない奴が近づいたらとりあえず取り押さえるだろう。特に何・故・か俺は狙われているようだからな」

 何故かの部分を強調するホノカ。お前たちが俺を囮にしたんだろうが、不可抗力だと遠回しに告げていた。

 そしてそのことに関しては反論できないので、キルファトーレも大人しく聞いているしかない。

「そうかもしれませんが、一般人に危害を加えるようなことは控えてください。特に貴族相手はこちらの弱みになります」

「ああ、それに関しては悪かった。知らない奴が来るとは思わなかったからな。カナタ達や、ユラウスとかは足音とか臭いとかで判断できるもんだから、それ以外の奴は敵扱いしてたんだわ」

 足音や臭いで個人を特定できるという恐ろしいことをさらっと言われ、キルファトーレは顔を引きつらせる。

 本当にこの人はどれほどの高みにいらっしゃるのか。

 警戒を高めようとした彼は、ホノカの言葉に愕然としたのか自分の体の匂いを嗅いでいるカナタと目を合わせた。

 ふむ。恥ずかしがる姿が見れたからいいでしょう。キルファトーレは一気に警戒を下げた。こんなことを弟のゴルディオンが知ったら、兄さんがっ! と驚くことこの上ない思考であった。

「それは便利ですね。まあ、囮にしているのは悪いと思っていますが、だからといってこれを許すわけにも行けないのですよ」

「そんな。宰相様。この件は私たちにも責任があります。知らなかったとはいえラウラリードを一人でホノカ様のもとに行かせてしまったのですから」

 班長としての責任を果たせなかったと、カトルナータはひどく肩を落としていた。

 隣では心配そうにアルブラースが見ている。

 キルファトーレはゆっくりと彼女の下へと近づいた。

「大丈夫ですよ。あなたの責任ではありません」

「宰相様……」

「朝、しかも我々を通さない急な人事でしたから。対処できなくて当然です」

 キルファトーレは優しく笑いかけた。

「俺の時とは態度が全然違うな」

 それを見てホノカは一つ愚痴った。

「カナタが気になるのかな、キ~ファ」

 そしてやってやれとばかりに、キルファトーレをおちょくる。

 キルファトーレはそこを努めてスルーした。

「それで他の四人には何をしたんですか」

 話を逸らしたことが一目瞭然だった。

 ホノカも話を続ける気はなかったらしく、おとなしく話を戻した。

「あれからカナタとルブランがやって来たから、ルブランに失神した奴を運ばせたんだよ。カナタからヴァラニディアが俺付きから外されたって話を聞きながら着替えてたら、またすぐに一人新しいのがやって来たんだよ」

 次にやって来たのもさっき倒れた彼女と同じ、貴族出身の侍女だった。

 彼女は服を自分で着ているホノカの様子に驚き、何故こんなことをさせているのかとカナタに突っかかってきた。

「その上口のきき方に品がないだの、動きに上品さがないだのうるさかったからな。逃げた」

 お待ちください、と追いかけてくるのをギリギリで追いつかないぐらいの速さで逃げていたら、疲れたらしく途中で彼女は倒れ伏した。

 こんな破天荒な方の侍女は無理です。

 そんな捨て台詞を息を切らしながら言って、立ち去ったとか。

 明らに貴女が悪いんじゃないですか、とはあまりにも頭が痛くてキルファトーレは言う事も出来なかった。

「でも私たちも最初の頃はそんなこともしましたよ。どうにか三人で追い込んだことがありました」

「あれはホノカ様が根気負けしたという形ではありましたけど」

 さらにカトルナータとアルブラースによって何気なく語られた事実に、もうキルファトーレは馬鹿馬鹿しくなってきていた。

「はあ、分かりました。それであと三人はどうやったんです。もう簡単でいいので教えてください」

 完全に諦めモードだった。

 しょうがないという形でホノカが指折り、思い出していた。

「次の奴は近道しようと庭の木々の真ん中突っ走っている所に付いて来ようとして途中で脱落しただろ。もう一人は昼飯後の腹ごなしで体動かすのに付き合せたら、物の数分で死にたくありませんとか言って逃げ出したな」

「どう考えてもあなたのせいじゃないですか。それでよく不満たらたらといった顔をしていられますね」

 机の上にあった退職届リストにその理由をキルファトーレは付け加えていく。しょうもない理由が多すぎることに、あきれ果てるしかない。

「それで、最後の一人は何をしたんですか。また逃げましたか? 背負い投げの一つでも決めましたか」

 完全に投げやりな対応である。

 それも本来なら宰相がするはずのない仕事をやらされているのだからしょうがないかもしれない。ペンを片手でくるくる回しながら、出そうになるため息を何とか抑えていた。

「それなんだけどよ。俺、もう一人は知らないんだよ。俺のところに来たのは今言ったので最後だ」

「それはおかしいですよ。確かに届け出はもう一つ出ています」

 キルファトーレはちらっと手元の紙を見るが、確かにそこにはもう一人名前が乗せられている。

 ミスだろうかと彼が考えていると、予想外のところから答えが出た。

 それは申し訳なさそうな表情を強めたカトルナータである。

「どういうことですか」

 キルファトーレの優しく尋ねられた質問にも、びくりと反応する。

 その姿は保護欲をそそること間違いなしであった。

 といって原因を究明しないわけにもいかない。キルファトーレはホノカの方から聞いてもらう様に、アイコンタクトを取った。

「カナタ。怒りはしないから話してみろ」

「はい。実は……」

 それは侍女として白薔薇の間を掃除する時に、あまりにもカトルナータが新人に難しい要求をしてしまったかららしい。

 キルファトーレとしても彼女たちをホノカの侍女にするにあたって氏素性等調べつくした。

(確かメイドの技量は超級、ただし、協調性に欠けるというものでしたか。その腕を一般的な侍女たちに求めるのは無理という事ですかね)

 やはりホノカのような規格外を世話するにはそれなりの者を用意しないといけないか。逆に言えば目の前の二人(+幼馴染)は規格外なのかと驚かされもするが。

 急遽あいてしまったからどうするか考えていたが、これは中々難しそうだとキルファトーレは何度目かのため息を呑みこんだ。

「申し訳ありません。私のせいでホノカ様の名誉に傷が」

 カトルナータは今にも泣きかねないという雰囲気である。

 どうも主人の不利益を蒙ってしまったという事に罪悪感を強く感じているらしい。責任感の強いカトルナータらしい。

「いえ、悪いことばかりではありません。おそらくこれを行った敵は、代わりに暗殺者を潜り込ませようとしていたのでしょう。それが五度連続で逃げ出すと言った今の状況なら、次の侍女に関してはこちらの意見も通せるでしょう。だからカトルナータさん。あまり自分事を責めないようにしてください」

「宰相様、ありがとうございます」

「ごほごほ、それで今回の件の敵ってのは分かったのか」

 何だか出来上がった良い雰囲気に、ホノカはわざとらしい咳払いを入れて割り込んだ。

 それによって分をわきまえなくてはと、カトルナータはすっと下がって距離を取り目線を下げた。

 キルファトーレの方は恨みがましくホノカをねめつける。

 ホノカは素知らぬ顔である。

「今のところ報告はありません。ただ気になるのはヴァラニディアの後に選任された者たちが皆貴族出身者だということです。暗殺者を送り込むにしても、わざわざ貴族令嬢に化けさせなくとも良いはずです。今のところは全員とも暗殺者ではないという確認が取れています」

「確かにおかしいな。俺から見てもド素人ばかりだったし」

 とりあえず共有しておかなくてはいけないことは確認したので、ホノカは正座から解放された。

 全く足が痺れた様子もなく、しゅっと立ち上がる。

「そうだ。ヴァラニディアについてはどうなってる。戻って来れるのか」

 カトルナータ達が気になっていることを、代弁する形でホノカは尋ねた。

「それは分かりませんね。侍女のことについては侍従長の管轄ですから。ただどうやら謹慎扱いになったようなので、すぐには無理そうです」

「そうか。それならさっさと敵を見つけないとな」

 ホノカは好戦的な笑みを浮かべたかと思うと、侍女二人を引きつれて出て行った。

 キルファトーレはその後ろ姿を見送った。

「確か今日は極秘裏にゴルディと手合せという事になっていましたか。結果を聞くのが怖くなりそうなことです」

 自分の弟もこの国で随一の剣技の冴えを持っているが、あの女拳闘士とどれぐらい張り合えるか。結果は善戦して負けるか、一方的に負けるかのどちらかだろう。

 キルファトーレ自身もそれなりに体を鍛え、武術や魔術を覚えている身としての肌に感じた実力差だった。

 最初に会った時に捕まえることができたという事実にキルファトーレは首を傾げる思いだった。

 あの時自分に向けられた殺気を思い出して、体を震わせる。

「あのような女性を性愛の相手として見られるというのは、どういう精神をしているんでしょうかね」

 自分の幼馴染でありこの国の時代を担う男のことを訝しく思いながら、机に積まれた書類にキルファトーレは手を伸ばしていた。


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