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結果報告

「大丈夫か、ホノカ」

 ちょうどホノカが最後の敵を叩きのめしたところで、王子たちが剣を片手に現れた。

「おお、ナイスタイミング。そこらに敵が転がって――」

 ホノカが全てを言いきる前に、無表情に若干の焦りを乗せユラウスはホノカをぎゅっと抱きしめた。

 舞踏会での優しい触れ合いではなく、強くしっかりとした抱擁である。

「よかった。お前のことだから心配はいらないと思っていたが、生きた心地がしなかったぞ」

「分かった、分かったから離れろ。お前みたいにデカい奴に抱き着かれても嬉しくねえんだよ。離せ」

 迷惑そうにしながらも、ホノカは力ずくでユラウスを離そうとはしなかった。心配をかけてしまった事は理解しているらしい。

 それによく見てみれば、うっすらとホノカは笑みを浮かべているようだった。

 二人の抱擁が解かれるのはもう少しの時間がかかった。


 そんな二人を尻目にキルファトーレの方は倒れている五人を順番に確認していく。

(全員気絶しているようですね。ですが念には念を)

 すっとキルファトーレが印を組むと、光の鎖が現れて五人を纏めて縛りつけた。

「これで逃げ出されることはないでしょう」

 一仕事終えたキルファトーレは、一番目に付くところにどんと置かれている鳥籠に近づく。そして中を覗き込んだ。

「何をしているんですか、カトルナータさん」

「さ、宰相様。ここから出していただけませんか」

 全く自分の質問に答えるものではなかったが、まあホノカが彼女を護るために用意したのだろうとあたりを付けて、キルファトーレはとりあえずカトルナータの要望に応えることにした。

「ちょっと待っていてください」

 ホノカが罵り、ユラウスは良かった良かったと呟くという状態のまま抱擁をしている所まで行くと、空気も読まずキルファトーレはホノカに話しかけた。

「ホノカ様。カトルナータさんを出してあげたいんですが、鍵はお持ちですか。それといつまでくっついているんですか、殿下」

 その呆れた様な言葉で我に返ったホノカは、慌ててユラウスを突き飛ばした。

「うぐっ!」

 絶妙にコントロールされているため致命傷にはならないものの、鍛えられたユラウスレベルの体でなければ骨の数本は覚悟しなくてはならないだろう。

 自分の仕える相手が吹っ飛ぶ様子を見せられたキルファトーレは苦笑するしかない。

「わ、悪い。あのバカのせいで。えっと、カナタを出してやればよかったんだよな。ちょっと待ってろ」

 やはり恥ずかしかったのか、ホノカは少し早口になっていた。

 ホノカはアイテムボックスを動かして鳥籠を収納する。するとカトルナータを護っていた鳥籠は瞬時に姿を消し、ぺたんと地面に腰を下ろした侍女だけがそこに残された。

「それじゃ、話したいこともあるし部屋に行くか。キファ、カナタは頼んだぞ」

「はい、お任せください」

「おい、二人とも俺のことは心配してくれないのか」

 体の打ちつけた部分を押さえながらそう言ったユラウスを無視して、ホノカは気絶させた五人を片手で持ち上げると足早に部屋に向かった。ユラウスもその後を追いかける。

「あ、私もっ」

 とカトルナータは立ち上がろうとするも、腰が抜けてしまってどうにもできない。

「少し動かないでくださいね」

「は、はい?」

 そう言ってキルファトーレが近づいてくるのを不思議そうに見上げたカトルナータは、彼の手で体を持ち上げられた時に悲鳴を上げそうになった。

「え、いや、あれ、あ、な、何を」

 慌てた様子でほとんど言葉が話せていない平民上がりの侍女に、キルファトーレはにっこりと微笑みかけた。

「俗に言うお姫様抱っこという奴です。落としはしませんから、心配しなくても大丈夫ですよ」

 そう腰を抜かしたカトルナータを運ぶためにキルファトーレが取った行動はお姫様抱っこ。貴公子然とした彼がやるものだから、まさに劇のワンシーンと言った様子である。

 ただその腕の中にいる側からしてみれば、畏れ多くてもう少しで泣くといった有様だったが。

「さ、宰相様にこんなこと。お、降ろして、降ろしてください」

 どうにかしようと暴れるものの、如何せん非力なカトルナータではキルファトーレの腕から逃げることなどできる訳もなく、部屋までそのまま運ばれることとなるのだった。

(こんな反応されたのは初めてだな)

 事実として自分の顔が整っていることを自覚している宰相様としては、これほど女性に嫌がられるという経験も珍しかった。

 この二人の間にも面白い結びつきが出来てきたようであった。


 四人が白薔薇の間に戻ると、先に来てお茶の用意をしていたアルブラースとヴァラニディアの姿があった。

 そして三人――部屋に戻るや否いやどうにかして宰相の腕から逃げ出したカトルナータは顔を赤くしたまま侍女三人組になって邪魔にならない様に立っている――はそれぞれ席に座った。少し待つと疲れた様子でゴルディオンもやってくる。

 最初に口火を切ったのはユラウスだった。

「作戦自体は上手くいったが……結果は最悪だ」

 無表情は変わらないものの、どこか疲れた様なそれでいて呆れた様な雰囲気がある。それは宰相たちの方も同じだった。

 舞踏会という大舞台でホノカを紹介することで何かしら動きを見せてくるやつがいるだろうという、ホノカを囮にする作戦だったわけだが、結果は予想以上だった。

 ちなみに後ろの三人にもこのことは知らせてある。ホノカの隣にいる以上巻き添えになる可能性があり、教えないという事はホノカが強硬に反対したからだ。

「それでどうなったんだよ」

 重くなる空気をホノカは切って捨てる。いちいち落ち込むような性格ではないのだ。どこか他人事という事もあるのかもしれないが。

「まず実際に動きを出したオートリッシュ子爵家令嬢や、サルトーニャ子爵令嬢は問答無用で叩き出します。ちょうどこのお二方の家は不正の証拠も挙がっていますから、家ごと御取り潰しですね」

 怖いことをキルファトーレはさらりと言い放った。そしてどこから取り出したのか、何かのリストを机の上に広げた。

 そこにはキルファトーレが読み上げた二つの貴族以外にも名前が載っている。

「今回だけで先ほどの子爵家合わせて七人の貴族令嬢を後宮から追い出せそうです。一回の舞踏会でこうも簡単に王太子妃への嫌がらせの証拠を見つけられるなど、貴族の名が聞いて呆れます」

「愚者を判断できたという事だ。一応喜ぶべきところだ」

「いや、喜ぶのはどうでしょうか、陛下」

 どうもキルファトーレは自国の貴族の堕落振りに嘆いているようだ。ユラウスも表情筋は変えないままだが、どうも言葉とは裏腹に現状に怒っているようである。それを抑えようとゴルディオンが口を挟むという感じだった。

「まあ、あんな分かりやすくやられちまうとな。報告しないわけにもいかないだろう」

 ゴルディオンの助けてくれという目から視線を外し、気ままな体でホノカはそう言った。

 五感の鋭いホノカにしてみれば、こちらに聞こえない様に話している悪巧みや毒の混入なんかもお見通しなのだ。後はそれを逐一近くにいる近衛騎士などに身振りで報告したりするだけである。

 だから後から疲れた様子でゴルディオンがやってきたのは、近衛騎士たちでそういった貴族たちや関係者らを捕えていたからである。ほぼ現行犯で捕まえることが出来たのは楽だったが、それでも貴族を捕まえるというのは戦うとは別の意味で体力を削られるものだった。

「それよりも問題は暗殺者の方だ。どうして庭の方に来たのか。それだな」

「庭に行きたいというのは、あの時しか言っていないな」

 ユラウスの言うあの時とはもちろん、舞踏会後の別室(魔法による防音あり)でのことだ。

 ホノカは頷く。

「付け加えるなら、あいつらが尾行を始めたのは俺とカナタが庭に入って少ししてからだ。別室からいたならあの時に報告してたよ」

「つまるところ最悪のパターンという事ですか」

 四人は声を合わせて唸った。

「えっと、どういうことかな」

 その考え込んでいる様子に、不思議そうにカトルナータは隣のヴァラニディアに尋ねた。

 ヴァラニディアは小さい声でそれに答えた。

「つまり思っていたよりも相手がヤバそうという事よ」

 これ以上は自分で考えなさいという風にヴァラニディアが笑っている。

 それで少しまた考えたが結局よく分からなかったらしく、次にカトルナータはアルブラースを見上げた。

「想像してみろ。部屋は魔法によって防音、部屋の外に出た時には暗殺者はいなかった。この状態でどうやったら敵はホノカ様とルナが庭に来ることが分かったと思う」

 カトルナータも馬鹿ではない。というか馬鹿では王城でやっていける訳もない。ただこういった物騒なことに免疫がなかっただけだ。だから状況を把握できれば、すぐに答えにたどり着く。

「つまり相手はホノカ様でも感知できないほどの手練れっていうこと?」

「他にも防音魔法に細工が出来るほどの上級魔法使いがいるとか、遠くから人の位置を確認できる特殊な能力者を持っているか……」

 疑問の声を上げたカトルナータに反応したのは、他の侍女二人ではなく頭を抱えるようにしているキルファトーレだった。

「まあ、方法がなんであれ、共通するのは敵が予想以上にやばい相手ということですかね。これほど厄介なことになるとは、考えてもいませんでした」

 そこでまた沈黙が支配する。

 心を落ち着かせるためか冷めてしまったお茶にキルファトーレは手を伸ばした。

「新しいものを淹れましたので、どうぞお飲みください」

 そこにすっとカトルナータは近寄り、新しく入れたお茶を差し出した。今の状況に驚きながらも、お仕事は忘れないのが侍女三人組である。キルファトーレがお茶を飲むタイミングを見計らって用意しておくという、まさしく侍女の鑑であった。

 アルブラースとヴァラニディアも他の面々の前に新しいお茶を差し出していく。

「お疲れでしょうから、先ほどのものとは違うものをご用意しました」

 そう言ってまた後ろに下がる三人。机の上には芳醇な香りを漂わせるお茶が並んでいた。

「とりあえずこれ以上ここで考えていても埒があかないだろう。今訊問しているはずの暗殺者どもから話を聞いてからだな。暗殺者が簡単に吐くとは思えんが、五人全員捕まえられたのは良かったな。相手には情報が届いていないはずだ」

 それに同意するようにキルファトーレとゴルディオンは頷いて、そしてホノカはやばいという顔をさせた。

「どうした、ホノカ。何か気付いた事でもあったのか」

 ユラウスが尋ねると、ホノカは珍しくもおずおずとしている。

「いや、実は……」

「大変です。殿下」

 ホノカが話そうとしているところに、急にゴルディオンが割り込んできた。かなり重大事のようだ。早く話せという様にユラウスは目で促す。

「ホノカ様が捕えてくださった暗殺者ですが、全員殺されたようです。今、部下の一人から連絡がありました」

 魔法の一種で遠くの相手と会話を行うことが出来るものがある。それによって緊急としてゴルディオンに伝えられたようだ。

「さらに言いますと、その時見張りを担当していた近衛騎士はその者らを殺したものは見ていないという事です」

 これでさらに危険度は上がった。助けることも可能だった状態で仲間を殺すという事は、あのレベルの暗殺者すら相手にとってはただの捨て駒という事だからだ。

 悪いことが重なりキルファトーレは苦虫を噛んだような顔をしている。ユラウスのその感情を見せない顔には揺らぎはないが、なんとなくホノカにはその感情の揺れるのが分かったような気がした。

(最近ちょっとずつユラウスの感情が見えてくるようになったんだよな)

 なんとなくじっとユラウスの美しい横顔を見た。

「そういえば、さっきは何だったんだ、ホノカ」

 その視線に気づいたのか、ユラウスがホノカの方を向いた。ホノカはそのことを思い出して、ばつが悪そうに顔を逸らした。

「いや、何つーか、久々の実戦だったというか、暗殺者との多対一戦闘はあんましたことなくて、テンションが上がっていたというか、だから忘れちゃってたというか……」

「珍しいな、お前がはっきり言わないなんて。とりあえず言ってみろ」

 ユラウスに促されるようにして、ホノカは言った。自分のミスを、はははと笑いながら。

「そういえば暗殺者は五人じゃなくて六人だったわ。一人逃げてたの忘れてた」

 ホノカの強さが敵にばれたことが確定した。


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