密談
ホノカ達が敵の予想外の実力を確認していた頃、一人逃げおおせた暗殺者はとある小部屋にやってきていた。
「ゴダか、状況を報告しろ」
薄暗い小部屋にはある人物の姿があった。跪き頭を垂れるゴダと呼ばれた暗殺者に呼びかけたのは女。メガネをかけたその女性は影となっているため顔は良く見えないが、女性らしい起伏に富んだその体をきっちりとしたメイド服に収めている。しかし、発する気配は紛れもなく戦闘を行うもののそれである。
「親方様、部下五名全てやられましてございます」
「始末に抜かりはないな」
メイドの言葉に無言で持って暗殺者は肯定を表した。
どうやらこのメイドが暗殺者を従えているらしい。さらに報告より先に捕まったものの処罰を聞くあたり、この集団はよほど知られるということに細心の注意を払っているようだ。
「あいつらを殺れる相手か……。騎士団の上の方でも出てきたか」
「いえ、あの王太子妃候補に。それも五人とも生け捕りにされました」
それには今まで慌てた様子を見せなかったメイドも驚きの雰囲気を見せる。
「分かった。とりあえず最初から詳しく話せ」
頷いたゴダは見ていた一部始終を語り始めた。
ゴダの報告を受けて、メイドは眉間にしわを寄せた。
「我々の監視を見抜き、さらには真っ向から殺しにかかる暗殺者を生け捕りにする。あの冒険者上がりの女にそれほどの実力が? 間違いなく王太子妃だったのだな。偽者などではなく」
メイドの当然と言える質問に、ゴダは強く頷いた。
メイドには自分の率いる暗殺から情報収集までこなす隠密集団を過大評価をしてはいない。
(そのレベルの冒険者が全く我々の情報網に引っかかっていないのはどういうことだ。そもそも我々の監視を抜けてどうやって王城に侵入した)
ホノカが異世界からトリップしたという事を彼女が知る訳もなく、自分たちの力不足にただ憤るのみである。
「報告ご苦労。元の任務に戻れ」
「御意」
メイドの命を聞くや否や、ゴダの姿はまるで煙の様に姿を消した。
周りから自分たち以外の気配が消えたことを確認すると、メイドは先ほどゴダがしていたように頭を垂れて跪いた。
「お嬢様、申し訳ございません。私どもの調査不足でした。王太子妃がそれほどの使い手は予想せず……」
忸怩たる思いでメイドはそう目の前の人物に謝った。
急に現れたもう一人の姿は小さい。おそらく少女だろうが、この薄暗い部屋ではやはり人相は確認できない。このメイドが使える主人というには幼すぎるきらいがある。
「いいのです。今回のことで相手も私たちのことを警戒したでしょうが、私たちもあの女狐の情報は手に入りました。十分な働きです」
「そのようなもったいないお言葉、ありがとうございます。それでは次はどう動きましょうか」
メイドの尋ねる声に、少女らしき影は笑って答えた。
「当分は何もしなくてもいいわ」
「はっ」
暗殺という最終手段に近い方法を用いておきながら、次は動かないという真逆の命令。しかもその楽しげな様子からは、今回の相手の反撃に臆したようには思えない。
メイドの方もそのような命令に即答するというのもまたある種の異形であった。
「いつ襲ってくるか分からないというのは、意外と消耗するわ。それに、他の子たちが勝手に動いてくれるだろうし」
少女はそう愉快そうに呟いた。




